消毒液の匂いが充満している大聖堂にズラリと並ぶ棺桶。
それらの前で涙を流している人たちすら傷だらけ。
そんな中、一つの棺桶に縋るように泣いているリナに対し「傷に障るから、もう戻りましょう?」などと看護婦さんが必死で説得するも、彼女は応えずただ泣き続けるだけだった。
痛々しくリナの足に巻きつけられている包帯や顔に貼られているガーゼ、おまけに点滴がついたスタンド。
本来彼女はここにいるべきではなく、医務室で大人しく安静にしていなければいけないはずなのに。
目が覚めてリナが隣のベッドにいないことに気付き、婦長に聞けば大聖堂にいると教えられちょうどいいから呼び戻して来てほしいと言われたから来てみたのだけども。
遠目から見えるこの何とも痛ましい現実。
右肩の治療に専念できるようにと右腕は指先まで包帯でぐるぐる巻きにされてるため、自由に動かせる左手をギュッと握りしめる。
「………………っ、」
行き場のない怒りと悔しさに唇を思い切り噛むと血が流れてきた。
何に対しての怒りなのか、何を思っての悔しさなのか。自分でもさっぱりわからないが左手を握る力と唇を噛む力を抑えることができなかった。
「おい」
「かんだ…………、」
……だからだろうか。背後に立つ神田にも気付かなかった。
いつもの愛想のない呼びかけに振り向き、睨みながら近づいて来るのを黙って見上げる。
「お前は自分が救世主になったつもりでいんのか?」
「へ、」
「だから自分の目の前で他の奴を死なせたことでも後悔してんのか」
「ちがッ―――!」
「違わねぇだろ」
「違うそんなんじゃない」そう言うつもりがいつもよりもっともっと低い声で遮られ、おまけに鋭い視線も加えられれば黙るしかない。
睨むような視線から逃げるように俯く。
「俺はお前に、人助けをするために戦う術を教えてんじゃねぇんだよ」
「お前が生き残るための術を教えてんだ」
「周りの奴が死のうがなんだろうが、エクソシストなんてのは生きて任務こなすだけだ」
「そんなこと言われたって!簡単に割り切れるわけないじゃん!」
「私がもっと強かったら!力があったら!守れたかもしれないのに!」
口にする言葉が震える。目頭が熱くなってきているから、そろそろ泣き出してしまうかもしれない。
それでも思い切って口にした言葉は、とてもじゃないけど威勢のいいものとは言えなかった。
自分が何を言っているのか。父さんと母さんのもとへ帰るために絶対に死なないと神田の前で大口叩いたはずなのに、生き残ることだけを考えられない自分がいる。
目の前で命を奪われた探索部隊の彼のことを思い出すだけでも体が震える。
「もう、あんな思い、したくな、」
ついに涙が出てきた。そのせいで上手く言葉にならなかったけど、神田には伝わったのだろうか。
いや伝わらない方がいい。神田にしてみれば私の考えなんて甘いことこの上ない。
死にたくない。けれど目の前で誰かが死ぬのは嫌だから助けたい。それが自分を危険に晒す行為だとわかっているのに。
きっと軽蔑された。そう思ったが、神田は泣き始めた私の顔を見るとギョッと驚いた顔をして「来い!」と腕を掴み歩き出した。
引っ張られるがまま着いていけば連れて来られたのは図書室だった。
「なんでこんなとこに……?」とわけがわからずポカンとしていたら顔に重い布がぶつけられた。「ぶへっ!」
「ちょ、なにす――――!ってこれ団服………?」
見ればコートを脱いだ神田がバツの悪そうな顔をして視線を逸らしているではないか。
その意図が見えないので「な、なにこれ」と聞けば「うるせぇよ」と悪態をつかれる。
「泣いてる暇あんならちったぁマシな戦い方できるようになれ」
「……………、」
もしかして慰めてくれているんだろうか。だけど何もコート投げることなくない……?
「ありがと」と小さく呟いたが神田からの返事はない。
三年間、毎日鍛錬も欠かさなかったし任務だってたくさん熟してきたつもりだった。「それでも、」
「まだ足りないんだ………」
「当たり前だろーが」
投げつけられたコートで顔を隠すようにしながら神田をチラ見してみると、何かを探しているようだった。
本棚の一ヶ所にある本の背表紙を指でなぞる様にして(舌打ちしながら)探す神田は、数分経つと一冊の本を手に取った。
そしてそれを何も言わずに差し出される。「?」
「な、なにこの本」
「お前の対AKUMA武器に役立つもん」
「言ノ葉の?」
思わず受け取った本は、というより、紙をまとめて二本の穴に紐を通しただけのようなものは見たことない文字が綴られていた。
「え、これどこの文字?」
「日本の文献だ」
「日本!?」
「なんでまた、」と本から目を離さないまま聞けば「そこに日本の古い武器の使い方なんかが書いてる」と返された。
パラパラと捲ってみると短い刀のようなものから、四方に尖っていて真ん中に丸い穴が開いた武器なんかの挿絵が乗っている。
つらつらと縦に向かって文字が書かれているように見えるけど………。
「えっと、あのね?」
「なんだ」
恐る恐る本から顔を上げて声をかけるとギロッと睨まれる。(一々睨まないでよ怖いから!)
「わ、私……、に、日本語読めないんだけど…………」
「あぁ?」
「ぎゃぁごめんなさいごめんなさい!」
あれおかしいな……。今はシリアスな時間だと思ってたんだけど………。
本と神田のコートを使って恐ろしい視線から逃げれば「チッ」と舌打ちが聞こえてきた。
すみません日本語読めなくて。
「………あとでリーバーから訳すもの借りてきてやる」
「あ、ありがと」
そこまで言って睨まれたから「ございます」と付け足すと「ふん」と鼻をならされた。お前は私の保護者か!(いや変わりないか)
「ナマエ。お前左手は使えんだろ?」
「う、うん。でもなんで?」
なんて聞いた私がバカだった。図書室から今度は修練場に連れてこられて渡されたのは私専用のマイ木刀。
ちなみにちゃんとナマエって名前掘ってあるんだよ!(掘ってくれたのは先生)
「左だけでもいいから横素振りと腕立てやっとけ」そう言われてしぶしぶ始めることにする。
背中のヤケドも痛いんだけど、まぁ今文句を言える立場にいないことはわかってるし、言う気にもならない。
「横素振り腕立て終わったら修練場往復200本だからな」
「にひゃっ!?あ、いや別にいいんだけど……………、」
「なんでまた」と口には出さずに目で訴えてみれば「こないだ頭から汽車に突っ込みそうになったらしいじゃねぇか」と言われ何のことを言われてるのかすぐ思い出した。
「(マリ……、神田にまで言うことないのに………)」
「腕だけじゃなくて足腰も鍛えとけよ」
くっ……!言い返したいけどさっきの今であり何も言い返せず黙って左の横素振りを続けていたが、ふと思い出す。
「(あれ、そう言えば私医務室から抜け出したままなんじゃ………?)」
「誰が鍛錬していいなんて言ったのかしら?」
「あ、婦長……………」
いつまで経っても戻って来ない私を婦長自ら探しに来てくれたらしい。婦長の顔を見たら見つけてもらわない方が良かったんじゃないかと思う。
しかも神田が無理やり私を修練場に連れて来たんだと思われ、私がじゃなくて神田が医務室で説教を受けることになったのだった。
「(本当ごめん神田………)」
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