ペテン師は水面で踊る

 あの双子を見ないなあ、と思っていると、どうやらハウルと例の監督生がイソギンチャクたちを解放するべくうちの寮長と取引をして、オンボロ寮を担保に預けたらしく、そちらの様子を見ているだそう。噂によると監督生は巻き込まれ体質というか、学園長に良いように使われているのか、巻き込まれ願望があるのか。オンボロ寮は直接は見たことないけれど、名前も名前だしラウンジの二号店にするには不安がある……けれど、イソギンチャクもいるのだし、売上アップには繋がりそう。今の資金があれば、もしかするとオンボロ寮も金ピカ寮になるかもしれないし。というかモストロ・ラウンジって、うちの寮長の代が卒業したら誰が継ぐんだろう。

「そうだナマエさん」
「? はい」

 そろそろ寝ようかなあと思いつつも、寝る前にあまり飲むものではない紅茶を談話室で飲んでいると、向かいで売上の計算をしていた寮長が私に声をかけた。カフェインにしてもコーヒーよりはマシかな。時期的に紅茶が美味しくなってきた頃だし。やっぱり副寮長が淹れてくれる紅茶には到底敵うことなんてないけれど。
 寮長が眼鏡をくい、と上げたので、それに合わせてティーカップを置いた。

「あなたはわかっていると思いますが……僕は今日監督生さんと交わした契約をあっさり成功させようとは思っていません」
「ですよね」

 うちの寮長のことだから、イソギンチャクのときみたいに何かしら見落としやすい条件を契約書に書いておくか……しかし監督生は用心深そうだし、そのあたりは隅々まで確認しているような気もする。一体寮長が契約条件として何を提示したかはわかったことではないけれど、なんとか邪魔なりをするのだろう。もちろんその予感は的中。流石、私もオクタヴィネル寮生なだけある。

「フロイドやジェイドにも邪魔……監督生さんたちと遊ぶようには言ってありますが、ナマエさんにも時間稼ぎをしてもらいたい」
「時間、稼ぎ?」
「ええ」

 はて、時間稼ぎとは。副寮長やフロイド先輩が邪魔をするならそれで十分時間稼ぎにはならないだろうか。小首を傾げたけれど、寮長はにこにこと怪しい笑顔でこちらを見ているだけなので、大方予想通りだとは思う。慎重派の寮長のことだ。念には念を、というやつだろう。しかし私にできる時間稼ぎ……。アレはなるべく使いたくはないし、どうにかして止めるしか方法はないかもしれない。

「一〇分と言いません。五分でもいい。彼らがアトランティカ記念博物館に来るまでの時間を稼いでください」
「重役〜……頑張ります」
「そう気を張らないでください。あの二人もいることですし。そうそう、明日はフロイドもジェイドもラウンジを空けるので、余裕があれば新入りに指導もお願いします」

 余裕があれば、なんて営業スマイルで言う寮長だけれど、これは半ば強制なことを知っている。邪魔よりも責任重大じゃないかなあ、それ。けれど他寮生はモストロ・ラウンジではオクタヴィネル寮生に逆らえない。まさしく郷に入れば郷に従え、だ。
 というよりも、契約の内容ってアトランティカ記念博物館に行くことなのかなあ。きっとそう。いつかテレビのツイステッドワンダーランド観光名所特集で取り上げられていた、珊瑚の海にある博物館だ。かつての人魚姫がコレクションしていた宝物の展示などがされているらしく、そういうメルヘンチックが好きだから、私も行ってみたいなあ。珊瑚の海って寮長たちの故郷だっけ。羨ましい〜。まあ、遠足で行くわけでないのはわかっているけれど。

「期限は三日後の日没まで。それまではどうかナマエさんもご協力お願いしますね」
「わかりました。できる限り頑張ります」

 そう言って飲み干した紅茶は渋くて、つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。

 ◈◈◈

 午後最後の授業は飛行術だった。体力育成が基盤として行われ、飛行術の授業が主体となったのはつい最近なのだけれど、前々から思っていたけれどエペルが飛行術に見出すモチベーションは魔法史などの座学とは比べ物にならない。飛行術と同じく基礎知識を入れたために隔週で行われる錬金術とも比べ物にならないし、なんなら体力育成なんかよりもいきいきしていた。

