「こんにちは〜」
「ああ、ナマエ。うん、今日も時間通りだね」
「リドル先輩はもっと早いですね」
「当然だ」
リドル先輩は、部活開始の十五分前には必ずヴォーパルのブラッシングに取りかかっている。どんなときでも抜かりない、優等生の見本だ。勉強は文句なし、容姿も優れていて、部活でもトップクラスの技術。尊敬するところしかないと思う。
私もブラッシングをしなきゃ、とひとまず部室に荷物を置きに足を向けると、私の背中に声が届いた。
「ナマエ」
「? はい」
「昨日、寮で早速チョコレートをいただいたよ。すごく美味しかった。ありがとう」
「えっ、わあ、嬉しい」
こうして言葉にしてもらえるのって、本当に嬉しい。胸のあたりが熱くなって、来年も頑張ろうって思えるから。今年を頑張りすぎたせいでハードルが上がってしまったような気もするけれど。トラッポラからも昨日の夜マジカメでお礼を言われたけれど、今日直接も言ってくれた。トラッポラやケイトさんのマジカメにはトレイさんのお手製チョコレートケーキという、私の作ったものが霞んでしまいそうな写真は載っていたし、まあ、トラッポラの言い方には腹が立ったけれど、それでも直接伝えられるのは嬉しいなあ。
「ふふふ、嬉しい〜」
「そ、そんなにかい? ……気持ちがふわふわして今日の活動に支障を出さないようにね」
「まさか、逆ですよ。いつもより走れそう」
「ならよろしい。荷物を置いてシレーヌを連れておいで」
「はぁい」
口端から笑みが零れて、聞き手によれば薄気味悪い笑い声を洩らして、抑えるように両頬に手を当てていると、リドル先輩に驚かれてしまった。基本的に褒められるのが嬉しくない人はいないと思うけれど、今日の私は特にそれが表情に出やすいのかもしれない。ややスキップ気味で、部員に引かれているのか、それとも微笑ましいのかの間の視線を向けられながら部室へ向かった。
シレーヌを連れてきて、ブラッシングを始めた頃に、丁度シルバー先輩とセベクも馬を連れて一緒に厩舎の外に登場だ。いつも、特にセベクがシルバー先輩に対して敵対心剥き出しのくせに、部活に登場するときは大抵一緒なのだから、仲は良いんだろうなあ。やいやいセベクがシルバー先輩に口出ししているのを、シルバー先輩はいつも通りの真剣な面持ちで受け止めている様子で、それから私に気がついたらしく、目をわずかばかり大きく開いた。
「ナマエ」
「二人ともこんにちは」
「ああ。今日も早いな」
「へへ、リドル先輩にも言われました」
シルバー先輩が私の左側に馬を繋ぎ止めると、セベクは一瞬迷った様子を見せてから私の右側にやって来た。茨の谷の次期当主の護衛たちに挟まれてしまったので、私も護衛なのかもしれない、なんて。そんな呑気なことをふわふわが収まらない頭で考えながらシレーヌの毛並みを整えていると、シルバー先輩がまた透き通った声で私の名前を呼ぶ。こうしてわざわざ声をかけてくれるのは、もしや、チョコレートの感想だな? ドキドキしながら、すっとぼけたふりをして小首を傾げた。
「昨日ナマエがくれたチョコレート、とても美味かった。バレンタインにあんなに美味しいものを食べたのは初めてだ」
「やったあ、ありがと――って、それは流石に買い被りすぎでは?」
「いや、事実だ。毎年バレンタインといえば苦だったが、今年はそんなことはなかった。感謝する」
「言い過ぎですよ。えへへ、照れちゃう」
シルバー先輩、バレンタインに良い思い出がなさそうだったのは、彼女云々でなくて味の方? そういえば茨の谷には同年代がそもそもいないはずだし、だとすればどういう面に苦を感じていたのだろう、と頭の片隅で考えながらも、ここまで褒められるとにやにやが止められない。シレーヌにブラシをかけながらも、左隣を見ながら笑っていると、シルバー先輩がすっと目を細めた。
