未熟な果実の真似をする

 昨日クルーウェル先生が言った通り、朝のホームルームでは『全国魔法士養成学校総合文化祭』についての説明が口頭でざっくりとあった。それにしても正式名称が長すぎるので、文化祭くらいでいいと思うのだけれど、並の学校で開催される文化祭とは違うということでわざわざ正式名称を唱えているのだろう。クルーウェル先生からされなかった説明の一つといえば、基本的には文化部の展示や研究の発表、それから課外活動でほとんどいない四年生が一時的に戻ってきたり、あとは役割のない私たち運動部も列の整備だったりがあるらしい。

「ん〜……でも私たちの活躍の場はそうなさそうだね」
「……うん。でも僕はやらなきゃいけないことがあるんだ」
「やらなきゃいけないって……何があるの?」
「えっと――」

 当日はエペルと、それこそボードゲーム部だとかの展示を見たり、適当に出店を回ったりしたかったのだけれど、何やら力なく作り笑いをするエペルは、文化祭で何かやらなくてはいけないことがあるらしい。……見当もつかない。あのレオナさんが部長であるマジフト部が自主的に催し物をするわけじゃあるまいし、まだ一年生の私たちは研究発表どころか研究ができる領域に達していない。
 もちろん私はエペルと仲良し、のつもりだし、その下手な笑顔に隠された意味を推測することも、何があるかを尋ねることも自由だと思ったから、少し考えてみて目処が立たなかったから、率直に聞いてみた。すると、もちろん答えるのを拒んだり、嫌がったりする様子はなかったけれど、何によって遮られたかというと、タイミングの悪いチャイムの音だった。

「――じゃあ僕は占星術の授業に行ってくるから、また後でね」
「一限から移動きつ〜。頑張ってね」

 とても朝から古代呪文語を受けたい気分になんてなるわけがないし、エペルとの話を遮られてしまってそれはもう、気分最悪。おまけに最近の古代呪文語、もう完全に読める前提だから、変な文法も増えてきたんだよねえ。秋学期末のテストでは読み方ですらも危うかったのに。
 来年は楽単かつ楽しいと言われている占星術をとるべきかなあ、とぼんやり考えつつ、ペンケースとノートを手に持つと、誰よりも早く移動を始めたハウルの後ろ姿を追った。やっぱり、エペルとゆっくり話すとなると昼食のときだ。それに、あの困ったみたいな、下手な作り笑いが気になって仕方がないし。作り笑いなら得意分野だし、私かうちの副寮長が教えるのに。

 ◈◈◈

 ラウンジでお手伝いするようになってからわかったのだけれど、サフランって本当に高い。今日のランチセットの一つ、パエリアを口に運びながら、やはり名門校だからなのか、この贅沢さに唸ってしまう。それに加えて、先日クルーウェル先生と約束したからには美味しいレーズンバターの商品開発を、特に私が提案するのだから徹底的に研究しなければならない。移動教室帰りに図書室に寄って借りた本に載っていたレシピは当たり障りのないものだったけれど、これではクルーウェル先生を満足させられるレーズンバターにはならない、と思う。それと、

「ねえエペル」
「? どうしたの?」
「エペルはレーズンバターって好き?」
「うーん……食べたことないかな。普通の男子高校生はあまり好んで食べるようなものじゃないと思うけど……」
「だよねえ……」
「あ、でも比較的うちの寮生なら」

 やっぱりそうかあ。クルーウェル先生のためといえど、大衆受けが良くなければ商品としての提供は難しい。けれど私はレーズンバターサンドクッキーなんかは好きだし、うちの寮生もなんだかんだ食べてくれる。セベクやシルバー先輩、リドル先輩なんかも、渡せば食べてくれるかもしれない。うん、馬術部なら安心かも。サバナクロー寮生には難しいかもしれないけれど。そもそもサバナクロー寮生って、大半がマナーが悪いというか、問題を起こしがちだからそんなに来てほしくもないんだよねえ。
 下を向いて、今日は珍しく副寮長やシルバー先輩が好きそうなキノコのリゾットを食べているエペルは、小さく溜息をついたように見えた。そういえば、トラッポラが言っていたことといい、エペルの様子といい、どう考えたって何かに悩んでいる。秋学期の頃からそういう素振りはときどきあった気もするけれど、今は顕著だ。リゾットを掬って、きっといつも通りのキノコを食べるエペルの顔を横からそっと覗き込んだ。

