思わず耳を塞ぎたくなるくらい、悲鳴というものに恐怖を感じた。全身からサァと血の気が引くのがわかる。


テメェ………!
「どうしたエクソシスト?」


「そんな怖い顔をして」ニヤニヤと腹立たしく喋るアクマにすぐ横でデイシャが怒りを露わにしている。

そんな怒り、こいつにとって何とも思わないのだろう。アクマは手にもったそれをまるで赤子が玩具に飽きたときのように放り投げた。

放り投げられたそれは宙に浮かび、崩れた建物にぶつかってしまうと思っていた。しかし、「り、」


「リナ…………、」


もう息絶えてしまった探索部隊が崩れた建物へと落下する前に、彼女が瞬時に抱き抱えたことによってそれは免れた。

抱えていた探索部隊をそっと横に寝かせたとき、小さく「ごめんなさい」と呟く声が聞こえた。
しかし振り向きアクマを見据えたリナの顔には涙が流れているけど、怒りが溢れているようにも見える。「許さないわ、」


「なに?」
絶対許さないわ!


リナが地を蹴りつけアクマへと向かって飛んで行き足に纏ったイノセンス、黒い靴で顔面に蹴り込む。

「ぐふぇ」と間の抜けた声を上げながら数十メートル先に吹っ飛ぶアクマ。

「やったか!?」とデイシャがその先を見ながら言うけど、離れたところから「気をつけろ!」という声が聞こえてくる。
視線だけそっちに向けると、数体のアクマと対峙しているスーマンの焦った顔が見えた。


そいつはレベル2だ!
「っ!?そこから避けろリナリー!


デイシャの声が届くか、数十メートル先から放たれた白い湯気を立たせた”何か”が届くか。
結果は後者。数えきれない弾丸のようなものが次々にリナに向かって飛んでいく。

その場から逃げられないリナはなんとか黒い靴で攻撃を防いでいたけど、ジュウ!と熱が蒸発する音が何度も聞こえた。


「っつう……………!」
「私のダークマターは硫酸。触れた物に一瞬の高熱が襲う」


「それがイノセンスでもな!」レベル2のアクマの指からリナに向かって放たれる無数の硫酸。
あれを食らってしまえばただの怪我で済むはずがない。しかしリナはそこから動こうとしないのだ。

彼女の脚を見てハッとする。黒の靴をまとっていない部分がところどころヤケドしている。それどころか黒い靴でさえ損傷しているではないか。
つまり動かないのではなく動けない。

右手に持った言ノ葉をレベル2の腕に向かって投げつけながらリナに向かって走り出す。

言ノ葉がレベル2の腕を切り落としたのを確認し、硫酸がリナに当たるギリギリのところで彼女をギュッと覆うように抱え込んだ瞬間、


ジュウ――――ッ


「ッッぅ………………!」
「ナマエ!?」


「ば、馬鹿な!私の腕が、」ボトリと落ちた腕を見て狼狽えるレベル2。

背中の痛みが尋常じゃないが、ボディめがけて左手の言ノ葉を投げつけようと腕を右肩の高さまで上げる。


「(この距離なら破壊できる!)」
「馬鹿な!馬鹿なァ………………!」




「なんてな」




ニヤリと笑ったあとにすぼめられた口から「プッ」と吐かれたものが右肩に直撃すると、まるで刃物で抉られたような痛みが襲ってきた。


「っぁぁぁぁぁぁぁあ!」
ナマエッ―――!
「腕を落とせば硫酸は使えないと思ったか?」


耐えられない激痛に叫び声を上げる横で、リナが泣きそうになりながら名前を呼んでくれている。

左手で右肩を押さえながらレベル2を睨み上げれば「残念だったなエクソシスト」と嘲笑いされた。

………レベル2になんか初めて遭遇したもんだから、ちょっとどころかかなり油断した。

リナは足を動かせない。それは彼女にとって痛手すぎる。
背に庇ってる以上、私がなんとかこのレベル2を破壊したいところだけど、背中と右肩の激痛が邪魔してくる。

ジリジリと寄ってくるレベル2。

言ノ葉の片方も掴み損ねてしまったため呼び戻さないといけない。

グッと言ノ葉の柄を掴む手を握り締め、「ちくしょう………!」と小さく呟いたときだった。

お互いに身を寄せ合う私とリナに迫ってきていたレベル2の前に立ち塞がる影。「だから言っただろう」


「へ、」
「気をつけろと」
「スーマン…………、どうして」
「苦戦してたんじゃ、」


リナ、私の順に問いかけると、スーマンは「苦戦?」と言いながら眉間に皺を寄せた。
確かによく見れば数体相手にしていたはずのアクマがいなくなっていた。


「おいおい。オイラも頑張ったっつーの」


「ていうか完全に存在忘れてただろ」と後ろからパシッと頭を引っ叩かれ、見上げれば「はぁ」とため息をつくデイシャがいた。


「さすがに油断しすぎじゃん」
「……………。」


唇を噛みデイシャから逃げるように俯き視線を逸らす。それ以上は何も言われなかったけど、きっと怒ってる。


「はっ。レベル1どもを全員破壊したくらいで図に乗るな」
「そっちこそちょっと進化したくらいでいい気になってんじゃねーよ」


隣人ノ鐘をレベル2に蹴り込むが難なく避けられ、硫酸攻撃から飛び退きながら「チッ」と舌打ちをするデイシャ。


「内部破壊だったか?当たらなければ意味がない」
「うるせーじゃん」
「バリー!私が押さえてる隙に隣人ノ鐘を打ち込め!」


スーマンがレベル2に殴りにかかり動きを止めようとするものの、口から発せられる硫酸から逃げるのに精一杯のように見える。

「どうしたら………」とリナが呟くのが聞こえ、言ノ葉を握る手に力を込める。

辺りを見回し目的のものを見つけそれに向かって右手を伸ばし「”戻ってこい!”」と口にすると、掴み損ねていた言ノ葉が糸で繋がれたかのようにしっかり戻ってきた。


「邪魔だぞ小娘!」
邪魔は貴様の方だ


”言葉”を使ったためレベル2の注意がこっちに変わった。しかしスーマンのおかげで反らすことができ、柄を掴んですぐレベル2の足首を狙い言ノ葉を同時に二つ投げる。
地面により近く、低く低く飛ぶ言ノ葉はレベル2の足首をスパッと切り落とした。

「しまった!」と焦りを隠せないレベル2は情けない声を出しながらドシャッと倒れた。それを逃すデイシャではない。


「でかしたじゃんナマエ!」


軽々と飛び上がったデイシャは「さんざんやってくれたからな、大きいのお見舞いしてやるじゃん」と隣人ノ鐘を足元に寄せる。


――――――シュート!
「ギャァァァア!」


見事に顔面にヒットし、顔が潰れ呻き声を上げバタバタ転がり回るレベル2。


「イダイィィイ!イダイヨォォオ!」
「うるせーじゃん。―――さっさと黙れよ
「っ、」


相手を見下す冷たい声。デイシャからそんな声は聞いたことがなかったためビクッと肩が揺れた。


「(デイシャ、あんな声出るんだ………)」


驚きも束の間。内側から爆発が起こりレベル2が呆気なく破壊される。

そしてようやくリナとスーマンにとって長い戦いの幕を閉じた。


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