「よく眠れたようだな」
「わかります? それでも足りないけど」
「休めたようで良かった」
「今でも横になったらすぐに眠れそうです。暖かくなってきたので」
よく晴れていて、暖かくて、傾いた陽の光がシルバー先輩を綺麗に照らす。雪は溶けて、夜は肌寒いけれど、もう春は近くなってきた。今でも目を閉じれば微睡みの世界に入りそう。シルバー先輩の眠気は、こういう気候には特に影響されないらしく、ますます不思議だ。
そういえば、と右隣で黙々とブラシをかけるセベクを、横目で盗み見ると、丁度目が合って、どういうわけだか額に皺が寄りそうなほど目を見開いたセベクの方から目を逸らした。何も感想がないのか、照れているのか、おおよそ後者だろう。けれど、駆け引きだ。私も同じように目を逸らすと、「なっ……」と小さく声が聞こえた。こっちのセリフだよ。また再度視線を送って、逸らして、なにこれ、両片想いの男女みたい。つい息だけの笑いを零せば、またセベクがきゅっと口を結んだ。
「ふふ、なに、セベク」
「っ、……僕も昨日、貰ったチョコレートを食べた」
「良かった。それで、どうだった?」
「美味しかった。……特に、……ハートのものが」
「わ、具体的にありがとう。参考になるよ、嬉しい」
こういう具体的な意見というか感想というか、どういうのが好まれるのかの市場調査にもなるし。それから、少し頬を染めながら、目を合わせることなく言うのがまたかわいいところだよねえ、と思って笑えば、「人間の割には、だ」なんて言ってくるものだから、相変わらずのツンデレだ。はいはいと流しつつも、「ありがとう」とお礼を言って、数秒の間を置いて、「僕の方こそ」と言ってくれる。本当、素直なんだから。
そんなやりとりを見ていたシルバー先輩は、ふ、と息を洩らしたかと思えば、ハッとしたように声になりきらない声を洩らした。
「そういえば、……リリア先輩も美味しそうにナマエのチョコレートをいただいていた」
「あ、そうなんです。喜んでもらえたなら良かったあ」
「……リリア様は確か、お返しがどうとか言っていたが」
「そうそう。ホワイトデーにね、チョコケーキを焼いてくれるんだって」
まだ一ヶ月もあるのに、余程腕に自信がおありだったようだし、楽しみだなあ。ホールでいただけるのだろうか。うきうきしながら、いつもよりもつやつやしているようなシレーヌを撫でてあげると、両隣が静かになったような気がする。左隣を見ると、シルバー先輩は私の右を、視線を辿るとセベクは左を見て、何か言いたげに二人で目を合わせていたので、眉を片方だけ下げて、首を傾げた。
「どうしたの、二人とも」
「……ナマエ。リリア先輩からのお返しは受け取らなくてもいい」
「えっ、楽しみにしてるのに。どうしてそんなことを」
「…………お前がどうなっても、僕たちは責任を取らない」
「え、こわ、え、なに」
毒でも盛られるんじゃあるまいし、と笑えば、二人とも私から目を逸らして、気まずそうな顔をした。え、毒? 困惑している様子の二人より遥かに困惑している私は左右に首を動かすと、セベクがぽつりと、「忠告はしたからな」と言った。そんなに抽象的に言われてもわからない。今回ばかりはド天然なふりをしているわけではないので、もやもやするから、頼むから教えてほしい。本当に。
◈◈◈
「シレーヌ、いい子だからこっちおいで」
ウォームアップに、リドル先輩からセベクと走るように言われて、シレーヌをスタート位置まで引いていく。のだけれど、何やら地に足をぴったりとつけて、半ば引きずるように連れていくしかないらしい。いつもはもっといい子なのに、と首を撫でてやるけれど、いつもみたいに目を細めたりしなかった。
