「あっれぇ金魚ちゃんじゃん」
モストロ・ラウンジがディナーで混む少し前、まだ空いている時間帯、長居してくれているエペルの相手をしていると、のんびりとした、けれど楽しそうな声が聞こえてきたので、そちらを向いた。あまりにも長居をしているとフロイド先輩やら寮長に、いくら私の友人でも追い出されるかと思えば、私のおすすめを言葉通り全部頼んでくれているので、何も言われないどころか大貢献。クーポンと、私からの無茶ぶりに応えてくれたせいで安くなっている、というのも理由に含まれているのかもしれないけれど。
「……やっば。ごめん、後でまた来るね」
「大丈夫だよ。これ、前食べたときより良くなってる」
「ほんと? 嬉しい」
「紅茶だけお願いしてもいい……かな」
「わかった、ありがとう」
リドル先輩、来る直前に連絡入れてもらえば良かったかなあ。ケイトさんにトレイさんは一緒にいるけれど、困ったように笑いながらリドル先輩がちょっかいを出されているのを見守っている。不憫だ。
エペルにレーズンバターを褒めてもらえた嬉しさを抱えながら、やっぱり林檎ジュースより紅茶だよねえ、と思いながら、通りすがりの寮生に紅茶をオーダーして、入口の方へ向かった。
「リドル先輩!」
「ナマエ、フロイドをどうにかしてくれないか!」
「うーわ酷くね? つかナマエちゃん、金魚ちゃんが来ること知ってたの?」
「ん〜……」
二年生から責められているこの図、もういじめじゃん。フロイド先輩をどうにかするにもフロイド先輩が私を気に入っていると言えどリドル先輩の方が面白くて興味があるみたいだし。知っていたのか、と問われて、目を右上に泳がせて返事を濁せば、フロイド先輩が「言ってくれても良かったのに」と眉を八の字にした。むにむにと頬を抓って伸ばされて、助けて、とリドル先輩の方を向けば、トレイさんがぽんと肩を手に置いていた。
「こらこらリドルくん、後輩ちゃんに助けを求めない」
「そ、それはそうだね。すまない、ナマエ」
「久しぶり、ナマエちゃん」
「おひしゃしぶりです」
頬が痛い。仕返しと言わんばかりに、フロイド先輩の頬をなんとか背伸びして伸ばしてやれば、驚いたのかすっと力が抜けては離してくれた。絶対赤くなってる。痛いなあ、と頬を押さえながら、ぐるりと空きのテーブルを確認すると、丁度四人がけのテーブルが空いていたので、三人をそちらに案内した。
未だ固まっているように見えるフロイド先輩を見て、あの人もなんだかんだでこちらから近寄るのには弱いよねえ、なんて思っていると、リドル先輩が「あ」と何かに気がついたような声を洩らしたので、ハッとしてそちらを見ると、胡散臭い眼鏡の人が立っていた。
「これはこれはハーツラビュルの皆さん。本日はご来店いただき、ありがとうございます」
うわあ、これはまた、リドル先輩が嫌がるのではないだろうか。リドル先輩含め他寮生は私たちオクタヴィネル寮――特に寮長、副寮長、フロイド先輩に関わりたくないみたいだし。けれど私にできることは見守ることだけだと思い、一歩下がってはリドル先輩の無事を祈っていると、予想外にもリドル先輩は柔らかく微笑んで、寮長を見た。
「うん。ナマエに誘われたからね。礼を言うならナマエに」
「ああ、そうでした。ナマエさん、ありがとうございます」
「あ、あれ……」
思ったよりも穏やかというか、毛嫌いしているわけではないのだろうか。もっと、なんだかこう、「げ、アズール……」みたいなのを想像していたものだけれど。まあ寮長同士だし、何かと関わる機会は多いのだろう。思わず声が出た私を見て、その場にいた一同首を傾げては、寮長が眼鏡を光らせた。
「どうかしました?」
「いえ……」
「そうですか。……さあ皆さん、どうぞゆっくりしていってください」
そもそもこの学園は、他寮生同士だと割と頻繁に揉め事が起こったりで思想やらは合わないものだから、尚更不思議だ。けれどこうして仲が良い人と仲が良い人が仲良くなっているのは嬉しいことだし、と頷くと、寮長はレジカウンターへと向かっていった。フロイド先輩は……あれ、いない。きょろきょろしても見つからないから、とりあえずとメニューを渡して、ハーツラビュルの皆さんを接客する。
