「気持ちよく昼寝してたってのに、何かと思ったぜ」
「呼べって言ったのはレオナさんです。ラギーさんが、部活がないときは大抵植物園にいるって言ったので」
「……アイツ、余計なことを言いやがって」
私の交友関係も、そこそこ広いと思う。本来、関わりをもつのってせいぜい寮とクラスと部活くらいだと思っていたのに、文化祭一日目のあれを“関わった”とするならば、私は全寮の寮長と関わりをもっていることになる。レオナさんなんて、ナイトレイブンカレッジ話しかけづらいランキングトップスリーにはランクインしそうなものなのに、今やこうなっているし。
暖かい植物園の陰で腕を枕にして、脚を組んだ状態で寝息を立てていたレオナさんを覗き込めば、それはもう左右対称。ヴィルさんとシルバー先輩、マレウス・ドラコニア、それからレオナさん。全員違うタイプのド美形だ。数ヶ月前なら話しかけるのも怖かったんだろうな、と思いながら、寮長のオーバーブロットのときから、気持ちの問題だろうが関わりやすくなった。ゆさゆさ肩を揺らせば、長い睫毛がゆっくり持ち上がって、同時に眉間に皺が寄った。もう少し親しみやすい顔をすれば良いのに、と思うけれど、寝起きが悪い人が大半だろうから、何も言わないでおいた。
「まさかこんなに早く使われることになるとは思わなかったぜ」
「特に大きい買い物の予定もないので、早いうちに使っておこうと思って。レオナさん、もし進級できたらもうほとんど学校にいなくなるでしょ?」
「言うようになったじゃねぇか」
動く気がなさそうに私を偉そうに見上げるレオナさんの腕を引っ張ってもびくともしないので、なんとか自力で起きてもらうと、早く来いとでもいうように私の前を歩き始めた。逆逆。長い脚だから一歩が大きいのはあの双子と同じ。遅れを取らないように、小走りで追いついては、足を動かすスピードを上げてなんとかレオナさんの隣に並んだ。
「で? どうせ購買だろ」
「そうですそうです。……ほんとに奢ってくれるんですか?」
「善良な俺が嘘をつくように見えるか?」
「見えます」
「生意気な口だな」
「んむむ」
こちらを見ずに欠伸をしながらメインストリートに向かうレオナさんがぴょこぴょこ揺らす尻尾がかわいい。レオナさんが嘘をつくかどうかで言われれば、寮長のときのあの騒動の例があるので、もちろん嘘をつく、の方にかけるけれど、今回に限っては嘘ではない。それがわかった上で答えると、ギロ、とこちらを睨んでから間髪入れずに私の両頬を摘んできた。脚長族は皆やることが一緒だ。眉を寄せて睨むように見上げると、鼻で笑ってから手を離してくれた。そこまで痛くなかったのが救いだ。
「ヴィルさんが見たら怒りますよ。『肌が荒れるじゃない!』って」
「へぇ。もっと触ってやろうか?」
「嫌です」
「ヴィルは見てないぜ」
「私も肌荒れ気にするので駄目です」
にやにやしながら、悪い大人のお兄さんの表情をしたレオナさんから半歩ずつ横に離れて、やだやだ、と少しだけ早歩きをした。まあ、それでも私とレオナさんの距離はほとんど変わらないのだけれど。レオナさんは無頓着に見えて、綺麗な肌をしているので、スキンケアの習慣があるのかもしれない。王族だし。
そんなことをしている間に、植物園とミステリーショップは近くにある。あっという間に目的地に着いてしまって、植物園を出たときはレオナさんが先導していたのに、さっきの攻防戦未満の攻防戦のせいで私が前に出るかたちになっていた。ドアを開けてチリン、と音が鳴ると、レオナさんが扉を押さえてくれる。逆逆。私が先に入っているのに。
「いらっしゃい小鬼ちゃん! ……おや、珍しい組み合わせだね」
「こんにちは〜、私もそう思います」
「おい、買うならさっさとしろ」
「せっかちさんですね」
腕を頭の後ろに持っていき、壁にどんともたれかかったレオナさんが「あ゙?」と言いたげにこちらをとんでもない形相で見ていて、ああ怖い怖い。目をパッと逸らして、私が注文するのを待っている様子のサムさんに、スマホを見ながら材料を伝えていく。ラウンジに、特に今の時期はなくはないけれど、流石に店のものを勝手に使うような人間ではない。調理器具は借りさせてもらうけれど。
「チョコと、あ、この種類。生クリーム、ブランデー……」
「
「へへ、サムさんもいりますか?」
「気を遣わなくて結構だよ、ナマエちゃんの渡したい小鬼ちゃんに渡しておいで」
「ありがとうございます〜。でも余裕があればサムさんにも」