「んー、私の気分がふわふわしてるから駄目なのかな」
「いや、僕の馬も同じだ。天気が変わるのかもしれない」
「あ、そうかも。天気予報は一日晴れだったけどね」
天気予報って、たまにすごく外れるときがあるから仕方ないなあ、とまたひと撫でしてから、セベクと顔を合わせてまた歩き出す。動物や虫は少しの変化にも敏感だし。厩舎の方で待機している馬たちも、何やら今日は落ち着かないそうだ。心配だけれど、指示の通りにしなきゃ、と各々の馬を撫でる。
「ウォームアップでも負けないからね」
「ふん、人間ごときに負けるわけがないだろう?」
「……一回だけ勝ったことあるし」
「その一度だけだ。だが、腕が上がっているのは事実だな」
「ほんと!? 嬉しい!」
「いきなり大声を出すな!!!!」
まだ練習で、一度だけ、たまたまセベクの調子があまり良くないときだけ勝つことができたくらい。私も腕は上がっていると思うけれど、負けてしまうとその自信が喪失してしまう。そう思っていたのに、こうして直々にセベクから褒めてもらえると思わなくて、ぎゅっと手綱を握れば、私よりも大きな声がグラウンドに響き渡った。それを聞き慣れている部員たちはまたか、というように遠くでこちらを見て、いつものことだと目を逸らした。
「しかし、まだ僕の足元にも及ばない」
「わかってる。でも嬉しくて」
「練習や鍛錬なら、付き合ってやらんこともない」
「私もそろそろ鍛えた方がいいかもって思ってた」
「食べる量も増やした方がいい。……少し、軽すぎる」
馬術部に入ってから、部分部分ではあるが筋肉はついてきたと思うけれど、鍛えているかどうかも影響するだろう。おすすめの筋トレでも教えてもらおうかな〜、なんて思っていれば、“食べる量を増やした方がいい”“軽すぎる”? なんだ? と思って眉をひそめると、一つだけ思い当たったことがある。前に倒れたときのアレか。いや、そりゃあ、セベクやシルバー先輩、他の生徒に比べたら軽いに決まってる。前にグリムたちにも言ったけれど、食べるようになった方だし。
「……いや、軽すぎるっていつの――」
そもそもいつの話を引っ張ってきたんだ、それに軽すぎるなんて思われていたのか、と少し恥ずかしくなりながら抗議しようとしたところで、地響きを感じた。まさしく、ズドン! という感じで、激しい縦揺れ、けれど地震ではない。わ、とふらついて、シレーヌが鳴き、私の腕から離れていきそうだったのを、セベクが一緒に支えてくれた。
「な、なに……?」
「わからない。あっちの方で音が強く鳴った。行くぞナマエ、走れるか」
「うん、わかった」
馬を二頭、近くにあった柵に繋いで、すぐに戻るから、と撫でてから、それを確認して厩舎へと走るセベクの後を追う。なに、また何か起こってるの? 同じようにスタート位置に向かってきていた部員たちの無事も確認しつつ、音が近かったリドル先輩とシルバー先輩のもとへと、いち早くと駆けつけた。脚の長さの違いか、足が速いセベクを追いかけるように、必死に腕と足を動かしながら。
「シルバー! リドル先輩! 無事か!?」
私とは対照的に、このくらいの距離では息ひとつ切らさないセベクが、厩舎に到着するや否やリドル先輩とシルバー先輩に声をかける。二人とも見たところ怪我はなさそうで、近くにいた部員たちもざわつくだけで、特に負傷者はいなそうだった。
「大丈夫だ。他の部員にも怪我はないか」
「ああ。人間も馬も無事だ。今の音と揺れはいったい……?」
「地震じゃ、ないですよね」
「ああ。地震ではないけれど、原因はわからない。もしかすると、学園の魔法結界が外部から攻撃を受けて……はっ!」
