その嘴で一度砕く

 こちらに帰ってきたときはなんともなかったのに、思い出せば微妙に気まずい。本来気まずくなるのはあちら側のはずなのに、どうして私がこうも頭を悩まさなければならないのだろう。そう思いながら、新学期二日目の朝のメインストリートを談話室で出くわしてしまったウツボの二人に挟まれながら――ではなく、二人が並んで歩いている一歩後ろを歩いているところだ。

「今日から通常授業めんどくせー。まだ眠いしサボりてぇんだけど」
「おや、いけませんよ。またトレイン先生に怒られるんじゃありませんか?」
「げ。だったら出た方がマシかあ」

 また、だなんて副寮長の言い方を見るに常習犯なんだろう。この上辺だけの注意がなんとも副寮長らしいというか、なんというか。寮長だったらオクタヴィネル寮の評価にも関わるからとかなんとかで止めたりもするはずだけれど、そのアズール寮長は何やら忙しいのか、朝から出会うことが少ない。少し前までは朝食をご一緒することもあったけれど。
 ここに戻ってきたときの反省を活かしてタイツを履いて――なんてことはなく、やっぱり寒さに慣れていなくとも素足の方が絶対にかわいい! という謎のポリシーで下半身を早めに麻痺させながら、冷えた顔に手袋を当てていると、左側を歩いていたフロイド先輩が不意にこちらを振り返った。

「ねーナマエちゃん。オレのこと応援してよ」
「えっ? 応援って?」
「なんだよ、また聞いてなかったの?」
「うーん……」

 聞いていなかったことはないけれど、聞き流していた、が正しいのかもしれない。ミドルスクール時代に私の周りにいた双子は仲がすごく良いか悪いかの二極化で、このリーチ兄弟は前者なんだなあ、だとか、耳あても買うべきかもしれない、だとか。スカートの下に運動着のジャージを履いて登校するのもありかもしれないだとか、あとはまあ、気まずいだとか。色々考えながらいたから、部分部分だけを聞き取るかたちになってしまっていただけ。

「トレイン先生に怒られるから授業に出る……ってところですか?」
「間違ってはないけど。でも大人しく出る気にはなんねーし」
「だからナマエさんに授業に出るように言ってもらいたいんですよ」
「は、はあ……」

 どうして、私? 秋学期だってこういう場面はあったはずなのに、変な意識がぐるぐる。からかわれているというのも一つだろうし、けれど私はそんなに傍から見て面白い反応ができる自信はない。せいぜい魔法薬を口にしたときくらい、だと思う。面白い反応だったら、どこかの小エビさんの方がお得意らしいし。
 私に、フロイド先輩を満足させる言葉が言えるのかって考えて、顎に手まで添えて、今回は素振りだけじゃなくてしっかり考えて考えて、ようやく絞り出したのはこれだ。

「面倒な気持ちは、特にトレイン先生の授業だったらわかるんですけど」
「でしょ?」
「はい。えっと、だから……私も頑張って受けるので、頑張りましょ」

 まあ、面白みがないとはこのこと。二つの金色に見つめられて痛いくらいなのに、あらためてつまらないことを言ってしまったなあ、と視線をわずかに落とすと、冷たい指が私の髪に触れた。地肌にも触れた感覚はあったけれど、冷えきった私の手より温かかった。

「それ、学年も選択も別だし、ナマエちゃんが受けてるの確認できないじゃん」
「それは、……そうですね」
「なにそれ、おもしれー」

 いや、面白さは皆無では? そう思ってくっと眉根を寄せると、フロイド先輩は表情だけを笑顔にして、ぐしゃぐしゃにならない程度に髪を撫でた。フロイド先輩は気分屋だとか、キレてるときは近づかない方がいいだとか、色々な話を聞いたことはあるけれど、そうそう不機嫌なときを目の当たりにしたことはない、気がする。

「ナマエちゃんに言われたから、今日は授業に出ることにしよっかな」
「あっ、サボっちゃ駄目ですよ」
「はいはい。気が変わらなかったらね。ま、変わらないようには気をつけるわ」

