今の私よりもっともっと小さい頃の話。
うちに買い物に来たお客さんに手を引かれてやって来た私と同じ歳くらいの男の子。
その男の子にジッと見つめられて、なんだなんだと私も見つめ返していたら男の子はビシッと私に指をさして大声でこう言ったのだった。
「ママ!この子の髪の色変な色だよ!」
続けて「目も髪と同じ色だ!」とも。いわゆる悪口を言われたとわかった私は、ただただ近くにいた母さんにしがみついてポロポロ涙を零すことしかできなかった。
私はナマエ・ホワイト。『優しいパン屋さん』の店主マイク・ホワイトとその妻ロゼ・ホワイトが両親の今年10歳になった女の子です。
物心ついたときから、父さんと母さんはこの二人だった。
でも男の子に髪と目の色が変と言われてから気付いた。
薄い茶色でおまけに髪も薄い父さんと、金色のくるくるパーマがキレイな母さん。目の色は二人ともグレーがかった青色。
私は真っ黒な髪に真っ黒の目。私だけ違う。そう気付いた。
だから聞いた。「どうしてナマエだけ父さんと母さんと違うの?」と。そしたら二人は悲しそうな顔をしながらこう言ってくれた。
「ナマエは父さんと母さんの本当の子供じゃないからだよ」
涙はぜんぜん出なかった。ただどうして違うのか。何が違うのか。もっともっと小さい私には二人の言葉が上手く理解できなかった。
それから学校に行くようになって、授業で世界には色んな国があり、その国によって住んでる人が皆違うと教えてもらった。
だから先生に聞いてみた。「私はどこの国に住んでる人ですか」と。先生は笑いながら「黒髪黒目は東洋人の特徴だから、ナマエは東洋人だね」と言っていた。
そして「ナマエって名前から見て、きっと日本人だよ」とも教えてくれた。国によって、名前も違うんだってさ。
そのときようやく自分が日本人だとわかったのだ。父さんと母さんはイギリス人だけど、私は日本人だったということを。
だからと言ってどうこうということはなかった。私にとって父さんと母さんはマイクとロゼしかいないのだから。
学校帰り。いつも通りパン売りの手伝いをさせられて、店じまいの時間前に焼きたてのパンが入ったかごを母さんに渡された。
そう言えば今日もカーネルじいさんに夕飯のパンを届けるって約束したんだった。
外でお肉屋さんと話をしていた父さんに「行ってきます」と言って昨日と同じく街を抜ける。
住宅街に着いて一番ボロボロの家のドアをコンコンと叩いてから「今日も来たよー」と声をかける。けど、
「(あれ?)」
返事がなかった。もっかいドアを叩いて「カーネルじいさーん?」と声をかけてもやっぱり返事がなかった。
「(いないのかな)」
「うーん」と腕を組んでどうしたものかと考えていると、酒屋のおじさんが近寄ってきていた。
「ナマエか。どうしたんだ?」
「あ、あのね、カーネルじいさんにパン届けに来たんだけどなんか家にいないみたいなの」
「おじさんはどうしてここにいるの?」と聞けば、酒屋のおじさんは難しい顔をしながら「実はな、」と口を開いた。
「昨日の夜、じいさんの家の周りを見かけねぇ奴がウロウロしてたって言うから様子見にきたんだよ」
「見かけない人……。黒い服来た絵描きさんみたいな人?」
見かけない。その言葉に思いついたのが昨日素敵な絵をくれたおじさんで、特徴を言ってみたけど、酒屋のおじさんは「いや、」と首を振った。
「長ぇ帽子かぶってて太った奴だったらしいぞ。いかにも怪しそうな」
「ふーん……。」
「あのじいさんに街の外に知り合いがいるとも思えねぇからな」
そう言ってもっと難しい顔をするおじさん。そして「本当にじいさん家にいねぇのか?」と聞かれたから「わかんないけど返事しないから」と返す。
おじさんがカーネルじいさんの家のドアを開けると、あっさりドアが開いたのだった。顔を見合わせて同時に家の中に入る。
家に入るとすぐに白髪頭の厳ついお爺ちゃんを見つけた。
「(なんだいるじゃん)カーネルじいさんなんで返事しなかったの?」
「そうだぞ。ナマエが家の前で困ってたんだからな」
じいさんの背中に向かってそう言う。
背中を向けていたカーネルじいさんがすごいゆっくりだったけど振り向いてくれた。「今日もパン持ってきたよ」とかごを持ち上げてみせる。
「アリガトウ。デモオ腹減ッテナインダ」
「?そっか。じゃぁお腹減ったら食べてね」
テーブルの上にかごを置く。せっかくの焼きたてだけど、じいさんがお腹減ってないなら仕方ないしね。
「おいじいさん。昨日じいさんの家の周りウロウロしてたっつー怪しい奴に会ったか?」
「怪シイ奴?」
「おう。長ぇ帽子かぶってる太った奴って聞いたんだけどよ」
「なんか知んないのか?」そうおじさんが椅子に座ってるじいさんに合わせてかがみながら聞いているのを見ていたとき、じいさんの様子がおかしいことに気付く。
なんだか小刻みに震えてる気がして、「じいさん?」と声をかけようとしたとき、
「え、」
じいさんの顔の皮膚と着ていた服が破けてあっと言う間に見たこともない大きな鉄の塊みたいになってしまった。
「な、なんなんだこりゃ!?」
「カーネル、じいさん、」
椅子に座っていたはずのじいさんがいない。変わりにいるのは大きい鉄の塊。その塊から勢いよく後ずさりした酒屋のおじさんに、銃口みたいなのが向いた。
ドドドドドド―――
耳を塞ぎたくなるような銃声と、すぐに巻き上がる埃に顔を背ける。
埃が止んできておじさんの方をハッと見る。「ひっ、」
体にたくさんの穴が空いていた。ポッと黒い星の模様が浮き上がってきたと思えば、それはみるみるうちにおじさんの体を覆い尽くした。
そして、何もなかったかのように服だけを残してサラサラと砕けてしまった。
「(なにが、どうなってるの)」
頭の中で整理ができない。今の状況に追いつかない。おじさんは?おじさんはどうなっちゃったの?
ボーッと立ち尽くしていたけど、鉄の塊の方を見てみればまるで次はお前だとでも言うように顔みたいなのが私を見ていた。
「(怖い、)誰か、」
―――助けて。
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