「フェルミエ、優秀だな!」
「だろ!? ……あっ、ありがとうございます……!」
「ほんとすごい……」

 イソギンチャクたちをどう指導しようかなあ、とか、双子がいないから好き放題されて前みたいな騒ぎを起こさないかなあ、なんて心配をしていると、私たちの頭上を華麗に飛び回る美少年が一際目を引いた。野生のエペルが出てきてしまっているけれど、クラスメイトはそんなことを気にしていないようで、ただただ感嘆の声を洩らした。私も苦手ではないけれど、あの高さをあんなに悠々とは飛べない。彼は薄紫の髪を太陽の光できらきらさせて、アドリブで一回転、二回転と自由に回っている。

「流石エペルくんだ! 飛ぶ姿はまるで純白の羽を広げた白鳥じゃないか!」
「すげぇなエペル……サバナクローにいればマジフト大会の優勝もあったかもしれねぇ……」

 そうそう、こういったふうに。ポムフィオーレ寮って全員あんな感じなの? もしエペルがサバナクロー寮生を目の前に「サバナクローに入りたいです」なんて言ってしまえば手厚い勧誘を受けてしまうだろうし、それは避けさせようと思った。切実に。それにしてもエペル、本当に飛ぶ姿が綺麗だ。副寮長の軽く十倍くらいの高さを飛んでいて、それでいてあの余裕。写真に収めたい。こちらを見下ろすエペルと目が合うと、逆行で後光に差されたエペルはバルガス先生に褒められた嬉しさではにかんで、かつ得意げにピースを送った。あ、今の顔いいね。シャッターチャンス逃しちゃった。

「エペルほんとすごい! 私もエペルみたいに飛びたい」
「へへ、ありがとう。僕で良かったら教えようか?」
「うん、ぜひ! 寮長たちにマウントとりたいし……」
「わ、わった挑戦的なんだなあ……」
「流石に冗談だけどね」

 ゆっくりと地に下りてくるエペルに、おそらく先程のあの表情でやられたのだろう。何人かがかなり見惚れているようだった。
 マウントがどうとかは、半分本当で半分冗談。寮長と副寮長の飛行術は酷いものらしいけれど、そもそも人魚なら仕方ないことだし、彼らを尊敬していることには変わりない。事実、優秀だし良い性格もしているし、すごい人たちなのだから。そんな寮長たちにはお世話になっているし、役に立ちたい気持ちだって強い。けれどどこかいじりたくなる気持ちはほんの少しだけ、心の片隅に存在しているのだけれど。

「じゃあまず跨ったら全神経に――」

 僕は深く考えて飛んだことはないけど、と言って私にコツを教えてくれるらしいエペル。私だけでなく、そのエペルと私を少し遠くで囲うようにオーディエンス……というか、講習生がたくさんできている。皆エペルに憧れているみたい。まだ始まったばかりの飛行術でこんなに飛べるって、入学前からよく飛んでいたのかな。

 エペルの周りに群がる人々から少し目を逸らすと、離れたところにバルガス先生、とハウルがいた。バルガス先生は仕事がなくなってしまったようだけれど、エペルを見て感心している。間違いなくエペルの飛行術の成績はSだろうなあ。ハウルは……どうしたんだろう、何か考え事? というかハウルってうちに物申しに来たけれど、もしかして今日一緒にアトランティカ記念博物館に来るつもりだろうか。だったら監督生と、ハウルも同時に妨害しなくてはいけないのか。なんだかそれ、明日以降が気まずいなあ。もともとあまり話したことはないのだけれど。

「……、ナマエ、聞いてる?」
「……あ、ごめん! ちょっと考え事」
「そう? ならもう一回言うね」

 周りのクラスメイトたちが頑張って飛行術に励んでいる中、私も遅れてエペルのアドバイスをもとに宙へ浮かんだ。すごーい! さっきより浮かんでる。気がする!
 周りのクラスメイトたちも同様で、人によっては優雅に飛んでいたりするのだけれど、大半が頭のイソギンチャクによって台無しにされていた。

 ◈◈◈

 標的は確か、隣のクラスだった気がする。寮長はやはり慈悲深いお方なので、彼ら人間が珊瑚の海に行っても溺れることはないように変身薬、ではないけれど、呼吸できるようになる薬を渡したらしい。いいな〜、私も欲しい。寮長は「もう少し味を改良してほしいですが……」なんて言っていたので、ソフトに言っているけれどきっと、相当不味いんだろうな。てっきり寮長が調合したものかと思ったのだけれど、どうやら市販薬らしい。
 きっと鏡の間から、闇の鏡を使って珊瑚の海まで移動するのだろうと考えた私は、ホームルームを終えると、その道中の廊下のあたりで待機する。すると間もなく、バタバタと忙しなく走る音が廊下に響いた。

