大事を取って一週間は入院とお医者さんに言われたけど、ただの過労だから大丈夫と早々退院させてもらった。そして、

地下水路のボートに乗り込みユラユラ揺らされること数分奥に二人立っているのが見えて、それが誰なのかわかると思わずボートから立ちあがってしまった。
それによってボートがガタンッと揺れて「おっとと、」と倒れそうになるが神田がすぐに引っ張ってくれたおかげで水路にボチャン!ということにはならなかった。

しかし「何やってんだお前は!」とゲンコツを食らった。「ッツー!」


「い、いくらなんでもグーはないじゃん!」
「うるせぇバカ!お前のせいでこっちまで落ちてたらどーすんだッ!」
落ちちゃったときに素直に謝るよ!
それじゃ遅いんだよ!


ギャーギャーと騒ぐ私たちを余所に、ウィルさんが「おーい。そろそろ止まるからその辺にしとけよ」と言い私たちはお互いに「ふん!」と顔を反らす。

「あーぁ!なんで私こんなのにビクビクしてたんだろ!」心の中で呟いたはずが「なんか言ったか」と睨まれて思わず「ごめんなさい!」と早々謝ってる自分がいた。

やっぱ怖いもんは怖い。

ようやくボートが止まり、ずっと待っててくれた人たちのところにたどり着く。


「コムイさん!リナリーも!」
「連絡が来てからそろそろ教団に着く頃じゃないかと思ってね。迎えに来たんだよ」


「はい」と手を出されて、それを掴めばボートから降りるときに引っ張ってくれた。
そしてその手を私なんかよりも大きい手で包みこんでくれる。


「初任務、お疲れ様ナマエちゃん。それからおかえり」
「え、あ、」
「ふふ。おかえりなさい、ナマエ」


さすが兄弟と言うべきか。二人とも同じ優しい笑顔だった。ましてや「おかえり」なんて言われると思ってなかったから言葉に詰まってしまう。
でも思い出してみればここを出るときは「行ってらっしゃい」と言われたんだっけ。

くすぐったく思いながら私も二人に「ただいま」と返せばリナリーが飛びついてきたからそれを慌てて受け止める。


「(あぁ、帰って来たんだ)」


まるで家に帰ったときと同じような気持ちだった。








神田とコムイさんとの三人でヘブラスカのところまで降りて行き、石となったイノセンスをヘブラスカに捧げるとそれは迷うことなく彼女の中に消えていった。


「(消えちゃった……?)」
「消えたのではない……、元帥が帰還するまで私の中で保護するのだ………」


ヘブラスカの近くに現れた魔法陣のようなものを見ながら「ふーん」と呟くと、「おい」と黙っていた神田が声をかけた。
何も喋んないのかと思ってたから驚いた。コムイさんも同じなのか神田の次の言葉を待っているようだった。


「こいつがそのイノセンスに近づく度、音が聞こえると言っていた」
「そうなのかいナマエちゃん?」
「へ?あ、いや、なんていうか………」


まぁ確かに近くに行けば行くほど音がよく聞こえたけど、と言えばヘブラスカが息を飲むのが聞こえた。


「イノセンスの音はお前にも聞こえているのか」
「……いや、私は耳にしたことはない。だが、」
「?」
「……十数年前に、同じことを言っていたエクソシストがいた」
「そいつは今どこにいる?」
「おそらく……、もうこの世にはいないだろう……」
「そうか」


自分から聞いたくせにまったく興味なさそうに「そうか」とヘブラスカから視線を逸らす神田。

私は自分のことなのによくわからず首を傾げるばかりだ。しかし「ナマエ………、」と呼ばれて顔を上げる。



「お前はイノセンス……、神の結晶の音を聞くことができるようだ………、」
「へ、」


ヘブラスカから「お前も神に愛されているのだな……」と言われ、それを聞いていたコムイさんの顔は任務前に見た辛そうな表情と一緒に見えた。




報告もそこそこに終わり、ヘブラスカに回収したイノセンスを渡して「やっと休める………!」と思って早々部屋に戻ろうとしたのに。


「おいどこ行く気だ」
「どこって、部屋に戻る」


ガシッ!と首ねっこを掴まれて、ギギギギと首を後ろに向ければ鋭く目を光らせた神田がいた。

いやいやいやまさか任務終わってもう早速鍛錬とかさすがに短気の神田でも言わな「俺がこのまま部屋に帰すと思うか?」

ですよねー。

ということでズルズル引きずられるように連れて来られたのはお馴染み修練場。
「本当に今から鍛錬するんだ……」と思いつつ、心のどこかで嬉しく思ってる自分がいた。

神田があのとき病院で戦い方を教えてくれると言ったとき、正直耳を疑った。
さんざん「断る」だの「足手纏いとわかったら切り捨てる」だの言ってたからそんなこと言われるとは思ってなかった。

まぁ言ノ葉を思い切って投げられるのも神田がコムイさんに頼んでくれたからであって、最初のままだったら私はAKUMAを倒せてなかったどころか死んでしまっていたかもしれないのだ。

ちゃんと感謝しなくちゃね。

果たしてこれから何をさせられるのかと思えば、「ほら」と投げ渡されたのはなんと木刀。木刀?


