水槽での観賞の最適解

 容赦なさすぎでしょ、あの鎧。

 清潔な白いシーツに、白い枕。氷と包帯が一緒に巻かれて固定された足だけを出して、ベッドの上に身を投げ出す。洗いたてのはずなのに、決して良い匂いはしないのは、流石は保健室といったところだ。痺れと、セベクに振り落とされるのではないかという気持ちが半々で、けれどセベクの安定感を知っているから、身を任せることができた。シルバー先輩は、「マレウス様のご無事を確認次第、様子を見てまた来よう」と言っていた。
 馬術部からは、セベクとシルバー先輩を含めて数人擦り傷を負って保健室に来ているけれど、そんな馬術部の中で一番怪我が重かったのはやたらと抵抗してしまった私。それから、全体で見ると、丁度セベクとシルバー先輩が急いで寮に戻った後、ルークさんとカリムさんが来た。それも、意識を失ったトラッポラとスペード、それからエペルを連れて。

「え、エペル!? ……うわ、皆すごい怪我……」
「ナマエもやられちまったのか! 足首が腫れ上がっているじゃないか」
「もう処置してもらってるので、大丈夫です」
「そうか……安静にするんだぞ」

 三人を無事にベッドに下ろすと、カリムさんが眉を下げてこちらを見た。この学園に珍しい、純粋な善には慣れていなくて、痛みの中でも困惑は混じる。私がここに運び込まれたのは、あのスピードもあり、一番乗りか二番乗りだったと思う。養護教諭の先生に手当をしてもらう時間があったけれど、意識のない二人と、それに並んで魘されているようなボロボロのエペル。それから次々と保健室に入ってくるうちの部員や生徒たちを見るに、これから忙しくなりそうだ。

「じゃあ先生。私とカリムくんは学園長に報告に行くから、三人をよろしくお願いします」
「はいはい」
「ナマエのことも頼んだぜ!!」

 ルークさんとカリムさんも、腕や顔に擦り傷があるけれど、それ以上に上への報告が大切なのだろう。養護教諭の先生はわかったわかったと頷くと、トラッポラとスペード、それからエペルの呼吸を順番に確認した。気を失っている分、私よりも重症だ。きっと原因は、リドル先輩が気絶したのと同じ……あの魔導ビームのせいだろう。やっぱり、あのとき空にたくさん飛んでいたのを見ると、かなり被害が出ているようだ。それに、ルークさんとカリムさんがいるあたり、狙いはやっぱり――ん? カリム、さん?
 一体どういうことだ、と、痺れを指先に残しながらも考えるようにして、けれど答えを出すには情報がなさすぎる。とりあえず一旦横になっておこう、と枕に頭を沈めて、目を閉じると痺れを鮮明に感じた。その数分後にエペルのかすれたような声が鼻から抜けたような気がして、そちらを向くと、わずかに身じろいだようだった。

「エペル……?」
「…………んんっ」
「……」
「…………ナマエ?」

 やはり、あのリドル先輩ほど……いや、リドル先輩よりは少ない量かもしれないけれど、電流を身体に流し込まれたのだろう。だとすれば、目を覚ますまで時間がかかるかもしれない。一度名前を呼んで、身じろぎしたものの、返事はなく、長い睫毛を伏せたままだったので、まだ駄目だ、と目を閉じれば、私の名前を呼ぶ掠れ声が聞こえた。

「……あ、起きた? もう、大丈夫?」
「ん……まだ身体が痛い。……ナマエ、その足……」
「ああ、これは……自業自得」

 えへへ、と力なく笑うけれど、エペルは笑うことなく、ぎこちない動きで上半身を起こした。私よりは、軽傷なのかもしれない。それとも、エペルが強いだけか。多分、後者だろう。耐性にも男女差はもちろん出るはずだし。
 はあ、とまだ痺れて、肩を揺らすエペルが、急いでその場から立ち上がろうとするから、動けないなりに慌てて制止すれば、不服そうながらも脚をベッドの下に垂らすだけに留めてくれた。相当気が立っているのか、状況が整理できていないのか、私だって寮長やリドル先輩がどうなっているかは心配だけれど、今のところは何もすることができないという事実に下唇を噛むしかない。ならば、結果的に誰のためになるわけでもないけれど、せっかく情報源が目の前にいる。だから、念のために聞いておくことにした。