 口うるさい私に、げ、と眉をひそめると、私の頭をぽんぽんと二回軽く叩いてから、再び校舎に向かって歩き出した。副寮長は何も言わずに、けれどいつもの営業スマイルとは別の、ギザギザした凶暴な歯を覗かせて笑っていた。ああ、良からぬことを考えているときのそれだ。
 一瞬だけ、つい先程まで近くにあったものと正反対のオリーブとゴールドに絡みついた視線を外すと、その間にもウツボのお二人はゆったりとした歩幅ながらも、あっという間に五歩くらい先まで進んでしまっていたので、狭い歩幅で、二人に追いつくように足を動かした。それにしても、やっぱりメインストリートのど真ん中でするような行動じゃないことを思い知らせてくれるのは、私たちを避けながら、気配を消しながら歩いているようにも見えた他の生徒たち。確かに、こうして見るとリーチ兄弟って本当に私のバックについているように見える、のかもしれない。

「あ〜……」

 前の二人に聞こえないように、溜息と声の混ざったものを吐くと、白い煙みたいな息が立ち上った。やっぱり、フロイド先輩って。

 ◈◈◈

 本当に、どうして私がこうも頭を悩ませなければいけないのだろう。魔法解析学の授業が始まる前にも頭の中をぐるぐる回って、私までいったい何に悩んでいるのかわからなくなるくらいだった。いつも通り、後ろの方の席をとって秋学期までの魔法解析学のノートを見直すふりをしていると、右隣の席にぽん、とペンケースとノートが置かれた。

「ナマエちゃん、あけましておめでとー」
「あぁ。あけましておめでとう」

 そういえば新年になってから会うのは初めてだったっけ。久しぶりに目に入ったテラコッタのふわふわした髪と、ハートのスート。トラッポラは魔法解析学は私と一緒で後ろの方で受けていることが多いけれど、秋学期では同じクラスの男の子と一緒だった印象。今日は私の隣の気分だったんだろうなあ、と思いながら、意味もなく教科書をぱらぱらと捲った。

「なに、なんか悩んでる感じ?」
「んー……よくわかんない」
「ふーん。ま、なんかあったら遠慮なく言ってよ」

 無理に聞き出してこないのは、少し意外。聞き出されても、相談するにはトラッポラだと少し距離が近すぎる。アズール寮長を相談相手にするには一番間違っているし、副寮長はもってのほかどころかもう見透かしているかもしれない。
 授業が始まる五分前、トラッポラがスマホをじーっと眺めていたかと思うと、スクロールしていた指をピタッと止めてこちらを見た。気のせいかと思ったので、ゆっくりと視線を右に滑らしてみると、見事に目が合ってしまったわけで。

「……なに?」

 もしかして、変なところを勘づかれてしまっただろうかと身体を強ばらせる。だとしたら、トラッポラ相手となるとかなり厄介だ。けれどまあ、内容は本当に、拍子抜けするくらいには他愛のないものだった。

「いや、モストロ・ラウンジのが流れてきてさ。今なんかやってんの?」
「えっ。あ、ああ。うん。新年だから色々安かったりはするかな」
「めっちゃ慌ててんじゃん。……あっ、これ美味そー。ね、ナマエちゃんのシフト教えてくんない?」
「えー、いつ行っても知り合いいるだろうし私に限定しなくても。それ新作」

 トラッポラが指したのは、一日早く着いてしまったがゆえに手伝わされてしまったポップだ。所謂ココアドリンクなのだけれど、試作品を飲んだところまあ、チョコレートが強くて美味しいこと。あとはメニューが物によっては割引対象だったり、新年セールのような施策が始まったところだ。
 ところで、どうして彼が私をご指名かというのは、まあなんとなくわかるよねえ。フロイド先輩は同じ部活だから話せるだろうに、けれどどうもオクタヴィネルは「いけ好かない連中」らしいから、なるべく接触したくはないけれど、ラウンジには行きたいというジレンマが生じる。だから、唯一気軽に話せていそうな私がいるときを狙っているのだろう。

「……私がいるときって大体フロイド先輩とか、ジェイド副寮長とかもいるよ」
「げ、そうだったわ。あのオムライスのやつでしょ?」
「うん。まあ、普通の注文のときにはついてないけど」
「ナマエちゃんがオーダーとってるときのフロイド先輩の顔はなかなかだったと思うけど……」

 いやあ、それはありえない。……こともない気がしてきた。フロイド先輩のことだし、変な独占欲というか、おもちゃが取られた感じで面白くないのかもしれない。それか、まあ、他にも見当はつくけれど。しかしバイトでもその様子だったら仕事にならないのではないだろうか。……お互いのためにも、支配人に相談してシフトをずらしてもらおうかな。うん、いい案だと思う。
 間もなくチャイムが鳴るというのに先生が来る気配はなくて、遅れているのかなあ、なんてざわざわしながらも、最前列にどっしりと構えた後ろ姿を見て、先程の会話も踏まえてあることを思い出した。

