本当に、いつも通りの日常。変わったことといえば、オルトがC組に編入してきたことにより、彼に興味をもつ――ほとんどの生徒が休み時間になるとガラッと移動するくらいで、人気者だなあ、とその様子を眺めていた。
そんな私が驚きの声を洩らしたのは、エペルによるひと言のせいだった。他人に教えるなんて、デリケートな話なのに警戒心なさすぎ、と思ったけれど、耳打ちして教えてくれたので、ますますよくわからない。私みたいなオクタヴィネル寮生に教えるなんて、一番良くないと思う。
「なに、いつの間に?」
「ヴィルサンたちを助けに行ったときに……ね」
「へえ……」
ミドルスクール時に発現するのは、稀なのかもしれない。周りのリドル先輩や寮長がすごいだけで。そんな私も、発現したのはミドルスクールのときだ。エペルの言い方的に、努力や研究で得たユニーク魔法ではなく、危機的状況や困難に陥ったときに発現する方だったのだろう。私や、リドル先輩や寮長は前者だと思う、けれど。
「いいの? 私なんかに教えて。悪用するかもよ」
「ううん、ナマエには伝えておきたかったんだ」
「え、嬉しい」
まあ、そのユニーク魔法の内容までは聞いていないから悪用のしようはないし、何より大切な友達をそう簡単に売ったりする極悪人でないけれど。それにしたって、嬉しい。デリケートな内容なのに私にはこっそり教えてくれたのは、信頼関係によるものだろうか。エペルのユニーク魔法だから、綺麗なものだろうか。それともゴリゴリの体育会系だったりして。
「どんなユニーク魔法か聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「警戒心……」
この警戒心のなさは心配してしまうほどだけれど、私だから警戒心を解いてくれていると考えれば悪い気はしない。エペルは小さくてぷるんとした綺麗な唇をそっと寄せてきた。先程より近い距離にドキドキしつつ、私も髪を耳にかけ直しては近づくと、そのユニーク魔法について教えてくれた。吐息のせいで、耳がくすぐったい。
エペルのユニーク魔法――『
「……怖くない?」
「そう、かな? 僕にはわからないや」
「怖い」
動きを封じるっていうのが怖いよねえ。しかも詳しく聞いたところ、あの鎧……カローンだったっけ。それや監督生にユニーク魔法を使ったところ、その動けない一定時間は痺れて動けない、とかではなく、眠っていて動けない、の方らしい。気絶に近いのではないだろうか。
「あ、でも私のとちょっと似てる?」
「ナマエの?」
「……私の知らないっけ」
思い出してそう口にすると、エペルは静かに頷いた。そういえば私のユニーク魔法を知っているの、あの元イソギンチャクや、何故か副寮長、ということは寮長も知っているのだろうか。相手の魔力量や警戒心によっては失敗したり効果がほんの数分だったりであまり明かしたくないけれど、エペルのものは聞いたのにフェアじゃない。何にせよ、仲が良い人に使うことはほとんどないだろう。強いて言うなら、腕相撲でどうしても勝ちたいときくらい。
「私のは……相手を一定時間無気力にできるの」
「へえ……確かに似てるね」
「でもエペルの方が上位互換かも。完全に動けないし、私のは短いと数十秒ってこともあるから……」
「でも僕はまだ範囲を定めるのが上手くできなくて……」
きっと使いこなせるようになればエペルの方が圧倒的に上位だろうけれど、きっとブロットの蓄積量は内容からして私の方が少ない。それに、私もこの四年間を通して、基礎からしっかり学んでユニーク魔法を使いこなせるようになれば、短くても五分は持つようになるかもしれない。努力で生まれた魔法でも、偶然生まれた魔法でも、結局行き着くところは努力だよね。
「……あれ」
「どうかした?」
「私とエペルの、合わせたら結構……こう、いいと思うんだけど」
「! 確かに……!」
ほとんどエペル任せになるけれど、どうしてもの足止めをしなければならないときには、私が相手を無気力にすればエペルも狙いを定めやすくなる。厄介な二人が偶然にも一緒にいるものだ、と笑うと、エペルも上品に笑った。
お昼休みが終わるチャイムも鳴っていないのに、教室にぱらぱら人が戻ってきたかと思いきや、そういえば次は錬金術だった。魔法薬学室よりは近いからいいけれど、とロッカーに白衣を取りに行くと、エペルがまた何かを思い出したように「あ」と言った。
