「た、ただいまぁー………………、」
「おうおかえりナマエ」
水路のボートから降りる際に「ただいま」と言えば、ボートを漕いでいてくれたウィルさんが「おかえり」と笑顔で言ってくれた。
彼も同じ任務に行っていたのだからそう言われるのは変な感じがするのだけど、今回出迎えがないから言ってくれたのだとわかり嬉しくなる。
「ウィルさんもおかえりなさい!」
「あぁ。ただいま」
マリにも「おかえり」と言うと、「ただいま」と言ってくれた上に頭を撫でられた。
マリの大きい手で頭を撫でられるとほっとする。なんというか、歳の離れた兄的な感じだ。
もう一人同じ任務に行っていた兄的存在がいるけども、言ったところでどーせ返事なんて寄越さないだろうから何も言わない。
ほらもう一人でスタスタ先に行ってるしね神田のやつ!
「あれじゃぁコムイさんに報告しに行かないで真っ直ぐ修練場に行きそうだね」
「そうだな。一先ずこのイノセンスは俺が室長のところに持っていくから、ナマエとマリは神田を追いかけて来てくれ」
「さすがに今回は三人で報告してもらわないと俺が困る」と遠い目をしながら言うウィルさん。
私もマリもウィルさんの言いたいことはすごくわかるので「わかった」とすぐに頷いて神田を追いかけた。
予想していた通り、神田は修練場に来ていた。着いたばかりだからかまだ鍛錬は始めていなかったけど、これから始めるつもりだったんだろう。
私とマリが追いかけて来るのがわかると「なんだよ」と言いたそうな顔をされた。なんだよじゃねーよ!
「神田。お前任務はきっちりこなすくせに何故その後の報告は適当なんだ?」
咎める気はないのかマリは「どうせなら最後までしっかりやったらどうだ」と優しく言う。それに対して神田はバツの悪そうな顔をして顔を背けた。
「あいつに報告する度余計な話聞かされたりすんのがめんどくせぇんだよ」
「それに一人いれば十分だろーが」と言い踵を返し鍛錬を開始しようとコートを脱ぎ捨てカッターシャツまでも脱ぎ始める神田。
ウィルさんも言っていたが今回ばかりはそうもいかないので「でも今回は三人一緒に報告しないとダメなんじゃない?」と上半身をさらけ出した背中に向かって言うと。
肩越しに見つめられ、すかさず「チッ」と盛大な舌打ちをされる。
なんなのこのマリと私への反応の差!そりゃぁマリとの方が付き合い長いだろーし大人な対応だからイライラもしないだろうけどさ!
「すっかり機嫌悪くしちゃってるし」
「まぁ仕方ないな」
聞こえるように会話しているのに、聞こえないフリなのか無視しているだけなのかわからないけど、神田は六幻を鞘から抜いて鍛錬を始めてしまったので仕方なく報告にはマリと二人で行こうとした矢先。
『こいつアウトォォオオ!』
修練場に備え付けられたスピーカーからビリビリ響くような声が聞こえ、その場にいた全員がスピーカーに目を向けた。
「こいつバグだ!」「額のペンタクルに呪われてやがるアウトだアウト!」と次々に聞こえて来る門番の恐怖を交えた声。
『ペンタクルはアクマの印!こいつ奴等の………千年伯爵の仲間だ――――!』
ざわざわと修練場にいる皆が騒ぎ出す。
エクソシストになって初めて聞くスパイ侵入!スパイ侵入!と鳴る警報に心臓がドキドキと音を立てた。
教団に入ったときに私も門番の検査は受けたけどちゃんと人間だと判別してもらえた。
アクマだった場合教団内にいるエクソシストに破壊されてしまうとティエドール先生が言っていたが、誰が行くんだろう。
そう思い周りを見渡すと静かにコートを羽織りながらこの場を去っていく神田の姿を見つけ「ちょっと神田!?」と声をかけたがもちろん反応はない。
「もしかして機嫌悪いからってアクマに八つ当たりしに行ったんじゃ、」
「どうだろうな………………」
まぁ当たりだろう、と言いたそうなマリと顔を見合わせる。侵入してきたアクマも災難だな…………。
いや―――、
「(アクマに災難も何もないか)」
小さく笑えばマリが「どうかしたのかナマエ」と不思議そうな顔をして聞いてきた。「なんでもない」そう返しコムイさんのところに行くことを伝える。
あそこならばどんなアクマがこの教団に侵入してきたのか確認することができる。
任務終わりの疲れもどこかへ消えて、全速力で走ればすぐに目的地に着いていた。
バタンッ!と思い切り扉を開けばモニターを囲んでいた化学班の皆が一斉にこっちを向いた。「ナマエ!」
「おかえりなさい!」
「ただいまリナ」
「おかえりナマエちゃーん!」
「コムイさん。ただいま」