「あっ」
「ん?」
「……私、何回か誘ってはみてるけど、エペルもセベクもラウンジに来てもらったことないなあって」
「エペルと……セベク!?」

 トラッポラが大声を出したように思えたけれど、周りの雑談によるざわめきと、セベクと違って調整ができる控えめな音量だったので、本人に伝わるくらいの声の大きさではなかった。はず。セベクは妖精族とのハーフだから、もしかすると聞こえている可能性もあるけれど。チェリーみたいな赤色をまん丸にしたトラッポラに、何をそんなに驚いているのだろう、と首を傾げれば、「いやいやいや」と言った。

「えっ、ナマエちゃんアイツと仲良いの? めっちゃ意外なんだけど」
「そう? 部活一緒なんだよね」
「アイツとほんっとうに最初の頃、グループワークしたことあるけどさ……まあ、あのオレたち人間を馬鹿にした態度よ」
「ああ……。慣れるまでは結構衝撃だった……かな?」

 そんなこともない。私は初めて話したのが林檎の細工切りで、その次が部活で、そのときはあまりそういう印象を抱かなかったし、話すにつれて妖精マウントをとられるけれどさほど気にならなかったんだよねえ。確かに、言われてみればあの態度は人を選ぶどころかあまり好かれない、というか……。実際にディアソムニア寮生か私かリドル先輩か、それくらいしか話しているのを見たことがないといえばそうだ。

「んー……慣れたらかわいい部分もあるんだけど」
「……今ナマエちゃんのことマジですげーって思ったわ」
「人の性格見極めたりっていうのは割と得意だから」
「オレもそういうのは割と得意なんだけどなあ」
「自称『要領いい』もんね」
「自称じゃなくて実際に、な」

 こら、と軽くペンで頭を叩かれると、地味に痛かった。痛い、とアピールして叩かれた部分を押さえると、ごめん、と片手だけで謝られたので、やり返したい衝動を抑えつつもむくれておいた。
 ようやく先生がご到着のようで、教室は一気にシンとした。ノートの新しいページを開いていると、トラッポラからちょいちょい、と手招きをされたので、顔をわずかに顰めながらトラッポラに耳を貸すと、こう言われたのだ。

「エペルってやつ、昨日見たとき泣いてたけど。なんかあったのかな」
「えっ……?」

 それだけ言うと、驚いた私と真剣な瞳をもったトラッポラの視線がばっちりとぶつかった。そんなの知らないし、昨日教室で会ったときも、今日の朝のホームルームも至っていつも通りだった。トラッポラがわざわざあまり接点のないエペルを使って嘘をつくような人間だとは思えないし、けれど本人がそれを隠しているってことは触れられたくないのかもしれない。とりあえず、今度こそラウンジに来てもらって気分転換でもしてもらえたらいいな。

 授業内容はこの間までの軽い復習と、新しい公式。なかなか骨のある問題が多かったけれど、私はエペルのこともだし、それ以前のフロイド先輩のことでも悩まされていて、誰かに吐き出したくて仕方がなかった。ある程度の距離感を保っていて、的確に拾ってくれる人。思いあたるのは三人ほどいなくはないけれど、そのなかでも一番気軽な人に、かわいいメモ帳に用件を書くと、簡易的に折り畳んだ。
 授業終わりのチャイムが鳴ると、トラッポラがぐぐっと伸びをして、すかさず今度は私が手招きをして、手紙を持った手を差し出すと、疑問符を浮かべながらも私の前に手のひらを広げてくれた。

「ん、なにこれ?」
「ラブレター」
「えっ。マジ、オレに?」
「だったら良かったね。違うんだけどね。渡しておいてほしい」
「だろうと思ったよ。オレはキューピット役かよ〜……って、ふはっ! なにこれ!」

 わざとらしく、残念がって、渡したラブレターの裏を見て、宛名が書いてあるのを確認すると、いきなり噴き出した。うーん、先にトラッポラにうけてしまったのはある意味失敗だったかもしれない。

 ◈◈◈

 帰りのホームルームで、担任から伝言というかたちで「ミョウジはこの後実験準備室に行くように」と言われたので、どうやら伝言は成功だったらしい。クラスメイトからまた何かやらかしたのか? とかは口々に言われているけれど、私がやらかすことって実は割と少ないんだよね。エペルの、やっぱりトラッポラに言われた通りなのか秋学期に会っていたときよりも心做しか曇って見える表情がとてつもなく気になるけれど、これに関しては明日以降にラウンジででも、お昼にでも話を聞くことにしよう。