「ん?」
「今日……部活オフでしょ?」
「うん、そうだね」
週の真ん中は、全部活がオフになる日。なので必然的にラウンジも盛況してしまうわけで、いつもフルで入っている私はそれだけで溜息をつきたくなる。さらには、木曜日は地味に嫌な教科が多い。当然予習をしなければならない教科も多くて、一番嫌いな曜日かもしれない。内職で明日の予習をすれば良かった、と後悔したときには、もう午後の授業しか残っていないのだ。この学習能力のなさ。
「それで……今日はモストロ・ラウンジに行こうと思って」
「えっ! ほんと?」
「ふふ、ほんとだよ」
「いつも嘘つくじゃん。……絶対来てよ」
アイロンをかけたばかりの白衣をぎゅっと抱きしめると、エペルはもちろん、と笑ってくれた。やっとだ。ラウンジに来て、と言ってもなかなか来てくれなくて、ようやく来てくれると言ってもS.T.Y.X.に邪魔されて。エペルと出会って、約半年でようやくか。今日こそは何にも邪魔されませんように、それからこれがどうかフラグにならないようにと願いながら、鼻歌混じりで教科書の用意をした。
◈◈◈
「また金を錬成したのか」
「えへへ」
この歳で金を錬成する生徒が出るのは稀らしい。前回は亜鉛やらなんやらだったけれど、なんと今回は泥からだ。クルーウェル先生が担当だからっていう単純な理由もあるけれど、錬金術も魔法薬学も得意だし、そっち系に進むのもありだなあ。魔法解析学みたいにこつこつ計算していくのも楽しいから、二年生以降は進路も考えていこう。
「今日のお前はどこかふわふわしているからどうかと思ったが……」
「ふわふわしてるから成功したんだよ」
ふわふわしているのは、言うまでもなくエペルのおかげだ。エペルと目が合う度に顔が綻ぶので、あちらも呆れているだろう。加えて、錬金術で私とペアになった人は、もれなく私に感謝してほしい、というくらいに毎回好成績を収めているのだ。早くオルトと組める日が来ないかなあ、と思いつつ、今日は一年E組との合同だったので、特に知り合いもおらずあまり話さない寮生と組んだ。でも手際が良い方で良かった〜。
「ミョウジ、ありがとう。スムーズにいって助かったよ」
「どういたしまして〜。錬金術得意っぽい」
関わりがなくても、こうして交流の輪が広がるのは合同授業やグループワークの良いところだと思う。魔法士なんかでは特にこういう取り組みがないので、息抜きにもなるし、ナイスクルーウェル先生だ。
寮生には「また困ったら聞くよ」と言ってくれたので、もちろんウェルカムだ。どうやら理系科目が苦手らしいし、私は得意寄りなのでいくらでも聞いてほしい。寮長に頼めばお代は取られるし、寮内でも私くらいの距離感が丁度色々頼みやすいのだろう。
「そうやって初めに高を括っている仔犬は後から躓くことが多いが……」
「やめてください」
作った金を提出すると、「得意っぽい」と言ったのに引っかかったのか、少しだけ目を細めた。確かに、最初は得意と思っていたけれど苦手になっていく教科は多い。古代呪文語が割と、そのパターンだった。そもそもの単語やらを覚えていなかったのが原因ではあったと思うけれど。
「まあミョウジなら、今後も問題なさそうだな」
「ふふ、そうでしょ」
「だが気を抜くなよ」
クルーウェル先生は、私に向けるにしては嬉しそうにしては金を受け取ってくれた。錬成した金やダイヤはあまり高く売れないはずだけれど、クルーウェル先生は何に使うのだろうか。そう思っていると、出来を見るだけ見ては私の手に返してくれた。最初の方はおおよその実力を見るために回収していたけれど、今回からは自分たちで持ち帰っていいそうだ。やったー! 最初に言ってくれたら皆もっとやる気を出しただろうに、今更になって遠くのサバナクロー寮生が全力で大釜をかき混ぜている。お金になるかなあ、と寮生と分け合いながら、様子を見るためにそこらを回っているクルーウェル先生を声だけで引き止めた。
「どうした」
「クルーウェル先生のところで就職もあり?」
「は?」
「女だし、ナイトレイブンカレッジ卒業で就職は厳しいかもって思って」
ふと口に出したのは、私がクルーウェル科目を得意としている故の冗談めいたことだったけれど、そういえばここは男子校だった、という事実も同時に頭に浮かんできた。すると、顔をあからさまに歪めたクルーウェル先生は、目を見開いたかと思いきや、少し開いていた口を閉じてから、私の顔をじっと見たまま考え込んだ。いや、照れる。イケメンにガン見されるの、苦手なんだよね。シルバー先輩然り。