四人集まって、状況確認。なんだろう、と周囲を見回していると、リドル先輩の“魔法結界”というワードで一同が空を見上げて、すると、何かがこちらに降り立つのが見えて、目を丸くする。なんだ、あれ。そう思っている間に、地面に降り立った、ドクロのような、ロボットのような、人なのかなんなのか。
「こちらヘキサ班。被検体Aを目視で確認。捕縛行動に入る」
「え、なに、なにあれ」
抑揚のない声だけれど、人間なのかもしれない。一体だけでなく、数体が数メートル先に立っており、一歩足を引くと、シルバー先輩の細くも筋肉がしっかりとついている白い腕が私を庇うように伸びた。その陰から覗き込むように得体の知れないそれらの様子を伺うけれど、まるでわからない。
「アイツらはなんだ!? 見たこともない鎧を着ているぞ!?」
「なに、人間? 機械?」
「……俺たちの味方でないことだけは、確かだな」
いつだって予想外のことに弱いのは、私の駄目なところだと思う。シルバー先輩は未だ、私の前に腕を伸ばしたまま。確か、被検体Aと言った。はっきりと、目的があるのかもしれない。ごくりと息を呑むと、私たちの頼れるリドル先輩は、あくまで冷静に、やつらに一歩近づいた。
「ひとつ、確認したいことがあります。あなたがたの学園訪問は、正式な手続きで許可を得たものですか?」
落ち着いた声色で、丁寧な口調で、リドル先輩がただただ問う。しかし、数メートル先にいるそれらは、何も言わない。黙秘で押し通すつもりだろうか。その様子を見たセベクとシルバー先輩は、一気にやつらに向けて攻撃姿勢に入るように構えて、リドル先輩も少し遅れて同じようにした。
「学園への許可なき侵入は、固く禁じられている。――これは重大な
リドル先輩からの許可が出たことで、他の部員たちも前に出た。私も、シルバー先輩の腕を掴むと、見たこともないくらい鋭くなったオーロラシルバーの瞳と視線がぶつかって、無言で頷けば、すっとそれを下ろしてくれた。胸元のマジカルペンをすかさず持つと、白色が光るそれを自身の前に伸ばす。
「総員、構え!」
「了解!」
何が狙いかなんて、後で尋問すれば良い。今はとにかく、目の前の侵入者を追い出すか、行動不能にして学園長に突き出すだけ。こっちはやたらと目がキラキラしてるうざったいバルガスのせいで、嫌でも鍛えられて、魔力量だって増えているんだ。ナイトレイブンカレッジ生を舐められては困る。
「許可なくボクらの園に足を踏み入れたんだ。もう帰り道はないよ!」
リドル先輩のかけ声と共に、各々が魔力をペンに込めた。
◈◈◈
決着は、怖いほどに一瞬だった。それも、私たちの思い描いているのとは反対に。全部員が一斉に得意魔法を打って、周りには砂埃が立っていた。相手は少しも息を切らすことはなく、こちらに対抗するために魔法を打ってくることもなかった。
「も、やだ……」
「くっ……アイツら、魔法が当たってもまるで堪えていないようだぞ!」
「魔法を無効化する装備かもしれない。このままでは……」
砂埃が目に入って、痛くて、涙が零れ落ちる。攻撃が効かないのはきっと、シルバー先輩が言うように、あの鎧のせいだろう。魔力を使い、息を切らす私たちに目もくれず、鎧を着たやつらは魔力だろうか、光を目の前に集め始めた。
「被検体捕縛用魔導ビーム、充電完了!」
目が痛くて、視界がぼやけるせいで近づけないけれど、確かに“魔導ビーム”と言った。誰を、標的に。推測をする前に、答えは目の前に示された。
「――発動!」
「がぁああああああッ!!」
バチバチ、バリバリという雷を連想させるような激しい音が響きながら、数本のビームが真っ直ぐ、的確にリドル先輩を狙い、それと同時にリドル先輩はその場に伏した。苦しそうに呻きながら、リドル先輩が地に張り付いている。
