「うーん……………………、んー?」


「1234567………」達筆すぎる字で綴られている漢字というものの画数を指でなぞり数えてみる。

今指さしている”裏”という字の画数はおそらく13画数。
リーバーさんから貸してもらった日本の辞書とやらを使って、神田から渡されたあの文献を読んでいるのだけれど。

今まで英語以外見たことない私にとって日本語、というか外国語はまったく未知の世界だ。
とくに日本語は画数多かったり一つの文字で色んな読み方もできるらしいから余計にわからない。


「うあぁぁぁわかんない!」


リーバーさんから借りた辞書二つと神田から渡された日本の古い文献がゴチャッと置いてある机に思いっきり突っ伏して「読めないー」と言えばくぐもった自分の声が聞こえた。

大体、つらつらミミズが走ったような文字(日本ではこれが上手に見えるんだとか)が縦に書いてあるもの渡されていきなり「これ読んで勉強しとけ」なんて言われたところですぐ読めるようになるかってんだ!

弱音は吐かないと口では言っているけど、正直もう音を上げてしまっている。
だって最初のページから一向に進まないんだもん。

顔を横に向けて頬に当たる紙の感触を感じていたとき、近くで椅子を引いた振動が伝わってきた。


「俺が読んでやろうか?」
「へ、」


聞いたことない声に顔を上げてみれば、ぜんぜん見たことない赤い髪の男の人が笑いながらこっちを見ていた。

咄嗟に言葉が出て来ずにただ目をパチパチと開いたり閉じたりを繰り返す。すると赤髪の人はもう一度「この日本の文献、俺が読んでやろうか?」と言った。


「え、いや、(誰?)」
「ナマエ・ホワイトだろ?」
「あ、あぁはい、うん」


「なんで知ってんだろう」と口にはしなかったものの、顔に出たのか「リナリーから聞いた」と言われたから「あぁ」と納得する。


「俺はラビ。ブックマンJr.って呼ぶ奴もいるけど」
「ブックマン……?」
「あーあー、んじゃラビでいいさ」


「まだパンダとも会ってねぇんだろ?」そう言われたが「パンダ?」とまったく思考が追いつかない。ブックマンとやらがパンダと関係しているんだろうか。

頭に浮かぶのは絵本で見た巨体で白黒、笹が好物の可愛い生き物。


「(ま、まさか本当にあのパンダがここに……………)」
あー、何考えてんのか丸解かりだから言っとくけど期待してるのと全然違うもんだぞ
「え、あ、そう………」


「なんだ」と思い切り肩を落とすと迎え側の席から笑い声が聞こえてきた。
「?」と見てやると「ははっ。あ、ワリーワリー、気にしないで欲しいさ」とヒラヒラ手を振られる。


「んで、日本語と睨めっこしてるくらいなら俺が読んであげるけど?」
「ラビは日本語読めるの?」
「まぁね」


ひょいっと私の手元から文献を奪い、スススと眼帯で隠されていない方の翠色の目を動かしていく。そして「ふーん」と呟いた。


「日本の古い武器の文献か」


「なるほどね」ともう一度呟くラビに「なんて書いてんの?」と聞くと「飛び道具の投げ方とか特性」と返って来る。

す、すごい……。本当に日本語読めるんだ。見た目チャラそうだし日本語読めるとか半信半疑だったんだけど。


「……俺が本当に読めるかどうか疑ってたろ」
そ、そんなことないよ!?
「へぇ」


疑わしい目で見てくるラビに「本当だってば!」と必死に言えば「まぁいいさ」と言ってくれた。
あんまり人を見た目で判断するのよくないんだな……。


「ナマエも日本人ならこれくらい読めるんじゃねーの?」
「あー、私見た目日本人だけど、育ちはイギリスだから日本のことサッパリなんだよね」
「そういえばナマエってハーフか?」
「うーん………、どうだろ」


通ってた学校の先生やティエドール先生なんかは私のことを「日本人だ」と言っていたけど、実際のところどうなのかわからない。
もしかしたら純日本人ではなくて日本人とどこか別の国の人とのハーフかもしれないし。

「んー」と唸っていると「まぁいいか!」とどうでも良さそうな声が耳に入る。

目の前の男はニカッ!と笑って「生まれなんてカンケーねぇさ」と言ってきた。

「自分から聞いて来たくせに……」そう言おうかと思ったが確かに今どうこう考えることではないから「そだね」とだけ返す。


「つかさ、日本の文献読むならユウに呼んでもらえばいいんじゃねーの?」
「ユウ?」


「誰だそれ」という意味を込めて顔を見れば「神田だよ。か・ん・だ」と言われ、パッと頭に思い浮んだ仏頂面とキレたときの顔。


「(そう言えばそんな名前だったな)」
「ユウってナマエの師匠なんだろ?」
「戦い方教えてくれてるのはほとんど神田だけど師匠はティエドール先生だよ」
「へぇ。それなら尚更さ。ユウに頼めばこのくらいの日本語教えてくれんじゃね?」
頼んで教えてもらってたらこんなに苦労してないよ


あの神田大先生がわざわざ私のために本を読んでくれるとか想像すらできないし。

バンッと辞書を叩けば「それもそうか」と頷くラビ。どうやら一目会って少しの会話をしただけであの性格を把握したらしい。

ふと思うがラビはどうして教団にいるんだろう。お客さんなわけなさそうだし。


「ラビってなんで教団に来たの?」
「今さらそれ聞くかお前………」
「え、」


そう言われても教団に出入りするのは探索部隊かエクソシスト、元帥くらいでお客なんてまず来ない。あとは入団しに来た新人さんくらい?


「あ、もしかしてラビ新人さん?」
「そーだよ。黒の教団に入団した新人エクソシストさ」
「わ、わぁよろしくね」


慌てて両手を差し出せば「よろしく」と同じく両手で握り返してくれた。顔はほとんど呆れ顔だったけど。


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