寝ぼけまなこを擦り――ではなく、今日はぱっちり覚めたお目目で教室の扉を開くと、さらに私の目を丸くさせたのは、一番に飛び込んできた景色だった。
「おおう……」
思わず驚きの声を洩らしてしまえば、それに気がついたクラスメイトたちが私に向かって手を振った。今日もいつも通り、遅すぎず速すぎず、いや、どちらかといえば遅い時間に来たのだけれど、ハウルはもちろんのこと、いつもギリギリに滑り込んでくるクラスメイトですらもう教室の中にいた。それにしても、こんなときだけ私たちにないはずの団結力を発揮しなくたってねえ。
『Happy White Day』
黒板にでかでかと書かれた、しかし男子学生が書いたとは思えないほどのおしゃれフォント。そして教卓に置かれた山盛りの市販のお菓子。ホワイトデー、なんて、どう考えたって私宛のものだろう。
「あ、ナマエ。おはよう」
「うん、おはよ……すごいね」
「あはは。実は一週間前くらいから計画を立ててたんだ」
ナイトレイブンカレッジ生の誕生日祝いの何倍も気合いが入っていない? そのままいつも通りエペルの隣に腰かけることはもちろんできない。理由は言わずもがな、あの教卓の前のお菓子たちとその付近で満面の笑みを浮かべたまま手招きするクラスメイトだ。
「おはよーミョウジ」
「おはよー。これ私にだよね?」
「そうそう。普通に購買に売ってた市販のやつだけどまあ受け取ってよ」
「俺たちの愛だからさ!」
「ありがと〜」
市販の個包装のチョコレートやクッキー、ポップコーンやスナック菓子。それからスポーツドリンクとおにぎり。まさか食べ物ならなんでもいい、という感じだったのだろうか。こんなに食べきれるかなあ。紙袋にいそいそと詰めていると、謎の記念写真、らしく、黒板の前での写真を撮ってくれるらしかった。
「私人気者みたいだね」
「てか紙袋ちゃっかり持ってきてんのお返し貰う気満々じゃん」
「ホワイトデーですから……」
雑な一枚をパシャリ。終わるや否や先生が来るからと涙ながらに風船を割って、それから黒板も消していく。魔法を使ったのだろう、なかなかのクオリティの黒板アートだったのもあり、まっさらになった後の黒板は少し白かった。
渡した人数が人数だったし、大きめの紙袋を用意して良かったあ。入るかな、と言いながら、なるべく綺麗にお菓子たちを詰めていく。クラスメイトたちは見守るだけで、決して手伝ってはくれなかった。でも、なかなかこういう経験ってないから、これがあと三年分あるのかあ、と思うと毎年が楽しみで仕方ない。
「ミョウジ」
「あ、ハウル。ハウルもあれに参加したの?」
「俺はしてねぇ」
「あらそう」
ノリ悪い〜。しかしエペルの話を聞く限り、一週間前から、全員参加だったそうなので、計画を立てる段階では一緒にいただろう。右隣はエペル、左隣はランダムのいつもの席に着いて、今日はそのランダムを紙袋で埋める。持って帰るのも大変だなあ、と上から写真を撮っていると、未だに視界の端でぼふぼふと尻尾が揺れ動いている。クルーウェル先生のコートに引けを取らないもふもふだ。
「ん?」
「バレンタインのチョコ、美味かった。……ありがとな」
「ふふ、前も聞いたよ」
「……俺からもお返しだ」
「え!」
え! 驚いて目を見開いた。驚きがノータイムで口から漏れ出る。硬派なジャック・ハウルが、あの狼が、私のためにわざわざ個人でお返しを用意してくれた。いや、硬派だからこそ、なのだろうか。エペルも驚いたのか、興味が湧いたのか、私と同時に机から身を乗り出した。ハウルはその勢いに圧倒されたのか呆れたのかで半歩身を引いてから、背後から紙袋を取り出した。
「へへ、ありがとう」
ハウルが、照れているのだろう、目をあからさまに私から逸らして差し出してくるので、それを受け取ると
案外軽い。どこのブランドだとかお店だとかの紙袋ではないので、きっと中身とは別物なのだろう。ハウルがちらちらとこちらを見るのを感じながら、紙袋の中を覗くと、……おお。