「早く行こうぜ! アトランティカ記念博物館!」
「元はと言えばお前らのせいだろ。……ったく」
「そうやって着いてきてくれるなんてジャック、お前やっぱいいやつなんだゾ」
「呑気に話している場合か。さっさと行こう」

 ……思っているより、色々多い。監督生の契約だから、着いてきてもハウルだけかと思えばイソギンチャクの三馬鹿まで着いてきている。わ〜、この距離で見るあの猫、めちゃくちゃもふもふ。触りたいなあ。寮長もあのイソギンチャクたちにラウンジの雑用を与えれば良かったのに、と思ったけれど、慈悲深い寮長たちのことだし、そのあたりの配慮はしているのだろう。その点は素直に尊敬だなあ、私だったらがっつり雑用に使うのに。
 私は廊下の角から飛び出して、つい今偶然出会ったかのようにして、驚いたふりをした。

「あっ、トラッポラ……くん、と、スペードくん。ハウルも。急いでどうしたの?」
「あっ!! お前、ナマエ・ミョウジ! どうしたのじゃねえ! アンタのとこの寮長のせいでオレら超困ってんだけど!?」
「おいよせ。第一ミョウジは何もしてねぇだろ」

 本当そうだよ。ハウルの言う通りだよ。他にもオクタヴィネル寮生なんてたくさんいるのに、そのうちの私に当たるなんておかしな話。ハウルのひと言を聞くと、スペードとグリムも「確かに……」と納得した。トラッポラもなんとなく、「ごめん、言いすぎた」なんて反省しているようにも見える。何より唯一の女子生徒なのもあって、そう強くは責められないのだろう。確かに、じゃなくて、寮長個人と結んだ契約なのだから寮絡みだって考えるのはやめてほしいなあ。まあ、今からその寮絡み、になるんだけど。

「急ぎのところごめんね。えっと……さっきクルーウェル先生に会ったんだけど、あなたたちA組の四人のこと探してたよ。なんだっけ、補習……とかなんとか」
「補習って……まさか今日受けた小テストのことか!?」
「マジ? うわ〜……オレ結構自信あったんだけど」

 え、本当に小テストあったんだ。嘘なのに。あまりにラッキーすぎて、自然と少しだけ口角が上がるし、興奮で手だって震える。成功しても特に私に利益なんてないはずなのに。こんなことなら寮長たちに何かお願いしておけば良かっただろうか。思っている何倍も時間稼ぎに使えるかもしれない。監督生は控えめにこちらに視線をさまよわせて、自分も行かなければいけないのかな、なんていったような不思議な表情を浮かべていたので、頷いて先生のところに行くように促した。

「確か先生、急ぎだって言ってた。でもあなたたちも急いでるみたいだし……」
「いや、ちょっとくらい遅れても大丈夫じゃね? どうせすぐ終わるんだし……」
「だな。それより留年になる方が困る」
「確かに。写真なんてスイスイ〜って泳いでパーッてとってきたらいいんだゾ!」
「しっ! 声がでかい!」

 あ、駄目だこのイソギンチャクたち。本当に馬鹿すぎる。あるいは、良いように言えば人のことを信用しすぎで素直、なのかな。それに、私が寮長たちの仲間ではないと思ったとしても、もっと取引のことは内密にできないのかな、この猫。先程よりも近い距離だけれど、やっぱりもふもふ。ついでにハウルの尻尾ももふもふだ。冬は暖かそうだなあ。
 顔を見合わせたイソギンチャクたちは同時に頷くと、実験室の方へと走っていった。その保護者であろう監督生も一緒に。監督生、なかなかの苦労人だと見える。巻き込まれ体質の彼にいずれ幸運を、なんて。それもこの寮長の計画が上手くいったあとの話だけどね。

 残されたハウルはこちらに近づき、何か言いたげに私の方を見下ろしていたかと思うと、何も言わずに彼ら四人の後を追った。彼もどうして付き添っているのかは甚だ疑問ではあるけれど、真面目だし以前ラウンジに来たときの言葉通りだろう。彼ももしかするの苦労人ポジションなのかもしれない。近距離でハウルを見たのは初めてだったのだけれど、なんていうより、

「でかかった〜……」

 筋肉のせいか、それとも本当にそうなのか、リーチ兄弟よりも大きく見えた彼の威圧感からの解放と、誘導が上手くいったことによる気の緩みでその場にしゃがみ込んだ。
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