長い時間をかけ、無線ゴーレムからの探索部隊による案内に従いようやくスペインの街に着いた。
建物の上から辺りを見回すが、活気に溢れ賑やかな街であるはずの場所はシンと静まりかえっている。
「ひでーなこりゃ………」
「リナたちは、」
ドォン――――――
聞こえた爆発音の方向に二人同時に顔を向け、頷き合って建物から飛び降りて音のした方へと走り出す。
デイシャと二人並んで走っていたとき、耳に爆発音以外の音が入ってきた。
――――――、
―――――、
二つのイノセンスの音が聞こえて思わず「ほっ」と安心のため息をついてしまった。
そして今自分が最低なことを思ったことに気付き自分に心底嫌気がさす。
「(探索部隊の皆がどうなってるのかもわからないのに…………!)」
走りながら唇を噛んだせいで血が出てきたらしい。それをデイシャに見られて「おいおい何してんだよ!?」と心配されたが「平気」と一言だけ返す。
唇の血をペロッと舐めれば鉄の味がした。
ドォォン――――――
目的地に着けば、大きい音とともに立ち上がる砂埃。
咄嗟に飛んで来る砂や瓦礫の屑から腕で顔を庇い、収まったときに腕を退かして真っ先に視界に飛び込んできた光景に思わず「ひっ」と悲鳴にも似た声が零れていた。
血まみれで壁にもたれている者や顔が潰され地面にそのまま体躯を転がされている者。
衣服の周りには大量の砂が残り、少しの風にサラサラと流されていく。
まるで溶岩でもかけられたかのように大ヤケドを負っている者もいる。
無造作に転がった結界装置は壊されているものがほとんどのようだった。
「チッ………。なんなんだよこの状況、」
「――――……リナ」
その奥で傷だらけになり大量のアクマに囲まれながらも必死に戦う姿を見つけ、気付けば名前を呼んでいた。
デイシャの「アクマが他にもいねーか確認しねーと」という言葉に耳もくれずに大量のアクマへと足を向ければ「おっ、おい!」と焦った声が聞こえたが止まるわけにはいかない。
ケースから言ノ葉をそれぞれ取り出し、「イノセンス、発動!」と走った勢いに任せて右手に持っていた言ノ葉を地面と平行にではなく垂直になるように投げつける。
リナに限りなく近くにいるアクマに狙いを定め集中力を高める。「すぅ、」
「”切 り 裂 け!”」
私の”言葉”に反応した言ノ葉は勢いを殺すことなく真っ直ぐアクマに飛んで行く。
アクマが私の存在に気付いたときにはもう遅く、ボディを縦に真っ二つにしたあとだった。
「なに!?エクソシストが増えただと!?」
「ナマエ――――、」
寸分の狂いなく真っ直ぐ手元に戻ってきた言ノ葉を右手でしっかりとキャッチして、もう一体のアクマに今度は左手の言ノ葉を投げつける。
油断していたからであろうアクマは言ノ葉にボディを切り裂かれ破壊した。
言ノ葉をキャッチしてから、ようやくリナに近づくことができた。ボロボロの彼女は泣きそうな顔でもう一度私の名を呼んだ。「ナマエ、」
「遅れてごめんね、リナ」
「っううん……………」
今にも涙が零れてしまいそうなリナに小さく笑いかける。じゃないと私も泣いてしまいそうだからだ。
少し離れたところでスーマンが戦っているのが目に入り、なんだか苦戦しているように見えた。
二人は一体何時間、何十時間アクマとこうして戦い続けているんだろうか。
きっと二人は戦えない探索部隊の人たちを守りながら戦っていたに違いない。それが普通に戦うよりどれだけ難しいことか。
背を合わせ「いくよ」と小さく言えば「えぇ」と同じく小さな返事が返ってきた。そして二人同時に地を蹴りアクマに向かう。
言ノ葉を両手でグッと握り締め、アクマと自分の体を並べて地面と平行になるように腕を滑らせるとボディから溢れ出すオイル。
死臭のするそれを嗅がないようにしながら次に破壊するアクマを目で捕える。
顔の銃口から黄色い光を放ち死の弾丸を撃とうとしている奴に向かって走り、躊躇なく放たれるそれをかがんで避けて足をばねにしてアクマの首目掛けて言ノ葉の刃を刺す。
「(一体一体倒してたんじゃぜんぜん減らない……)」
「どこを見ている?」
「っ、(しまっ)」
気付けば顔を殴られ体が吹っ飛ばされていた。遠くから「ナマエ!」とリナの悲鳴にも似た声が聞こえる。
「っつー、」と口を押えながら(あ、口の端切れてる)立ち上がれば数体のアクマに囲まれてしまった。
ズラッと並ぶアクマたちを目で全員確認しようとしたが、それよりも先に頭上に現れた黒い影に視線が行った。
「デイシャ!」
「世話かけさせんなよ………!」
彼のイノセンス、隣人ノ鐘が蹴り入れられアクマ一体のボディを貫いた。
貫かれたアクマは破壊されたが、すぐ傍にいたアクマたちが一斉に笑い出し始める。
「そんなちゃちなボールで何ができる?」
「一体破壊しただけでいい気に、」
「いいや、違うじゃん」
「音波による内部破壊だ。逃げらんねーじゃん」デイシャがそう言ったあとにすぐ、傍にいたアクマたちが内側からの爆発によって破壊されていく。
テンテンと足元に転がった隣人ノ鐘を巧みに操るデイシャに「ありがと」と言ったつもりが、
ベシッ!
「ッタァ!な、なんで叩いて………、」
「何一人でつっぱしてピンチになってんだ!」
「ご、ごめんなさ」
「ったく」と呆れるデイシャにもう一度「ごめんなさい」と謝れば「もういいじゃんそれは。ここにいたのが神田じゃなくてオイラだったことに感謝しろよ」と言われるだけだった。
しかしそんなデイシャの冗談という優しさを以てしても、私の不安が拭われることがない。
「さっさと片付けるじゃん」
「………、」
言葉には出さず、ただ頷く。それでもデイシャにはちゃんと伝わったのかニカッと笑って「いくぜ」と彼は小さく呟いた。
それを合図に地を蹴ろうとした瞬間、
「それはできるかなエクソシスト」
「な、」
神経を逆撫でするような声に足を止め、振り向けば他の奴とは見た目がまったく違うアクマがいた。
暗がりには眩しいくらいの赤々としたボディはまるで溶岩が形を保ってるようにも見える。
視線をずらせばその手に握られている”あるもの”。「っ――――、」
「こいつがどうなってもいいのかエクソシスト?」
「テメ、いつの間に!?」
「いつ?お前たちがレベル1に夢中になっているときだ」
「こそこそ隠れてて惨めだからこうやって連れて来てやったのさ」そう言って気味悪い笑みを浮かべるアクマが握っているのは探索部隊の首。
どうして気付かなかったんだ、私たちをここまで案内してくれた探索部隊の姿がどこにもいなかったことに。
「ぐっ………、ぅ、」と苦しそうに声を出している探索部隊の人。
「その人を離しなさい!」
リナの怒りを含んだ声に対し「さて、そろそろ握っているのにも疲れた頃だ」そうアクマが言うと更に苦しそうな声を上げる探索部隊。
「まさか……、やめ」
「お望み通り離してやろう。お望み通りにな」
「やめて――――――!」
ゴキッ――――
「ギャァァァァァァア」
聞いたことない悲鳴が、静まりかえったスペインの街に響く。
私は悲鳴というものに初めて恐怖を感じた。
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