「あ、ドリンク……は皆さん紅茶かな? うちの副寮長の淹れる紅茶、すっごく美味しいので飲んでいただきたくて」
「ああ、前にも言っていたね。レモンティーをお願いしても?」
「オレはストレートでお願い! あとは……マジカメに載ってたしオムライスね」
「嫌がらせですか?」
「ああ、あの噂のやつか。俺もレモンティーをお願いするよ」
ケイトさん、完全に嫌がらせだ。別に抵抗はないけれど、リドル先輩の前だしなあ。オムライスについては、基本的に校外の人の目につくところにアップするのは禁止にしているし、もしされていたら揉み消されたりしているけれど、それにしても情報通。オーダーされたからには断る権限はないから、仕方なし。
他の二人はまた後でオーダーしてくれるみたいだし、ひとまずは今のオーダーを通しに下がった。
「……ナマエちゃん」
「おわ、フロイド先輩。どこにいたの」
「別に。ナマエちゃんのああいうの、駄目」
低い声で背後から呼び止められて、副寮長が紅茶を淹れるいい匂いを堪能しながら振り返ると、背の高い人が、綺麗な左右違う色を光らせながらこちらを見ていた。突如気配なく現れたその姿にあんぐりと口を開けながらも、どうやらその答えは得られないらしい。ああいうの、ねえ。たまにフロイド先輩、固まって動かなくなったり、予想外だって表情をしたりするけれど、もしかして――
「あ、きゅんとしました?」
冗談めかして、またこうやって言ってみる。男子校だし、合コンにでも行かない限りは女子との絡みって私とくらいしかないし、けれどフロイド先輩って普段の距離が近いから今更、なんだよなあ。まあ、舐めてんの? なんて言われるだろう。そう思いながら、出来上がったらしい紅茶をトレーに並べていると、フロイド先輩が手先で私の髪を弄び始める。それから、丁度私が振り向いたところで、やや伏せられた瞳がこちらを捉えて、不覚にもドキッとした。
「したけど」
「うっ」
こっちの、セリフなんだよなあ。普段の距離感には慣れても、唐突に見えるこの甘えたな雰囲気と、いじらしい表情にはまだ慣れない。不意に胸が締め付けられて、わかりやすく声が出てしまったけれど、それを悟られないように、まだ私が上だ。ふふ、と口角を上げて、トレーを手に持つと、リドル先輩たちが待つ席へと歩き出した。
「結構ちょろめ?」
「は? 馬鹿にしてんの?」
「ふ、将来歳下のかわい〜子に騙されますよ」
「なに、ナマエちゃんのこと?」
「あは、そうかも」
私が騙す側、ねえ。割とありかもしれない。困窮したときなんか、割といけそうな気がする。もっとも、そういう人間にはなりたくないけれど。でも、うちの学園の生徒を騙せるのって、うちの学園出身くらいタチが悪くないとできないだろうし、フロイド先輩もそう易々とただの一般市民に騙されたりはしないか。一番騙されそうなのは、問答無用でカリムさんだ。
フロイド先輩も出来上がったらしいオムライスを手に持ったのを確認して、席の方へ移動すると、リドル先輩がまずは私を見てにっこり微笑んで、かと思えば背後の影に眉をひそめた。わかりやすいなあ。
「お待たせしました。皆さんの紅茶……お砂糖とミルクと蜂蜜はご自由に使ってください」
「ありがとう」
「そんで、こっちがオムライスね。頼んだの誰?」
「ケイトさんですよ」
「ふぅん」
確かトラッポラやリドル先輩は、ハートの女王の法律だったかしら、角砂糖がどうの、みたいな話があった気がするけれど、リドル先輩と話したときにティーハニーが美味しいって言っていたから。一人ずつの前に紅茶を置けば、丁寧にお礼を言ってくれる。オムライスはケイトさんの前に置かれると、湯気がふわふわ立ち上り、見た目もふわふわ。派手なスマホを取り出すと、「めっちゃ映えるじゃん」と言いながら、すかさず写真を撮った。
「ねね、動画撮っていい?」
「流出させないなら」
「わかってるって!」