「リドル!!」
「リドル先輩!!」
「がっ……あ、身体が、痺れ、っ……!」
「やだ、何するの!」
リドル先輩が苦しんで、苦しんで、こんな姿を見るのは初めてだ。許さない、絶対許さないから。そう思って、目の前の砂埃を払い除けながら、リドル先輩の方に走って近づくと、背後からがっちりと肩に腕を回され、拘束された。硬い。あの鎧か。
「ナマエ!!!」
「離してよ、変態!」
「――被検体Aの行動停止を確認。捕縛する」
「離して!! リドル先輩も解放して!!」
唯一自由の効く脚をバタバタさせても、それは宙で意味もなく動くだけに過ぎなかった。なんなの、平和な馬術部を返してよ。踵の部分で思いきり後ろに蹴り上げても、カン! と音が鳴り、相手には少しもダメージを食らわせることはできない。むしろ、私の踵に負荷がかかるだけだった。それに加えて――
「いっ、ぁああ……!!」
「ナマエ!!!」
バチバチ、と耳元で音がしたかと思えば、全身に電流のようなものが走った。頭から爪先まで、冷たいような熱いような、痛いそれが駆けていく。タチが悪いのが、意識が保てる程度の麻痺、というところだった。
すると間もなく砂埃が晴れてきて、痺れる身体に歯を食いしばると、ようやく視界がクリアになったと思いきや、動かなくなっていたリドル先輩が、指先だけで立ち上がろうと震えている。
「う……ぎいいいいいいいいいいい!!!!」
身体が痺れながらもなんとか立ち上がろうとするリドル先輩に目を奪われていると、大きな声を上げて、それと同時にリドル先輩の周りを炎が取り囲んだ。熱い、熱いし、身体も痛い。また、目が痛い。しょぼしょぼして、開けていられない。敵の中でも指示を出しているやつが、抵抗を続けるリドル先輩から距離を取ろうと、私も未だ捕まったままに数メートル後退する。リドル先輩、そのまま焼き尽くして。
「このボクを、跪かせるとは……ッ、いい度胸がおありだね!!! まとめて首をはねてやる!!!!!」
リドル先輩が声を荒らげると、それに比例するように炎も高く高く上がって、彼の姿は見えなくなった。そんな中でも、こいつらは冷静にビームの充電なんてして――
「うわああああああ!!!!!! ぐっ…………うう……」
再度、稲妻のようなビームがリドル先輩に狙い撃たれると、リドル先輩が落ちてしまったのだろう。高く上がっていた炎が消えて、焼け焦げた芝生と、地面に伏してぴくりとも動かないリドル先輩がいた。それと同時に私も、捕まっていたそいつに地面に放られ、麻痺した四肢で自身を支えようとしたところを、着地に失敗した。足首から、その後手首に痛みが走る。肩も強くぶつけて、痛い。痺れもずっと残ってる。けれどそんなことより、リドル先輩だ。リドル先輩は――
「ナマエッ、」
「わ、たしよりあっち!!」
「なにをする貴様ら!!!!!!!!! リドル先輩をどこへ連れて行くつもりだ!」
シルバー先輩が倒れた私を支えてくれるけれど、今はそれどころじゃない。それはお互いにわかっている。シルバー先輩にもたれかかった状態で、やつらの方を見ると、完全に気を失ったリドル先輩を、鎧を着た一人が肩に担いで、空へ空へと飛び上がって行った。
「待てッ!! ………………なっ!?」
「なに、あれ」
「ああ。セベク、空を見ろ。リドルを攫ったやつらと同じ姿の連中が、学園を取り囲むように隊をなして飛んでいる!」
シルバー先輩が今言った通り。何体、いるんだろう。結界は相当派手に破られたらしい。色々な方面から、鎧を着たやつらが集まって、それから、印象的な赤い髪色はどんどん遠くへと離れていく。どこに連れて行くの、リドル先輩は帰ってくるの? もう、わかんない。