サムさんが袋に四色のチョコレートや生クリーム、ブランデーは製菓用だから私でも買えるし、といってもレオナさんがいるから私は無敵なのだけれど。こんなに大きいの、普通は売ってない! っていうサイズ感の転写シートをパッと広げてくれたので、三枚ほど指差すと、それもストンと袋に入れてくれた。それから、ラッピング用の箱を大量に。
合計はそこそこ高くて、当然だよねえ、と思いながら、カウンターに肘をつき、さらに頬杖をついてからサムさんに上目遣いをして、心做しか甘えた声を出す。あ、甘い香りの香水でも振ってくれば良かった。
「ねえ、ちょっとお高いかも。サムさん、同郷のよしみで、もう少しだけ安くならない?」
「ん〜……そう言われても、ねぇ」
「お願いサムさん」
「……おいナマエ、それはどこのどいつに教えられた」
頑張って媚びるみたいにサムさんを攻撃するけれど、効いたり効かなかったり、いつも効果は五分五分。後ろからずっしりとした低音が伸びてきたかと思えば、そうだった、今回はレオナさんのお財布から出るんだった。けれど少しでも安い方が良いだろう、と思って、後ろを振り向くと、またしても綺麗なお顔を顰めていた。眉のあたりがぴく、と動いて、サマーグリーンの輝きが増す。
「……ラギーさんです」
「だろうと思ったぜ。いい。そんなことしなくても俺が出すんだからな」
「が、学園長の五十倍くらい優しい……」
ラギーさんというワードを聞いて、耳をわかりやすくイカ耳みたいにして、猫ちゃんみたい。すると長く溜息をついて、どれだけ溜め込んでいたのかと思うほど深くて、仕方なしといったふうに本革らしき財布を取り出した。神様レオナ様、といったように、いや、当初の予定からレオナさんに払ってもらうものだったのだけれど、手を合わせて感謝を伝えると、眉根を寄せてからお金を払った。
「Thank you! またのお越しをお待ちしているよ」
「あー、うるせぇ。行くぞナマエ」
「わっ。は、はい」
私が持つはずだったビニール袋を、お釣りをもらった手でそのままかっさらった。自然にこういうことができるなんて、かっこいい。母国ではさぞおモテになることだろう。私も下手すれば、コロッといくところだ。流石は留……私より歳上なだけある。
そのままミステリーショップから出ると、また後ろから大声でサムさんのやたらノリノリな「Thank you!」が飛んでくるので、レオナさんは舌打ちをするし、私は軽く会釈をしてから扉を閉めた。それから、レオナさんも流石に寮に戻るらしく、一緒にメインストリートを歩く。ウツボ兄弟や馬術部たちと歩いているときと同じだけれど、違うような安心感。なんというか、レオナ・キングスカラーがいるから誰も近寄ってこれないでしょう! という感じの。そんな私の頭の中なんて知らないであろう、レオナさんが長い腕でぶら下げていたビニール袋をひょいと上に持ち上げると、それをまじまじ見た。
「この学園一人一人に作んのか? 本命だけ、の量ではねぇだろ。女ってのは大変だなァ」
「仲良い人だけです。余ったりしたらまあ、考えるけど」
「ふぅん。じゃあ買った方が楽だろ。それとも、お菓子作りが趣味ですってやつか?」
「皆が皆好きで作るわけじゃないです。一人ずつ買うより結果的には作る方が安いし。綺麗に作れたらそれは自己満だし、あと……ああ、今年はちょっと頑張ろうと思っていて」
いちいち嫌味ったらしいお兄さんだ、と思っていたけれど、まあ、大変に見えるのだろう。一年に一回、別にお菓子作りを普段からしますっていう子じゃなくてもなんとなく作らなくてはいけない、みたいな風習に近いと思う。買ってもいいと思うけれど、お金の問題と、あとは周りが手作りなのに買ったら浮くっていうのも、なんとなくあったような。その点今年は浮くとか浮かないとかはないけれど、ラウンジで働くようになったからにはちょっと頑張ってみたいっていうのと、あとはまあ、お返し目当て。それが結局は要因として大きいと思う。市販の安いお菓子でもなんでも嬉しいんだよね、お返しって。これはあまり大きな声では言えないけれど。
「一晩で作るの大変〜……寮の人にはあまり気づかれたくないし」
「ああ、大変だな。じゃあ俺もナマエチャンが頑張って作ったチョコが届くの、待ってるぜ」
「……ん?」
聞き間違いじゃなければ、夕焼けの草原に住む第二王子様が、こんな庶民の作るチョコレートを欲しがっていらっしゃる? まあ、からかいついでだろうけれど。何人分作る、とかはざっくりしか決まっていないから、負担にはならないけれど、しかしどう返すのが正解なのかと頭を悩ませていると、ビニール袋を提げたまま私にぐい、と寄ってきた。清潔感のある匂いがコンマ数秒遅れで到達する。レオナさんって、男の人! って感じの香水をつけているわけではないの、やっぱり意外だ。