ケイトさんのスマホカバーの妙なキャラクターを見ながらその絵を描いていると、まあ、例のアレだろう。ケイトさんがにこにこしながらそう聞いてきたので、渋々了承をする。ネットリテラシー、大丈夫かなあ。けれど、ここのルールに則ってもらわないと、フロイド先輩に絞められる、副寮長に消される、リドル先輩からお叱りを受ける、の三本立てが待っているから、まあ大丈夫だろう。
なんとか不格好ながら絵を描き終えると、四人分の視線を感じて、んん、と小さく咳払いをしてからケチャップを置いた。それから、私を見る皆さんをぐるりと見回して、リドル先輩のグレーの瞳とかち合って、つい溜息を零す。
「なんだい、失礼じゃないか」
「んん……リドル先輩に見られてるのは気が進まないけど……撮られるなら本気でやりますよ」
よーし。腕まくりをして、ケイトさんに向けられたカメラを確認して、このへんだな、とかわいく映る角度を調整。全力のぶりっ子をしてやる。今世紀最大のぶりっ子をしてやる。ああ、けれどクルーウェル先生にもやるなら、そのときの八割くらいのぶりっ子に抑えておこう。
またまた辺りからの視線を感じながら、この場にいる全員を落としてやる、なんて思って、胸の前でハートを作る。私は今、最高にかわいい。
「美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん!」
自分でもドン引くレベルの猫撫で声。ここが男子校でなかったら、完全に女の子に嫌われるに違いない。けれど、ナイトレイブンカレッジなら許されるでしょ。そう思って、ウインクをしてから、周りをちらちらと見ると、ああ、気まずそうに目を逸らされた。それから、またしても沈黙。このメニュー、廃止した方がいいんじゃない?
「……えっ、めっちゃあざと!」
「……ナマエ、こういうのが好きなのかい?」
「なんというか……思った以上にノリノリだったよ」
ケイト先輩の目が見開かれて、リドル先輩は少し目を逸らして、トレイさんは眉を下げて笑っている。いや、恥ずかしい恥ずかしい。徐々に顔に熱が集まってきて、私は何をやっているんだ、とフロイド先輩にケチャップを押し付けると、さっとフロイド先輩の後ろに隠れた。マリン系ではなくて、少し大人っぽいけれど心地よい香りが風のようになって鼻腔をくすぐったので、香水、何種類かあるのかなあ。
「オレもあんなノッてんの初めて見たんだけど。なに急に本気出してんの?」
「吹っ切れた方がいいかと思った……けど恥ずかしい」
「はいはい、慣れないことすっから」
動画に残るなら、無気力無防備なやつよりかわいい方がいいじゃん。きっと、角度含め全部完璧だったと思うのだけれど。フロイド先輩がこちらを向くと、既に結ばれた髪に手櫛を通されて宥められるけれど、それが余計に恥ずかしさを煽る。
「えっ、引きました?」
「引いてはないけど、あそこまであからさまなの初めて見たからびっくりしただけ」
「んー……」
「かわいいけど、あんまやんないようにね」
この「かわいい」は馬鹿にしている方だと思うなあ。私だってあんなにあからさまな、まるで本職みたいな声が出ると思わなかった。フロイド先輩に甘えたい気持ちは、流石に業務中だからと抑えると、鼻をぎゅっと摘まれて、すぐにその気は失せてしまった。
フロイド先輩の手を退けて、三人のなんとも言えない視線にハッとすると、誤魔化すようにケイトさんの隣に座った。業務中なのに。
「今日クルーウェル先生来るので、それの予行練習だと思って」
「クルーウェル先生に? はは、そのときの先生の顔が目に浮かぶよ」
「いーじゃんナマエちゃん。クルーウェル先生、ばっちり落としてきな!」
クルーウェル先生にどこまで通用するだろうか。しかも、このやたらかわいいフォントのオムライスの時点で先生が頼んでくれるとは思えない。まるで私までお客様のようにメニューを眺めていると、フロイド先輩が私の持っていたバインダーをひょいと取り上げた。
「で、金魚ちゃんとウミガメくんの注文は?」
「ボクはこのショートケーキをお願いするよ」
「俺はこのAセットを」
