「神田!いい加減その六幻降ろしてよ!」
「…………………。」
無視すんな!


私が門外に出てくるまで時間があったはずなのに、アクマだと思っていた白髪の男の子――確かアレンって言ってた――が神田に六幻の切っ先を向けられている状態のままだったのを見つけ「六幻降ろせ!」と言ったのに無視された。コノヤロウ!


「その子の左腕からイノセンスの音ちゃんと聞こえたから嘘言ってないよ!」


「今なんてすごくハッキリ聞こえてる!」と続けたとき、「イノセンスの音?」とアレンが小さく呟いたのが聞こえた。
説明したいけどとりあえず神田を説得しないといけないため顔をチラ見だけしておいた。

「それにクロス元帥からの手紙も見つかったんだからアクマじゃないってわかったし」そう言いながらもう一度六幻を降ろすように言ったのだけども。


邪魔するならお前から六幻の錆にしてやるかナマエ
なんでそーなんの!?


ギロリと睨まれた上に六幻を顔近くでチラつかされ思わず足ずさる。え、ちょっと今の本気じゃなかった?

ぱたぱたと羽ばたいているゴーレムに向かって「だから言ったじゃんか私じゃ神田止められるわけないって!」と叫べば「待って待って神田君」と明るい声が聞こえてきた。


「コムイか……。どういうことだ」
『ごめんね早トチリ!その子クロス元帥の弟子だった!ほら謝ってリーバー班長
オレのせいみたいな言い方!


まるでコメディのような会話に「私ここに来た意味あんのかな」とため息が出てきた。

おそるおそる神田を見てみると、まだ納得がいかないのか六幻を降ろすことも、アレンを睨むこともやめていない。

どうすればいいんだろう。そう思っていると神田の頭にぱこっと可愛い音を鳴らしたバインダーが襲いかかっていた。「もう、」


「やめなさいって言ってるでしょ!早く入らないと門閉めちゃうわよ」


「入んなさい!」と門を指さしているのはいつの間にか来ていたリナだった。

するとどうだろう。さっきまで私はもちろん、コムイさんの言うことさえ聞かないフリだった神田が大人しく引き下がったのだ。何か言いたそうではあったけど。

神田ってリナの言うことは比較的聞くんだよね。やっぱり付き合い長いからだろうか?と考えてみる。…………付き合い長いのは私もだけどな。

城内に入り、リナが自己紹介をしている最中、神田が背中を向けてどこかへ行こうとしていたが「あ、カンダ」と声をかけられて足を止めていた。肩越しから睨むのを忘れずに。
最初こそビクついていたものの、「よろしく」とアレンが右手をさし出すと、


「呪われた奴と握手なんかするかよ」


そう言い残してカツカツとブーツを鳴らしてこの場から去って行く神田。


「(差別………)」
「ご、ごめんね!任務から戻ったばかりで気が立ってるの」


見てわかるくらいにズーンと肩を落としたアレンをフォローするようにリナがそう言った。呪われた奴云々じゃなくて誰とも握手なんてしないと思う神田は。

行き場のなくなった手をどうするのか考えている様子だったが、アレンは体ごと私の方を向いて「初めまして」と右手を差し出していた。


「アレン・ウォーカーです。さっきは助けてくれてありがとうございました」
「ナマエ・ホワイトだよ。助けたなんて大袈裟だなぁ」


最終的に止めてくれたのリナだしね!
さきほど六幻の錆にされそうになったことを思い出して体にブルッと悪寒が走った。(あぁ怖かった…………)

「神田のあれは日常茶飯事だから」と気にしないように言ったつもりだったのだけど、アレンは余計に顔を青くさせていた。余計なこと言ったかも。


「それにしても、神田ってばどうしてあんなに機嫌悪いの?」


アレンに教団の中を案内する中、リナが不思議そうな顔をしながら聞いてきた。
確かに普段からあんな態度にしたって今日のあの機嫌の悪さは異常に思うだろう。


「あー、まぁ任務先で色々あって…………」
「「?」」


リナとアレンがそろって顔を見合わせた「?」と首を傾げた。私はため息しか出て来ない。

フランスの美術館で無事イノセンスを見つけてアクマも退治し、さっさと回収して「さぁ帰ろうか!」という訳にはいかなかったのだ。




この有様!一体どうしてくれるんだ!