「ね、エペル」
「……なに?」
「辛いのに、ごめん。いや……きっとオンボロ寮の方でもあの鎧を着たやつらが、来たんだろうけど。……誰が、連れて行かれた?」
「……ヴィルサンと、ジャミルサン。……あと、グリムクン」

 ジャミルさん。寮長のカリムさんでなく、副寮長のジャミルさん? 実力者目当て? いや、だとすれば他にも何人か候補に上がるはずだ。ならば、一時期、本当に一週間そこら、クラスで噂になったりならなかったりした、アレだろうか。けれど、私が確実に見たのは寮長だけだ。リドル先輩や、ましてやヴィルさんがオーバーブロットをするなんて、到底想像つかない。暴走したらしいグリムも連れて行かれたということは、暴走したことに関連性があるのかもしれない。巻き込まれ体質の監督生なら、知っているのだろうか。もし監督生と出会うことがあれば、詮索すべき?

「無事か、仔犬共」

 さてどうするべきかと迷っていると、重苦しい空気が保健室全体を支配して、養護教諭をも黙らせていたのを打ち破ってくれたのは、私たちの大好きな白黒の先生。この中にいる皆がクルーウェル先生、クル先、と口々に名前を呼べば、ざわついた中でも靴音を鳴らして、まずはこちらへと近づいてきた。

「俺のクラスの生徒が二人怪我を負ったと聞いたが……。フェルミエにミョウジ。お前たちもか」

 まだふらつく身体でどうにか立ち上がって、トラッポラとスペードの間で様子を見ていたエペルは、私とエペルを交互に見て顔を顰めたクルーウェル先生により、スペードの隣の空いている元のベッドに座らされた。さっきまだ立つのはやめとけって言ったのに、何を聞いていたんだこの子は。エペルは俯き気味で、けれど確かに歯ぎしりをしてから、「ごめんなさい」と呟いて、フリル袖をぎゅっと握った。

「ミョウジ。お前はローズハートが連れて行かれるのを見て相手に歯向かったというところだろう」
「すご……よくわかりますね」
「……お前は賢いのか賢くないのかわからないところがあるからな」

 そりゃあ、目の前で大好きな人が合意なしで連れて行かれようものなら、そうなるでしょ。トラッポラとスペードの容態を観察しつつ、私のベッドの傍に来たクルーウェル先生は、私の散らばった靴を揃えてくれて、ずり落ちそうな氷を整えてくれた。足、蒸れてベタベタしてると思うのだけれど、先生はそんなことも気にしなくて、こういうところなんだよなあ、と、下からのアングルでも崩れないクルーウェル先生のお顔を見上げる。

「とりあえず、安静にしていることだな。残念だが、今お前たちにできることは回復に徹することだけだ」
「わかりました。ありがとうございます」
「いい返事だ」

 赤いグローブをまとったクルーウェル先生の大きくて細い手が、乱れた私の髪を整えるように頭を撫でる。けれど、いい返事をしたのは私だけで、ちら、とエペルの方を見ると、今度はエペルが唇を、血が出そうなくらい強く噛んでいた。痛みに耐えているようにも、悔しがっているようにも捉えられる表情だ。
 それを見て、クルーウェル先生と私が同時に溜息をついたところで、保健室のドアが元気よく音を立てて開いた。

「失礼します」
「ステイ! 悪いがベッドは埋まってる。そこの紙に名前を書いて、寮で待機していろ。後で養護教諭が巡回を……ん?」
「ハウルと監督生。元気そうだよ、先生」
「そのようだな」

 外から入ってきたのは、言葉に出したとおり、フサフサお耳のジャック・ハウルと、軽傷だけれど擦り傷を手に負っている様子の監督生。ふらつくことなく、ビームを食らったわけでもなさそうだ。トラッポラたちのお見舞いだろうか。