リドル先輩は恐る恐る、トレイさんは少し悩んでからそうフロイド先輩に告げると、フロイド先輩は「はいはーい」と無気力に返事をして、私からメニューを奪ってはキッチンの方へと消えていった。それを見て、リドル先輩はあからさまにはあ、と深い溜息をついたので、私を含め三人とも苦笑が零れた。
そして、ようやくひと息つくように、レモンティーに蜂蜜を入れたリドル先輩が紅茶を喉に流し込む。ひと口目は、熱そうに口を離して、ふう、ふう、と息を吹き込んでから、もう一度。猫舌、なのかなあ。
「どうですか?」
「……ほんとだ。すごく美味しいよ。うちの寮生たちにも淹れ方を教えてもらいたいものだね」
「派遣しましょうか?」
「それとこれとは別だけれど……」
当然だけれど、安堵の息をついた。ケイトさんもトレイさんも、ひと口飲んでは、口々に「美味しい」と言ってくれた。そうでしょう、そうでしょう。自分のことのように嬉しくて、頬が緩む。私も入学する前より上手く淹れられるようになっているけれど、副寮長の足元にも及ばない。湯気にのせられた香りが私に届いて、喉の渇きを感じた。
そういえば、なんだか違和感があると思えば、皆さん寮服を着ていらっしゃる。ここに来る生徒は制服で来ることが多いけれど、それはそのまま学校帰りに来てくれているからだろうから、ハーツラビュルの皆さんは一度寮に戻ったんだなあ。
「私、ハーツラビュルの寮服着てみたいんですよね。というか他寮のが」
「ナマエちゃんの頼みなら誰でも聞いてくれると思うけど。ほら、近くにエースちゃんとかいるし、貸してもらったら?」
「わざわざってほどではないんだよなあ」
「てかさっきとのギャップえぐ」
もちろん一番かわいいのはオクタヴィネルだし、言うまでもなくポムフィオーレもかわいいけれど、それでも他寮のものって気になるよねえ。サバナクローは胸元ざっくりいってるし、スカラビアも露出が多いから着れたものではないと思うけれど。
「ディアソムニアとかかわいい」
「セベクやシルバーがいるじゃないか」
「ああ、あの二人ね! けーくんね、前にあの二人に寮服借りて着たことあるんだよ」
「えっ! 接点あったんですか」
セベクやシルバー先輩が貸してくれるわけが、なんて思っていれば、まさかのお言葉だ。あの二人に意外と他寮の生徒と交流があるなんて安心した。
ディアソムニア寮の寮服は少しかっちりしすぎで苦しそうだけれど、ちらっとお見かけしたリリアさんの斬新なアレンジはめちゃくちゃかわいかったし。また機会があって覚えていれば、声かけてみよう。基本的にこの学校の人は私より大きいからぶかぶかだろうし、エペルやリリアさんあたりと寮服交換、ありだな。
やがてテーブルにケーキとフードセットが届いて、それでもなんだか業務に戻る気が起きずにソファでフロアの様子を見ていると、隣から視線を感じたので、なんだろうとそちらを見ると、瑞々しい緑色がこちらを覗いていた。
「どうかされました?」
「実際さ、ナマエちゃんって誰と付き合ってんの?」
「おいケイト。そういうことはあまり聞くんじゃない」
「えー! トレイくんだって気にならない?」
来たか。リドル先輩がケーキを口に運んだタイミングで問いかけられて、リドル先輩が思わず咳き込んでしまった。この質問、ほんのたまに他学年の先輩からされることがあるのだけれど、確かにケイトさんってミーハーっぽいから、まあ予測できなくはなかった。トレイさんが止めてくれるけれど、特に今は恋愛ごとに興味はないし、そもそも誰とも付き合っていないから別に大丈夫だ。
うーん、と悩むふりをしながら、続きの言葉を待つと、汲み取ってくれたのか、話の流れかでケイトさんがスマホを一度置いては、口元に手を添えては小さな声で言った。
「部活にいても寮にいてもナマエちゃんの話題って出てくるしさあ。オレ的にはやっぱフロイドくん……あっ、でも意外とエースちゃんもアリ?」
「えっ」
「こら、やめないか」
私、やっぱりすごく有名人だなあ。女子だから仕方ないけれど。