先生は数秒黙っていて、それも辺りの騒音のおかげでほぼノータイムだったように感じた。ふ、と息を零してから、瞬きをすれば、アイシャドウが星のように光った。
「学園長が何とかしてくださるだろうが……そのときはまた考えよう」
「……ありがとう」
「今はまだ考えなくてもいい。ここでしかできないことをしろ」
「はい!」
最初からずっと、クルーウェル先生は素敵な先生だ。私もこういう大人になりたいな、なんて密かに胸の中に抱いた。
一番に終わって暇だから、泥から金をひたすら錬成する回を開いていたのだけれど、成功率は三割くらいだった。それでも成功したものはじゃんけんで勝った生徒が持って帰ってくれるらしく、せっかくならお金を払ってくれればいいのに。元は泥だけれど。続々とサバナクロー寮生、ついでハーツラビュル寮生がやって来る。
「ミョウジ」
「ん?」
「ちょっと来い」
早めに終わった上、もうあとはホームルームだけだからと実験室にたむろっていると、片付け中のクルーウェル先生が手招きしたので、さては前ので味をしめて私を片付け要因にしようとしているな? とやや駆け足で近づいた。先生は余った材料を瓶に入れ直したり捨てたりと忙しそう。
「手伝います」
「いや、いい」
「あれ。じゃあなんで呼んだんですか?」
「俺がお前を雑用で呼んだことがあるか?」
確かにない。クルーウェル先生は私から呼ばれることは多くても、私を呼ぶことは滅多にないので思い当たる節がなくて首を傾げた。先生は片付けをしながら、何も思い当たらない私を流し目で見ては瓶の蓋をきゅっと固く閉めた。泥は捨ててあるから、本当に裏山で拾ってきたような泥だったんだろうなあ。それが金に化けるなんて、一般大衆を騙せてしまう。
先生の続きの言葉を待っていると、察しの悪い私に溜息をつくわけではなく、口端を上げた。今日はご機嫌なのだろうか。
「今日のミョウジの予定は」
「えーっと、放課後はフルでラウンジです」
「――では、今日邪魔させてもらおう」
「……えっ? え゙っ!?」
聞き間違い? 女らしからぬ汚い声が出てしまうのも無理はない。そんなクルーウェル先生は私の反応を見ては余裕そうな笑みを浮かべたままで、ええ、エペルだけでなくてクルーウェル先生まで来てしまうの? 私のやる気ゲージがぐんと伸びる。しかも今日は稼ぎが多いし、さらにクルーウェル先生から搾り取れるなんて聞いたら寮長、喜ぶぞ。
「……抱きついていいですか?」
「駄目だ。俺を犯罪者にしたいのか?」
こういうところはしっかりしている。好感度が高い。ちなみに衝動的に抱きつかなかった私もしっかりしている。よくわからない感情、いや、嬉しさが大半で教科書とやや雑に畳んだ白衣を抱きながら、にやけが抑えられないままくるくるその場を回ると、いつものように私に対して顔を顰めていたクルーウェル先生は、さらに眉間に皺を寄せた。
「スカート丈を考えろ」
「やだ、変態」
「やめろ。教師にそんな口利くな」
ついにやめろと来たか。まあ、仕方ない。変態というのは撤回して、紳士ですね、なんて言った頃にはもう遅かった。紳士なのは本当だ。かといってガン見してくるような先生ならドン引きだったけれど。
「楽しみに待ってますね」
「俺も楽しみにしている。片付けや諸々が終わったらになるから、すぐには行けないがな」
「うん、わかってる」
今日はSSRが二枚だ。ふんふん、と鼻歌を歌いながら、出入口に佇んでいる、ここから見ればお人形にしか見えないエペルのもとへ行くと、クルーウェル先生が「それから」と言って私を引き止めた。なんだろう、と既に三メートルほど離れてしまった教卓の方を振り向くと、器具の片付けに一段落ついたのか、腕を組んでこちらを見ていた鋭いシルバーグレーがあった。
「な、なに……」
「最近タメ口を利くようになってきたな。感心しない」
「……でも直せって言わないの、実は先生は結構好きなんでしょ」
現にフロイド先輩とかもすごくタメ口だし、割とこういうタイプは多い。サバナクロー寮生とか。何かとサバナクロー寮生って、問題児集まりなんだなあ。