「ラギー先輩とルーク先輩に担ぎ込まれたやつらの様子を見てくるように頼まれて」

 なるほど。クルーウェル先生がここにいるのもそうだし、あれからそれなりに時間が経っているから、もう状況は大方知れ渡っているというところだろうか。ラギーさんに、ということは、レオナさんも連れて行かれたということ? ……あの人がオーバーブロットというのも考えられないけれど、寮長がオーバーブロットしたときの、あのさも当然のような態度、もしかして、やはりそうなのかもしれない。
 監督生がクルーウェル先生に処置を受けているのをぼーっと見ていると、こちらにようやく気がついたらしいハウルと目が合った。

「二人はまだ、目を覚ましてないよ」
「エペル。もう起きて大丈夫なのか? それにミョウジじゃねぇか。お前も……やられたんだな」
「僕は平気。まだ体がちょっとビリビリしてるけど」
「私もほとんど抜けたかな……足の方が問題」

 エペルの回復の早さはやっぱり、耐性だろう。まあ、私も電撃のような特有のビリビリはほとんどなくなって、肘部管症候群に近い状態まで回復したけれど。捻挫はどうしても、一週間そこらは安静にしないといけないよねえ。骨折と違って、歩けることは救いだ。私とエペルの答えを聞いたハウルはほっとしたように息をついた。

「そういえば、お前たちにかけられた魔法の痕跡を解析したが、ほとんどがスタンを目的にしたものだった」
「ああ、あの魔導ビームっていうやつ」
「おそらくそうだ。トラッポラたち三人に物理的なダメージが大きかったのは、戦った場所が悪かったせいだろう」

 監督生の手の甲にきゅ、とガーゼを巻いたクルーウェル先生は、静かにこちらに解析結果を教えてくれた。戦った場所、というワードに、三人揃って首を傾げる。こんな状況にもかかわらず、呑気にもB組が揃って同じ反応を示している、なんて考えてしまったけれど。要はオンボロ寮――あれだけ修繕をされていない建物で戦ったのがまずかったらしい。ガラスや壁にダメージを与えることで、下敷きになったりガラス片が刺さったり、そういう積み重ねでこの状態が出来上がったらしい。

「もっとも、そこの一匹は戦った場所はだだっ広いグラウンドだったのに誰よりも治りが遅い怪我を負っているがな」
「……それは、申し訳ないです」

 いきなり鋭い視線が、オンボロ寮にいた三人から私に移るものだから、何も言えずに背筋をつい伸ばしてから、わずかに下を向いて謝罪すれば、息をひとつ吐き出して、私とエペルを交互に見てから、トラッポラとスペードにも視線を向けた。

「ミョウジもよく聞いておけ。突発的な交戦状態に陥ったときこそ、冷静な状況判断が大切になる」
「……シルバー先輩や、セベクが正しかったですか」
「お前の気持ちはよくわかるが、今回ばかりは状況を鑑みながら動いたであろうあの二匹の方が正しい」

 だからこのように自滅するんだ。そう言ってまた、ベッドに横たわる私を含めたメンバーに目配せをして、その視線が痛いことこの上ない。リドル先輩やあの鎧に気を取られて、セベクたちがどういう行動に出ていたかわからないけれど、私より冷静だった。それは、その通りだ。監督生が軽傷なのは、魔法が使えないから隅にいた、けれど瓦礫やらは防げなかったというところだろうか。一年生なのにこんなことして、それはもう未熟だ。そう思って頭を押さえていると、エペルがクルーウェル先生に抗議の声を上げる。

「でも、二人はグリムクンのために……」
「誰のためであろうと関係ない。――今回は怪我程度で済んだから良かったようなものの……もし相手にお前らの命を奪う気があったら、今頃取り返しのつかないことになっていたんだぞ」
「はい……ごめんなさい」
「……ごめんなさい」

 クルーウェル先生の的確な叱責に、謝罪の言葉以外に言うことがなく、いつもなら大好きなキラキラのアイメイクすらも今は直視できずに、エペルとほとんど同じタイミングで目を逸らした。それから小さく溜息が聞こえて、そちらを見ると、エペルが小声で自分を責めるような言葉を口に出し始めた。自信喪失、しちゃったのかな。それに影響されたのか、元よりマブだという二人とグリムの連行により気を落としているのか、監督生も賛同する。負の連鎖だ、と私にまで影響しそうな重い空気を払い除けたのは、今度は大きなお耳の彼だった。

