果樹と宝玉のカンパニュラ

 あらためて聞くと、とんでもない。スピーカーからキーン、と音がして、ハウリング祭り。一人はVDCのメンバーで不在だから、ステージにいるのはパリピと、かわいらしい人。内容はちっともかわいらしくはない。

「す、素晴らしいですリリア様……」
「今回はギターになさったのだな」
「え、ええ……」

 スポットライトがステージに当たって、一段と暗く見える客席で、隣にいるアンティークゴールドは揺れていた。それも、感動で。ハッとして左を見ると、こちらも聞き馴染みがあるかのように眉ひとつ動かさずに、ステージ上にいるたった二人に目を奪われていた。もしかして、私の感性がおかしいだけ?
 悪魔でも降臨するのではないかと思わせるほどのデスボイスに、次々と重力に従って垂れる弦。ダイヤのスートの、確かケイトさんは、やれやれと思いながら見ているものの、これまた慣れた様子だった。いや、前に覗きに行ったときはお茶会をしていたから、そのギャップに驚かされている。新入生歓迎会ではもう少し大人しかったような気がしないこともないから。単に私の気分が沈んでいて、軽音部の演奏に耳を傾ける余裕がなかっただけかもしれないけれど。

「……案外かっこいい、のか?」

 私がぼそっと、自らを洗脳するみたいに呟くと、セベクはその小さな声を聞き取ってしまい、「案外だと?」「非常に、の間違いだろう!!」と声を張り上げてきた。うるささはこのゾンビみたいなデスボイスのおかげで三割減くらいではあるけれど。しかし、周りをぐるりと見回せば、演奏会場に入って間もなく出ていってしまったり、少なくとも大衆が思っているものとは違っているのだろう。
 うーん、確かにかっこいい……かっこいい……いや、やっぱり駄目だ。私には合わない。

 ◈◈◈

「おうおうお主ら。ステージからも見えておったぞ。来てくれたんじゃな」

 二、三曲の演奏が終わり、暗かった客席までパッと明るくなり、一瞬だけ目が眩んだ。その明るさに目頭の方が痛くなる。それにしたって、全曲が見事に歌詞や曲調に反したデスメタル調の……主に歌声、そして終盤ほとんど機能していないギター。むしろ、ある意味感動したかもしれない。

「感激いたしました! あの独創的なメロディーはリリア様にしか生み出せません!!」
「そうか? わしは適当にそれっぽくしとっただけなんだがなあ」
「なんと!! 『それっぽく』であのような演奏ができるとは……!!!」

 演奏が止み、なんとかその場にいた観客が帰っていったことにより、いつも通りよく響く声だ。潤んだ瞳に、八の字に曲げられた眉。セベクの感性がおかしいわけではないと思う。実際、前に一度エペルの林檎細工を褒めたときのセベクの語彙の豊富さには驚いたから。それも、かなり的確で、詩的表現力も持ち合わせていたし。けれど、どうしても若様とリリア様に対してはこうなるのだろうなあ、と思い、シルバー先輩の方をちら、と見ると、セベクの言うことに頷いていた。

「昔から聞き馴染みがあったので、どこか懐かしくなりました」
「そうか! シルバーにはよく子守歌を聞かせてやってたからのう」

 目を閉じて、「そうじゃろうそうじゃろう」というように何度も頷くリリアさん。あれ? ツッコミどころが多すぎるかもしれない。顎に手を添えて、一旦整理させていただこうと頭を回転させる。失礼ながら、リリアさんの歌によるデバフもそろそろ解けてきたことだろうし。
 まずは、あのデスボイスを子守歌に使っていたということ? それは子守歌が余程パンクな曲だったのか、それともあのゆったりとした子守歌にデスメタル要素を加えたのか。それともう一つ、リリアさんが、シルバー先輩に子守歌……?

「なんじゃナマエ。険しい顔をしおって」
「あっ! いえ、かっこいい演奏だったなあって」
「そうかそうか。まさかお主が来てくれるとは思わなんだ」
「リリアさんもいらっしゃいますし、軽音部の演奏に興味があったので」
「それは嬉しいのう。残念ながら今日はカリムが不在だが、気に入ってもらえたようで何よりじゃ。入部ならばいつでも歓迎するぞ」

 にこにことかわいらしい笑顔で、よく見ればあの歌声と式典服メイクがマッチしているような気もする。「馬術部で手一杯なので今のところは大丈夫です」と両手を左右に振れば、ラズベリーレッドの目を真ん丸にして「そうか」と言った。それから、リリアさんは私とセベク、シルバー先輩を交互に見て、身長差により視線を上、下、と滑らせた。それからにこにこ、満面の笑みを浮かべたので、私たち三人は揃って右に首を傾げた。