「ねえエペル、またラウンジに来てくれる? ……まだ来てくれたことがないから、来たくないのかなあって思って」
「まさか! 最近、少し忙しいから……また落ち着いたら行かせてもらうね」
「……うん。エペルが来たら特別割、するから」

 やっぱり、最近は特にこの様子なのは思い違いではないらしい。エペルが悩むことといえば、授業についていけない、とかはらしくないし、部活だって楽しんでいる。じゃあ、考えられる可能性は一つ、だけれど。ここまでまたしても、一人でぽやぽやと考えていると、エペルがこんなに寒いにもかかわらずビシソワーズの最後のひと掬いを口に運ぶと、カチャンと音を立ててスプーンをトレーに置いた。

「ごちそうさまでした」
「えっ、早いね。どうしたの? ……忙しいっていうやつ?」
「うん、ちょっとね。午後は体力育成だったっけ?」
「そう。外は雪だから体育館で合同ね」

 エペルに手を振ると、トレーを持って返却口へと向かう背中をぼーっと眺めた。エペル、大変そうだし、気のせいだろうか。なんだか秋学期のときよりも私たちの間に距離があるような、そんな感じすらした。私はエペルのこと、すごく仲良しだと思ってるんだけどなあ。

 ◈◈◈

 レーズンバターの作り方を研究しつつ、寮長にシフトの修正をお願いしに行ったところ、「用事もなく私情でだなんて、ナマエさんらしくないですね」「もちろん駄目に決まってるじゃないですか」といった具合だった。だからといって正直に、「フロイド先輩となんだか気まずいのでシフトを合わせないでください!」なんて申し出ができるわけなんてなく、かつ嘘をついてしまえばいつかはバレてしまうので、どうにかラウンジでの手伝いを欠席する理由を作ろうと必死だった。

「試作品。ちょっと食べて」
「えっ、食べてもいいの?」
「試作品だって。万人受けすると思う?」

 タッパーに入れた、ひと切れずつ分けたレーズンバターとサムさんのところで買った市販のクラッカーで挟んだものをエペルに手渡すと、素直にいただきます、と言ってひと口で放り込んだ。豪快、だよね。エペルの口は大きいとはいえないのに、思いきり口を開けて食べてるの。これを昼食前に提供するのもどうかと思ったけれど、移動教室やら、更衣やらのバタバタ続きでどうも二人で話す機会がなかったのだ。
 エペルがサクサクと音を立てて食べているのを真似るみたいに、私も自分用にレーズンバターサンドを食べた。

「うん、美味しいよ。流石ナマエ」
「……本当に? お世辞とかは駄目だからね」
「うーん……強いて言うならラム酒が少し強い、かな。クルーウェル先生に出すなら十分だと思うけれど、他に生徒たちにも提供するってなると……」
「そうかあ……ホワイトチョコを入れすぎたら入れすぎたで甘すぎたし、塩梅が難しいなあ」

 タッパーの蓋を閉めると、バッグにそれを放り込んでからエペルと食堂へと向かった。何やら今日も“忙しい”らしいから、早く済ませないと、と謝りながら廊下を進む。やっぱり、適度な甘さでお酒も感じるように、まだもう少し研究の余地はありそう。……それに、やっぱりフロイド先輩と接触をなるべくしないのは難しい。同じ寮である以上、どうしても顔を合わせてしまうし、私だって不意に話したくなってしまう。事実、昨日このレーズンバターの味見だってさせてしまったわけだし。

