薄明光線が降りきらない

 ラウンジの空気は、ひと言でいえば地獄。フロイド先輩は、ピリピリはしているけれど、いつもよりそれを表に出さず、それから物に当たることはせずに、私のことを視界に入れない。ラギーさんには「フロイドくんのために早く復帰して」なんて言われたのに、私が戻ってきたことによりむしろ逆効果だった。その結果がいつも同じ空間にいる従業員だけが、この異様な空気感を直に体験していた。

「フロイド先輩、あの、……ドリンクの注文が入りました」
「おっけー。ちょっと待ってて」

 会話だって今まで通りなのに、フロイド先輩と目が合う気配なんてない。フロイド先輩が必要以上に近づいてくることもないし、今までなら手が触れ合えば、目を合わせて、あのおかしくなるくらいの優しい表情を向けてくれるのがお決まりだったのに、あれからは一瞬だけ硬直するものの、何もなかったかのように準備をする。もしかすると、これで、良かったのかもしれない。結果的に距離を置くことになっているし、これで良かった。けれど、私の思っていたものと違って、関係性の根っこから変わってしまっているような気がする。

「だから相談してって……って、そんなことできそうな空気じゃなさそうッスね」
「……大丈夫です」
「強がりさんッスねぇ」

 丁度裏へ戻ったタイミングで、空いたテーブルからグラスを下げてきた働き者ラギーさんが、気を利かせてなのか私の背中に声をかけた。私は、男子校で唯一の女子生徒だからなのか、それにしても周りに恵まれていると思う。ラギーさんの声に、びっくりしてつい肩を震わせると、息を洩らす音の後に、二回、頭に軽い衝撃を感じた。

「……優しいですね」
「ありがとうございます。ま、オレは君が思ってるほど優しい男でもないッスよ」
「そんなこと、とっくにわかってますけど」
「あ、ひどいなぁ」

 また、一瞬だけ空気も気持ちも和らぐ。ふふ、と笑えば、ラギーさんも、ふ、と息を洩らして笑う。ラウンジに、たまにラギーさんが来てくれるだけで場は明るくなるし、私もこうしてほんの少しでも助けてもらえる。よくできたハイエナさんだな、なんて思って「今日も頑張るぞ」と意気込めば、「その意気ッス」と強く励まされた。

 ◈◈◈

 学校、行きたくない。

 そんな気持ちをどうにか押し切って、勢いよくベッドから起き上がると、魔法を使っていつもより手抜きのヘアセットをした。光の加減かわからないけれど、隈がよく目立つようにも見えたので、そこはアナログで、コンシーラーを使って明るくする。うじうじせざるを得ないけれど、こんなに面倒くさい女に育った覚えはない。せめて、エペルや部活の皆にはいつも通りの姿を見せないと。

 結局、いつも通り登校して、いつも通り席に着いて、
朝練帰りらしいすっきりとした顔色のエペルが隣に座る。そう、まるで私とは対照的な、憑き物が取れた、は言い過ぎだけれど、そういう表情をして。多分、汗をかいてすっきりした、とかの類ではない気がする。

「ナマエ、おはよう」
「おはよう。朝からお疲れ様」
「うん。……やっと、形になってきたんだ」
「VDCのこと?」
「うん」

 へえ。先週までのエペルは、VDCの話題を少し出すと暗い顔をしたり、舌打ち……もしていたような気がしたのに、まさか自分から話題に出すなんて。どういう心境の変化だろう。私は後退しているのに、エペルは自分なりに前進しているのだと思う。すると、何やらエペルが自分の鞄をごそごそすると、一つの瓶を取り出した。

「はい。これ、実家から送られてきた林檎ジュースなんだけど……良かったら飲んでほしくて」
「あ、これヴィルさんのマジカメで見たよ」

 昨日一昨日あたりに、虚無状態でベッドの上に横たわってひたすらマジカメの投稿を三時間ほど漁っていた瞬間があったけれど、確かそのときに見た気がする。ポムフィオーレ寮のボールルームらしき背景に、ヴィルさんが林檎ジュースと一緒に自撮りをしたもの。確かにハッシュタグには豊作村とあったけれど、エペルのところのものだったんだ。

