総合得点は四八九点。まさかこんなに点数がとれるなんて思わなかった。不安だった魔法史なんてケアレスミスが一つ、古代呪文語なんて満点だ。なんなら得意な魔法薬学が一番ミスが多いまでもあった。多いといっても、かなり少ない方ではあるが。人魚パワー、恐るべし。
「エ、エペル見て、めちゃくちゃ高くない……?」
「ほんとだ、すごい……。僕は全然ダメだった」
眉を八の字に曲げて「この魔法薬学の点数じゃヴィルサンに叱られる……」と零したエペルの解答用紙を盗み見ると、普段の平均くらいの点数だった。しかし平均くらい、といっても、今回はどうも例外らしかった。クルーウェル先生もトレイン先生も不思議がっており、なんなら不自然すぎるくらいだった。五教科すべて平均点が八○点を上回っているのだから。普通に考えて、授業はずっと寝ているか私語をしている見るからに勉強できなそうな斜め前のサバナクロー寮生が九○点近く得点して舞い上がっている様子からして不自然だった。不自然というか、私にはその結果の原因について大方予想がついていたのだけれど。というか確信していたのだけれど。
「さて、全教科返されたであろうところで……この後上位五十位までの生徒の名前と得点ざ廊下に掲示されるので、気になる者は確認を。それでは教科書九三ページを開いて……」
不審に思いつつも続行するトレイン先生に、また眠気が誘う。これは次の試験でもフロイド先輩に頭を下げることになりそうだな、と思った。というかうちの寮長、今年はいつもより契約者が多いとかどうこう言っていたけれど、これって毎年恒例なのだろうか。だったらますます先生たちも疑った方が良いと思うけれど。
◈◈◈
放課後を告げるチャイムが鳴ると、クラスの半分以上の生徒がドタドタと音を立て、真っ先に廊下を飛び出していった。言わずもがな、順位発表だろう。あの急ぎように慌てようは流石に引くレベルだけど、私も順位自体は気になる。寮長に宣言をしたうえで、フロイド先輩にも勉強を教えてもらったのだから。
「いこ、エペル」
「僕は絶対入ってないと思うけど……ナマエは入ってるだろうね」
皆より遅れて廊下へと出ると、人がごった返していた。数量限定の料理が提供されている日の食堂とは比べ物にならなくて、マジフト大会のときのあのハプニングと同レベルくらいに、軽く百人以上がおしくらまんじゅうをしていた。遠くて見えないし、何よりきつい。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる生徒たち、もはや魔法史の教科書に載りそうな勢いまでもある。この人たち皆、うちの慈悲深〜い寮長のテスト対策ノートを使ったんだろうな。なんか、滑稽だ。
「い、いてぇ〜!!」
「なんだこの頭のやつは!!」
つい数十秒前までは順位のことで一喜一憂……というか一憂していた生徒たちが途端に悲鳴を上げたので、何事かと思えば、その場の八割の生徒の頭に何か生えていた。何あれ。え、何あれ。やたら長くて生々しいものが頭から生えていたので、その正体を突き止めるべく目を細めると、エペルは「イソギンチャク……?」と言ったのでストンと落ちた。あまり実物を見たことないけれど、言われてみればイソギンチャクだ。頭に同時にイソギンチャクなんて生やして、なんて悪趣味なのかと思えば、口々に「契約違反だー!」と叫ぶのが聞こえる。あ、あの悪趣味なのうちの寮長のせいなんだ。なら納得。
「引っ張られるー!!」
「どこ連れてく気だ!!」
頭にイソギンチャクが生えてしまった生徒たちは、まるでそれが体の一部のようになり、さらにはマリオネットのように引かれるままにどこかへ行ってしまい、残された数十人の生徒は口を開けたまま、唖然としていた。つい今しがたまで有り得ないほどに騒がしかったこの空間が、しんと静まり返り、嵐のような出来事だったな。そのおかげもあって、私やエペルを含めた後列で押されていた生徒は落ち着いて順位表を見ることができた。
「え、え……」
寮長の対策ノート、やばいが過ぎる。一位から順に目を追っていくと、三十位まではずっと満点だった。というか、これは同率一位になるのではなかろうか。ここまで満点って、五十位以内を正直舐めすぎていたかもしれない。寮長たちに馬鹿にされるし、フロイド先輩にも顔向けできない。
半ば涙目の状態で、諦めモードかつどこかで奇跡が起こるかもしれない、というふうに、三十位以降を指と目で追いながら探していると、そんな奇跡は起こってしまったようだった。『ナマエ・ミョウジ』の文字列が、一番端っこ……ではなくて、後ろから二番目にランクインしていた。四九位。四九位!?