見事に悲惨なものへと姿を変えてしまった美術館内の展示スペースを指さしながらカンカンに怒っている管理人。

「壊したのは私たちじゃないです」と言っても聞く耳を持ってくれない。


「この美術館は!フランス王がお造りになられた世界で最高級の美術館なんだぞ!」
「だったらこれだけで済んだことに感謝してほしいもんだな」


力説している管理人に対して「宮殿全部壊れなかっただけでもありがたく思え」そうピシャッと言い放つ神田。
私も今回は神田の言ってること正しいと思うけどその言い方はどうなんだろう。

「なっ!?なんだと!?」と顔を真っ赤にしながら「それに!」と続ける管理人。


「神の天秤を譲れだなんて!これは天才画家が描いた奇跡の絵画!この素晴らしさがわからない者に譲るわけには行くか!」


何が黒の教団だ!この疫病神どもめ!修理代はどうしてくれるんだ!?」とどんどん口が悪くなっていく管理人を
「まぁまぁ」とウィルさんが宥めながら「修理代の請求ならここにお願いします」と名刺を渡していた。


「神の天秤だってタダでと言っているんじゃありませんよ。美術館側が貴族からお譲りいただいた値段で買い取らせていただきます」
「ふん!だったら黒の教団はこの金額を出せるのか!?」


どこから出したのか電卓をパチパチ弾くと「これがこの美術館が神の天秤を買い取った金額だ!」とウィルさんの顔に押し付けるように見せた。
するとウィルさんの顔はみるみるサァと青くなっていく。「な、」


なんだよこの金額!?いくらなんでも高すぎだろーが!
「出せないのか?だったら修理代だけ置いてさっさと出て行」
ごちゃごちゃうるせぇ!黙って絵を寄越せっつってんだよ!
「ちょっと神田、言い方」
黙ってろナマエ
はい


なんで一々睨んでくるかな。

とまぁ、神田がついにキレちゃって「神田がただのガラの悪いチンピラにしか見えないんだけど」「また睨まれるぞナマエ」管理人に怒鳴り始めて、
挙句の果てに館長まで出てきちゃって管理人と館長相手に口論(神田はただキレてただけ)したけど、結局美術館が要求した金額を払うということで神の天秤を譲ってもらうことになった。

「だからだと思うよ」と黙って聞いていたリナとアレンにそう言うと、リナは「それは神田の機嫌が悪くなるわね」と苦笑いをしたので「あはは」と乾いた笑いを返しておいた。思い出しただけでも疲れる。


「そういえばナマエ。イノセンスの音が聞こえるって言ってましたよね?どういうことですか?」
「あ、うん。音がね、聞こえるの。どんな音って聞かれると説明できないんだけど………」


「今はアレンとリナのイノセンスの音が聞こえてるよ」と言うと「へぇ。すごいですね」と感心された。

果たしてすごいことなのかわからないが、おかげでイノセンス探しのときは手間が省けてるし便利と言えば便利なのかもしれない。

大体の場所を案内し終わったら、コムイさんがアレンの入団式を始めると聞いていたので私は一旦部屋に戻ることにする。


「それじゃアレン。これからよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」


もう一度握手を交わし、リナに連れられていくアレンに手を振っていると「アレンはどんな予言をもらうのかな」なんて先輩ぶった考えが過ぎった。
まぁ実際五年も先に入団したわけだし先輩は先輩か。


「(もう五年か――――)」


「あっという間だったなぁ」そう口から零れた声は、高く広がる城内に溶けて消えて行く。




その数時間後、アレンの入団式のあとの話。


ちょっと何この請求書の金額!?君たち何してくれちゃったの!?
「まぁ、ちょっと有名な美術館でテンション上っちゃったというか派手に壊しちゃったというか」
それなのになんで報告に神田君はいないのかな!
「あんだけ機嫌悪くなったのに神田が報告に来るわけないじゃないですか」


「これ以上報告することないです」そう言うと「ちゃんと三人で説明してよぉぉぉぉお!」というコムイさんの嘆きの声が指令室に響きわたった。


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