ラビの「一先ず着替えに宿戻るか?」という言葉に頷き、神田が貸してくれた(実際はそんな優しいものじゃないけど)コートをできるだけひきずらないように足を進めた。

いざこうしてコートを羽織らせてもらっていると、いかに神田の身長が高いかがわかる。腕だって袖から出て来ないし足だってすっぽり隠れて見えないのだから。
昔から体格差はあったけど、更にそれをつけられた気がした。まぁ男は成長が早いとリナが言っていたし、仕方ないのだけども。

だんだんと日が沈む時間が近くなり、活気がなくなってきた町をラビと肩を並べて歩く。

なんとなくチラチラと道行く人の視線が気になってしまう。
団服を着ているとどこに行っても目立つからそのせいだろうと納得させながら「アクマは町外れにしかいないのかな」と口を開くと、「なんで?」と短く返ってきた。

昨日は路地裏でアクマ五体に襲われた。そして町外れに二体。まさかイノセンスの奇怪現象の周りで十体もいないというのは有り得ないのではないか。
そういうつもりで言ったのだけど。


「残念だけど、ナマエの考えはアタリっぽいな」
「へ、」


ニヤリと笑ったラビがクルリと踵を返したのと同時に彼のイノセンスを発動させ、ガツンッと”何か”から衝撃を弾いていた。

飛んできた”何か”の先を見据えると片手を銃口に変えた女性――否、AKUMAだ――が口をこれでもかというくらいに弧を描かせてこっちを見ていた。


「イイ反射神経ダナ、エクソシスト!」
「そりゃどーも。でもジロジロ見られてて気付かない方がおかしいさぁ」


肩にかけたケースから言ノ葉を素早く出し、グッと柄を握った瞬間まだ女性の姿を保っているアクマの周りにぞろぞろと人が集まってきた。

「なんだ?喧嘩か?」「い今発砲音が聞こえたわ!」「アノ女ダ!」と口ぐちに言いながら恐怖を顔に浮かべる人たち。「イノセンス、発動」


――――――”貫け!”


”言葉”を使い威力を増して飛んでいく言ノ葉はアクマのすぐ横にいた男の人の体を貫き、すぐさま手元に返ってきた。

耳につく叫び声をあげて崩壊していく男の人を見て「人殺シヨ!」「殺される!」と口々にしている周りの人たちを、黙らせるように戻ってきた言ノ葉を向ける。


「早く転換しなよ。その恰好されてると壊しにくいんだよね」
「ダッタラコノ姿ノママ殺シテヤルヨエクソシストォ!」


次々に人の姿からアクマの姿に転換していくが、挑発しているのかボディの半分だけは人または顔だけ残していたり少々どころかかなり気味が悪い。

一斉に襲いかかってくるアクマを睨みながら言ノ葉の柄をもう一度握りしめたが、「伏せろナマエ――――!


「っ、」
「一気にいくさぁ――――――満!


慌てて伏せると巨大化した槌が頭の上を重たい音を鳴らしながら横切った。するとボディが潰れて「ギィアヤァ!」と醜い声をあげるアクマたち。ていうか、


急にあんな大きいの振り回さないでよ私まで吹っ飛ぶわ!
「だから伏せろって最初に言ったさ。ちゃんと避けてくれてたんだし結果オーライじゃね?」
もう少し周り気にして戦うことをお勧めするよ私は!


まぁ神田に言わせれば「他人なんか気ィ使ってられるか。巻き込まれる方が悪い」なんだろうけどさすがにあんな大雑把な攻撃はしないと思う。

等とラビに抗議しているが今は戦闘中だ。案の定ラビが取りこぼしたアクマが飛びかかってくるのが視界に入る。


「随分余裕なんだなエクソシスト!しかし余所見なんてしていいのか!?」
「余所見してるわけ――――――ないッ!」


まるで玩具のピコピコハンマーのようなものを片手に飛びかかってきたアクマと一歩間を空けて言ノ葉を振りかざすと、すぐオイルが零れボディから死臭が溢れ出てきた。それにしても、


「(この恰好戦い辛ッ!)」


羽織っている神田のコートはでかくて重たいから小回りを利かせた動きができない。さらに下はパンツ一枚だから下手に蹴りとかできないし!(まぁ自分が悪いんだけど!)

ほとんどラビがアクマを破壊してくれているおかげで数はかなり減ってきた。
残りを片づけるべく目を凝らすと、家々の屋根に立ち沈む夕日に背を向けているアクマが二体見えた。


「狙い辛いところに立ちやがって!――――家壊しても経費って落ちる?
壊す気!?