「わーんエペル! 私入ってた!」
「うわっ! 急さ抱ぎづぐんでね!」
エペルの方言炸裂だ。フロイド先輩があだ名つけるよりレアで結構好きなんだよね。少し濁る感じ。それと、すごくいい匂いがする。ヴィルさんの言いつけなのだろうけれど、香水というよりヘアオイルか、シャンプーかのふんわりと優しい匂い。嬉しさでつい抱きついてしまったのを、エペルは露骨に嫌がったかと思うと、控えめに片手だけを背に回して「良かったね」と言ってくれた。正直方言のまま「えがったなぁ!」って言っているのも聞きたかった。エセエペル弁だから合っているかは別として。けれど本当に良かった。ギリギリだけど、寮長の役にも立てたし、単純に嬉しいし、早くラウンジに行って報告しなきゃ。
エペルから離れて、すっかり静かになったあたりを見渡すと、特徴的な狼と有名人がいた。へえ、ジャック・ハウルは契約してなかったんだ。見た目は不良だけれど、確かに授業は毎回出席しているような。なんだか、ノートを使わずにランクインした優越感がすごすぎる。フロイド先輩の助けありきだけれど。それからハウルの隣は……ああ、オンボロ寮の監督生か。彼もテスト受けたのかなあ、魔法使えないのに。実践魔法の試験はなかったから関係ないのかもしれない。
ハウルとオンボロ寮の監督生がイソギンチャクにつられるようにどこかへ行ったのを確認してもなお、私の昂りは落ち着くことを知らなかった。
「わ〜この嬉しさだと今日のラウンジの仕事も捗りそう」
「残念ですが本日の仕事はほとんどないですよ」
「え?」
高ぶった気持ちで、今日は嫌味を言われたって傷つかない自信があったし、むしろ浮かれてしまってお皿を割ってしまうのではないかと思うほどだったのだけれど、頭上から私の意気込みを否定する声が聞こえたので振り返ってから、見上げた。聞き覚えしかない声からその正体は確かめるまでもなくわかっていたのだけれど、いつかの食堂でのデジャブのようなものを感じる。フロイド先輩が後ろから私の肩に半ば体重をかけるようにしながら、私を見下ろしていた。副寮長は安定に少し離れた場所に。今日の仕事はほとんどない、も気になるけれど、それより報告が先にしたかった。
「フロイド先輩、フロイド先輩」
「なに? 二回も呼ばなくても聞こえてるって」
「え、へへ。私ランクインしました。……ギリギリ、ですけど」
「おや、フロイドの手を借りたとはいえ本当に入るとは大したものですね。ギリギリですが」
「ほんとだ、すごいじゃん。ギリギリだけど」
私からギリギリだって付け加えたにもかかわらず、他人にいじられるのはこうもうざったいなんて。間違いなくギリギリだけど。む、と頬を膨らませるとフロイド先輩はまた両頬を挟んで自然と空気が抜けた。この前から一連の流れになりつつあるし、私もフロイド先輩がもしかしたらこうするんじゃないかって思ってやってみた節はある。
そういえば数ターン前の、副寮長が言っていた「本日の仕事はほとんどない」ってなんだろう、と思い、口元を固定されたまま副寮長の方に視線だけ遣って小首を傾げると、流石は副寮長。私の意図を読み取ってくれた。
「本日の仕事がなぜほとんどないのか……それは今からラウンジに行ってみればわかります」
「そうそう。面白いもの見れるから、今から行こーぜ」
頬を解放した代わりに頭を軽く撫でて私の腕を掴むフロイド先輩。あ、もしかして怯まずにこの双子と話している、というかなんなら気に入られているのがバックにリーチ兄弟がついているっていう噂が広まる所以でもあるのだろうな。特にフロイド先輩の方、なんとなく近寄りたくない雰囲気があるもんね。取り残された数人が私たちの方ををちら、と見ては気まずそうに目を逸らしたりしている。あ、そうだ、エペル。