「ナマエ、ちょっと疲れたような顔をしてるから」
「……やだ、わかる?」
「わかるよ。……まあ、それがなくてもナマエにはあげる予定だったんだ」
「嬉しい。ありがとう」

 エペルに受け取った、常温だけれど今の時期はそれくらいが丁度良さげな林檎ジュースを受け取ると、早速蓋を開けて喉に流し込む。砂糖や甘味料の特有の甘さがないのにすっきりとした自然の甘さ。それにこれは、濃縮還元じゃない。喉をゆっくり鳴らしながらジュースを喉に流し込んで、三分の一ほどを飲んでからようやく口を離した。

「……いや、美味しすぎ。こんなのめちゃくちゃ売れるでしょ」
「ありがとう。実は、ヴィルサンが紹介してくれるまではすごく売れ残っていて、ほら」

 エペルが一度、私の手から瓶を奪うと、ラベルを指さした。そこに書いてあるのは消費期限で、どうやら明日までらしい。

「こうして売れ残ったものが送られてきて……消費に困っていたんだけど、ヴィルサンのおかげで今は大人気らしいんだ」
「流石ヴィルさん。良かった良かった」
「うん。まだダンボールひと箱分くらいはあるんだけど……良ければモストロ・ラウンジでも売ってくれないかな」
「……えっ」

 嘘とかじゃなくて本当に残っていたんだ。今やショッピングサイトで見ると、売り切れ続出らしく、たった一日二日でここまで人気にしたインフルエンサーの力ってとんでもないんだなあ、と感心する。
 それからちびちびと味わうように林檎ジュースを飲んで、けれどすぐに我慢ならなくなってごくごくと喉を鳴らしていると、唐突に告げられたエペルからの言葉に目を見開いた。

「えっ、えっ。……ほんとにいいの?」
「うん。むしろお願い。少しでも有名になったらいいなって思って……」
「いや、もう既にめちゃくちゃ有名だと思うけど……」

 これは、商売の匂いがする。アズール寮長なんかがとんでもない速度で食いつく未来が見える。お願い、とこちらを真っ直ぐ見つめるアクアブルーに、ぜひ! と即答をしようとしたところで、色々な考えがよぎった。今少しだけオクタヴィネル寮で浮いてしまっている私が、厚かましくも提案をしていいものか。けれど、大好きなエペルの頼みだし、商売という観点で見ても寮長が食いつかないはずがない。天秤にかければ、答えはあっという間に出た。

「もちろん。うちで売れるよう、寮長……支配人と交渉してみる」
「やったあ! ありがとう、ナマエ」
「うん。売上はしっかりエペルのご実家に送らせてもらうから、安心して」

 エペルの滅多に見ない無邪気な喜び方に、本当に何か心境の変化があったんだなあ、としみじみ思った。私はこうも落ち込んでいるのに。こうしてエペルとの楽しい時間も、やっぱり底の方では別のものが渦巻いてしまって、気は晴れきらない。けれど、それを表に出せばエペルを心配させるかもしれないから、と笑いかければ、眉をひそめたエペルが私の額に手のひらを当てた。

「ちょ、エペル……さん?」
「……熱はないみたいだけど。やっぱり、元気がないから」
「そ、そう。熱はないの。大丈夫だから安心して」
「そうやってまた一人で……。僕で良かったら、相談くらい乗るから」

 初めて見るみたいな雄々しいエペルの表情を真正面から見てしまって、ぶわわっと顔が熱くなる。ダークホースすぎるでしょ。何より、儚げな顔が綺麗だから。今急に熱が出てきたかもしれないけれど、これは違う熱だ。こういう、予想外なことにとことん弱い。

