(Side:諸伏)
「大丈夫、彼を信じて」と笑ったあの子は、真っ逆さまにビルから落ちていった。伸ばした手は届かない。どしゃりと嫌な音が響いて目の前が真っ暗になった。自らの死を覚悟した俺の元にやって来たあの子が作った一瞬の時間。その時間が俺を救った。
そして、俺が助かった代わりに、あの子はいなくなった。あの子の声が、笑顔が、掴めなかった手が、頭から離れない。何度、夢であって欲しいと願っただろう。冷たくなったあの子は、どれだけ抱き締めても、どれだけ名前を呼んでも、笑ってくれなかった。
「ヒロのせいじゃない」とゼロはいつも俺に言った。でも、だったら、俺のせいじゃないんだとしたら。「なんで、あの子はタヒんだんだよ、」と両手で顔を覆った俺の声は震えていた。どうしてあの子がタヒななければいけなかったのか。
どうして俺は、あの子の手を掴めなかったのか。「俺が、一番傍にいたのに」と何度も、何度も、何度も。後悔した。「大丈夫」と笑うあの子を、毎晩夢に見る。いつか、お前のせいだと言われるんじゃないかと思って、眠るのが怖くなった。
限界まで働いて、気絶して、あの子を夢に見て、ハッとして飛び起きる。もう、限界だった。そんなある日、ベッドに倒れ込むようにして意識を失った俺は、久しぶりに朝日で目覚めた。いつものようにスマホを開いて、自分の目を疑った。
「……過去に、戻ってる…?」と呟いた俺は通話履歴、メッセージの送受信の履歴、全てを確認した。どれも見覚えのあるものばかりで、『今日』以降に起きていたはずの出来事は全て起こっていなかった。
「あの日を、回避出来る…?」と思い当たった一つの可能性にぞくりと背筋が粟立つ。あの日を、変えられる。あの子を、救える。「香澄ちゃんを、殺さずに済む…」と言葉にして、拳を握り締める。
自分の身に起きていることが、どれだけ突飛で有り得ないことだったとしても、あの子を救うチャンスがここにある。その事実が、俺を奮い立たせた。二度と、失わせない。伸ばした手を、届かせてみせる。
もう絶対に、あの子を死なせたりしない。そう心に誓って真っ先に連絡をしたのはゼロだった。「多分、俺の正体がリークされてると思う。悪いが、俺はここでリタイアだ」と手短に告げて通話を切る。俺も、香澄ちゃんも、まだ死ぬ訳にはいかないから。