「『観葉植物初心者セット』」
「へえ、ジャッククンが選んだの?」
「そういえば前サボテン持ってたね」
「お……俺のことはいいんだよ!」
ツンデレの権化みたいな男だ。堅物でムキムキの男が観葉植物が趣味なの、この上ないギャップで良いと思うけれど。私に観葉植物そのものでなく、キットをくれるあたり、趣味の共有だろうか。
「ふふふ」
「なに笑ってやがる」
「いや、ううん。上手く育てられたら見せるね」
「……ああ」
趣味が共有したいの、すごくわかる。きっと同じ寮や周りにサボテンやら観葉植物が趣味な生徒がいなかったのだろう。サイエンス部にはいるような気もするけれど。まあ、見るからに体育会系だし、それをわざわざ部活動でしたくまではないのだろう。けれど、ハウルが、観葉植物の趣味の共有……。
「ふ、ふふふ」
「ナマエ、笑いすぎ」
いや、だってかわいいじゃん、ねえ。肩を震わせる私を見ながら不機嫌そうな狼さんは、ぐるると喉を鳴らしては予鈴を聞いていつもの席に戻っていった。先程まであんなにがちゃがちゃと散らかっていた教室も、魔法でなんとか綺麗になっている。魔法は万能ではない、とあらゆる先生や先輩に言われるけれど、実際半分は万能だと思う。
「ナマエ、僕からもお返し」
「え、嬉しい」
ピンと張った太い尻尾を、ひらひらと手を振っては見送っていると、つん、と肩を叩かれる。それに従い右隣を見ると、もちろん海のような綺麗な瞳を光らせ、教室の明かりを反射させる長い睫毛が揺れると、見慣れていても、女の子より綺麗だ。ヴィルさんやレオナさんとは違った美。
そんなエペルの前には、白くて小さい紙袋が置かれており、ハウルのものよりはどこか綺麗めでこぢんまりとしていた。
「中、箱?」
「うん、開けてみて。気に入るといいんだけど……」
「指輪?」
白い紙袋の中も、ほとんど立方体の白い箱。少し透けた薔薇色のリボンが施してあって、箱のサイドには切れ目のようなものが入っている。まるで指輪だとか高級なアクセサリーが入っていそうなものだったけれど、私の問いには特に何も返すことはなく、ただ彼は私が中身を確かめることを待っていた。
「――わあっ」
リボンをしゅるりと解き、どこが正面だろうか、目を凝らして、四分の一を無事に引き当てたとき、まるで運命の人に出会ったみたいに、目を見開いた。
薔薇色の中でもはっきりとした、けれど赤すぎない色で、その色が乗っかっているのは紛れもない薔薇。正しく薔薇色だ。そのうちの花弁が何枚か周りに散らされており、光りすぎていないビーズが間に埋められていた。
「貰ったの初めてだ」
「ほんと? ナマエにすごく似合うと思って……気に入った?」
「すっごく。センス良すぎない……?」
「へへ、良かった。実はすっごく悩んだんだけど、たまたま寄ったお花屋さんで見かけてこれしかないって思って」
プリザーブドフラワー。自分で買うものではないけれど、貰えたら嬉しい。けれどプリザーブドフラワーって割と、結構なお値段がするイメージだ。私たちオクタヴィネル寮生やアルバイトをしている学生にとっては痛くない、そしてカリムさんやレオナさんのような人にとっては当然のように出せる値段だと思うけれど、エペルはバイトをしていない。
「……高かったでしょ」
「そうでもないよ」
「嘘だあ」
「ほんと」
絶対嘘だ。いや、もしかすると私が思っているより安いのかもしれないけれど、にしても疑わざるを得なかった。まあそれも、このかわいらしいお花を見ていれば忘れてしまうのだけれど。値段云々より、ハウルにしてもエペルにしてもクラスメイトにしても、私のことを考えて私のために選んでくれるという事実が嬉しいのだ。
「ありがとうエペル。私、そんなに良いものあげてないけど……」
「ううん、すっごく美味しかったから。こちらこそありがとう」
「来年も頑張るね」