「ありがと。エペルがいてくれるだけで、だいぶ助かってるんだ、私」
「そう? それなら、すごく嬉しい」

 嬉しい、の後に、いつものぼかすみたいな「かな」が付かなかっただけで、私の方が嬉しいったら。こうして、女子の私と、可憐で儚げ美少年のエペルが仲良くしているのって、傍から見たらどういう感じなのだろう。もしかすると、思いのほかふわふわとした空間になっているのかもしれない。なんて、エペルや馬術部といるときは、呑気なことを考えていられる余裕が生まれるのだ。ホリデー明けから選択肢は色々誤ったけれど、人間関係においては、私の選択は大正解だった。

 ◈◈◈

 週明けから早速の魔法解析学の授業は、頭がよく回るようになるから好き。けれど、今日ばかりは例外だった。エペルと話して気が紛れたけれど、人間そう容易く本筋を忘れることはできない。この状態で複雑な問題をこなせるかといわれると、まあ、微妙なところだ。もっと単純な人間なら良かったけれど。

「隣いい?」
「げ……どうぞ」
「うーわ露骨に嫌そー」

 早く終わったホームルーム。朝からタンブラーに入れてきたストレートティーに、ふー、ふー、と息を吹きかけて冷ましていると、よく聞く軽い声が聞こえて、返事をする前に椅子を引いて座ってきた男は、もちろんハーツラビュルの生徒だった。テラコッタに、チェリーレッド。それから綺麗で描き慣れたハートのスート。今日は一人で受けたい気分だったから、つい顔を顰めてしまったけれど、もしかしたら気分転換にはなるかもしれない、と彼を許した。

「ん、今日はディンブラ?」
「詳しいね」
「紅茶はいっつも淹れてるからねー。オレも結構好き」
「ひと口いる?」
「間接チューじゃん」
「残念、まだつけてない」

 そう言って小さく笑えば、相変わらずだねー、と言ってノートを広げ始めた。ハーツラビュルは紅茶系のルールもあるらしいし、入学して間もなく一年生は美味しい紅茶講座があるとかなんとかで、ある程度は詳しいらしい。なんでもない日のパーティー、だったっけ。私も参加してみたいって言ったら参加させてもらえるのだろうか。

「猫舌?」
「んー、保温が効きすぎてるの」
「へえ〜。オレの魔法で冷やしたげよっか」
「失敗しそうだからいいよ」
「ナマエちゃんっていっつも普通に失礼だよな」

 ムッとした顔でこちらを見てくるトラッポラをよそに、五回息を吹きかけて、舌を火傷しないように慎重に紅茶を口に入れていると、暇そうに、そして器用にペン回しを始めていたトラッポラがいきなりその指を止めてから、こちらをじっと見た。

「……そういえばさ、フロイド先輩のことなんか知らね?」
「! げほっ、……な、何が?」
「その反応、明らかに関与してるって感じだね」

 唐突に振られた話題に、思わず紅茶が気管に入りそうになる。ちょっと、誤嚥性肺炎にでもなったらどうしてくれるつもりなの。それにしても、トラッポラからフロイド先輩の話題が出るなんて。自分でもよくわかるくらいに顔を顰めて、怪訝な表情を向けると、「そう怖い顔しないでよ」と若干の引き気味で言われた。

「……久しぶりに朝練覗きに行ったらさ。いつもやる気はあったりなかったりだけど、なんか普通のプレイするようになったっつーか。……いや、いいことなんだけど。そんで思い出したみたいにゴールとかボールとかに当たって、すっげー辛そうな顔してんだよ」
「……」
「あんなフロイド先輩初めて見たから、もしかしたらナマエちゃん絡みかもって」

 物に、当たってる? ラウンジではフロイド先輩は、前まで通り、むしろ私がいるときよりもてきぱき働いて、どちらかというと穏やかだった。どれが、フロイド先輩だろう。それに辛そう、だなんて、もしかしてそんなに私のことが影響しているの?