「こうしてセベクやシルバーと一緒に来てくれたことも嬉しいぞ」
「リリア様! 一緒に来たのではなく、この者が勝手に僕たちに着いてきただけです!!」
「なに、そう恥ずかしがることはないじゃろう」
「そうだよセベク、一緒に行くって言っても許してくれたじゃん」

 照れているのか、単純に人間嫌いだったら申し訳ないけれど、そんなセベクをうりうりとリリアさんと一緒にいじっていると、ムッとしたように、けれどリリアさんに言われている以上何も言い返せないのか、口を固く結んだ。眉間のあたりをぴくぴくさせてから、「そういえば!!!」といきなり声を上げた。また耳がキーンとする。

「なんじゃいきなり大きい声を出して。ナマエも驚いているであろう。それにこの距離では多少の小声でも聞こえとるわ」
「申し訳ございません!! ここに来れば若様の姿がお見えになると思ったのですが、いらしていなかったのですね……」
「わ、若様……」

 かわいらしいジト目でセベクを見上げるリリアさんと、それから、若様というワード。今までセベクとシルバー先輩、特にセベクとの会話の間には「若様」「マレウス様」という言葉が必須まであったため、若干麻痺をしていたような気がする。マレウス・ドラコニアって、よくよく考えなくてもツイステッドワンダーランドでトップクラスの強さを誇っているのだから、もっと恐れられるべき人物だ。実際、ディアソムニア寮生以外はそういった認識だろう。
 もしかすると、マレウス・ドラコニアがまだいるのではないかと、室内をぐるりと見回すけれど、どうやら角のある彼の姿は見えなくてほっと胸を撫で下ろした。

「おお、あやつならわしらが演奏しているときに後ろの方に姿が見えたぞ。しかし二曲目の途中で退室しおった」
「なんと!! いらしていたことに気がつけなかったとは不覚!!!」
「マレウスは気分屋じゃからのう。それに、VDCをとても楽しみにしておったようじゃから、既にコロシアムに向かっているのかもしれんな」

 流石に早すぎない? 時計を見れば、まだVDC開演まで三時間弱はあった。それに、マレウス・ドラコニアってVDCとかを楽しみにするタイプだったんだ。案外俗っぽい……といえば言い方が悪いけれど、親しみやすいのかもしれない。しかし茨の谷の次期当主も学生なことには変わりないし、思っている以上に私たちと近しい存在なのかもしれない。うんうんと頷いていると、リリアさんがこちらを見て、声をかけた。

「今からわしらはマレウスを探しがてら文化祭も回るが、お主も来るか?」

 魅力的なお誘いといえばそうだけれど、表情ひとつ変わらないシルバー先輩と、提案をしたリリアさんに対して目を丸くして、私と見比べるセベク。しかし、これ以上仲の良い三人の邪魔をするわけにはいかないし、そもそも邪魔とも思わないだろうけれど、シフトや私が回りたい展示もあるし。私の都合に合わせてもらうわけにはいかないから。

「私も回りたいところがあるので、ここで失礼しますね」
「そうかそうか。存分に楽しんでくるが良いぞ」
「はい、素敵な演奏ありがとうございました。セベクもシルバー先輩も、ありがとう」
「ああ。楽しんできてくれ」
「ふん。リリア様の優しさに感謝するんだな」

 三人に手を振って、ついでにケイトさんにマジカメアカウントを聞かれて、ネイルも褒められながらその場を離れた。ケイトさんも、「ナマエちゃんのことはエーデュースちゃんから聞いてるよ」なんて言うものだから、いやあ、有名人だ。

 ◈◈◈

 パンフレットを見ながら、お昼がてらの熱々のたこ焼きを頬張る。サイエンス部のカフェも興味あるけれど、どうせならエペルも連れて行きたいし、植物園はコロシアムとは逆方向で少し遠いから明日にしよう。
 とりあえずボドゲ部かなあ、と爪楊枝と舟皿をこの二日間特別に設置されているゴミ箱に捨て、講堂に向かっている最中、地味なのに異様にオーラを放つ教室があった。

「ん……?」

 ちら、と開いたドアから覗き込めば、石像のようなものがいくつか飾ってあったので、パンフレットの地図と照らし合わせれば、どうも『ガーゴイル研究会』の展示場所らしい。なるほど、石像というかガーゴイルかあ。近寄り難いのか、それとも興味を惹くのにはマニアックすぎるのか、人は一人もいなかった。しかも、ここに所属するというマレウス・ドラコニアまで。私は結構興味はあるけどなあ。
 ならば好都合かもしれない、と教室に入り、紹介文のボードひとつないガーゴイルを見て回っていると、突然緑色の蛍光をした光がパッと舞った。