「俺コントロール苦手なんさ」「知ってる!だからって最初から壊す気でいることないじゃん第一人いたらどーすんの!?」と言い合っているが、アクマが銃口からどんどん弾丸を撃ってきている。

避けるために建物の陰に隠れながら「じゃぁアイツ等どーやって壊すよ?回り込んでたら時間かかるさ」と言うラビ。私は言ノ葉を両手に握り締めて建物の陰から出た。
「おいナマエ!?」と止める声が聞こえるが無視してアクマの姿を探す。夕日の燃える茜色で目が上手く開かない。けど、


「(どこにいるかは全部把握できた)」


右手に持った言ノ葉を持ち上げて縦に振りかざす途中で放す。これが、


本打ち―――――――。


体の軸が安定してもっとも投げやすいフォームだ。
ぶれることなく真っ直ぐ飛んでいく言ノ葉の行方は夕日で見えなくなるが、のちにアクマの叫び声が聞こえたので無事に破壊できたようだ。

右手で投げた言ノ葉が戻る前に次のアクマに向かって左手の言ノ葉を向かわせるべく、掌が上を向くようにしながら右肩の近くに持ってくるように構えた。


横打ち―――――――。


滑るように空を切って行く言ノ葉は弧を描いてみるみる遠くへ飛び、屋根に立つアクマに襲いかかる。が、


「同じ手は食わんっ!」


どうやら避けられたらしい。おまけに反撃してきたようでドンッと弾丸を撃った音も聞こえた。
音を頼りにその場から飛び退いてる途中、私のもとに返ってきた片方の言ノ葉を見つけ、手を伸ばす。

しっかり柄を掴みとりクルリと体を反転させ、その反動によってできた遠心力に合わせて手を放した。どんな体制でも投げれるように洗練されたフォーム。


逆打ち―――――――!


振り向き様に投げられた言ノ葉は横打ちのときよりも勢いを増して、先程避けたアクマに向かっていくようだった。

まさかすぐさま攻撃されると思っていなかったのか「よ、避けたはずが―――ギャァ!」という焦りの声のあとすぐに破壊音が聞こえた。

「ふぅ」と息をつき、まだいないかと目を凝らしたが姿が見えない。全部破壊したんだろうか。
いつの間にか日が落ちていた町を見渡していると、肩をポンと叩かれた。


「すげーじゃんナマエ!俺が言ったことちゃんと覚えてたんだな!」
「そりゃぁね」


「オツカレ!」と笑っているラビに私も釣られて笑ってしまう。

ラビの言っていたこと。それはついこないだ神田に渡された日本の文献の内容について。
日本語が読めない私の変わりにラビが翻訳してくれたところを必死に覚えていた。

ちなみに翻訳してもらったのはとある一部で、手裏剣という武器のことを必死に覚えた。

文献には円月輪のことは詳しく書いていなかったそうで、その変わりに円月輪にも役立ちそうな投げ方が書いてあった手裏剣の勉強をしたのだ。
おかげで安定した投げ方のレパートリーが増えた気がする。


「本当にありがとねラビ」
「いやいや。ナマエの努力の賜物だろ」


「暗くなる前に片づけられて良かったさ!」と伸びをしながら言うラビに「そうだね」と返しながら今度こそ宿に向かう。
その途中探索部隊と一緒に歩いてくる神田の姿が見えた。無傷のところを見ると、さすがと言うべきか。

距離が近づいたときにジッと見られ「な、なに?」と恐る恐る聞いてみるが返事はなし。

しかし羽織っている借りたコートをよく見れば埃だらけになっていることに気付く。あ。コート汚したこと怒ってるのね。


「わっわざとじゃないんだよ神田!宿に戻る途中でアクマ出てきたから破壊してたら埃だらけになって、」
「……………………。」
「ちゃ、ちゃんと帰ったらクリーニングしてもらうから!」


だから怒らないで!」わたわたとジェスチャーをしながら言い訳をしてみたけど何も言って来ない神田。え、もしかして相当怒ってる?

「どどどどどどうしよう!」と狼狽えていると、さらに神田が近づいてきた。咄嗟に両手で庇って目を瞑り「ぶたれる!」と思ったけど。


「(あ、あれ?)」


ぶたれるどころか怒鳴られることもなく横を通り過ぎられた。あまりにも拍子抜けで「か、神田?」と声をかけても当たり前だが振り向くことはない。

「なんだったんだろ」と呟いた声をラビに拾われて「さぁ?」というそっけない声が返ってきた。

とりあえずもうこの任務は終わりでいいだろうということで宿に荷物を取りにいき教団に戻ることとなった。


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