『あれ、珍しい。何作ってんの?』
『レーズンバター……新商品で提案してみようかと思って』
『へえ、偉くなったじゃん。一つ貰うわ』

 そうしてフロイド先輩は、私の手にあったひと切れのレーズンバターを何にもつけずにそのまま、それも直接私の指から食べてしまったわけだけれど、アドバイスだって受けたけれど、それ以上に触れてしまった唇の感触だとかに持っていかれて、とても気が気でなかったことを覚えている。何より、あのときの私を見たフロイド先輩の勝ち誇ったような表情に、『小エビちゃんといい勝負じゃん』という揶揄まで。それはもう、私は今日からのレーズンバター作りは副寮長に手伝ってもらうことに決定したし、何よりあのいつも見ていた甘ったるい表情と声色が、あの落ち着く香りが、今の私にとってはよくわからない存在になっている。やっぱり、後輩として、おもちゃとしての『好き』だったのか、別の意味なのか。判別するには材料が足りなすぎた。ホリデー中だってあんなに期間があったのに、今は距離を置くことに専念したい、と自分に言い聞かせる。……どっちに我慢の限界が来るか、なんて勝負みたいだな。

「うわあ、すごい人……」
「ほんとだ。ランチ……じゃなくて壁の方だね。ちょっと見てくる?」

 体力育成後でお腹が限界を迎えているのだけれど、壁際一面に人がずらっと並んでいて、むしろランチの方は空いているように見えた。エペルに問いかけると、エペルは一瞬だけ悩んだ素振りをすると、すぐに首を横に振った。

「ううん、僕はいいかな」
「そう。じゃあ今のうちにランチ取りに行こ。その後に私だけで見てくるね」
「わかった」

 カチカチとトングを鳴らしながら、今日はパンの気分だとバケットからフォカッチャからをかっさらい、この間のエペルとは違って温かいコーンスープを取ったり、その他諸々。冷めないうちにね、とお母さんみたいなことを言ったエペルに、先に食べてていいよと背を向けると、先程よりかは幾分か空いた壁際のスペースに身を寄せた。
 壁には三枚のポスターが等間隔に貼られており、まあ目を引くデザインだったので、これには人だかりができるのも納得だ。人々の隙間を縫ってポスターに書かれた文字を見ると、『全国魔法士養成学校総合文化祭・「ボーカル&ダンスチャンピオンシップ」出場メンバーオーディション』とあった。やたら長あ。

「ボーカル&ダンス……ああ、VDCか」

 そういえば毎年、テレビでも生中継されたり、後日のニュースやドキュメンタリー番組でも取り上げられていたような気がする。VDC、という略称の方がよく耳にするし、言いやすいのが何よりだった。
 ふーん、と目を下に下に滑らせていくと、さり気なくとんでもないことが書いてあった。

「ごっ!!?」

 優勝賞金は五百万マドル。メンバーで山分け、になるらしいけれど、もしメンバーが五人なら一人あたり百万マドル。そんなの、ラウンジの経費になりすぎる。思わず声を出してしまった私に、そのポスターに集まる生徒たちの視線を一斉に集めてしまったけれど、私は悪くない。……これは、経費的にも、だし。シフトを空けてもらうためにもものすごく有益、なのでは? ポスターの一番下には、課題曲が去年大流行で、どこの店に行っても聞かない日はなかったくらい有名な『Piece of my world』で、かつ参加申し込みをするにはあのルーク・ハントさんを尋ねなければいけないらしく、思わず「げ」と声が洩れた。あの人、変わってるんだよねえ。

「ねえエペル。VDCについてだったけど……エペルは興味ないの?」

 ルーク・ハントさんがどうやら関係者らしいし、VDCだなんて華やかな舞台ともなると、きっとヴィルさんだって黙っていないだろう。ならば同じポムフィオーレ寮のエペルはどうかと思ったのだけれど、私の問いかけを聞いたエペルは、はぁ、と溜息をついた。

「……僕、その大会のオーディションを受けるんだ」
「へえ。……自主的にってわけじゃなさそうだね」
「うん。ヴィルさんに言われてね。だから毎日中庭の井戸で練習してるんだけど……」
「だから最近早くどこかに行ってたんだ」
「今日も、今から練習なんだ。愛らしく歌えるようになりなさいって言われてて……」

