話についていけていない様子のアーシャさんに、ダニーさんと私が若返ってしまったのは”賞味期限を伸ばすために使った化学調味料”が原因だと伝えた。
実際は化学調味料なんかじゃないんだけど。

アーシャさんは手作りのお菓子のほとんどにその調味料を使ってしまったと顔を青くしていたが、効き目が表れる人は中々いないみたいだから大丈夫だとラビが言った。
もし現れたとしても原因はこれのせいで、しかも効果は一日。運が悪かったと思うしかない。

失礼なこと言うけどここのお菓子屋誰も買いに来てないみたいだからその辺の心配は大丈夫だと思う。

とりあえず原因である化学調味料……コムビタンを預かることにして私たちは宿に戻ることにした。
来るとき同様に私はラビに抱えてもらいながらお菓子屋を出る。

宿に着いたのはちょうどお昼を過ぎた頃。
地面に降ろしてもらい荷物の上に小さくなったせいで意味をなしていないショートパンツをたたんで置くとため息が出た。「はぁ、」


「ん?どうしたナマエ。ため息ついて」
「だって体が元に戻るの明日なんだよ?ため息つきたくもなる…………、」


腕が出て来ずにダランと垂れた上着の袖を睨んでいると、頭上から「ハッ」と鼻で笑う声が聞こえた。
確認するまでもなくそんなことする奴なんて一人しかいない。


「どうだかな。あのジジイは一日で元に戻ったらしいが、お前が明日元に戻る確証がどこにある?」
「そっそれは!そうだけど………………、」


キィィィィイ!何も言い返せない!

睨んでくる神田から逃げるようにラビの背後に隠れる。ラビは「まぁまぁ」としゃがんで私の頭を撫でてくれた。


「原因は教団の化学班、てかコムイが作った薬なんだろ?だったら連絡してみればいいんじゃね?」
「あ、そっか」
「いや気付けよ………………」


呆れた顔をされたから「思いつかなかったの!」と言えば神田から感じた「だからお前は頭も弱ェんだよバカ」という言葉を含んだ視線。
もういっそのこと口で言って睨まないでさぁ!

ラビと二人でコムビタンのことを聞くのに宿のロビーで電話を借り、無線ゴーレムを繋げると数秒後に無線音が鳴りガチャリという音が受話器越しに聞こえた。


『はいこちら化学班のリーバー』
「あ、もしもし?ラビっす」
『おうどうした?イノセンスの情報でも集まったか?』
「それだよそれ!おたくの室長サンのせいでこっちは散々さ!」
「(散々なの私なんだけど…………)」


受話器の向こういるんであろうリーバーさんに怒鳴るラビをジト目で見つめていると「室長が何かしたのか?」ともっともな声が聞こえた。

ラビが今回の任務はコムイさんが作ったコムビタンという薬の失敗作が原因だと伝えれば、リーバーさんが向こうで「室長ォ!またアンタは可笑しなモン勝手に作りやがって!」と怒鳴っていた。


『変な薬作る暇あるなら仕事しろっつってんでしょーが!』
『えぇー?僕そんな薬作った覚えないよ?なにせ作った数が多いからね!
ふざけんな!


この無線の向こうで繰り広げられている会話を聞いてなんとなく気付く。多分本部に戻るまで元に戻る方法わからないだろうな。
ラビも同じことを思っているのか哀れみの視線を投げてきた。

コムイさんへの説教が終わったのか後にまわすのか、リーバーさんには「ナマエには申し訳ないが体が縮んだ件に関しては様子を見てくれ。最初の情報通り明日元に戻ればそれでいい。
戻らなかったらこっちに帰ってきたときに方法を考えよう」と言われた。

無線を切ると、ラビは「ま、しゃーねぇか」と一言。


「っつってもこのまま明日まで何もしないわけにいかねーよなぁ」
「そうだよね。もともと今回の任務はイノセンス探しよりもAKUMA退治がメインだったし」
「探索部隊と合流してAKUMAの情報でも聞きにいくか!」


と、そこまで言ってから思い出したように「あ、」と呟き私を見下ろすラビ。「なんだろう?」と首を傾げたが私も「あ」と思い出し呟く。

自分の体を見下ろしてみる。一回り以上も小さくなった体でアクマと戦えるとは思わない。
さっき神田に言われた通り、”言葉”を操ることができてもきっと”一言””二言”で体力は尽きるだろう。