「やつらの標的は、最初からリドルのみに定められていたように見えた」
「そうだ、私はただ邪魔だったから一時的に捕まっただけで……」
「……確かに。最初から先輩を“被検体”などと呼び、僕らには目もくれていない様子で……」
セベクがそこまで言って、気がついた。被検体というのはリドル先輩のことだった。それから、“被検体A”ということは、他にも被検体がいる。何人も生徒がいる中で、リドル先輩だけを狙った。私たち三人がその共通点に気がついたのは、同時だったと思う。見開かれたオーロラとゴールド、それぞれと目を合わせると、私たちが気がついたことを言おうと口を開いたのは、セベクだった。
「まさか、やつらはこの学園の寮長“だけ”を狙って!?」
「わからない。とにかく、一度ディアソムニアへ戻るぞ」
「寮ちょ、今日は、部活……」
シルバー先輩に預けていた身を起こすと、足首が痛む。身体だってピリピリする。多分、あのとき捻ってしまった。手首も少し反らせてみれば、似たような痛みがあった。捻挫、した。けれど、それより寮長だ。動けないほどの痺れでもない。痛みに耐えるみたいに、教室に向かうか、それとも電話の方が早いだろうか。駄目だ、部室だ。部室に引き返して、早く安否を確認しなければ。そう思って、踵を返すと、激痛が走ってはその場に崩れ落ちた。
「ナマエ!!!」
「いい、大丈夫。早く、若様のところに」
「っ、……」
私が転けたのを見て、セベクが駆け寄ってくる。馬鹿なの? こんなときに変な優しさなんていらない。私はうちの寮長のことを考えてる。セベクは大好きな若様を第一に考えてよ。私を支えようとしたのを、手を払って、マレウス・ドラコニアのところに行くように促せば、迷ったように目を泳がせた。何迷ってるの、馬鹿!
足首を押さえながら、キッとセベクを睨めば、ふわ、と砂と汗と花が混ざったような、けれど心地の良い香りが漂った。
「俺が行こう。セベクは寮へ戻れ。マレウス様は易々とやられるほど弱くはない。ナマエを放っておけば無理にアズールのところに行くと怪我が酷くなるだろう」
「ね、捻挫だから! 大丈夫だって――きゃっ!」
ただの捻挫だから、ちょっと痺れてるだけだから、私よりマレウス様を心配してって言ってるのに、そんな主張も聞かず、乱暴にも私が痛む手で優しい手を思いきり払うのに、私の身体は簡単に宙に浮いた。視界に入ったのは、銀色じゃない、ミストグリーンの方で、思わず悲鳴を上げた。今回はおんぶじゃなくて、背中と膝裏に手を差し込んだ、所謂お姫様抱っこだ。なに、もう、馬鹿なんじゃないの。
「……お前を保健室に送ったらすぐに若様のところに行く」
「馬鹿! いいって、置いてって――」
「黙れ!!!! しっかり掴まっていないと振り落とされるぞ!!!!」
「きゃあ!!」
セベクの大きくてごつごつした手を感じながら、もう、馬鹿みたいな速さで風を切っていく。これが怪我人を運ぶときの速さ? それに、どうしてシルバー先輩も着いてくるの? 馬鹿、保健室とかいらないって。若様のことが心配で堪らないくせに、私なんてその辺に転がしておけばいいのに。そう思いながらも、振り落とされないように必死に走るセベクの太い首にぎゅっと掴まる。相変わらず、汗の匂いがして、男の人の匂いだ。そう思いながら、ぎゅうっと力を込めると、軽々と私を持ったまま、息を切らさずに走るセベクは、言葉を一つ落とした。
「やはり、もっと食べた方がいい」
そう言うセベクの目は、ずっと真っ直ぐ前を向いていて、もう、馬鹿。今言わなくてもいいじゃん。そう思うと同時に、また走るスピードが上がった。