 私だって、馬鹿じゃない。きっとエペルが泣いていた理由なんてこれくらいだし、同級生の中なら私が一番長く一緒にいるから、飛行術の授業と比べてはいけないけれど、それでも秋学期より元気がないように見えたのはこれのせいだろう。ハーツラビュル寮とは違ったベクトルで、特にエペルみたいな天然美人にはなかなか苦しそうな寮だと思う。寮内の問題となると、私は迂闊に口出しできない。もやもやしながらコーンスープを食べていると、練習に行くらしいエペルは「ごちそうさま」と手を合わせて立ち上がった。

「じゃあ、僕は中庭で練習してくるね」
「うん。遅れないようにね。頑張って」
「ありがとう」

 この間のエペルは息を切らして体育館に入ってきたし、どうやらギリギリまで練習をしているらしく。負担になって、前の私みたいに倒れたりしなければいいけれど。小さくなっていくエペルの背中に一人で溜息をつくと、冷めかけていたコーンスープを喉に流し込んだ。

 ◈◈◈

「はあ……」

 昼休憩も、エペルがいないと退屈だ。かといって教室に留まったりうろうろしていれば、間違いなくフロイド先輩が絡んでくるはず。そんな私が選んだのは、VDCの参加申し込みを試みることだった。三年生には、寮でも仲の良い先輩がいるわけでもないし、部活にも二年生ばかりだ。よく考えれば、私って案外二年生の知り合いが多いんだなあ、なんて。意図せずカリムさんともホリデー中に知り合いになってしまったわけだし。
 一年生の教室を歩くのとはわけが違って、女がいることは学園周知の事実だけれど、いつもの十倍くらいはじろじろと周りからの視線を感じる。さり気なく、スカートを一回、二回と元の長さに戻すと、ルークさんがいるらしいA組に向かった。

 教室の後ろのドアからこっそりと覗き込むと、どうやらルークさんの姿はなく、それどころか知っている顔がほとんどなかった。ルークさん、ヴィルさんとは違う妙なオーラがあるから教室にいたら一発でわかるはずなんだよねえ。これは、やっぱり辞退した方がいいだろうか、と一歩ずつじりじり後ろに下がれば、何かクッションのようなものに軽く頭や背中がぶつかった。それと同時に、石鹸のような優しい香りが漂う。

「チッ……気をつけろ草食動物」
「う、わあ!」

 なんだろう、と後ろを見る前に、低音ボイスが頭上から降ってきたものだから、そりゃあ悲鳴くらい上がる。そんな私の声にぴく、と猫のようにかわいらしくイカ耳にしたレオナさんは、また舌打ちをして「うるせぇ」と吐き捨てた。この第二王子といい、フロイド先輩といい、胸元を晒しすぎではなかろうか。黒の肌着でも見えればまた別なんだけどなあ。ごめんなさい、と言いながら右肩に添えられた手を避けると、レオナさんの方を振り向いて頭を下げた。

「どうして三年の棟に一人で来た。エペルやあのウツボは」
「エペルはVDCの練習……で、フロイド先輩はいつもいるわけじゃないし……」
「VDC? ……ああ、ラギーもそういえば受けるだとか言ってたな」
「……それって十中八九」
「賞金目当てだろうよ」

 頭を押さえてハァ、と溜息をつくレオナさんの言う通り、ラギーさんがお金以外でわざわざVDCを受けるわけがないしなあ。ラウンジの報酬でも普段遊ぶ分には間に合うけれど、やはり五百万マドルは夢があって大きいのだ。実際、私もお金目当て半分……三割だし。もちろん、あるに越したことはないけれど。

「それで? お前はどうしてここにいるんだ。まさかお前もオーディションを受けるんじゃないだろうな」
「……そのまさかです」
「は? お前はラギーほど貪欲じゃねぇだろ。何が目的だ」

 訝しげに眉をひそめると、レオナさんは腕を組んで私に向けてそう聞いた。そのレオナさんの制服は、ワイシャツだしさらに腕まくりもしていて、この間なんて雪が降っていたのにとても冬だとは思えない服装だ。いくら火の妖精がいたとしても、寒そうすぎる。
 そんなレオナさんの問いに対して、なんと言うのが正解なのか、ものの一瞬だけ迷った。この獣人のことだから、何かしら私を試そうとしているのかもしれないし、ただ気になって聞いているだけかもしれない。なら、テンプレみたいに無難な答えを出すほかないだろう。

