徒花を枯らす魔法

 歌もダンスも人並みだし、周りがどれくらい仕上げてくるのかもわからない。ただ、エペルの様子を見るに、本気で仕上げる人は本気で、娯楽目的の人は軽く、といった具合だと思う。そんな切羽詰まった様子のエペルの邪魔をするのってどうなのかと思ったけれど、少し踏み込むくらいならいいよね、と思いつつも鼻歌混じりに食堂に向かっていた。

「それ、『Piece of my world』? ……もしかしてナマエも……」
「実はもう申し込みまで済ませた」
「そう、だったんだ」

 まずはジャブから。この鼻歌は無意識的に出てしまったものではあるけれど、それにしたってタイミングが良かった。いきなり「一緒に練習しない!?」なんて聞ける雰囲気ではないのが最近の彼だったから。もしこれで、ふぅん、で済ませられたらそれだけの話だし、エペルはどうでるかなあ、と思いながらホテルみたいなオムレツを取りに向かった。どうやらエペルも、今日はオムレツの気分らしい。さあ、どう出るか。一緒に練習できれば好都合。気にしない、さらっと流すふりをして私の後ろに並んだエペルを見遣ると、長くて多い睫毛を一度伏せてから、私の方を見たので、私は気にしていないふりをして前を見る。

「まさかナマエがオーディションを受けるなんて。……その、普段からラウンジのバイトなんかで忙しそうだから」
「そうかな。まあ、たまにはね」

 なんだろう、まるで恋の駆け引きをしている気分だ。湯気の立つふわふわのオムレツにサラダを軽く添えてもらって、先に席に戻っては頬杖をつきながらエペルの帰りを待つ。食堂のティーバッグ紅茶より、やっぱり寮で朝からタンブラーに淹れてきたものの方が美味しいんだよね、とこれまた湯気が立つアップルティーにふう、と息をかけた。
 そうこうしている間に、私と同じ大きさのオムレツと、私より量の多いサラダやらを盛ったエペルがテーブルに到着した。

「やっぱり男の子っていっぱい食べるね」
「ナマエが食べないだけじゃないの?」
「いや、標準。……っていうかこの学校入ってから増えた方」

 エペルも細くて小柄だけれど、食べる量は私よりも明らかに多いし、時折大きく口を開けて食べているときだってあるので、やっぱり男女の差なんだと思う。セベクとか副寮長とかとんでもないもんなあ。普通の男子高校生代表みたいなトラッポラとかも、ひと口ひと口が大きいし。私もそれに影響されたり、そもそも食べなければ体力や魔力の方に支障が出るので、ミドルスクールのときより食べる量はかなり増えたはずなのだけれど。
 ナイフでオムレツに切り込みを入れて、中が半熟のそれを口に運んでいると、エペルの手元がカチャリと音を立てた。

「ねえ」
「ん?」
「ナマエが良かったらなんだけど。今日の昼休み、一緒に練習とかどう、かな」
「! いいの? エペルはどうしてもメンバーにって感じだし、邪魔にならない?」

 計画通り、かもしれない。思わず目を見開いて、フォークに乗ったオムレツがぷるんと揺れてはお皿の上に落ちそうになったけれど、エペルはほっと息をつくと首を横に振った。

「ヴィルサンが、井戸で歌の練習をすると自分の声がよく聞こえていいって言ってたんだ。ナマエが聞いてくれてるだけでも違うかもしれないし……」
「ぜひ!」
「良かった……。それに、ナマエももしVDCメンバーに選ばれたら、きっと楽しいと思って」

 エペルは柔らかく顔を綻ばせると、口説き文句のようなそれをナチュラルに口にするものだから、きゅんとした。ここ最近壁を感じていたけれど、エペルがそう言ってくれるってことはきっと、エペルにとっての私もただのクラスメイトで終わらないという認識で良いだろう。そんなの、好きすぎる。

「そんなに言われたら、ほんとに頑張っちゃおうかな……」

 私もそれこそ記念参加、みたいになっていたのだけれど、馬術部の先輩にも応援されて、エペルもこんなに期待の目を向けてくれているのだから、頑張らない手はないよね。よし、と胸の前でナイフを握ったままさらに力を込めると、昼休みの一分一秒が惜しくなってしまって、さっさと残った料理を口に放り込んだ。

