愛する父さんと母さんへ。

お元気ですか。体を壊したりしていませんか。パンは毎日ちゃんと売れていますか。

ナマエはこないだ15歳の誕生日を迎えました。教団の皆からたくさんお祝いしてもらえました。
早く家に帰って、一緒に迎えられなかった分の誕生日を二人にお祝いしてもらいたいです。

ナマエより。













「今回の任務はフランスにある有名な美術館に行ってもらいたい」
「美術館?」
「うん。なんでもその美術館に最近展示された絵画を見に来た人たちが、そろって目の前で懺悔をし始めたらしい」


それだけならイノセンスの可能性在りとは言い難いが、あまりにも様子がおかしい。


「ナマエちゃんには悪いんだけど、それを調べてきて欲しいんだ」
「わかりました」
「現地で神田君とマリ君と合流してね」
「(また神田と一緒か………)は、はい」


水路に向かうと、初任務で世話になったウィルさんがいた。


「わ、ウィルさんが一緒なんだ!」
「なんだよナマエ。俺じゃ嫌なのか?」
「ちっ違う!嬉しいの!」


慌てて「違う!」と言えば「可愛いこと言うじゃないか」と頭をわしわし撫でられた。
しかし悠長にお喋りしているわけにもいかないので早々教団を出て汽車に乗り、一等席のコンパートメントで情報を聞くことにした。

現地に着くなりウィルさんの案内で美術館の入口で他の任務終わりの神田とマリと上手く合流ができた。

文献で読んではいたが、目前に広がる宮殿のような建物を見て「でかい」と素直な感想を言う。

このだだっ広い美術館にイノセンスが?そう思い耳を澄ましてみたが入口からではイノセンスの音は聞こえて来なかった。


「ここからじゃ聞こえないや」
「そうか。だが情報通り、色んな人間の懺悔の声は確かに聞こえてくる」


美術館内の音を聞き取るために神経を集中させていたマリがそう言うと、神田がウィルさんに「案内しろ」と一言。
彼はすぐさま頷き私たちは美術館に足を踏み入れた。


「わぁ――――――、」


入った瞬間、別な世界に迷い込んだかのような感覚に襲われる。

ウィルさんに着いて行き、まず着いたのが綺麗な額に縁どられた大きい絵画が飾られた廊下だった。
私の身体の何倍もの大きさの絵画を横目に廊下を歩いていく。

外観で覚悟はしていたつもりだったが、この美術館は本当に広い。一日で全部の展示作品を見るなんてとてもじゃないができないと思う。

歩きながらもイノセンスの音が聞こえないかと耳を澄ましているがまだ聞こえて来ないので「問題の絵画ってまだ先なんですか?」とウィルさんに聞いてみた。返ってきたのは「まだまだ先だよ」だった。


「てっきりこの辺りの絵画と一緒に並んでるのかと思ってた」
「最近寄贈された作品だからな。もっと人が入る場所に飾られてるんだよ」
「なるほど」


絵画が並ぶ廊下を抜け、どんどん足を進めて行くうちに広い場所に出る。周りを見渡すと一枚の絵画が飾られていた。
しかし周りには誰もいないのを見るとこれは問題の絵画ではないことがわかる。それにしても、


「随分厳重なんだね。あれじゃ近くで見れないじゃん」
「あの作品は一度盗まれているらしいから、厳重に管理されてるんだろう」
「ふーん」


太いロープで仕切られ、絵の周りには分厚いガラスの囲い。女の人が微笑むあの絵画は私が本で見たことがあるほど有名なものだ。
一度は無事に戻ってきたが、それがまた盗まれては堪ったものではないのだろう。

足を止めて遠目から絵画を見惚れていたけど「観光で来てんじゃねぇんだよ」という厳しい声に足を動かした。

「せっかくフランスの有名な美術館に来たんだから少しくらいいいじゃん!」そう言おうと思ったけど
「相変わらずなんだなお前ら」とウィルさんに笑われたからやめることにした。成長してないと思われたくないしね!