「お前はガーゴイルに興味があるのか?」
「!!」
「客人とは珍しい。冷やかしというわけではなさそうだな」

 いざ対面すると、驚きのあまり声が出ない。背が高くて、さらに主張の強い角が威圧感を助長する。やっぱり、一人で易々とに来る場所ではなかったかもしれない。顎に手を添えたまま、不思議そうに私を頭の先から足の先までまじまじと見ると、不思議そうに小首を傾げた。というか、直で見るのはほとんど初めてだけれど、マレウス・ドラコニアも相当な顔整いだ。艶のある黒髪に、長い睫毛と通った鼻筋。思わず喉が鳴る。ディアソムニア寮の顔面偏差値が高いとはつくづく思っていたけれど、寮長がこれでは納得だ。

「えっと……はい。興味があって」
「そうか。コロシアムに行く前に一度立ち寄っておいて正解だったかもしれないな」
「あっ……」

 本当にリリアさんが言った通り、今からVDCに行く予定だったんだ。やはり教室の時計を見ると、まだ正午を回って三十分ほどしか経っていないのに。いやあ、いくら関係者チケットを貰っていたとて、これでは出演者並ではなかろうか。せっかくこうして、貴重な人物に話してもらっているのだから、どうせなら私からも、話してみようか。唾を呑み込んで、あ、と小さく声を出せばまた震えて、マレウス・ドラコニアは不思議そうにこちらを見ている。

「……いつもセベクから、マレウス、さんが素晴らしいっていう話は余るほど聞かせてもらっています」
「なに? セベクの知人か」
「部活が同じ、で」

 震えて、途切れる声でなんとか絞り出せば、マレウス・ドラコニアはまた顎に手を添えて、「ああ」と何か思い出したように洩らした。

「ひょっとして、シルバーとセベクの話によく出てくる……」
「ナマエ・ミョウジ、です」
「そうか、ミョウジだな。覚えておこう」

 名前が呼ばれて、心臓がバクバクする。変に目をつけられたりしなければいいけれど、あの三人の話を聞くに、もしかしたらそう怖くないかもしれない。けれど、根本的な印象はやっぱり“怖い”のままで、どうしようかと逸らされたライムグリーンの瞳を見つめたまま半歩下がれば、鋭い光がこちらを捉えた。

「っ、」

 何を言われるだろうか、責められるだろうかと息を呑めば、形の良い薄い唇がゆっくりと開かれた。

「ガーゴイルは、雨樋としての機能を持つ」
「……へ、」
「ただの雨樋や彫刻はガーゴイルとは呼ばない。現代の人間はそこのあたりを間違うことが多いからな」
「あっ、へぇ……そう、なんですね」

 一気に、力が抜けた。そのまま腰まで抜けそうになって、なんとか力の入らない足裏でぐっと踏ん張って、マレウスさんが唐突に始めたガーゴイルについての解説に相槌を打つ。予想外だけれど、『ガーゴイル研究会』としての活動という観点では百点満点だ。ますます、普段どういった活動をしているのか気になるので、思いきって聞いてしまおうか。すると、マレウス・ドラコニアは相変わらず表情を変えずに、一時的に閉じていた口を開いた。

「なんだ。ガーゴイルについての解説が聞きたかったのではないのか?」
「え! いえ、知らなかったので知れて良かったです。……普段は、どんな活動を?」
「ほう。……近頃は夜になると廃墟だった――オンボロ寮の周辺を散歩している。あそこにはガーゴイルもあるし、それに廃墟は落ち着くんだ」
「……なるほど」
「あとは……見るだけでなく自作することもある」

 自作!? 思わず目を見開くと、その反応を見たマレウス・ドラコニアが小さく笑った。石を掘るってこと? ああ、彼は魔法力が高いから、ゼロから創る可能性が高い。それに加え、廃墟巡り――廃墟が好きなのだろうか。たいそう変わった趣味をお持ちだ。廃墟といえば、結構ゴーストなんかが出そうで怖いんだけど。それに今のオンボロ寮は合宿をしたり、監督生とグリムも常時いるし、相当賑やかなのではなかろうか。それでもオンボロ寮がお気に入りなのかな、と考えていると、マレウス・ドラコニアが私から視線を外し、時計の方に目を遣った。