 ◈◈◈

 エペルとの練習は効果的だったと思う。残り少ない日数で、怪しい音程のところも確実に合うようになったし、心做しか発声方法も変わった。ような気がする。いいや、思い込みほど強力な呪いはないはずだし、私はエペルとの練習のおかげですごく歌が上手くなった! とでも思っておこう。ダンスの方も、せっかくならと基本の振り付けに女性らしいしなやかさをプラスしてみたりした。素人だから、それがどう出るかはわからないけれど。

 そうして毎日練習の日々。柄にもなく、ここまで頑張ったのは初めて、だと思う。やるからには中途半端なんてこともできないし。そうしてあっという間に申し込んだあの日から一週間が経過して、私はポムフィオーレ寮の談話室に立っていた。エペルはやっぱり、VDCに出るのはほぼ確定らしいので、一応オーディションは受けるものの関係者に値するらしい。それにしても、この談話室、きらびやかというか絢爛豪華というか、ただただ眩しい。

「はあ〜っ……」

 やっと実感が湧いてきて、溜息を深く零す。練習通りにできたら、問題ないと思うんだけど。ぐるっと辺りを見回せば、噂通りの知っている顔がいくつか。軽く四十人くらいだろうか。思ったよりは少ないけれど、この中から、何人が選ばれるのだろうと思うと頭が痛くなってきた。分かれる直前、エペルに「頑張ってね」とかけられたのが忘れられなくて、頭の中をぐるぐる。あまり周りに言いふらさない方が良かったかなあ、とまた溜息をつくと、ぽんぽんと肩を叩かれた。

「気張ってるッスねえ」
「わっ」

 誰だろう、と頭にぼんやりエペルの顔を思い浮かべながら振り返ると、少し大きめの耳を持った獣人族だったので、思わず声が出た。そういえばレオナさんが受けるって言っていたような。ほとんど賞金目当てで。
 ぽかんと口を開けたままにしていると、彼が私の前に回ってきてはシシシッと笑った。

「おっと。驚かせちゃったッスか? 最近ナマエちゃんのことラウンジで見ないと思ってたけど、ラウンジでの稼ぎじゃ足りなくなっちゃった?」
「そんな、ラギーさんじゃあるまいし」
「オレはちゃんとバイトもしてましたから! ……ったく、ナマエちゃんがいねぇと稼ぎが落ちるわ、フロイドくんはピリピリするわ……大変だったんスからね!」

 中指でデコピンをお見舞いされると、割とひりひり痛くて声にならない声を上げた。紳士的じゃない! でも、いいことを聞いたというか、逆に悪いことっていうか。私ってラウンジにそんなに貢献してたんだなあ、と思うと同時に、次にフロイド先輩とシフトが被ったときが怖くて背筋が小さく震えた。「いつもお手伝いありがとうございます」と言うと、「オレのためなんで」とジト目を向けて返された。

「とにかく、ただでさえポイントカード制にしてから忙しくなったってのに、ナマエちゃんに休まれたらたまったもんじゃないんで。元気ならなるべく早く復帰すること!」
「はい、バイトリーダー」
「げ、なんスかそのハーツラビュルの連中みたいなの。そもそもオレはバイトリーダーじゃねぇし……」

 うえ、と眉をひそめて私を見ると、つい私の方が笑みが零れてしまったので、ラギーさんもつられるみたいに笑った。なんだか、緊張が少しだけ解けた気がする。別の心配ごとが浮上してこないでもないけれど。ラギーさんがぽん、と私の肩に手を置くと、余裕そうに笑った。

「そうそう。緊張したときほど笑顔ッスよ。一緒に笑いましょ」
「ふふ。ありがとうございます」
「いーえ。じゃあ、お互い頑張りましょうね」

 ラギーさんはにっと笑って、課題曲を歌いながら自然に私から離れていってしまった。ラギーさんにもなんだかんだいつも助けてもらってるなあ。私がラウンジで働き始めてまだ慣れないときに、グラスを二つほど駄目にしたときとか、てきぱきと対応してくれて。まあ、あの月の給料はそこそこ低かったのは、寮長の抜かりないところだ。

