見つけたイノセンスを大事に大事に団服のポケットに仕舞って、「もうこの山に用はねぇな」と言った神田さんの言葉に従って山から出ることになった。

トム君の遺体は家族のおばさんと警察に言えば見つけだしてくれるだろうとウィルさんが言っていたから心配はしなくていいはず。

ちょうど山の入口に辿りついたとき、昨日山登りを邪魔してきたお爺ちゃんと何人もの大人がズラッと並んで立っていた。


「あれほど山には入るなと言ったものを」
「はっ。残念だったなジジィ。俺らが神の怒りに触れてこなくて」
「ほっほ。最初から神の怒りなんぞと思ってないわ」


穏やかに笑うお爺ちゃんに対して、神田さんも珍しく顔に笑みを浮かべてる。決して穏やかじゃないけど。


「エクソシストがイノセンスを回収してくる日をどれだけ待ち望んだことか………!」


顔の皮膚や服が飛び散り老人であったはずの者は異形のものへと姿を変えた。


「なっ!?」
「さんざん殺して進化したか……」
「さぁ〜?どうかなぁ〜?」


神田さんの言葉に対し笑いだすアクマに身が震える。

前に見た球体のような形ではなく、さっきの老人の顔が銃口になったような姿だった。
しかし後ろにいる人………ではなく奴等は球体の鉄の塊に転換する。

「どうやらあのじいさんだけが少し知能があるAKUMAのようだな」と冷や汗を流すウィルさん。


「イノセンス回収してさっさと終わりっつー訳にはいかねぇか」
「余所見してる暇があるのか!?」


鞘から六幻を抜出し構える神田さんに、アクマが顔の銃口から一髪弾丸を放った。



神田さん――――!
「うるせぇ」


思わず名前を呼んでしまった。しかし神田さんには傷、ましてや埃一つなかった。

彼がヒュンと一振りすると、後ろに構えてたアクマが一体破壊される。


「(は、早くて見えなかった……)」


私は舞うように六幻を振るう神田さんの動きをただひたすら目で追って見ているしかできなかった。

きっとここに現れたアクマは彼が全部破壊してくれる。そんな油断があった。だから気付かなかったのだ。


「しかしイノセンスが山にあったからアクマに遭遇するなら山だと思っていたんだけどな……」
「でもここにアクマ以外はいないみたい」
「あぁ」


「一般人が周りにいなくて良かったよ」と言ったウィルさんの後ろに現れた影。
ハッと振り向いてみればあの顔が銃口になったアクマがこっちを狙っているのが見えた。それに気づいたのは私だけではなく神田さんも。

そう言えば神田さんを挑発してから姿が見えなくなっていたことにぜんぜん気付かなかった。どうして油断していたんだろう……!


「ウィルさん……!」「ウィル!」


私たちの声でようやく気付いたのだろう。自分に死の弾丸が向かっていることに。

ウィルさんは探索部隊、AKUMAを破壊する術を持っていないのだ。彼があまりにも頼りになるからすっかり忘れていたけど。
サァと顔を青くした彼の顔を見たら、思わず走り出していた。


ドォン――――


思い切ってウィルさんにタックルしたあとすぐ後ろから聞こえた大きな爆発音。
「イッタァ………」と言いながら下を見ると私に押し倒された状態のウィルさんがさっきよりも青い顔をしていた。


「だ、だいじょぶ………?」
「ナマエ、お前……、なんで、なんで俺なんか助けた!?
「へ、」


勢いよく起き上がられて「おぉ!?」と倒れそうになったがウィルさんが肩をガシッ!と掴んできたから倒れずには済んだ。
だけど真っ青な顔をしながら怒っているウィルさんに「あのなぁ!」と肩を揺さぶられる。


「お前はエクソシストなんだ!エクソシストはこの世に何人もいないんだぞ!?」
「で、でもウィルさん危なかったから、」
「俺は探索部隊だ!いつも死と隣合わせで一番死ぬ確率が高い!そんな俺の変わりなんて他にたくさんいるんだよ!」
「で、でも、」
でもじゃない!
「っ、」


ナマエというエクソシストはこの世に一人しか存在しないんだ!


今にも泣いてしまいそうな彼の顔が、どこか頭の中でデジュヴを感じさせる。

そんな顔を茫然と見ていたけどだんだん体の奥底から怒りが沸いてきた。
私の肩をがっしり掴んでる腕を逆に掴み返してキッ!とウィルさんを睨んでから「すぅ」と大きく息を吸った。


ウィルっていう人間だってこの世に一人しかいないもん!
「な、」


「二度とそんなこと言わないで!」そう言ってウィルさんの体をドンと突き飛ばせば、あっさりへたり込んでいた。

どこかデジャヴを感じたのは私がエクソシストになる決意をしたときの母さんと重なって見えたからだ。
泣きそうな顔をしながら怒って、自分の言いたいことだけ言って娘の話なんか聞きやしなかった。

たった一週間とちょっとしか経ってないのにもう思い出のようになっていることに可笑しく思いながら、立ちあがって腰につけたケースから言ノ葉を取り出して小さく「発動、」と呟く。

銃弾を撃ってきたアクマの姿を探すものの近くには見当たらず、空の上から「こっちだよ〜」と腹立たしい声が聞こえてきた。


「馬鹿なエクソシストだ。そんな人間庇ったところでな〜にも変わらない」
「うるさい!そんなの私の勝手でしょ!」
「ど〜かなぁ〜?ど〜せこの私によって殺されるのだから〜」


どんどん離れていくくせに攻撃を仕掛けてこようとしているらしい。顔の銃口が黄色く光り始める。

「来る!」と思ったときには銃口から大きい音を立ててこっちに向かって飛んで来る弾丸。
慌てて横に飛び込んで避けたのと同時に遠くから「何ボサッとしてんだバカ!」と怒声も飛んで来る。ば、バカって……。


いいい今そんなこと言わなくたっていいじゃんそれにボサッとなんかしてないし!