「俺はもうお前がチョコレートを作るってことを知ったからくれねぇっていうのか? サムにはあんなこと言ってたのに、悲しいなァ」
「いや、……んー……レオナさん、チョコ食べられますか?」
「あ? お前……」
「わ、チョコ嫌いな人ってそうそういないですもんね。忘れて」
馬鹿、なのだと思う。ちっとも悲しそうな表情をしておらず、むしろ愉しげに笑っているレオナさんになんて返事をするか迷った末、まさかのサバナクローの寮長様を煽る羽目になってしまった。そもそも猫とライオンって違うし、獣人だから大丈夫なのもわかっているけれど。
レオナさんが一気に眉間に皺を寄せてぐるると喉を鳴らす。あ、これ、死ぬかもしれん。流石に身の程知らずだったか。そう思ったけれど、多少の軽口くらいは許してくれるだろう。諸々の貸し借りで。
「……でもレオナさん、私みたいな素人の子供が作ったお菓子なんか食べるんですね」
「どうせクルーウェルにも渡すんだろ。確かに俺から見てもお子様だが、あのセンセーから見ればもっとだろ」
「あは、確かに」
「それに、ナマエなんかよりもっとガキの手作りを食わされることもあんだ。それに比べればプロのショコラティエが作ったモンに思えるかもしんねぇな」
レオナさんのことだから舌が肥えていて、こんなもん食ってられるか、とか言うタイプかと思っていたけれど、普通に学食のものやラギーさんの作ったもの……まあ、ラギーさんは私なんかより料理が上手いけれど、それに購買のものも食べているらしいので、結構私たちに近いのかもしれない。ああ、けれどよく考えたら学生の多くが学食だし、ゴーストの腕前も確かだった。じゃあ結局私の作るものが一番下っ端じゃん。
「うう〜気が引ける……」
「おい、そんなに俺のことが嫌いかよ。涙が出ちまうだろ」
「んん〜……でも、……あっ」
今学期になってやっと話すようになった、しかしこうしてしっかり話すのは今日が初めてといっても過言ではないのに、そんな相手に、しかも第二王子に手作りチョコだなんて。色々な意味で気が引けるけれど、そんな私の気持ちをいとも簡単に変えたのは、私の下心、だった。
第二王子から、お返しがもらえるかもしれない。
まあ、我ながら本当にかわいくないと思う。けれど、男子高校生の中でも第二王子のセンス、めちゃくちゃ気になる。ふへへ、と思わず笑みが零れるのをなんとか空いた両手で覆って抑えながらちら、とレオナさんの方を見ると、眉を片方だけ下げた、訝しげな表情をしていた。
「ふふ、わかりました。めちゃくちゃ頑張ってみます」
「……わかりやすいな、お前」
にやける口元を押さえる私を見て、レオナさんの眉間から皺がようやく消えたと思ったら、まあ、呆れた表情をしていた。何がわかりやすいのか、私にはわからないです。レオナさんがハァ、と溜息をついた頃にはもう、目の前に鏡舎が見えていた。それにしても、帰りはレオナさんに歩幅を合わせる努力をしなくても、遅れをとることなく心地よい速さで歩くことができたような気がする。
◈◈◈
さあ、レオナさんに宣言したからにはもう後戻りできない。もし失敗したら、他の人には奮発して市販のものでもいいけれど、どうせならめちゃくちゃ頑張りたいし。レオナさんに馬鹿にされるのはごめんだし。あと、男の子だし手作りの方が嬉しかったりするかなあ、というのもある。ハーツラビュル寮はいつも手作りのタルトを食べているし、うちでも手作りを出しているので、手作りチョコレートに抵抗がある人は少ないと思う。
クール便で頼んだ三種類の型も丁度届いてくれたし、一つの型で三十個、それなりの大量生産だ。皆が寝静まって、ラウンジの方は施錠されてしまっているから、明るい間にこっそり持ってきていた温度計。他のものはこちらにもあったし、とりあえずこれだけ取ってきておいて正解だった。いやあ、テンパリングとかやったことないけれど。
「今日は、徹夜だな……」
雪はもう降ることが少ないけれど、まだ寒い中で、暖房なんて付けずに薄暗いキッチンで髪を結う。今がまだ冬場で良かった。秋なんかは結構、夜に目が覚めてしまった人が談話室に来てしまったりというのがあったから。時計を見ると、まだ日付が変わって少し。皆が起きるまでまだまだ時間はある。さあ、頑張ろう。