「それ使って右左片方横素振り100回な」
ひゃく!?いや、でも私の武器刀じゃくて円月り」
弱音は?
吐きませーん…………


弱音っていうか意義っていうか文句だったんだけどまぁ聞いてもらえそうにないよね!

「横素振りってどうやんの」と聞けば見本を見せてくれる神田大先生。もちろん舌打ちも忘れずに。
見よう見まねで木刀を横に振り続ける。


「ただ振ればいいわけじゃねぇ。地面と平行になるように意識しろ」
「こ、こう?」
「腕が下がってる。肩と同じ高さに合わせろ」


肩の高さに、それを意識しながら横に滑らせるように振り続けてようやく右の横素振りが終わった。


「(み、右腕上んない…………)」
「何ヘバってんだ。次左な」
「は、はい………………」


右と同様、肩の高さを意識しながら素振りを続け100回目を迎えたときには私の腕は両方持ち上らなくなっていた。

木刀って意外に重い……。言ノ葉を投げ続けていたときとは比べものにならないくらい疲れる………。

だがしかし私の疲労なんかお構いなしに続く神田先生の特訓。


「次。お前に体術叩きこんでやる」
「(なんで上から目線なんだ)」


「偉そうだな……」なんて口には出さないで表情に出して伝えてみたけど伝わんなかったらしい。「まず組手の基本からだが」と着ていたコートを脱ぎ始める神田先生。


「とにかく俺の攻撃を避けろ。いいな」


「次の出方を読みながら攻撃をかわせ」だの「動きが遅い!」だの「そんなんで避けてるつもりかバカ!」だのだんだん罵声をあびせながらの攻撃になってきてるような……………。
食らう攻撃も痛いけど精神攻撃の方が痛い………。

神田からのキックやらパンチやらを必死に避けてるけど次に何をしてくるかなんてまったく想像できない。
足元や手を必死に目で追っていれば「どこ見てんだ!」と怒られるし。
「じゃぁどこ見ればいいの!」と攻撃をかわしながら聞けば「相手の目から反らすな!」と言われたからバッ!と神田の目を見る。

え、これでどうやってどこから来るのか確認すんの!?

そんなことを考えていたらすぐ顔の横に神田の脚が迫ってきていた。しゃがんで避ける暇はもうない、そう思ったら咄嗟に腕でガードしていた。


バキイッ!


鈍い音とともに腕に当たった強い衝撃に体が横に傾く。ていうか、


「ィッタァー………………!」
「何傾いてんだ。そんなんじゃ次のかわせねぇだろーが」
じゃぁもうちょっと手加減するとかしてよ!


「10歳の体重舐めんな!」赤くなった腕をさすりながらそう言えば「これ以上手ぇ抜いたら成長もクソもねぇよ」と呆れられた。
そしてそのあとにすぐ「弱音は?」と言われ「うっ」と言葉に詰まる。

そうだ。吐かないと決めたんだ。生きて行くために。全部を終わらせるために。

やっと神田の攻撃を目を見たままかわせるようになってきた頃。「お前の対AKUMA武器出せ」と、ようやく言ノ葉を使って鍛錬するときがきたらしい。


「円月輪はコントロール重視の武器だ。敵に向かって投げ、自分に返ってきてこそ意味を成す」
「はぁ」
「お前の”言葉”で反応させて戻らせる手もあるが、それは最終手段だと思っとけ」
「なんで?」
集中力使って一々ぶっ倒れてぇのか?


ガシッ!と顔を鷲掴みにされて「そ、そーでした……」と素直に言えば放してくれた。女の子にするようなことじゃないよね!

ということで言ノ葉をブーメランのように戻って来させ、それをちゃんと自分の手でキャッチするという特訓に変わったのだった。








「ぎゃぁ痛い!」
「ごっごめんねナマエ!でも口のとこも切れてるから、」


神田の特訓が始まって二週間。毎日木刀を使って横素振り計200回と組手、それからの言ノ葉を扱う特訓を繰り返していたある日。

言ノ葉が返ってくるように投げれるようにはなったものの、それをキャッチすることができない。
しようとしても柄の部分を上手く握れそうになくて「ひぃ!」と返ってくる言ノ葉を避けると「何避けてんだやる気あんのか!」と怒鳴られ引っ叩かれる始末……。

最近は避けずにキャッチするようになってきたんだけども、柄を握れずに手を切ってしまったり。
だから談話室でリナリーに手当をしてもらっていたのだけど。

口元にそーっと薬を塗ってから絆創膏を貼ってくれたリナリーに「ありがと」とお礼を言えば「どういたしまして」と可愛い笑顔を返された。


「どんどん怪我が増えていってる気がするんだけど」
「うーん………。最近まともに組手できるようになったからかなぁ」


そのおかげで顔面殴られるなんてこと当たり前になってきている今日この頃。体だって服脱げば痣だらけ。とても女の子に対する仕打ちとは思えない……。

露出された腕に痛々しく残ってる痣を見ながらリナリーが「ナマエがお嫁に行けなかったらどうしよう……」と呟いていた。
いやいやいやなんでそんな先のこと心配してるの!?