笑顔で迎えられ私も自然と頬が緩んだのがわかった。化学班の皆も「おかえりナマエ」と言ってくれたので「ただいま」と返したあとにモニターに目を向ける。
映っているのは不機嫌丸出しの神田に睨まれている白髪(はくはつ)が目立つ細身の男の子だった。
教団に侵入してきたと言うからてっきりレベル2のようなアクマを想像していたのだけども。
「これがアクマ?」と呟いた瞬間、モニター越しに「一匹で来るとはいい度胸じゃねぇか………」とおっそろしいくらい低い声が聞こえてきた。相当機嫌悪いな。
白髪の男の子が「ちょっと待って!何か誤解されて………」と何か弁解しているように見えたが次の瞬間、
ドン―――――――
門番の頭上から飛び降り重力に任せて六幻を振り下ろした神田。白髪の男の子に化けたボディが真っ二つにされたかと思ったが、
『なっ――――、』
左腕が大きく形を変えて六幻の攻撃を防いでいたのだ。男の子の左腕の変わりよう、まるで転換の途中のようにも見えた。
モニターに映ったそれを「なんだありゃ!?」「神田の攻撃を防いだぞ!」「やっぱアクマか!?」などと皆が口にしている。
―、――――――
「え、」
化学班の皆が騒ぐ中、耳に入ってきた聞いたことのないイノセンスの音。
私が零した声を拾ったリナに「ナマエ、どうしたの?」と聞かれ「音、聞こえた」と返したときには、向こう側で神田が「その腕はなんだ?」と問うていた。
『対AKUMA武器ですよ…………。僕はエクソシストです』
白髪の男の子の言葉に「やっぱり」と呟きモニターに映る形を変えた左腕を指さしていた。
「これ、イノセンスだ。音が聞こえる」
「何っ、本当かナマエ!?」
「うん。間違いない」
「だったら神田を止めねーと!」とリーバーさんは言うが、機嫌が悪い神田は男の子の言葉に聞く耳持たずに「中身を見ればわかることだ」と斬る気でいるようだった。
六幻を発動させ、刃の切っ先を男の子の顔目がけ斬りかかって行ってしまう。
『待ってホント待って!僕はホントに敵じゃないですって!クロス師匠から紹介状が送られてるはずです!』
「コムイって人宛に!」という男の子の言葉に、部屋にいた皆が一斉に口まわりについたコーヒーを拭っているコムイさんを見た。
一瞬時が止まったかと思いきや、「そこのキミ!」とコムイさんは近くにいた化学班の一人をビシッと指さし「ボクの机調べて!」と言った。
指の先はたくさんの資料が積まれておまけに蜘蛛の巣まではられているごちゃごちゃの机。
「アレをっすか………」と嫌そうに言う頼まれたその人。私だったら全力で断る。
一人ごちゃごちゃの机を漁っているのを余所に机の主は偉そうに立っているだけなので、
「コムイ兄さん、」
「室長……」
「コムイさん、」
リナ、リーバーさんに続き私も名前を呼べば「ボクも手伝うよー」と何事もなかったかのように机を漁り始めた。
「クロス元帥ってちゃんと生きてたんだね」
「てっきり死んでるのかと思ってたが…………、」
「まぁ簡単に死ぬような人じゃねーか」と笑っているリーバーさん。
片指で足りる程度しかクロス元帥には会ったことはないけど、聖職者とは思えないくらいの自由っぷりを見せつけられたのは覚えているので「確かに」と頷いておいた。
そんな会話をしていたら「あった!ありましたぁ!クロス元帥からの手紙です!」という歓喜と疲労が混じった声が聞こえ意識をそちらに向ける。
「読んで!」
「”コムイへ。近々アレンというガキをそっちに送るのでよろしくな。BYクロス”です」
「はい!そーゆうことです。リーバー班長神田君止めて!」
「たまには机整理してくださいよ!」
「神田!攻撃をやめろ!」と必死にインカムから神田に声をかけているリーバーさんだが、伝わらないのか何度も同じ言葉を繰り返している。
美術館での任務の腹癒せの八つ当たりもし損ねたわけだし相当機嫌悪いみたいだからそう簡単に神田は引かないだろう。
なんて思っていたら「ナマエ!お前ちょっと行ってきてくれ!」と頼まれた。「いやいやいやいや!」
「私行ったって神田が言うこと聞くわけないじゃないですか!?」
「そんなことはない!イノセンスの音を聞き取れるお前が説明すれば神田だって納得するはずだ!」
「頼む!この通りだ!」と両手をパチンと合わせられてしまい、周りを見れば皆も「行ってきてくれよナマエ………」「お前神田の弟弟子だろ」と言うような顔をしていたではないか。弟弟子関係ないじゃん!
結局「わ、わかりました」と部屋を出て門へと足を進めた。
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