「……最初からなんでもできるやつなんかいねぇよ」
「え?」
「先輩たちも、最初から強かったわけじゃねぇだろ。――へこんでばっかじゃ何も始まらねぇ。こっからなにができんのか、俺たちに大事なのは、そっちだろ」

 ハウルも大概、この学園に珍しいタイプだと思う。下手すれば綺麗事とも取れる、その発言の後に、「いつまでもメソメソしてんじゃねえよ」「鬱陶しい」というツンデレ特典のおまけつきだ。その言葉に、もちろん誰よりも感銘を受けたそうなエペルと、少し照れたようなハウルを交互に見たクルーウェル先生は、にっと口角を上げては「ウェルダン」とハウルの頭をわしゃわしゃした。ハウルの方が背が高いのに、上手い具合に頭を押さえられて、先生の方が上になっている。

「連行された生徒と学園長の身柄については、学園側からも何かできることはないか探ってみる」
「えっ。学園長も?」

 攻撃を受けて、保健室に来て、話から推測するに得たのはリドル先輩とレオナさん、ヴィルさんとジャミルさんとグリム。それからおそらくではあるが寮長が連れ去られたという情報だけだったので、学園長まで連行されるなんて驚いた。いつも頼りないけれど、いざそう聞くとどこか心もとないというか。

「状況はまた追って説明する。フェルミエにミョウジ、それから監督生も、今は体を休めて回復に努めろ」

 けれどクルーウェル先生が近くにいるなら大丈夫か、と思っていると、意識がある三人にこうして声をかけてもらった。うん、大丈夫そう。連行された彼らのことを考えると不安だけれど、心配したって結果は変わらないから、今は大人に任せよう。
 するとエペルはもう痺れが収まったらしく、ハウルも用がなくなったそうなので、二人は寮へと戻るそうだった。

「クルーウェル先生、エースクンとデュースクン、それとナマエのことよろしくお願いします」
「言われずとも、二匹とも俺が預かった仔犬だ。しっかり面倒は見る。もちろん監督生も……グリムもな」
「……私は?」

 さりげなく、エペルが言った私のことを抜いてるじゃん。責任感が強いクルーウェル先生に対して、まあ、最低で空気が読めないことについポロッと零れてしまった。けれど除外されると思わなくて、急な謎の不安が押し寄せる。我ながら、我儘というか強欲というか。
 クルーウェル先生は私と二秒ほど目を合わせてから、ふ、と溜息のような、笑みのような息をついてから少し口端を上げる。

「最優先はA組うちの仔犬だが、もちろんお前のことも同じくらい面倒は見てやるつもりだ。そう不安そうな顔をするな」
「安心しました」

 不安はすぐに宙に消えて、クルーウェル先生の真似をするように口端をつり上げると、先生は私とエペル、ハウルと監督生に順に目を移していき、「シット・ダウン!」と声を上げた。

「ここからは大人が対処する。妙なことは考えず、大人しくしていろよ」
「はい! 失礼します!」
「……あ、待って。監督生」

 エペルとハウルが元気よく返事をして、会釈をした監督生が出入口の扉の方に向かっていくのを、私が声だけで引き止める。すると、三人ともこちらを振り向いて、クルーウェル先生の視線も感じた。そりゃ、まさか私が監督生を引き止めるとは思わなかっただろう、目を丸くしてこちらを見ている。せめてもの配慮。他に聞こえないように、と手招きをすれば、監督生が一歩、二歩とこちらに寄ってきた。

「……馬術部は、リドル先輩が連れて行かれた。知ってるよね」
「……」
「……他には誰が連れて行かれたの? その人たちの共通点とか、わかる? マレウス・ドラコニアも連れて行かれた?」

 監督生は、何をどこまで知ってるの? 今だけは痛みも忘れて、ただ、起きたことだけを淡々と、確認するように。けれど言葉に重みを加えて、主に監督生の反応を見る。リドル先輩が、と言ったとき、少し瞳が揺れたのは彼の方だ。何かに気づいているのか、だからなんだ、という反応か。
 監督生が第一の質問に対して並べた名前は、予想通り。基本は寮長で、オルトとジャミルさんだけがそうでなかった。それにしても、イデアさんとオルトもだとは。彼やヴィルさんのそういう噂は一度も回ってこなかったけれど。オルトも、ということは、あの兄弟――シュラウド家ぐるみ?