 ふう、とまた息をついて、その場で振りの確認をするべく小さく身体を動かしていると、室内なのに風が吹いた。かと思いきや、目の前に人がいた。

「お主がナマエだな」
「きゃあ!!」
「おっと。驚かせてしまったか?」

 な、なに? デジャブ!? さっきも見たような光景だけれど、違ったのは目の前にいる人が逆さを向いていたこと。いやあ、私にしては珍しい悲鳴が上がった気がする。しかし、頭に血が上りそうな体勢で前置きなくいきなり目の前に人が現れれば、誰だってそうなるだろう。思わず腰を抜かしてしまった私に、一斉に視線が集まった。
 逆さの人は、正しい向きになってはふわっと音をあまり立てずに着地をしてから、私に手を差し伸べてくれた。あ、このかわいらしい顔立ちに、珍しいインナーカラー。ディアソムニア寮の、リリアさんだ。

「あ、ありがとうございます。叫んじゃってごめんなさい」
「驚かせたのはわしの方じゃ。こっちこそ、すまんかったな」

 見た目にそぐわず渋いお声に、とんでもない筋力をお持ちのようで、私を軽々引き上げると、ふわっと宙に浮くように着地できた。未知すぎる。そして、リリアさんの手もひんやりしていたから、やっぱり妖精族も体温は低い方なのだろう。
 ひと息つけば、リリアさんは楽しそうに、けれどにこにこという擬音は似合わない笑顔を向けた。なんだか、もう少し大人っぽい感じというか。

「セベクやシルバーから話は聞いておる。あやつらと仲良くしてくれて、心から感謝するぞ」
「え、っと。こちらこそ、あの二人にはお世話になってます。リリアさんの話もよく聞いています」
「なんじゃ、照れるのう」

 照れると言った割には、余裕そうに微笑むものだから、なんだろう、他の生徒たちとは少し違うような気がする。達観している、というか。いまいち掴めなくて口を半開きにしたままでいると、リリアさんがまた、口を開いた。一瞬だけ睫毛を伏せて、それから熟したラズベリーみたいな瞳をゆっくりとこちらに向けて、どこか妖しいそれに耳の方がぞわぞわした。

「特にセベクじゃ。あやつがディアソムニア寮生以外の、しかも同学年の生徒の名前を出すことは今までなかった。本当にありがとう」
「そ、そんな。照れます。……私の方が、お礼を言いたいです。鍛錬の相手にはならないのに、セベクもシルバー先輩も、困ったときにはいつも助けてくれて」

 面と向かってお礼を言われたことと、セベクについてを聞いたことで、一気に頭が熱くなって、きゅう、と締め付けられる気分になった。お礼を言いたいのは私だ。ぐっ、と下を向いて、そのラズベリーレッドを直視できずにいると、小さな手が私の頭にぽん、と乗っかった。

「ありがとう、ナマエ。鍛錬なんぞかまわん。あやつらのことはいつでも頼ってやってくれ」
「……はい」

 わしゃわしゃと髪をかき混ぜられると、とてつもない安心感を覚えた。これは、確かにあの二人がリリアさんのことを大好きなのも頷ける。私は今初めて関わったから、何も知らないけれど、まるで私より歳下にも見えるリリアさんに与えられる安心感といえば。

「それに、もっとあやつらに色々なことを教えてやってくれ」
「色々?」
「くふふ。こっちの話じゃ」

 手が離されると、リリアさんは初めて無邪気な笑顔を見せてから、そう言った。色々……色々? むしろ教えてもらってるのはこっちの方だと思うけれど。眉やら口やらを歪ませて頭上を見上げると、彼はまた笑ってから、「オーディション、お互い頑張ろう」と私から離れて、いつの間にか来ていたトラッポラたちのもとへとまた逆さ攻撃をしにいった。