「どうしよう」と小さく言ったつもりが聞こえていたのか「大丈夫大丈夫!」と明るい声が上からかかる。見上げれば人のいい笑みをしたラビ。


「とりあえず探索部隊を探しに行くだけだし、途中でアクマが現れても俺がナマエを守ってやるさぁ」
「ラビ……………」


どうして彼はこんなに優しいんだろう。神田だったら「自業自得だ勝手にくたばってろ」の一言で終わりだよ絶対。

じーんとラビの言葉が小さくなった体にしみ込んでいく気がした。しかしそれに甘えるわけにはいかない。


「ありがとラビ。でも、これは自業自得だし何かあっても自分でなんとかしてみるよ」
「そうか?まぁ危なくなったら任せろよ」
「うん」


ということで今度はゴーレムを使って探索部隊に連絡を取ることにした。

イノセンスの奇怪現象の情報を集めていた探索部隊の一人と連絡がつき、合流するために宿から出ることになった。

町の中にいた彼とはすぐに合流ができ、今回はハズレだということを伝えると苦笑いをされる。


「AKUMAの出現情報は?」
「町外れを担当している探索部隊によれば昨日の夜に二体確認したとのことです」
「町外れ……、ねぇ」
「二体って、少ないね」


昨日の夜は五体。そして町外れに二体。てっきりもっといるのかと思っていた。少ないに越したことはないのだけど、なんだか拍子抜けだ。


「まぁ二体なら何人もで行く必要なさそうだな。俺かユウのどっちかが一人で行けばいいんじゃね?」
「なら俺が行く。複数よりよっぽどやりやすい」
「あーはいはい。んじゃ行ってらっさーい」


くるりと踵を返して歩き始めた神田の背中にヒラヒラと手を振るラビ。
私も何か声をかけようか?いや、かけても機嫌の悪い神田からは睨みか舌打ちしか返って来ない気がするからやめておこう。

アクマが出現した町外れまで案内するという探索部隊を見送り、「俺たちは町ン中でも歩き回るか」と言うラビに頷いて足を進めようとしたときだった。

グラッ!と眩暈がしたと思えば聞いたことがあるポンッ!という音が聞こえて急激に目線が高くなった。
音を聞いたラビがこっちを振り向くと「ナマエ、おま」と驚きの声を零している。

見慣れた視線の高さや腕の長さ。団服の上着の袖も履いているアーミーブーツもしっくり足にピッタリだ。「もとに、」


「もとに戻った……………、やったぁ!」


あまりの嬉しさに手を上げて喜び「ねぇラビ戻った!」とはしゃいでみるが、ラビは青い顔で「お、おうそうだな………、戻ったな」と目を反らしていた。

そんなラビに「なんで顔色悪いの?」と聞いてみれば「お前、それ、下………………」と腰当たりを指さされその先を見て見ると。「!?」

上着とブーツはきっちり着こんでいるのに何故か下だけパンツ一枚しかはいていない自分。


「(ショートパンツ脱いだこと忘れてた――!)」


なんでなんで!?」と慌てて上着の裾で隠しながら座り込みせめて見えづらいようにする。

運がいいことに周りにいた人は少ないようで私の叫び声に「なんだ?」と振り返っているくらいでパンツは見られてないみたいだ。

パンツ晒しながら大喜びしてた姿見られてたら恥ずかしさで死ねる気がする。

ラビに「気付くの遅えだろナマエ!」と言われ「ショートパンツを部屋に置いてきたの忘れてたんだよ!」と言い返していたとき。
前方から早足で戻ってくる神田の姿が見えた。わぁあの顔本で見たことある。般若って言うやつだ。

「ひぃなんで怒ってんの!?」と逃げたい衝動に駆られるしかしパンツを晒すわけにはいかないので逃げられない。

真っ直ぐ私の方にツカツカと近づいて来る神田にラビが「ゆ、ユウ?」と声をかけても反応しない。相当怒っていらっしゃる。

「か、神田?なんで戻って」と言おうとした瞬間バシィッ!と思いっきり重くて大きい布を顔面に投げつけられた。「ぶへぇっ!


デジャビュ!って何すんのいきなり!?」
バカだバカだとは思ってたが本当にバカだなお前!
「ちょ、何回バカって言ったよ!」


「さすがに傷つく!」重たい布を顔から退けながら見上げれば団服のコートを脱いでカッターシャツ姿の神田が目に入った。(あ、あれ?)


「もしかしてこれ神田のコート―――、」
「黙って着とけ」


そんな神田を茶化すように「ユウってば優しぃー」と笑うラビへの「うるせェよ二枚に下ろされてェか」と抜刀を忘れずに。今の神田ならやりかねないな…………。


「ほ、ほら!探索部隊の人待ってるんじゃない!?早く行った方がいいよ神田!」
誰のせいだと思ってやがんだ
「え、私コート貸してなんて頼んでな」


「ないよ」と続けようとしたけどギロッと今にも目が落ちてくるんじゃないかって言うほど睨まれて即座に口を閉じてもそもそと投げつけられたコートを羽織る。

そして「チィッ」と舌打ちをしてから素早く踵を返して足早にこの場から去って行く神田を見送る私とラビ。


「な、なんだったの神田……………」
「ユウって意外と紳士キャラなんだな」
あれが紳士の行動ならラビは紳士の存在を越えてるよ


ニヤニヤと遠ざかっていく背中を見つめるラビを横目に見上げながら私には大きすぎるコートをギュッと抱きしめた。


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