 薬草やマンドラゴラの甘めの匂いが充満した実験室を通り抜けて、奥にある小部屋の扉を三回ノックすれば、また前みたいに「入れ」の声がしたので、「失礼します」と言いながらドアを押した。

「先生! お時間作っていただきありがとうございます」
「今日の放課後に予定がなかったことに感謝するんだな」
「今日じゃなくても良かったのに」
「とりあえず座れ。まずは説教だ」
「説教?」

 こうして二人で話すのはネイルをしてもらったときぶりなので、若干テンションを上げながら教室に入ると、より濃い薬草や薬品の匂いと、人工的な甘い香りが混ざった、言うなれば変な匂い! が漂ってきた。ルンルン気分をぶち壊してきたのは他でもない二文字で、一気に気分がズンと落ちて、重い腰をクルーウェル先生の前の木でできた丸椅子に下ろした。

「よ、よろしくお願いしまぁす……」
「どうして俺がお前の担任でも顧問でもないのにこんなに面倒を見ているのかはわからないが……とりあえずこれはなんだ」
「これ?」
「すっとぼけるな」

 トラッポラに渡してもらった、かわいい小花柄のメモ帳が私の前に突き出されて、首を傾げていると、赤色の手袋に包まれた細い指が大きな溜息をついて、表に書かれた文字を指さした。あっ、昼休憩を挟んだりして、トラッポラに渡してからすっかり忘れていた。

「……面白いかなあって思って」
「ああ。実際にトラッポラにはそれはもう大ウケだった」
「先生は?」
「そう見えるか?」

 そうして突きつけられた、『Dear Mr. Cruel』の文字。発音は違うけれど、クルーウェルで最初に連想するものといえばやはりこの単語だから。まあ、こんなに素敵な先生が残酷なわけないってわかっているけれど。クルーウェル先生はまた、口角こそ上がっているけれど、ぴくぴくひきつらせながらそうやって圧をかけてくるわけで、徐々にまずい気配を察していたりした。

「ごめんなさい、出来心で」
「くだらない出来心だな。まあ、これが冗談じゃなく本気のスペルミスだったらそれこそ補習を設けていたところだが……」
「ちゃんと書けますよ、ほら」

 空書きで、C、R、E、と順に書いていたら、安心したのか呆れたのか、溜息をまた一つついて、私の宙を舞っていた手を掴んで押さえ込んだ。あっ、あと二文字だったのに。私って、成績も素行も問題児ではないはずなのに、クルーウェル先生が私を見る目は完全に問題児のそれだ。私は仲良し、くらいのつもりなんだけどなあ。

「それで? 相談したいこととはなんだ」
「そう!! あの、……フロイド先輩って私のこと好きすぎませんか?」
「惚気に来たのか?」

 またしてもぐっと眉間を寄せると、確かに惚気ともとれる言葉に対して呆れるどころか訝しげだったので、急いで「そうじゃなくて!」と訂正を入れる。いや、ある種そうなのかもしれないけれど、そうじゃなくて。

「なんか、遊ばれてるのか気に入られてるのか、それとも向けられてるのが好意なのかっていうのが……ちょっとわからなくて」
「ミョウジはそういうのを見分けるのは得意そうだが」
「大体の場合は好意を向けられてたらすぐにわかります! でも今回って、あのフロイド先輩ですよ。例外じゃありませんか?」

 そう。大体の好意って、例えばメッセージが頻繁に来るようになるだとか、明らかに目で追われているとか、わかりやすいものが多い。それでも私は昔から、向けられているだけなら気づかないふりをしてあげていたりするのだけれど。
 しかし今回は例外だ。この学園で一番といっても過言ではないくらい、フロイド先輩は例外だと思う。私への態度は入学して少ししてから割と一貫してはいるのだけれど、それでも勘違いしそうなところは多い。勘違いをさせにきているのかもしれない、というくらいに。むう、と口を尖らせて考えていると、クルーウェル先生は髪を掻き上げて、甘いスパイスみたいな香りを漂わせると、シルバーグレーがこちらを捉えた。

「ミョウジはどうであってほしいんだ」
「どう?」
「こうあってほしい、っていうのが頭の中に漠然とあるから、そうやって悩むことになるんだろう」
「……まあ、確かに」
「……今の仔犬の状態を見るに、まずは自分の中の考えも整理できていないだろうから、とりあえずそこからだな」