「エペルも受けるし、興味ですよ。それに、私だってお金は欲しいので」

 間違っても、あまり仲良くないレオナさんに「フロイド先輩と距離を置きたくて」なんて言えない。もし言ってしまっても、そう深掘りはされないだろうけれど。そんな私の答えを聞いたレオナさんは、つまらなさそうに大きな口を開けてくあ、と欠伸を一つ。それから、「せいぜい頑張れよ」と言って教室に消えようとした、のだけれど。
 ハウルほどではないけれど筋肉のついた、真冬なのに外気に晒された太い腕をぐっ、と掴んで止めると、ほんの少しだけよろけた。

「あ゙?」
「……ルークさん。ルーク・ハントさんがどこにいるか知りませんか」

 ドスの効いた声を向けられた私でなく、私の周りで楽しく雑談をしていた三年生たちの方が小さく悲鳴を上げる始末だ。せっかく話せる人が近くに来たのだし、まだ教室にルークさんが戻った気配はない。
 私がルークさんの居場所を聞けば、またさらに顔を顰めて、まるで『怪訝』というタイトルの彫刻になりそうなくらいの表情をした。

「あの変人に何の用だ」
「エントリーに必要なので」
「ってことはアイツと、あのヴィルにも審査されるってことか。想像するだけで嫌になるぜ」

 そういえば、ヴィルさんもVDCには出る……というか主体だろうから、ヴィルさんが審査員になる可能性が大いにあるだろう。オーディションという場を借りて、といえば失礼だけれど、あの日のお礼をやっと言える機会にもなるかもしれない。
 レオナさんがまた舌打ちをすると、「俺があんなやつの所在を知るわけがねぇだろ」と言って、すると間もなくレオナさんの背後から人影が現れた。噂をすればなんとやら、というやつ。

「やあ。話は聞いていたよ。VDCのオーディションに参加してくれるんだって?」
「うわあっ! もう、びっくりした……」

 ぴょん、と現れた中世の狩人のようなシルエットと、何食わぬ表情にまた驚かされた。ポムフィオーレの副寮長は驚かせ屋なのだろうか。それとも、趣味だろうか。

「良かったなナマエ。探してたルーク・ハントのお出ましだぜ。俺はもう教室に帰って寝る。じゃあな」
「あっ、ありがとうございました」

 掴んでいたレオナさんの手を離すと、だるそうにまた、今度は小さく欠伸をするとゆっくりとした足取りで教室に戻って行った。その様子を見ていたルークさんは、「獅子の君ロア・ドゥ・レオンの犬歯は今日も立派だったね」と少々気持ち悪いことを言っていた。

「……あの、ルークさん」
「そうそう。VDCのことだったね。確かキミは、オクタヴィネル所属の一年B組、それでいて馬術部のナマエ・ミョウジさん。エペルくんのお友達だね?」
「……は、はい」
「いつもエペルくんが世話になっているよ」

 これは、ドン引きを抑えられるわけがない。やっぱりこの人、変人と謳われるフロイド先輩なんかよりよっぽど変人だ。掴みどころがないどころか、私たちと一本違うところを走っているような。

「キミは申し込みが早かったね。オーディションは来週の放課後、ポムフィオーレのボールルームで行うよ。忘れないように」
「はい。あの、もし都合が悪くなったりしたら?」
「そのときは事前に連絡をお願いするよ。もしもの当日欠席のために私の連絡先を渡しておこう」

 マジカルペンでさらさらとどこからが取り出した紙に連絡用IDが書かれると、私の前に差し出された。今のところ都合が悪くなる予定はないけれど、人手が足りなくなってしまったり――その点は、アズール寮長は融通が効くから問題ないとして、あとは私のやる気が急に削がれてしまったり、とかそういう点。所謂、お試しで申し込んでみた、なところがある。

「では当日は期待しているよ。ラ・グリスィーヌ」
「ラ・グリ……?」

 こんな人が副寮長だなんて、飽きないだろうけれどまあ、疲れるだろう。この人はつくづく変わっているなあ、と思いつつ会釈を軽くすると、三年生の教室を後にしながら、イヤホンを耳に挿し込んだ。
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