「じゃあまた明日ねエペル。いつでも食べに来てね」
「あ、うん……今度時間があったら行かせてもらうね」
空いている方の手でエペルの柔らかな紫色に手を振ると、嬉しい言葉が返ってきた。きっと社交辞令だろうけれど、またパンケーキでも焼肉でもなんでも奢るし、ヴィルさんに指図されない、監視のない場所でもあるだろうから、これを誘い文句にまた来てもらおう。
◈◈◈
いつもみたいにお決まりの寮服に着替えて、双子に連れられるままにモストロ・ラウンジに向かう。もちろん表からでなくて、従業員専用入口から入って、カフェの様子を窺うと、ひと言でまとめればイソギンチャク。色々な背の高さのイソギンチャクが、二百近く生えていた。そのイソギンチャクの前には、なぜか輝かしいスポットライトを一人で浴びる寮長がいた。やけに壮大たなあ。ミュージカルでも始まるのかしら。
「あはっ、やってるやってる」
「さてナマエさん。僕たちは寮長のもとに行きますが、あなたも来ますか?」
「あー……巻き込まれない程度に遠くで見てます」
そう言うと了解、と返ってきたので、背の高い二人に隠れるように、実際は隠れているかわからないけれど、後ろに着いていくと、二人は寮長の後ろ左右に立ち、私は離れたカウンター席で様子を眺めていた。なんだかヤクザみたいだなあ、あの三人。寮長がボスなのもなんだかんだ面白いけれど。
イソギンチャクの面々を見て、何か知っている顔はないかと探してみると、うちのクラスメイトが十数名と……あの前列にいるのは確か、マジフト大会でエキシビジョンマッチに出ていた。名前、なんだっけ。猫と、あ、トラッポラとスペードか。トラッポラは魔法解析学の選択授業が一緒だけれど、喋ったことはない。監督生は契約していないのにあとの三馬鹿は契約したのね。それにハーツラビュル寮だなんて、リドル先輩に知られたらどうなるかわかりきっているくせに、なんて愚かな。
「ちょっと待った。こんなん詐欺だろ!」
ほら、もっと愚か。トラッポラが先頭に立って声を荒らげると、周りにイソギンチャクたちも便乗するように抗議の声を上げた。詐欺も何も、寮長のことだからきっと騙すようなことはしないし、もしやったとしても契約書の見落としやすい部分に書いていたりしたのだろう。詐欺というより、完全にイソギンチャク側の自業自得のほかならない。少し考えれば私の頭でも、他にも対策ノートを持った人間がいることくらいわかっただろう。……それにしてもまさかここまでの人数とは思わなかったけれど。ぼーっと騒いでいるイソギンチャクたちを眺めていると、そのうちの一人……というか、例のトラッポラの目と合ってしまった。あ、まずい。
「アンタ、ナマエ・ミョウジ!」
「! はあ……」
「なあナマエちゃん。同じ学年だしさあ、この詐欺師なんとか説得してくんね?」
「でも契約したのはあなたたちだし……」
「そこをなんとか! 頼むよ〜!」
トラッポラと目が合ってしまったせいで、全イソギンチャクの視線が離れた場所にいる私の方に集まってしまった。巻き込まれないように、と思っていたのに、頼むよじゃないよ。詐欺師なんて人聞きの悪い。というかトラッポラ、私と話したことないのに私の名前知ってるんだ。トラッポラやスペードたちはよく問題を起こすだとかで有名だから私もわかるけれど……って、私も浮いてるんだっけ。イソギンチャクが手を合わせて、あの猫も地に前足をついて頼む! 頼む! と言ってくるのだけれど、そもそもこれは私ごときにどうこうできる問題じゃない。するとお決まりのように、寮長が手を叩いて注意を引きつけた。