「共通点は……わからない」
「そう」

 目が泳いだ。流石にわかりやすく、極端に目を逸らすなんてことはしなかったけれど、上の方に泳いだから、まあ、何かを知っていることは確定だ。後から伝えられることかもしれないけれど、ただ待っているのも退屈だし。それにしたって、本当に彼は巻き込まれ体質というかなんというか。はぁ、と溜息をつくと、監督生が私としっかりと目を合わせて、こう言った。

「ツノ太郎は、大丈夫だった」

 気を失ったトラッポラとスペードに目配せしつつも、私の言葉を聞いてどこか余裕さを見せた監督生の言葉を待つと、聞こえた言葉は“ツノ太郎”。いきなり、どこのマスコットキャラクターの話かと思って、つい片眉をひそめて、もう片方は上げて、表情だけで理解ができないことを示した。

「…………はぁ? ツノ太郎?」
「……マレウス、サン……のことだよ」

 ただ状況を報告して、質問に対しての解には軽い相槌を打っていた私は、流石にその馬鹿みたいなワードに表情だけを歪めたのだけれど、凛とした顔でそんなことを言う監督生にどこかもどかしくなって、私から突っ込むことにした。どこか嫌な予感はしたけれど、エペルによる答え合わせで、なんというか、呆れた。確かにこの間、監督生とマレウス・ドラコニアが仲良しというのは聞いたけれど、それにしたって命知らずというか、馬鹿というか。リリアさんは、結構面白がりそうだな。そう思うと、笑いすら込み上げてくる。

「お前……あの人のことをそんな呼び方するなんて、怖いもの知らずだな」
「……セベクにぶっ飛ばされても文句言えないね」
「ほんと、僕もびっくりしたよ」

 呆れて返す言葉がなくなって、その呼び方を誰よりも嫌がるであろうセベクの大声とつり上がった目と眉を想像して、小さく息を零した。これに対して、監督生はこれといった反応を示さなかったから、ああ、セベクとの接触がないのかしら。まあ、トラッポラがあんな感じだし、それには納得。
 まあ、やっぱり、オーバーブロット関連だろう。だとすれば、ヴィルさんとイデアさんと、一番はグリムが謎だけれど。またはっきりするときが来るかもしれないし、個人的な暇つぶしにくらいにはなったかも、と上にぐっと伸びをすると、監督生に笑いかけた。

「ごめんごめん、時間取らせちゃって」
「ううん、大丈夫」
「ありがとうね。あ、チョコ美味しかった?」
「うん、すごく美味しかったよ」
「え〜、嬉しい。お返し待ってるね」

 ごめんね、と後ろで監督生を待ってくれていたエペルとハウルに謝りながら三人に手を振ると、お大事に、と私に言いながら静かに保健室の扉を閉めた。まあ、チョコが美味しかったっていうのが一番の収穫かしら。寮長やリドル先輩のことは、考えたらもやもやしっぱなしだから、今から安否が確認できるまでは、なるべく一切忘れることにしよう、と両頬をぱん、と叩いたところで、同時に頭にコツンと何かが降ってきた。

「余計な詮索はするな。バッドガールが」
「ごめんなさぁい」
「ハァ……氷を替えてやる。大人しくしていろよ」
「暴れるほど回復してないですって」

 先生にはなんでもお見通しみたいだけれど、もうこれ以上詮索する気分ではなくなったから、もちろん大人しくさせてもらおう。私といるとよく溜息をつくように見える先生は、気のせいでなくまた溜息を小さくついてから私の足首に当てられた、ほとんど水になってしまった氷を一度除いた。
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