フロイド先輩、はわかる。わかるけれど、まさかトラッポラの名前が出てくると思わなくて、思わず目を見開くと、ケイトさんも同じように「え?」と零しては目を見開いた。トラッポラとはそんなに長く一緒にいることはないし、私が外野だとすればフロイド先輩一択だと思うのだけれど。
「確かによく噂は聞くよ。レオナと一緒に歩いていたとか、ディアソムニアの関わりづらい二人といるとか」
「……セベクとシルバーか。確かに関わるのは少し難しいかもしれないけれど……」
セベクとシルバー先輩、ね。確かにある。私からくっつきにいくこともあるし。こう見れば、私の男たらしっぷりは半端ではないかもしれない。レオナさんは一度だけだった気がするけれど、結構あの騒動以降は面倒を見てくれたりしている。そう言い出すと、ラギーさんにリリアさんにヴィルさんに、キリがない。
「……で、結局誰?」
「んー……クルーウェル先生」
「えっ! マジ!?」
私の悪ふざけに、トレイさんも眉を上げて、リドル先輩も目を見開いてこちらを見た。ついでに、隣のテーブルにいた常連イグニハイド寮生も耳をそばだてていたのか、ガタン、と音を立ててジュースを零していた。あちゃー、推しのスキャンダル発覚だ。知っている人からすれば「いつものことか」と流されることだけれど、しかしこれが広まってしまえばクルーウェル先生に悪いので、もちろん訂正をさせていただく。
「ではなくて、残念ながら誰とも」
「え〜そうなんだ……ナマエちゃん、めちゃくちゃ悪い女じゃない?」
「やだ、そんなことないですよ」
「いや……思った以上に」
「ちょっと」
私が誰とも関係を持っていないことを伝えると、リドル先輩はほっと息をついて、ケイト先輩はつまらなそうに少し冷めたであろうストレートティーを飲んで、トレイさんは若干引き気味だ。別に男をたぶらかそうとしてこうしているわけではないし、私も意外と天然たらし、なのかなあ。ミドルスクールのときから女友達とはその距離感だったし、けれど男の子相手にしても一応、変な気を起こさせないような節度は持っている。前みたいなことが起こっても困るし。
すると、こちらに近づいてくる平らな靴音を感じて振り返れば、眼鏡がきらりと光っていたので、思わず「うわ」と声が出た。
「ナマエさん。何をお客様と一緒になって駄弁っているんです」
「わ、バレちゃった」
「あらら〜。残念だけどお喋りはここまでだね」
「では三人とも、どうぞごゆっくり」
うーん、残念。楽しいお話もここで終わりだ。リドル先輩に「確かにキミは仕事中だったよ」とジト目で呆れられた。よいしょ、と立ち上がると、色々な慣れない香りが混じっていて、流行と、紅茶と、少し甘いコロン。最後のは、寮長だ。
「ごめんなさい」
「まったく、また給料を少なくしますよ。……エペルさんがお帰りなので念のため報告を」
「わ、ありがとうございます」
寮長の厳しい目の中お辞儀をすると、リドル先輩は「しっかりね」と言って、ケイトさんとトレイさんがひらひらと手を振ったので、それを尻目に寮長の後を着いて入口の方へ向かうと、エペルが私の様子を窺うようにちらちらこちらを覗き見ていた。いつ見ても今にも消えてしまいそうで、不思議な子。
エペルとぱちりと目が合うと、何も持たない身体で駆け寄って、エペルの垂れ下がった手を握った。
「エペル、今日ありがとうね」
「うん。楽しそうなナマエが見れて良かったよ」
「へへ、そう? 美味しかった?」
「すっごく。マナーもうるさく言われないし……また来てもいい?」
エペルの手に握られたレシートを見ると、私がおすすめしたものをもれなく食べてくれていて、焼肉ほどではない肉料理もしっかり食べていたので夕食も兼ねているのだろうか。多くに赤いペンで『ナマエさん持ち』と書かれているあたり、なんて抜かりないことか。
エペルの海みたいな瞳が、くすみのない綺麗な瞳が私を見てくるから、当然だけれど嘘でないことがわかって、胸が躍る。うきうきしてる。ドキドキしてる。許可なんて取らなくても、いいに決まってるでしょ。
「うん、待ってる」
つい笑みが洩れて、エペルの小さくて手袋越しでもわずかにひんやりしている手をぎゅっと握れば、驚いたように瞳が揺れて、私の手を握り返してくれた。