店の奥から現れたのは若い女の人だった。見た目からして神田やラビよりも年上のようだ。

そして女の人を見た瞬間に、私を抱っこしてくれているラビが「ストライク!」と言うから驚いて顔を上げれば目がハート型になっていた。(うわぁ……)


「オネーサンこのお菓子屋の主人!?」
「え、えぇ一応。アーシャっていうの」


「めっちゃ美人サン!」などとラビの謎のテンションに引き気味の女の人、アーシャさんの言葉がひっかかり「一応?」と首を傾げる。


「このお菓子屋を始めたのは曽祖父で、一年前までは祖父が店の主人だったのだけれど……。病気で亡くなってしまって」


「それで孫の私が継いでお店をやろうと思ったんだけど、どうにも上手くいかなくて。今はほとんど閉めた状態だから、一応」と苦笑いをしながら言われた。

もう一度店の中を見渡してみるととても分厚い蜘蛛の巣がキャンディが詰まった瓶にかかっているのが見えた。ほとんど閉めた状態でもせめて掃除はしよう。


「あなたたちこの辺では見ないわよね?町の人ならこのお菓子屋が閉まってること知ってるはずだもの」
「この店に体が縮む不思議な菓子があると噂に聞いて探しに来た」


神田がそう言うと、ラビは緩んだ顔を一気に変えさりげなく抱えた私をアーシャさんに意識させるように持ち上げた。

アーシャさんは「体が縮む?」と首を傾げ、少ししてから顔を青くして「ま、まさか本当に縮んじゃったっていうの……!?」と言った。


「あれはダニー爺さんの冗談じゃ、」
「多分そのダニー爺さんって人のせいで縮みました………」


「うそぉ………、」と声を零した彼女に「嘘じゃないんです私本当は13歳なんです!」と声を張り上げながらブカブカの団服の袖をヒラヒラと揺らしてみる。
しかしまだ信じていないのかそれとも困惑しているのか。彼女は青い顔のまま「私や他の人が食べてもなんともなかったのに」と呟いているだけだ。


「ナマエ。イノセンスの音は聞こえるか」
「あ、ちょっと待って」


意識を集中させて音が聞こえないか耳を澄ましてみるけど、聞こえたのは三つの音だけだった。
一つは聞きなれた神田のイノセンス、六幻の音。二つ目は私の言ノ葉。そして三つめは初めて聞くラビのイノセンスのもの。

他の音が聞こえないか試しても、聞こえて来るのは外の雑音だけ。首を横に振って「聞こえない」と言えば「チッ!」と盛大な舌打ちをされた。おい。


「最初にジジイが食った菓子はどれだ?」


青い顔をしたアーシャさんを無視して神田が仏頂面のまま聞くと、それに反応して棚の一番奥に手を伸ばし何かを取り出していた。

「この飴だったと思うわ」と見せてくれた小瓶の中には色とりどり……とは言い難い気色悪い色をした飴が詰まっていた。ていうかそれ本当に食べ物?
私とラビは露骨に顔を歪めたけど、神田は気にも留めずにアーシャさんから瓶を受け取りジーっと見つめている。

瓶の中の飴から音が聞こえないかと思ったが、どうやらこの飴はイノセンスではないようだ。音がまったく聞こえない。


「これからは何も聞こえないよ」
「だろうな。どう見てもただの飴だ」
「食べて見るとか?」
あァ?
ごめんなさい


ギロッと睨まれて咄嗟にラビの団服にギュッと捕まる。見ただけでわからないなら食べればいいと思っただけなのに!

今にも六幻を手にかけそうな神田を「まぁまぁ」とラビが宥めて「でも、」と口を開いた。


「でもナマエの言う通り、食ってみないとこれが原因なのかわかんねーよなぁ」
ならテメェが食え
「いやいやいや別に食べてみよーっつー話になったわけじゃねーだろ!?」


「ていうかこんな気色悪い色の飴なんか食いたくねえさ!」と首を横に振るラビ。
はっきり言っちゃってるけど一応お菓子屋の主人がいる前なんだからもっと遠回しな言い方した方が……。


「この飴ってアーシャさんのお爺さんが作ったんですか?」
「えぇそうみたいよ。いつ作ったかはわからないけど」


賞味期限とか大丈夫なの?」と思ったけど顔に出たのか「化学調味料使ってるから大丈夫」と言われた。


「ここにある菓子は全部手作りなんさ?」
「ほとんどは別のお店で買ってきたの。手作りのものの方が少ないわ」
「じゃぁチョコはお爺さんの手作り?」
「チョコ?」


「どうしてチョコ?」という表情をされたから「私、その飴じゃなくてチョコを食べて小さくなっちゃって」と言うと「そうだったの!?」と驚かれた。
どうやらアーシャさんはあの気力悪い色の飴のせいで縮んだと思っていたらしい。