「静かに。お忘れですか? あなたたちと契約を結んだのはナマエさんではなくて僕だ。そもそもナマエさんにはどうしようもない。わかったら契約内容を受け入れてください」
寮長の言う通りだ。私が他寮生ならあまり関わりたくないタイプなのに自ら契約を結んだうえ、契約事項をよく確認せずにだなんて、脳内お花畑の集いが過ぎるなあ。どう見ても胡散臭いのに、うちの寮長。
それでも引き下がらないトラッポラに、寮長は正論のナイフで滅多刺しにしていく。それはまあ、約款をしっかり読まなかった方が悪いし。頬杖をつきながら喚くイソギンチャクと、余裕のヤクザ三人組を見ていると、入口近くのレジカウンターの陰から何かが飛び出してきた。
「さっきから聞いてりゃ……どいつもこいつも気に入らねぇ!!!」
「ハウル……」
と、後ろにいるのは例の監督生。彼ら――特に監督生はどうやら厄介事に関わることがお好きらしい。趣味悪いなあ、こういうのは見て見ぬふりをするのが吉なのに……だけど、確かにエペルが酷い目に遭っていたらどうにかしてあげたい、くらいは私も思うのだろうか。
するとあの猫、確かグリムといったかな。グリムが「実力行使で契約書を奪って破り捨てれば無効なんだゾ!」と大勢とイソギンチャクに提案する。もう、馬鹿すぎる。
「はっ! 言われてみれば……」
「得意魔法がないとはいえ、こっちは人数がいるんだ! やっちまえ!」
馬鹿すぎる、というか意識が低すぎる。そう思っていると向こうの監督生さんも呆然として冷めた表情でイソギンチャク軍団を見ていたので、彼は案外常識人なのだろうか。まあ、寮長と契約していない時点で他の面々より常識人ではあるか。
寮長に戦いを挑んだイソギンチャクたち、寮長の話をまた聞いていなかったのかな。何のために得意魔法を預かっていると思っているのだろう。
結果? もちろんイソギンチャク集団のボロ負け。フロイド先輩と副寮長もただでさえ強いのに、うちの優秀すぎる寮長――特に他人の得意魔法まで使いこなす今の寮長に適うはずがない。けれど寮長が直々に戦っているところって、初めて見たかもしれない。壁掛け時計は間もなくラウンジの開店時間になりそうで、そろそろ用意をしようかな、と思ったところで寮長がイソギンチャクたちに指示を出す。
「まずはラウンジの清掃をしてもらいましょうか。次に食材の仕込みを。さあ、立ち上がってキリキリ働きなさい!」
「マジかよ……」
ああ、こういうことか、副寮長が言っていたの。こんなに多くの従業員が雇えてしまうなんて、オクタヴィネル寮生の仕事が本当に随分減ってしまう。楽だけど、少し物足りない気がしないでもない。
「ジェイド、フロイド。新入りの指導は任せましたよ」
バックの双子が返事をすると、イソギンチャクたちを振り分けていく。あ、私って本当に今日は何もしなくていいのかな。なんだかトラッポラにすごく睨まれている気がしないでもないけれど、どちらかというと睨む対象は寮長の方だと思う。
「寮長、私は……」
「ああ、ナマエさん。五十位以内に入れたようですね、おめでとうございます」
「あ、ありがと、ございます……」
「見ての通り今日はイソギンチャクたちの研修日なので仕事は特にありませんが……もし暇なら購買の方に材料の発注をお願いします」
寮長は初対面のときから変わらずの胡散臭い営業スマイルを私に向けて、けれど私のことをよく理解しているらしく、良いようには使ってくれる。快く了承すると、購買部へと向かった。
あの大量のイソギンチャク、卒業までうちで寮長にこき使われるんだったら去年のイソギンチャクたちもいたはずだけれど……去年の契約はここまで厳しい条件ではなかったのかな。それとも解雇か退学か……。どれにせよ、私には知る由もなかった。