 いつもみたいに長い脚を組んだまま、一見偉そうといえばそうなのだけれど、先生の目は確かに私の方を真っ直ぐと見ていて、それでいてこのアドバイスだ。やっぱり、相談相手は間違っていなかった。あくまで教師と生徒という距離感を保ったまま、お互いに干渉しすぎることはなくて、対等に話してくれるとなると、やっぱりクルーウェル先生だ。

「……とりあえず、確かめるために一回シフトとかも調整してもらって、距離を置いてみようかと」
「まあ、それで仔犬なりに答えが出るなら一つの手だろう」
「それでもわからなかったら、わからないなりに模索してみます」
「Good」

 それでいい、と呟くと、整ったお顔を、嫌味のない自然な笑顔に変えた。まさか、初めてもらうグッドが勉強面でなくて、相談だとは思わなかった。不意打ちのクルーウェル先生からの褒め言葉に急に耳まで熱くなって、興奮状態というか、単純に嬉しかった。この現場を第三者に見られてしまったならば完全に私は教師に恋する生徒ポジションだろうけれど、そういうわけではもちろんない。

「私、クルーウェル先生に相談して良かったです」
「こういったことを相談されたことはそうない。それも女子生徒からだ。俺もいい経験にはなった」
「これってとても、アズール寮長とかには相談しにくいじゃないですか。あとはレオナさんとかヴィルさんも的確なアドバイスをくれるかなあって悩んだんですけど、距離感的にも仲の良さ的にもクルーウェル先生が一番だと思って」
「お前の口からキングスカラーの名前が出てくるとはな」

 レオナさんは、寮長のオーバーブロット事件以来、怖い人という印象は、思いのほか冷静なお兄さん、くらいには変わった。あの場限りは、寮長の計画を滅茶苦茶にされて本当に腹が立ったけれど。ヴィルさんも見ての通り、大人びているところがあるけれど、まだ一度話しただけだし。それを踏まえると、仲が良くて気軽に話しに来れるのがクルーウェル先生だった、というわけだ。レオナさんに関しては冗談半分。実際に二人きりで話をするのはまあ、怖いといえば怖いし。
 これ以上先生の貴重なお時間を奪うのは申し訳ないな、とお開きにするように椅子に座り直すと、先生も足を組み直した。

「また進展あれば……進展? まあ、何かあれば報告に来ますね」
「やはり友達か何かだと思っているな? 俺はお前たちの飼い主だということを忘れるな」
「わかってますって。事前に許可はとります」

 まだ二回目なのに、私くらいしか座っていないのではないか、なんて丸椅子から立つと、スカートの襞を整えてから、軽く会釈をすると実験室と繋がるドアの方へと向かった。そこで、前回同様、補足みたいに私を引き止めると、お互いにほんの少しだけ振り返った状態で目を合わせた。

「明日のホームルームで連絡はあるだろうが、今年の『全国魔法士養成学校総合文化祭』はこの学園で行われる。ミョウジは運動部だから目立った活動はないかもしれないが、ナイトレイブンカレッジ生として恥じない行動をすること」
「へえ、そうなんだ。わかりました。クルーウェル先生はサイエンス部に?」
「サイエンス部中心に色々な役割があたる予定だ。仔犬は部活動関連はないだろうが、それこそアーシェングロットのことだ。モストロ・ラウンジとしての仕事は多いだろう」

 文化祭よりマジフト大会の方が話題になっていた印象なので、それが今年はこの学園となると、確かに品位にも関わるのできちんとしなければならないだろう。良いことを先に聞いちゃったなあ。それに、クルーウェル先生の言う通り、マジフト大会でもドリンクを売ったりしてなかなかにハードだったから、きっと今回もそうだ。はあ、と溜息をつくと、また眉間の方をぴくっと動かされたので、咳払いをしてから、誤魔化すみたいにお誘いをした。

「先生の好きな、レーズンバターでしたよね。文化祭で提案しておくので、良ければ買ってください」
「それは楽しみだな」
「えへへ」

 レーズンバターって、どうやって作るんだっけ。ともあれオクタヴィネルに帰ったら、提案してみよう。相談の件では本当にお世話になったことを込めて、深々とクルーウェル先生にお礼を言うと、「もう暗いから気をつけて帰れ」と背中越しに投げかけられた。
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