クルーウェル先生は眉をぴくりと動かすと、ふう、と息をついては、準備室に消えると同時に「あまりにも酷いとしつけ直してやる」と零した。
◈◈◈
ややスキップで廊下を歩く様は、完全に浮かれているやばいやつ、だ。隣でゆったりと、初めて会ったときより上品に足を運ぶエペルと並ぶから、余計に。
「ご機嫌だね」
「へへ、そりゃそう。聞いてたでしょ」
「念願叶って良かったね」
「どっちかというとエペルの方が念願だった」
クルーウェル先生はレーズンバターの開発ついでに誘ったようなものではあるし、エペルや馬術部の皆の方が実は来てほしかった。今回は想定外に起こったからここまで喜んでいるだけで。そういえば馬術部の、特にあの三人はいつ来てくれるのだろうか。他の部員たちはぱらぱら来てくれるけれど、リドル先輩とシルバー先輩、セベクが来る気配は微塵もない。各々忙しそうだしなあ。
「……あれ、今度は元気ない?」
「いや。……ちょっと思い出しただけ」
そんなに顔に出やすい? けれど、しつこく誘うのも違うしなあ。来てくれなかったら来てくれなかった、で終わればいいけれど、ショックに変わりないし。やや重くなった、といっても元が軽かったのでいつも通りの足取りになったところで、ポケットの中で振動を感じた。授業にこっそり持って行っていたスマートフォンに、何やら通知が来たらしい。
フリマアプリのクーポンかショッピングアプリのタイムセールかな? と確認するようにポケットから少しだけスマホを覗かせると、マジカメのメッセージへの通知だったことに気がついた。
「ん? ごめんエペル持って」
「うん、わかった」
エペルに教科書やらを押しつけると、スマホをすかさず取り出す。通知には『リドル先輩』の文字があって、メッセージを開くと、『今日のモストロ・ラウンジに君はいるの?』と来ていた。待って、これってまさか。
『いますよ』
『あとついでにフロイド先輩とか副寮長もいます』
『あれ』
『リドル先輩の体調は?』
この感じ、今日の流れを見ていると掴める。リドル先輩もラウンジに来てくれるのだろうか。SSR三人目だ。フロイド先輩がいると来たくなくなるかなあ、と思いつつ、事前に伝えておくことで回避してもらおうと念のために付け加えた。それから、一昨日の部活でも見なかったので、まだ髪の色が戻ってなかったのであろうリドル先輩の容態についても聞いておくこととした。
すると既読がついて、二十秒、さらにその後十秒後に返信が来た。
『ありがとう。随分回復したよ』
『薬の服用のおかげでね』
「ふう……」
リドル先輩は、文字を打つのがこの学園の知り合いの中では遅い方だと思う。セベクやシルバー先輩も早くはないけれど、それに比べてもリドル先輩は遅い。慣れていないのだろう。リドル先輩も回復したようだし、週末の部活動には参加してくれるだろうか。リドル先輩が颯爽と軽快に走っているところを見ないと、馬術部! って感じがしないんだよね。
安心して息をついている間に、またメッセージ画面が一行分進む。
『では今日お邪魔させてもらうよ』
『ありがとうございます!』
『トレイとケイトも連れて行くからね』
トレイさんとケイトさん、ねえ。あまり交流がないけれど、ラウンジに来てくれるのはありがたい。おそらく今まで来てくれたことがないか、私はラウンジでは出会っていないけれど、やっぱり人脈が広くて得しないことはないなあ。ハーツラビュル寮の皆さんは紅茶にうるさいかもしれないけれど、副寮長の淹れる美味しい紅茶も飲んでほしい。
また鼻歌混じりになってスマホをしまい、エペルにお礼を言いながら荷物を受け取ったところで、違和感に気がついた。
「待って、時間やばくない?」
「嘘、ちょっと待って。……ほんとだ」
さっきから教室からぱらぱら人が出てきていたり、あのリドル先輩から連絡が来るなんてとっくにホームルームが終わっている時間に決まっている。余程ゆっくり歩いていたのか、実験室を出るのが遅かったのか、エペルが他所の教室を覗き込んで時計を確認すると、本当に時間がやばかったらしい。
「やばいやばい、走ろ! ごめんね」
「いいよ、一緒に怒られよう」
「えーんありがとう大好き!」
さっきまでのゆっくりした歩調なんて嘘みたいに、ばたばたと忙しなく音を立てて教室に向かう。この姿をヴィルさんに見られてもエペルは怒られるだろうけれど、そちらも連帯責任だ。周りの目なんて気にせず、二人で廊下を走った。