「それにしても、今回の任務はティエドール元帥が羨ましがる内容だな」


広い場所を抜け、次の展示スペースへと行く最中にマリが言った。それに「確かに」と苦笑いをしてしまう。
思い浮かぶのはたくさんの美術品に囲まれて興奮している先生の姿。神田に視線を向ければ眉間に皺を寄せて機嫌の悪そうな顔をしていた。

何かにつけて帰ってくる度に神田を構い倒す先生。そりゃぁもう見てても鬱陶しいくらい。
まぁ先生は神田に嫌われてるのわかっててわざとやってるんだろうけど…………。


―――――、――――。


「あ、」
「?どうしたナマエ」
「聞こえた」
「イノセンスか」


耳に入ってきた微量な音。「イノセンスか」と聞いてきたマリに頷いて神経を集中させると、神田の六幻やマリの聖人ノ詩篇――ノエル・オルガノン――とも違う聞いたことのない音が聞こえた。

マリは懺悔の声を拾ったのか「どうやらここから近いようだな」と音の先を見据えている。

「行くぞ」と言った神田を先頭に動かす足を速め、目的地に急ぐ。そして、

先程の厳重な管理に置かれた絵画よりも、更に厳重な管理のもとに展示された一つの絵画に群がる人たちを見つけた。
木でできている柵は成人の肩までの高さがあり、太いロープのしきりが可愛く思えた。これではまるで動物園の檻の中の動物を見ている気分になる。


「私は夫がいるにも関わらず若い男性と恋に落ちてしまいました………。神は私の行いを赦してくれますでしょうか?」
「あぁ神よ!僕はなんて酷い人間なんだ!僕は医者であるのに患者の命も救えない人殺しだ!」
「神よ――――――。どうか私に審判を与えてください。天に昇るか地獄に堕ちるかの審判を!」


目の前に広がる光景に思わず「うわぁ」と自分でも驚くくらい引き攣った声が零れた。

今にも木の柵を飛び越えて行きそうなくらいに手を伸ばし、群がり懺悔を繰り返す人や赦しを請おうとしている人。神経を尖らせ絵画を睨むとハッキリ聞こえた。


―――――、――――。


「(間違いない)」


イノセンスだ。


「”神の天秤”をお目にかかりに来たのですかな」


振り向くと中年の男の人がニコニコと笑みを浮かべて近づいて来ていた。
「あなたは?」とマリが聞くと「この美術館の管理人をさせていただいております」と言った。

管理人と名乗った男の人が言っていた言葉が気になり「神の天秤って?」と聞いてみる。


「神の天秤というのは、あの絵画の名前です」


人の死後、天に昇れるか地獄に堕とされてしまうのか。生前の行いを神が天秤にかけて調べている絵なんだとか。


「管理人。神の天秤がこの美術館に寄贈されたのはいつ頃ですか」
「ここ一月前半前でしょうか。とある貴族がオークションで落としたものを譲っていただいたのですよ」


管理人の話によると、神の天秤の作者は大変有名な画家でどの作品も相当な価値のあるものになるらしい。
そんな画家が描いた絵画なら是非この美術館にと貴族に商談したところ、高い金額を払ってくれればと承諾してくれたんだとか。


「しかし、まさかあの神の天秤がこんなにお客様を呼びこむとは思いもしませんでしたが」


管理人が神の天秤に群がる人たちを細目に見ながら「これが天才画家の力なのでしょうか」と呟いた。

懺悔や赦しを請おう人々の先にある絵画―――――神の天秤。

マリから「ナマエに神の天秤とやらはどう映っているんだ?」と聞かれたけど、「ぜんぜんわかんない」と答えれば「お前らしいな」と笑われた。どういう意味。

ムッと口を尖らせて顔を逸らすと絵画に目を向けた神田が目に入る。
どーせ絵の素晴らしさなんて神田にわからないでしょ!」と失礼なことを考えてると目が合ってしまった。(ゲッ)


「なんだ」
「あ、いや、神田は神の天秤って絵画のこと、どう思う?」


失礼なことを考えていたことがバレないように「やっぱ先生の弟子だからすごいなぁとか思うの?」そう聞けば「絵なんかどれも同じだろ」と素っ気なく返された。予想通りの返事!


「それにしても、普通にあの絵画を見てる人っていないんですか?皆がみんなあぁしてるわけじゃないですよね」
「えぇ。あのように赦しを請おうとしている方々はみな罪悪感を抱えた者たちなんですよ」
「罪悪感?」


マリが管理人に視線を向けると、彼は静かに頷いたのだった。




あとがき


主人公がエクソシストになって五年目になりました。ようやく原作軸に辿り着いた………!

あと久しぶりにオリジナルキャラのウィルさんの登場です!

今回の舞台はフランスの有名な美術館!構造とかどんな風に展示されてるとかさっぱりわからないので名前は伏せていますがルー●ル美術館を想像してもらえるといいと思います!



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