「おっと。僕はそろそろ行かなければならない。またガーゴイルについて聞きたければ、解説してやろう」
「あ、えっと、ありがとうございました」
「思ったより有意義な時間だった」

 それだけ言うと、口角がほんの少しだけ上がって、すぐさまパッとまた光が舞って、綺麗さっぱりマレウス・ドラコニアの姿を奪い去ってしまった。途端に、マレウス・ドラコニアと話していたという実感が襲ってきては、腰が抜けて、その場に尻もちをついた。きっと、もう話すことはないだろう。

 ◈◈◈

「やあナマエ・ミョウジさん! 来てくれたんだね!」

 ボードゲーム部の展示がある講堂に着くと、案外賑わっていた。寮長がいうには、部員にはイグニハイド寮生とオクタヴィネル寮生が一番多く、次点でポムフィオーレ寮生が多いと聞いていたけれど、今日は文化祭という機会だからか、ハーツラビュル寮生やスカラビア寮生がたくさんいた。

「えっと、オルト、だっけ?」
「うん! オルト・シュラウドです。前にオーディションのときに話す機会がなかったから、一応初めましてだね」
「そうだね、初めまして」

 教室に入るや否やぷかぷかと浮きながらこちらに向かってきたのは、イデアさん同様頭を燃やしたような彼だった。至近距離で見るのは初めてだけれど、よく見ると髪も炎じゃない。なんだか色々不思議だなあ、と思っていると、琥珀色の瞳を細めてにこっと笑った。あ、ちょっとドキッとした。

「いつも兄さんがナマエ・ミョウジさんの話をしているよ。モストロ・ラウンジでお世話になったんだって?」
「あ、そうなの。一回来てくれた。お兄さんにありがとうって言っといてね」
「わかった、兄さんに伝えておくね! ごめんね、アズール・アーシェングロットさんはたった今席を外したところなんだ」

 イデアさんが私の話って、まさか悪口なんかではなかろうな、と思っていると、寮長は残念ながら不在らしい。違う展示でも見て回っているのかなあ。けれど人出としては十分そうだし、何人か知り合いの寮生もいる。寮長とタイミングが会えばお話しようと思ってあたりをきょろきょろと見回した。

「いいよ、どんなゲームがあるの?」
「机に色々な種類が置かれているでしょう? 自由に見て回っていいよ」

 はい、と指されたボードゲームを見て回る。トランプからリバーシというオーソドックスなものから、噂のマンカラ、アズール、それにマジカルライフゲーム。遠くの方にVR的なものが見えるけれど、一旦はスルーだ。アズールはまたアズール寮長に教えてもらうし、マジカルライフゲームは複数人いた方が面白いし……。頭を悩ませていると、白と黒の盤面が目に入った。それから、視界の端で見切れる青い炎。

「オルト、チェスしない?」
「えっ、いいの? 部員を誘ってこようか?」
「やだ舐められてる? 誘ってるんだよ、やろう」
「――わかった! 負けないよ!」

 先攻を受けてくれたオルトの初手は、無難に1.e4。私も初手ならそうだった動きをしている。さあ、どう動こうかと黒く、光を反射しきらないポーンを人差し指と中指で挟むと、盤面に当ててカチカチと鳴らした。

 結果は、言うまでもなく惨敗。オルトのことを舐めていたわけではないけれど、当然の結果だ。いやあ、序盤は良かったのに、そこからは押されまくった。私の安直すぎる思考回路の敗北だ。六十分はまあ、粘った方だと思う。ほとんどが私の長考時間だけれど。途中から周りにギャラリーも増えたり、初心者に近しい私に横からアドバイスをくれるボードゲーム部員もいたけれど、プライドが邪魔をして総無視をしてしまった。その結果、ボロ負けだ。

「いい試合だったよ、ナマエ・ミョウジさん!」
「はは、お気遣いありがとう」
「気遣いなんてとんでもない! 本当に楽しかったんだから!」

 気遣いの鬼じゃん、と思いながらオルトを見ると、本当に嫌味のない、本心からのような笑顔を向けてくれたから、驚いたという気持ちが大きかった。そして、不思議なことに私の心まで温かくなったというより、きゅうっとまた締まるみたいな思いになって。
 するとオルトはすぐにチェスの盤面を初めの状態に戻したかと思えば、お兄さんとは対照的に私と目をしっかり合わせた。

「ナマエ・ミョウジさんの時間さえあれば、何人か誘って一緒にマジカルライフゲームやらない?」

 オルトの誘いに対して時間を確認して、まだ一時間ほどは余裕がある、と確認する前に、自然と口から「やりたい!」という声が零れてしまっていた。
prev next
back
top