「……ちょっと、距離ができただけ」
「……ふーん。なんかありそうだね」
「別に。ただ私はフロイド先輩のご機嫌取りの道具だった。それが離れただけだよ。大丈夫、トラッポラや監督生ならもっと上手くできるだろうし」

 そう言ってタンブラーの蓋を閉めると、トラッポラはペンを机に置いて、真剣な眼差しをこちらに向けた。首を傾げると、トラッポラは嘘だろ、というように溜息を零したので、トラッポラの情緒がわからないでいると、「あのさあ」と言った。

「オレや監督生が代わりになるわけないでしょ。……つーか、それよりさ」
「う、うん……」

 トラッポラがぐい、と私に顔を寄せると、タンブラーを机に置いた私の手首をぎゅっと掴んで私にまた顔を近づけた。レザーに近い生地をまとった指が、私の手首なんて軽く一周してしまっていて、こういう瞬間にまた男女差を感じてしまうのだ。
 監督生のことは、フロイド先輩もすごくかわいがっていると思うのだけれど、どうして代わりにはならないのだろう。チェリーレッドが恥ずかしいくらいに私のことを真っ直ぐ見てくるものだから、逸らそう逸らそうと思っても、特殊な力でも働いているのか、見つめ返すことしかできなかった。

「――ナマエちゃんはそれでいいわけ?」
「……え? 私が?」
「フロイド先輩よりそっちのが心配だわ。オレ、暗い顔してるナマエちゃん好きじゃないんだよね。初めて会ったときの嫌な感じ全開の方がよっぽどマシだわ」

 そこまで言うと、私も黙るしかなくなって下を向いて、トラッポラも私から手を離すと頬杖をついて前を見た。間もなく授業が始まるのに、トラッポラに言われたことがぐるぐるして、クルーウェル先生の言葉や、フロイド先輩の声まで反響した。私はそれでいいか、なんて。そんなの、良くない。寂しいに決まってる。
 腕を机の上に組むと、そこに顔を埋めて、一度真下を向いて視界を閉ざしてから、トラッポラの方をちらりと見た。

「……ありがと、トラッポラ」
「……ん」

 熟した果実みたいな目が一瞬だけ見開かれて、私から視線を外されると、頬に赤がわずかながら差した。それから、指先だけで私の髪の毛先をくるくると弄んでいた。

 ◈◈◈

 私の周りの人たちのおかげでよくわかった。私は頭は悪くない。むしろ良い方だけれど、それはすべてにおいてではないことがわかった。だから、難しいことなんて考えずに、今まで通りにしていれば良かった。……逆に距離を置いてしまったせいでフロイド先輩に対する気持ちとか、フロイド先輩が私に向ける気持ちの正体は結局定かにならなかったけれど、私のことがよくわかった、のかもしれない。

「ばいばい、エペル」
「うん。部活頑張ってね。後で林檎ジュースも届けに行くから」
「ほんとにありがとう。エペルも練習頑張って」

 まだ自信はないけれど、とりあえず眼前にあることを頑張ろう。まずは部活を頑張って、皆に迷惑も心配もかけないようにして、寮に帰ったら一度フロイド先輩とゆっくり話そう。トラッポラの言っていることが本当で、フロイド先輩が聞き入れてくれるとも限らないけれど。

 週初めだから課題が少なく、ほとんどを置き勉しているので軽い鞄を持ち直すと、今週の馬術部の活動についての概要をスマホで確かめる。文化祭直前に大きめの大会があるので、なかなかに練習を詰めているようだった。それから今日は文化祭に関するミーティングがあるそうで、なるべく早く向かわないと。文化祭についてのミーティングって、何をするんだろう。前にちらっと聞いた整備とかにあたるのだろうか。

「はあ、頑張ろ」

 鞄を持ったまま、腕をぐぐっと上に伸ばして、放課後になって夕陽が落ちてきた、部活動や寮に戻った生徒が多いせいで人気ひとけのない、長い廊下を歩く。早足になるほど急ぎでもないし、落ち着いて行こう。
 すると、丁度曲がり角にさしかかったところで、大きな影がぬっと伸びてきて、今回は当たらないぞと横に避けた私は、それ以上前に進むことができなかった。

