右肩の傷も無事塞がって、前と同じように動くようになった頃。
食堂でリナの隣に座りオムライスを食べていたとき。
資料を抱えた通りすがりのジョニーが「ナマエ、コムイ室長が呼んでたよ。十分経ったら来てだってさ」と一言残して言ったのでリナと顔を合わせて「任務かな」と首を傾げる。
十分後か。ゆっくりオムライスを食べたかったが仕方ない。半分も食べていなかったオムライスを一気にかき込んでお茶をグビッと飲み込み「行ってくる」と言う。
私だけ呼ばれている、ということは今回の任務はリナと一緒じゃないらしい。
実は今まで彼女と同伴の任務は、こないだの応援に行ったときと、それ以前に一回行ったやつしかない。
前に一度だけ「なんで一緒になんないの?」と聞いてみたところ、そのときの戦力バランスだとか言われた気がする。
初めての任務のときも言われたが「わがままは聞けない」のだ。いくら嫌な奴と一緒になろうが私たちエクソシストは黙って命令を聞かなければいけない。
なんてことを考えながら指令室に向かい、資料が散らばってる床に足を踏み入れる。指令室の中心のソファには既に二人座っていた。
「よっナマエ!」
「ラビ。……と神田?」
「………………。」
「よっ!」と笑いながら手を上げるラビの横で私が来たことなんか無視しているように腕を組み静に座っている神田。
二人が視界に入ってすぐに「え、もしかして」とコムイさんに目を向ければ「うん」と頷かれた。
「今回はナマエちゃんと神田君とラビの三人で行ってもらうよ」
「あ、やっぱそうなんだ………」
もう一度ソファに座る二人に顔を向けると「よろしくさぁ」とラビが軽く言った。
それに対し神田は相変わらずこっちを見ようとはしない。まぁいつものことなんだけどさ。
「ナマエちゃんも来たことだし任務の説明をするよ」
コムイさんがそう言うと、ジョニーとダップが資料の冊子を渡してくれた。パラッと捲って流し読みをしてみれば「イノセンスの奇怪現象」という文字が見えた。
「場所はアメリカ、地図で言うとこの辺りだね。この街で起きた奇怪現象について調べて来て欲しい」
「へぇなになに?街にあるお菓子屋の飴を食べた大人が子供の姿に………?」
ラビが資料の冊子の内容を読み上げているのを聞き、「何それ」と自然に口が開く。
「飴を食べて子供に……?」
「その飴を食べた人間は70を超えた老人だったんだけど、食べて気付いた瞬間に若い青年になっていたらしいよ」
「なんか御伽話に出てきそうな飴だね」
「だな。んで、その青年になった爺さんはどうなったんさ?」
「それが青年になってから一日経った途端に元の老人に戻ったんだ」
「その奇妙な話を他人にしても全く信じてもらえなかったらしいけどね」と続けるコムイさんはため息をついて更に続ける。
「あまりにも老人がうるさいものだから友人が食べてみたけど、何も起こらなかった」
「だったらその爺さんが見た夢で、ボケて現実と間違えたとかじゃねーの?」
「僕もそう思ってるよ。でもイノセンスの奇怪が原因の可能性がないわけでもなくてね」
「なんで?」
話を聞いている限りではイノセンスの可能性なんてぜんぜんなさそうなのに。人員を三人も割いてしまっていいのだろうか。
そういう意味を込めて聞くと「アクマの出現報告があったんだ」と言われた。なるほど。
「アクマの破壊ついでにイノセンス探しと思ってくれればいいかな」
「だからって油断はしちゃダメだよ」コムイさんのその言葉が耳に入った途端、資料を持つ手に無意識に力がこもった。
そして自分に「大丈夫」と心の中で言い聞かせるよう何度も呟く。
「じゃぁ行くとしますかー」
「うん。ってあれ?」
「ん?どした?」
「ラビ、団服もう出来てたんだね」
「気付かなかった」と言えばラビはニッと笑って「似合うだろ!」と言いながら目の前でクルッと回って見せてきた。
神田のような長いコートではなく丈が短くて、どちらかと言うとオシャレを意識した団服。
私はてっきり男性用の団服は絶対ロングコートじゃなければいけなのかと思ってた。デイシャのはポンチョみたいな団服だけど。
「ラビの団服オシャレだね」
「そりゃ俺がすんごい頑張ったからね!」
ラビの団服をまじまじ見ていると胸を張ったジョニーが「バンダナとかも拘って作ったんだ」と言っていた。