ほとんどの球体型AKUMAを破壊し終わった神田さん。あと残り何体、と数え横目に見ながら言われたのは、


「お前早死にするぞ」


の一言だった。それはウィルさんを助けたからそう言われてるのだろうか。そうだったらさっきも言ったけど私の勝手だ。


「そこのエクソシストの言う通り〜。そんな無意味なことしてたら死ぬ時間が早くなるだ〜け」
私は死なない!


空の上でヒラヒラ動きながら腹立たしく喋るアクマに向かって叫べば、神田さんが目を見開いたのが視界の隅に入った。

「ナマエ、」とウィルさんの小さく呼ぶ声も聞こえたけど、無視する。

なんで勝手に早死にすると決められなきゃいけないんだ。ただ人を守っただけで。


「死なない?ムリムリ〜。エクソシストはAKUMAに千年伯爵に殺されるうんめ〜い」
だから死なないってばうるさいなッ!


約束したんだから。街を、家を出たときに、父さんと母さんと。


「すべてが終わったら、ちゃんと帰ってくること。いいね?」
「父さんと母さんと約束よ。守れるわね?」



全部が終わるまで死なない!必ず帰るって約束したから!


勢いに任せて言ノ葉を両方投げ飛ばすと風を切りながら滑るように上空に飛んでいく言ノ葉。
しかしそれはアクマを通り越してもっと遠くへ飛んで行ってしまった。


「あれ〜?ぜんぜん当たってないけど〜」


「驚かせるんじゃな〜いよっ!」その言葉とともに再び光る銃口。しかしそれを避ける気にはならなかった。


”戻 っ て こ い!”


アクマを通り過ぎて遠くに飛んでいった言ノ葉に向かってそう叫ぶ。


「あ?何言って、」


馬鹿にしたように喋りを遮るように、クロスしながら戻って来た言ノ葉がアクマの体を二分した。

うめき声を上げながら爆発するアクマをボーッと見ていたが、目の前にいきなり現れた黒い影がガキンッ――と鈍い金属音を響かせた。「ッこんの、」


バカかお前は自分の武器で死にてぇのか!
「へっ、いや、そんなつもりじゃなかっ」


どうやら神田さんが私の元に戻って来ようとしていた勢いのある言ノ葉を六幻で止めてくれたらしい。だけど怒鳴らなくても良くない?

「そんなつもりなかった」と言おうと思ったけど、足がガクッと崩れてその場にへたり込んでしまって言えなかった。


「(なんだろう………、頭がぐわんぐわんして何言ってるのかよく聞こえない…………)」


神田さんとウィルさんが何か言ってるようだけど、私の意識はそこで途絶えた。









「ん………………、ん?」


ゆっくり目を開ければ白い天井が見えてほのかに薬品の匂いがした。病院だろうか。起き上がらずに首だけで辺りを見渡そうとすると、「え、」


「目ぇ覚めたかよ」
「か、神田さん………」


ベットの横の椅子に腕組みしながら座っていた神田さんと目が合い、「な、なんでここに?」と呟けばブチッと何かが切れる音がした。「なんで、だ?」


テメェがあのあと倒れたりするからここまで運んできてやったんだろーがそんなこともわかんねぇのか!?
ひぃごめんなさいごめんなさい!


布団を被って怒声から逃れていたけど「病院では静かに!」という声が聞こえて神田さんも舌打ちをしてから怒鳴るのをやめてくれた。
びょ、病院の人に感謝しなきゃ……。


「………あ、あの、ありがとございます。病院に、連れてきてくれて」


布団を被りながらお礼を言ってみたものの、返事がない。や、やっぱこんな態度じゃ伝わらないかな?なんて思っていると。


「お前。絶対死なないとかほざいてたくせにあんな戦い方で長生きできると思ってんのか」
「…………。」


思ってない。思ってないけど、


「あのときはあれしか思い浮かばなかっただけだもん」


言ノ葉が自分の元に戻ってくるようなコントロールなんてまだできない。攻撃の避け方だってわかんないし攻撃の仕方もわからない。それでも、


「今は何でもやらなきゃ、がむしゃらに戦わなきゃ、生きていけないじゃん………!」


布団をギュウと皺になるまで握りしめている手に涙が零れた。違う、泣きたいわけじゃない。
でも悔しくて仕方ない。この先の未来も、あんな戦い方しかできない自分を想像すると、いつかは死んでしまうんじゃないかと。

零れてくる涙を手の甲でぬぐっていると、隣から「はぁ」とため息が聞こえた。
顔を上げれば相変わらず仏頂面の神田さんが私の顔をジッと見ていた。


「まず避け方がなってねぇ。一々転んでたら弾丸の的だ」
「へ、」
「あとコントロール身につけろ。円月輪てのはコントロール第一の武器だ。投げて終わりじゃねぇんだよ」
「えと、」
「それから体力。コムイが言ってたがお前の対AKUMA武器はお前の”言葉”に反応して効果を発揮するが相応の集中力を使う分体力も使うらしい」
「つ、つまり?」
たかが一言だけでぶっ倒れてんじゃねぇってことだよバカ!


「うぅ………、なんで怒られてんの私」と耳を塞さぎながら怒る神田さんを見れば、仏頂面ではなく真剣な顔をしていた。

彼が何を言わんとしているのかわからないけど、これは真面目に聞いた方が良さそうだと起き上がる。


「約束しろ」
「え、」
「弱音は吐かねぇと約束しろ」


「俺がお前に戦い方を教えてやる」


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