「だっ、大丈夫だよ!結婚なんてあと何年後にするかわかんないもん!それまでには消える、」
「お前みたいなバカを嫁に取りたいなんて言う奴がいたらぜひ顔見てみたいもんだな」
ってなんだとコラァー!


本気で心配してくれているリナリーを元気づかせるために一番最初にできた痣を見せて「ほら消えかけてきてる!」と見せるつもりが、
後ろから聞こえてきた失礼な声に振り返れば、人をバカにした態度の神田がいた。

くそう……。リナリーとのまったりタイムもこいつに邪魔されなきゃいけないのか……………!

そう思ってバレない程度に睨んでいたら「ほらよ」と紙を一枚渡されて慌てて受け取ることになった。「なにこれ」


「俺がこれから任務に行ってる間、そのメニュー全部こなしとけ」
「えっと、横素振り左右100回×3セット。走り込み往復30本×2セット…………多くないッ!?


他にも腕立て伏せ100回×2セット、腹筋100回×2セット。スクワット100回×2セットなどなど……。
神田は私をボディビルダーにでもしたいんだろうか。

そんな思い込めて見れば「まだまだ足りねぇくらいだ」と言われた。


「それがまともにできるようになってたら増やしてやるよ」
「(別に頼んでないけど)」
「サボんなよナマエ」


そう言い残してクルッと踵を返して談話室を離れて行く神田。

姿が見えなくなってから「あ、」と気づきリナリーが「どうしたの?」と不思議そうに顔を覗き込んできた。


「今初めて神田に名前呼ばれた」
「そうなの?」
「うん」


「なんか変な感じ」と呟けば、リナリーがまた顔を覗き込んできていた。
「ど、どしたの?」と聞くと「ううん」と首を横に振る。


「だってナマエ嬉しそうなんだもん」
「え、そうかな?」
「うん。凄く嬉しそう」


そう言われて自分の顔を絆創膏だらけの手で触ってみる。
別に変ったとこはなさそうだから「?」と首を傾げていると、リナリーが「神田ばっかりズルい」と口を尖らせた。


「え、何が」
「だっていつの間にかナマエは神田のこと呼び捨てにしてるし仲良くなってるし」
「いやいや……。あれ仲良く見えてるの?」


単にしごかれてるだけなんだけど………。
それに呼び捨てに変えたのはあっちが自分から「その気持ち悪ぃ敬語とさんづけやめろ」と言ってきたからである。

そう説明してもリナリーはプクーと顔を膨らませて機嫌が直ったようには見えない。


「えっと、リナ?」
「へ?」
「いや、なんとなくあだ名みたいな感じでリナって呼んでみたんだけど、どう?」


「機嫌取りじゃないけど」と苦笑いしながら言ってみる。すると彼女はパァと笑顔になり「うん!嬉しい!」と抱き着いてきた。


「ねぇナマエ。ジェリーにおやつ作ってもらいましょ!」
「うん!」


はしゃぐリナに手を引かれながら談話室をあとにする。

その場から少し離れたウィルさんが私たちを温かい目で見ていたことにまったく気づかずに。




あとがき


はい。とりあえずここで区切りたいなぁと思ってあとがき(という名の言い訳)書こうと思います。

えっとですね、まず主人公が10歳の割に落ち着きすぎじゃないか?というところからの言い訳です。

普通10歳なんて言ったらまだまだ子供で、両親と離されたらもっとパニックになるだろうし、死の恐怖と向き合う覚悟なんてないと思います。
話も全て主人公視点なので自分でも書いてて「さすがに10歳こんなこと思わないだろうなぁ」とは思いました。
それでも10歳で書いた理由は、ただ単に少しでも長く教団で過ごしてほしいと思ったからです。本当それだけの理由です。
なので「あ、こんな10歳も世の中にいるのかも」くらいの目で読んでいただけてたらいいなぁなんて。

あと初任務の神隠しですが、とあるマンガのネタを頂きました。
何個かネタになりそうなものを思いついていって、一番しっくりきた神隠しの話を使わせていただきました。
彼岸花の話は昔母から聞いたものです。なので本当の話なのかはわかりません。
そもそもヨーロッパに彼岸花ってあるんでしょうかね………?

とにもかくにも、これから主人公がどんな形でまだ出てきていない人物と関わっていくのか、温かい目で見てくださると幸いです。

以上、うるみ子でした。


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