その隣でダップが「ジョニーそういうの得意だもんな」と笑っている。
もう少し喋りたいところだけど早々と現地に行かなければ。じゃないとそろそろ神田が怒鳴り始める。
「今回は指令室からのお見送りで申し訳ないけど、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます皆!」
指令室のドアに向かう途中で振り向き、暖かい視線を向けてくれる化学班の皆に手を振ってその場を後にした。
「(で、やっぱこれなんだよねぇ………)」
この三年間、任務を受ける度にこうして屋根伝いを走り汽車に乗り込むという毎度恒例な作業。
片手で足りるくらいには普通にホームから汽車に乗ったことはあるものの、飛び込みの頻度が多いわけで「はぁ」とため息をつくとそれに気づいたラビが「どした?」と首を傾げた。
「あ、いや別に………、」
「?」
どうせタダで乗り込めるならこんな風にわざわざ屋根伝い走らなくても、と一度文句を言ってみたことがある。
それを教えてくれたのはマリだったかな?もしホームにAKUMAがいたとして、人の多いところで戦闘になるよりも建物の上の方が被害が少なく済むからだと教えてもらった。
そのときは「なるほど」とすんなり納得できたが毎回毎回こうも走らされていると、ため息もつきたくなる。
私の場合は毎度着地であったり飛ぶ際に失敗するから命がけだし。
曖昧に笑って誤魔化していると、少し前の方を走っている神田が「はっ」と鼻で笑ったあとにチラとこっちを向いた。
「飛び込む度に人の手借りてちゃ、そりゃ申し訳ない気持ちにもなるだろーな」
「うっ…………、」
神田の言葉がやけにグサッ!と胸に刺さった。
「(そ、そりゃ、迷惑かけちゃってるよなーとかは、お、思ってるけど)」
「口に出さなくてもいいじゃんか!」と前方に向かって言えば「ふん」とまた鼻で笑われた。(チクショー!)
そして黙って聞いていたラビが「ナマエ乗り込むの苦手なんか」と聞くから素直に「うん苦手っていうか嫌い」と言うと。
「じゃぁ俺が運んでやるさ」
「へ、」
手をサッと出され、わけもわからずその手を掴めばグイッと体ごと引き寄せられる。「へ、」
いきなり抱え込まれて思わず顔に熱が溜まるが次の瞬間にそれは引っ込むのだった。「大槌小槌、」
「伸――――――!」
「ギャァァァァァァア!」
「っウルセェナマエ!………チッ」
グンッ!と吸い込まれるような感覚のあとにヒュンヒュン襲ってくる風の抵抗。
ぎゅぅ、とラビの団服を掴むと「大丈夫だって」と声をかけられた。けど大丈夫に感じないんだよ!
ぐんぐん進んでいくと汽車が見えてきた。このスピードだともう数十秒で着くだろう。
「ねぇどうやって止まんのこれ!」
「あー、口閉じてろよナマエ」
「え、」
言われた通り慌てて口をぎゅっと結べばラビの抱える腕の力が強くなった気がした。
手馴れたようにこの瞬間移動(?)を使ってるみたいだから着地も慣れたものなんだろう、そう思ったがまったく落ちないスピード。
「(え、もしかしてこれこのまま突っ込むんじゃ)」
ドオォン!
大きな音を立てて走る汽車の上に着地ていうか直撃した。
なんとかラビが上手く抱え込んでくれたから大怪我はしなかったものの、あの衝撃音に恐怖が隠せない。
張本人は「あははー。いやこれ加減が難しいんさー」と呑気に笑ってるし。
「あははーじゃないわ!任務に行く前に死ぬかと思ったじゃん!」
「悪かったって!」
「そんなんで済むか!」
「でもナマエが飛び込み嫌とか言うから運んでやったのに、」
「嫌とは言ったけど運んでなんて言ってないからね!?」
「二度と頼むもんか!」と転がりながらギャァギャァ言っていると、「何してんだお前ら」という声が後ろから聞こえ、首だけ向ければ冷めた顔をした神田が立っていた。
え、もう追いついたの?あのスピードに?という意味を込めて顔を見れば「遊んでねぇでさっさと立ち上がれナマエ」と悪態つかれた。好きでこんな恰好なったんじゃねーわ!
これからは真面目に飛び込み乗車の鍛錬しよ…………。
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