「どのチョコかしら………。買ってきたのもあれば作ったのもあるし、」


あごに手を当てて少し悩んだあと、「そういえばダニー爺さんがこのチョコ漁ってたわ」とチョコがぎっしりつまった木箱を持ってきてくれたアーシャさん。
蓋が埃被ってるのは目を瞑ろう。


「これは私が作ったの。味見してみたけど体はなんともなかったわ」
「そ、そうですか…………」
「なぁ。手作りのお菓子ってどこで作ってるんさ?」


黙っていたラビがそう聞くと、アーシャさんは「作っているのは奥の作業場よ」とお店の奥を指さした。すぐに神田が奥に入って行き私とラビもそれに続く。

あまり広くない、むしろ窮屈な作業場には埃が厚くかかったガスコンロが置いてあるだけで変わったものはとくにない。

入ってすぐに神田が「音は聞こえるか」と聞いてきたけど、この作業場からも音は聞こえてこないことを伝えると「チッ……」とまたも舌打ちされた。

私の体が小さくなってしまった原因は確実にここで作られたチョコで間違いはないと思ってる。でも………………。


「もしかして今回ハズレなんじゃ…………」
「え、なんでそう思うわけ?」


「イノセンスって簡単に見つかるもんじゃねーんだろ?」とラビが私の顔を覗き込みながら言う。それに「まぁそうなんだけど」と返した。


「私イノセンスの音を聞くことができるんだよ。近くにあればあるほど鮮明に。でもこの狭い作業場にるのに何も聞こえて来ないから」
「なるほど。ちなみにナマエが関わった任務でイノセンスはほとんど見つかってるんさ?」
「最終的にはナマエが音を頼りに見つけてる」


黙っていた神田がそう言うとラビは「じゃぁナマエの言う通りかもな」と苦笑いをした。

今回の任務はハズレという結果になったわけだが、ではダニーさんや私が若返ってしまった原因がまだわからない。

そんな中、いきなり神田が作業場の棚を漁り始めた。よく余所の棚勝手に漁ったりできるよね。
「ある意味尊敬するわその神経」と、声には出さずに黙って棚を物色している神田を見ていたら、ふとその手を止めていた。よく見れば手のひらに収まるくらい小さい瓶を持っている。


「神田。何か見つけた?」


神田が今どんな表情をしているのかまったくわからない。けどなんとなく機嫌が悪くなったのはわかったていうかハズレってわかった瞬間に機嫌悪くなったのは雰囲気でわかってた。

触らぬ神になんとやら。静かに神田から離れていく途中「おい」と低い声が作業場に響いた。黙って見守っていたアーシャさんの肩がビクリとはねる。


「な、なにか?」
「この瓶の中身はなんだ?というかどこで手に入れた」
「あ、あぁ。それね。祖父が古い友人から受け取った化学調味料って言ってたけど、」


「それが何かしたかしら?」というアーシャさんの問には答えずに小瓶を睨みつけている神田。ラビが「ユウなんか見つけたのか?」と聞くと、神田がひょいと小瓶を投げて渡した。
ラビにかがんでもらい一緒に小瓶のラベルを覗き込むと、


”コムビタン”という文字が小さく書かれていた。


「コムビタン?変な名前の薬だな」
「……………なんかどっかで聞いたことある気がする」


首を傾げるラビの横で喉に手を当てて「ここまででかかってる!」と言うと、神田が「はぁ」とため息をついた。
そして小さく「コムイ」と呟いたのを聞き一気に頭の中に浮かんでくる。

以前任務報告をしに行ったときのこと。
何徹明けかわからない化学班の皆がもう死ぬんじゃないかというくらい疲れきっていたところに何故か元気なコムイさんがやってきたのだ。


「おまたせー!徹夜明けの救世主!”コムビタン”だよぉ!」
「室長、なんなんすかそれ」
「ふっふっふー!聞いて驚け!このコムビタンは肉体を劇的に元気にしちゃうスンバラシィー薬なのだ!」
おおおおおお俺にそれを下さい室長ぉぉぉお!
「あ、こら待てジョニー!」
「あ、ナマエちゃんも飲んでみるかい?」
ナマエに変なもの渡そうとするなこの変態!



とまぁリーバーさんの静止も聞かずにコムイさんからコムビタンを受け取り飲み干したジョニー。
しかし数秒後に体温が急激に上がって医務室に運ばれていったのを覚えている。

他にもリナから聞いた話では色んな薬を作っては周りに迷惑をかけているんだとか。それをラビに一通り話すと、乾いた笑いをしていた。

神田曰く、このコムビタンという薬の効き目が偶然現れたのが私とダニーさんだったのではということ。じゃなかったら他に若返るという説明がつかないらしい。


「マジ?俺初任務がこんな結末とか嫌なんだけど」
私だって任務先でコムイさんの暴走の被害に合うなんて嫌だったよ!


ていうかいつ元の姿に戻れるの!




あとがき


コムビタンは誰かが持ち出してしまって流れ流れてアーシャさんのお爺さんの友人の手へ………。



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