「……え」

 私の左手が何かに引っかかって、というか、強い力でぐっと止められているような感じがして、一瞬考え込んでから、勢いよくそちらを振り向くと、セベクや双子ほどではないけれど大きな生徒がいた。それも、黄色と黒の。嫌な予感がして、掴まれている部位から次第にぞわぞわする。

「ナマエちゃん、ちょっと待てよ」
「……なんですか?」
「そう嫌そうな顔すんなって」

 サバナクロー寮生って、こういうのしかいないの? 前にラウンジに来たやつらとはまた別みたいだけれど、ラギーさんやレオナさんはもっと教育した方がいいんじゃないの。大きな耳がピクピク動いたかと思うと、その男は思いきり口角を上げた。いや、そんなの、嫌な顔するに決まってるじゃない。私の先程までの晴れやかな気持ちを返してほしい。今すぐに。

「最近あのウツボと一緒にいないっぽいけど、見放されちゃった?」
「関係ないでしょ」
「いやいや、オレはナマエちゃんのこと心配して言ってんだよ」
「ありがとうございます。知らない人に心配していただくような立場にはありませんので」

 本当に、誰? けれど敵意を剥き出しにすれば、周りに人がいない今、どうなるかわからない。だからあくまで温厚に、事を荒立てないようにと、副寮長や寮長の笑顔を全力で頭に思い浮かべてからそう言った。そうこうしている間にミーティングの時間になってしまうし、早めに撤退させてもらおう。
 しかし、サバナクロー寮生にはそうもいかなかった。だって、頭が悪いから。レオナさんはあれだけ思慮深くて話がわかるし、ラギーさんもがめついだけで人間性はできている、はず。ハウルは堅物だけれど話はわかるし、まともな狼さん。誰を参考にしたら、こういうふうになるわけ?

「まあ待てって。見放されて可哀想だな〜って思ってんだよ」
「……はぁ?」
「オレらも色々溜まってんだ。相手してあげようかと思って」

 その言葉を聞いた瞬間全身の毛が栗立って、気持ち悪い。早く逃げなきゃ。その一心で思いきり腕を引くと、いとも容易く大きな獣の手から解放をされた。今のうちだ。そう思って後ろに足を引いた瞬間に、口元に何かが押し当てられる。まずい。

『うわあ。クルーウェル先生、こんなのどういう意図で使うんですか? 悪趣味〜』
『俺も使ったことはない。ただ俺が学生の頃から色々取り揃えてあったからな。何かあったときのためだろう』

 視界がぐらぐら揺れて、これは本格的にまずいやつだ、と胸元に手を持っていってはマジカルペンを取ろうとするけれど、どうもポケットに入れているはずの、肌身離さず身につけているマジカルペンはどこかに落とした――奪われてしまったらしい。嘘でしょ、嘘。

『それにしたって、ドラマとかでしか見たことないですよ、クロロホルムなんて』

 これ以上吸ってはいけない、と息を一度止めてみるけれど、これでは酸欠になってしまう。どちらにしろ、助かることはない。はあっ、と一度大きく吸い込んで、揺れる視界のなか、まだわずかに残った意識。もう動くのは困難だけれど、意識を失ったふりくらいはできる。せめて、顔くらいは拝ませてもらおうか。
 わざと力を抜いて、ハンカチらしきものが私の口から離されると、床に放られる。痛い感覚は、遠のく意識に吸い込まれてしまいそうになって、薄らと目を開けると、いち、にい、さん。三人も、いたのか。なんでこういう現場って、決まって三人がかりなのだろう。三人がかりで、しかもクロロホルムを盗まないと女の私をどうにかできないなんて、まあ、なんて愚かなこと。

 我ながら余裕そうに、ばーか、と口パクで言うと同時に、抗えなくなって、そのまま意識はどこかへ飛んでいった。喧嘩売る相手、間違えたんじゃないの。
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