 やっと波が収まったかなあ、と思い、音程の最終確認のために右耳イヤホンを挿し込んだのだけれど、そうスムーズに事が運ぶものではないらしい。

「ようナマエ! お前もオーディションを受けるんだな!」
「わ、カリムさん……」
「こらカリム。彼女は今から練習しようとしていたところだろう。邪魔をするな」
「そうだったのか。悪い悪い」

 片耳が聞こえるのと、それから背中に軽い衝撃を受けたおかげでその正体にも気がついた。どうやらスカラビアの寮長、副寮長も参加するらしい。特にジャミルさんの方は、面と向かってお話するのは初めてだし、せっかくの機会だからとイヤホンを外した。

「大丈夫ですよ。えっと、初めまして? ナマエ・ミョウジです」
「初めましてではないが、こうして話すのは初めてだな。ジャミル・バイパーだ。確か君はフロイドの恋人の……」
「恋人!? ありえないです!」

 予期せぬ言葉選びに首を思いきり横に振って否定すれば、その勢いに若干引かれた、ような気がする。そういえば前に会ったのはバスケ部の応援に行ったときで、思い返せばあのときの私が通常だと思っていた距離感はなかなかだった、と思う。ジャミルさんは「そうだったのか。それは失礼」とほんの少しだけ口角をつり上げて言ったので、なるほど、確信犯だ!

「色々なやつから話は聞いている。そう関わることは多くないだろうが、よろしく」
「なんか私、有名人ですね?」
「まあ、二年の教室でもたまに話は回ってくる」
「え〜……私、そんなに問題児じゃないと思うんですけど……」
「そう悪い噂は流れていないから安心してくれ」

 悪い噂はもちろんないとして、なんだろう。リーチ兄弟関連か、唯一の女子だからっていうのが候補としては強いと思うけれど、二年生の方に絡みに行くことは少ないので、あまり気にしないことにしよう。何かあればうちの先輩たちでも呼べばいいし、という他力本願だ。
 するとまた、前みたいに温かい褐色の、柔らかな手のひらが私の手をぎゅっと掴んだ。視線を滑らせれば、よく映える白のタトゥーと、揺れるピアス。あの双子と違ってピアスは外さないんだ。

「オレのやった絨毯は使ってくれてるか!?」
「すっごく使ってます。あれかわいくてよく映えていいんですよね」
「そうかそうか! また何か欲しいもんがあったらなんでも買ってやるから遠慮なく言えよ」
「金の暴力……」

 ひえ〜、とアジーム家の財力に怯えて、ただただ上下に振られる手を目で追いかけていると、バーン!! と大きな音を立てて、談話室の扉が勢いよく開いた。ポムフィオーレ寮に似合わず、乱暴に、けれど不思議と上品に。

「うるさいわよ、ジャガイモたち!」

 その聞き覚えのある、しかし生では久しぶりに聞く声にはっと目を向けると、左から、ルークさん、ヴィルさん、それからエペルがゴージャスで落ち着いた寮服を身にまとってその場に立っていた。エペル、寮服似合うなあ。それにヴィルさんは相変わらず浮世離れした美しさ。カリムさんに手を握られたままに、二人揃ってぱちぱちと瞬きすると、ヴィルさんと目が合った。

「アタシはポムフィオーレの寮長。ヴィル・シェーンハイト。今回、学園長に『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』に出場するメンバーのプロデュースを任されているわ。これより、選抜メンバーのオーディションを始めます」

 綺麗な姿勢を保ったまま、その場にいた四十人……もう少し増えて五十人を見ながらそう言うと、後のことは変人ルークさんに任せるようだった。エペルが、いつも以上に借りてきた猫みたいに大人しい。

「これから皆に課題曲を披露してもらう。審査ポイントは歌唱・ダンスの二項目。オーディションは三人ずつ行うよ。名前を呼ばれた人から、部屋の中へ入ってくれたまえ」

 ついに来たのか、と予想外にも、珍しいくらいに緊張をしている。これは、どういう意味を持つ緊張なのだろうか。ごく、と唾を呑み込むと、カリム先輩が握ったままの私の手をさらに強く握ると、「心配するなよ、楽しんでこい」と背中を押してくれた。

