ベットの上に大きなトランクケースを広げて下着の替えと着替えと日常生活に必要なものをとにかく投げこんで入れてみる。
「(大体こんな感じかな……)」
一通り入れ終わってからケースの横にボフンと音を鳴らしてベットに座って部屋の中をグルリと見渡した。
10年間、ずっとこの部屋で過ごした。それは今からも変わらないんだと思ってたのに。
「私、エクソシストになる」
「な、何言ってるのナマエ、」
「私にしか父さんと母さんを守れないなら、なる」
「っやめてちょうだい!あなたはまだ10歳なの!子供に守られる親がどこにいるの!?」
「でも私にしかできないんでしょ!?」
もし昨日みたいに父さんと母さんが怖い思いするの、嫌だもん。
「だからなるよ。私」
エクソシストになる決意をして、フロワさん…じゃなくてティエドールさんは「よく言った」とニッコリ笑ってくれたけど、変わりに母さんがカンカンに怒ってしまってあれから顔を合わせてくれない。
こうして娘が旅立ちの準備をしてると言うのに手伝いもしてくれない。
「(当たり前、なのかな)」
怖い思いをした。皆を巻き込んだ。死の恐怖というものを知った。にも関わらず私はこれからそのために生きていかなきゃいけないらしい。
父さんも母さんも、怖い思いをした。だから怒りたくなる気持ちもわかるんだけども。
「(明日出発だからせめて仲直りしてから行きたいんだけどなぁ……)」
「今から謝りに行こうか」なんて思ってベットから立ち上がったとき、コンコンとドアがノックされた。「はい?」
「母さんだけど、入っても大丈夫?」
「あ、う、うん!」
まさか母さんが自分から来てくれると思わなくて咄嗟にベットに座ってしまった。
「荷物……、まとめたの?」
「うん。大体入れたよ」
「そう」
「………、」
「……………。」
「………………………、」
「…………………。」
き、気まずッ…!な、なんか母さん喋ってくれればいいのになんで黙ってんだろう。(もしかしてまだ怒ってて説教の続きとか…?)
なんてちょっと身構えてたら、「本当に行っちゃうのねぇ」としみじみ口を開いた母さん。
「あれだけ怖い思いをしたのに」
「……父さんと母さんを守るためだから」
「さっきも聞いた」
「ぅ………、」
「なんてね。母さんとゆっくり喋ってたらやっぱ行きたくない!って言うんじゃないかと思ったんだけど」
「残念」と泣きそうに笑う母さんになんて返したらいいのかわからなくて、俯いてしまう。
「もう怒ってないよ。ただ心変わりしてないか聞きにきただけ」
「(あ、そーなんだ)」
「…………おりゃぁッ!」
「うぉっ!?」
気付いたら威勢のいい掛け声と一緒にベットに倒されてた。「何すんの!?」と言おうとしたけど、ギュッと抱きしめられて口を閉じることになる。
「親離れにはまだまだ早いと思ってたけど、もうこんなに大きくなってたんだねぇ」
「かーさ、」
「ナマエがどんどん成長してくれるのが、私とマイクにとって何よりの喜びだったよ」
「……、」
「あんたはね、10年前にうちのパン屋の前に置き去りにされてたの」
真夜中で、他の店も店じまいした後だったから人通りもなくて。
なんとなく外が気になってドアを開けたら大きいかごの中にブランケットでくるまれた赤ん坊が入ってた。
その子は泣きもせず無邪気に黒色の目をパッチリ開いてた。自分が母親に置いて行かれたことも知らずに。
「それがあんただよナマエ」
「へ、へぇ……」
「まぁ今さらな話だろうけどね」
「う、うん」
自分が父さんと母さんと違うのは結構前から知ってたし、本当の子じゃないっていうのも前に聞いてる。
でも二人の子供になったときの話を聞いたのは初めてだ。
「ナマエっていう名前は、あんたが着てた変わった服に刺繍されてたの。ちゃんと読み方も描いてあった」
「まるでナマエを育ててくださいと言わんばかりにね」そう笑う母さんは続けてこう言った。
「ナマエは、自分を置いてった本当の親が許せない?」
「え、」
「私はね、私とマイクは違うの。むしろ感謝してる。だって、」
「ナマエっていう天使を、私たちに与えてくれたんだから」と、そのままギュウッと力を込めて抱きしめられる。
本当の親が許せないか?そう聞かれてもぜんぜんわからなかった。(でもね、)
「(私も感謝してる。ホワイト家の、優しい夫婦の娘にしてくれたことを)」
そして次の日の朝。私はティドールさんと一緒に、イギリスの片田舎を旅立ったのだった。
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