 ◈◈◈

 エントリーナンバー順だから、貼り出されたその日に申し込みに行った私の番は結構早かった。しかし同室に知人はいないようで、ボールルームに入る直前にちらっと振り返れば、いつの間にか運動着に着替えたエペルに口パクで「頑張って」と言われて、その後も何人かが私を応援してくれたので、精一杯頑張ろうと決意した。

 ところで、その結果といえば――

「ラ・グリスィーヌ。女性らしいしなやかな動きに人魚姫のようなよく響く歌声。自分の魅せ方をよくわかっていて、君の虜になってしまうよ! ボーテ! 百点!」

 課題の部分を終えて真っ先に評価をくれたのは、ルークさんだ。しかし、私の前に二人先に終わっていたからわかるのだけれど、もしかしなくてもこの人、全員に百点をつけているのでは? なんとも信用できない審査員だ。
 ありがとうございます、と小さく言って、他の二人と一緒に下がろうとすれば、ヴィルさんが「ちょっと待ちなさい」と声で私を振り返らせた。

「アンタ、秋に一度話したことがあるわよね?」
「あ、……はい。自分らしく生きなさいって言ってもらって」

 まさか、ヴィルさんと直接お話する機会がまた来るとは思わなかった。ヴィルさんは腕組みをしたまま、ふぅん、と小さく言うと、宝石みたいな、アメジストみたいな瞳が私を真っ直ぐ、真っ直ぐ見た。

「結論から言うと、VDCに女の子は出せない。全国に放送されるし、男子校に女の子がいれば何を言われるかはわからないから。これは学園長にも言われたことよ」
「そう、ですか」

 私、エペルと舞台に立てないんだ。お金と、フロイド先輩と距離を置くので半分ずつの目的を持って臨んだオーディションのはずだったけれど、エペルと舞台に立てること、それから応援してくれた何人もを思うと、本来の目的なんて消えてしまっていた。これでは本当に記念参加で、皆に顔向けできないなあ、と思っていると、ルークさんの伸びやかな声が「そう気を落とさないでくれたまえ」と私の顔を上げさせた。

「ええ。アンタの歌とダンス……素人らしさはあったけれど、その中でも自分の武器を理解して挑んできた。他のジャガイモと比較しても良かったわ」
「! ありがとうございます」
「それに、初めて会ったときに比べていい表情かおをするようになった」

 ヴィルさんは、真剣な表情を少しだけ和らげては口角を上げて、そう言った。隣にいるルークさんも、ヴィルさんに同意するように二、三回何も言わずに頷いた。それに私は、謙遜するみたいに手を前に出しては首を振る。

「そんな。今の私があるのはヴィルさんのおかげです。ヴィルさんが前にああ言ってくれたから――」
「あら。アタシは何もしてないわよ。決めたのは、気がついたのはアンタ自身でしょ」
「私、自身」

 ヴィルさんはふっと笑うと、顎に手を添えた。確かに、ヴィルさんはあくまで私に助言をくれただけ。私が今こうしてありのままでいられるのは、私の意識と、それから周りの人たちのおかげだろう。けれど、やっぱり私が今こうしていられるのは、ヴィルさんのおかげだと思った。

「ヴィルさん、ルークさん。見てくださってありがとうございました」

 オーディションのことに、それから他のことにも対して深々と頭を下げると、少し遠くでくすっ、と笑い声が聞こえたような気がした。長すぎず、おそらく丁度良いくらいで頭を下げれば、ヴィルさんがまた少しだけ、ふっと笑った。

「いいえ、こちらこそ。さあ、ルーク。次のジャガイモたちを呼んできてちょうだい」
「ウィ。さあ、ナマエさんも談話室に戻ろう」
「はい!」

 オーディションには落ちる前に、そもそも同じ土俵に立てていなかったのかもしれない。けれど、やっぱり動機は何であれ、色々な出会いがあったし、こんな機会まで。本当に参加して良かったなあ、としみじみ思いながら、開けられた扉から談話室へと戻った。
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