エペルともしクラスが離れても、きっと何か大喧嘩でもしない限りはバレンタインは交換し続けるだろう。ふん、と自身の前で握り拳を作っては意気込むと、エペルは笑った。以前みたいな上品な作り笑いとは打って変わって、だからといって豪快すぎない笑い。その様子を耳にしたらしいクラスメイトたちは、「ミョウジと同じクラスになりますように……!」と天にお願いしていた。
◈◈◈
ぎゅるるる。朝食が少し足りなかったかしら。周囲がガヤガヤとうるさいおかげで小さく鳴ったように聞こえた腹の虫。その音を拾ったのか、キュートなお耳を動かしてはにやりと笑みを浮かべる様子は、やはり歳上だからか、それにしてもどこか色気がある。
サバナクローの寮長、レオナ・キングスカラーと一緒に大釜の中を覗いている――厳密にいえば覗いているのは私だけだが、それに至るまでの経緯はシンプルなものだった。
今日の錬金術は一年生の他クラスや、一学年しか変わらない二年生ではなく、珍しく三年生との合同授業だった。これでは一年生の中でも優秀だとはいえ、流石に実力差を感じる。そう思いながらも、まあ勉強にはなるし、クルーウェル先生もそういうつもりで組んだのだろう、そのクラスは三年A組だった。A組は確か、ルークさんとレオナさんがいたような気がする。そう思っていれば、その「気がする」は的中した。
そして、私はやっぱり女子なのも相まって、同学年よりは他学年からの人気もそこそこある。割と多くが錬金術でペアになろうと私を誘うのだけれど、今日は誰よりも先に私の前に現れたライオンさんが、皆からその気を失せさせては、その場をほんの少しだけ凍りつかせた。
『組むぞ、ナマエ』
『あ、……ええ』
大欠伸をして、ルークさんの大好きな犬歯を覗かせていたレオナさんは、私の座っていたところのそう近くにいたわけではないのに、わざわざおいでなさって、さらには誘ってくれた。しかもその誘い方が、他の人たちの「一緒に組まない?」という低姿勢ではなく、もう確定しているかのような「組むぞ」だ。王子ならばなんでも許されるんですか? なんて聞くほど暇ではないけれど、今日の予想外として私は口をぽかんと開け、エペルやハウルも同じような表情をしていた、と思う。
『俺じゃ不満か?』
『ううん。びっくりしただけ』
じりじりと近寄ってきていた先輩方は私に声をかける前に、さっと身を引いては近くにいた人たちとペアを作る。この獣人は、何が目的だ? やや警戒気味でレオナさんを見ていると、呆れと嘲りが混ざったような瞳を向けた。その目の色は、まだまだ先の夏を思わせた。
――というわけで、私はレオナさんと一緒に錬金に励んでいるわけだけれども。レオナさんといえば、留年をしていたりするが、成績はまあ、悪くないらしい。むしろやればできるのに、と日々ラギーさんが零していた。だから覚悟はしていたけれど、どこか期待もしていた。レオナさんが協力してくれるって。
「ずっと見てますよね」
「ああ。ナマエ・ミョウジは一年生の中でも錬金術の成績が優秀らしいからな。三年生がわざわざ手伝うまでもないだろ」
「む……楽するために組みましたね? だったらクラスメイトで良かったじゃない。ルークさんとか」
「誰があんなやつと好き好んで組むか」
耳をそばだてていたのか、この騒音の中でも自分の名前を呼ばれたことを認識したらしい、ルークさんの視線を感じた。それを感じたレオナさんは、舌打ちを奏でた。その間も、せっせと錬金を進める。今日はニッケルを金属に変える――金でなく、金属ならなんでもいい、という、言うなればそう難しくはない課題だった。
「お腹空いた……」
「さっきからずっと聞こえてるぜ」
「やめてください」
ぐるる、きゅるる、と控えめな音が未だに鳴る。いやあ、朝食の量を失敗するとお昼前はいつもこうだ。まあ、昼食にはうってつけなのだけれど。
はぁ、とため息をつきながら鍋をぐるぐるとかき混ぜて、すると大きく煙が上がる。しかし、それは綺麗な紫ではなかったので、きっと――
「ハッ、失敗だな」
「んん……プレッシャー……」
「こらキングスカラー。ミョウジばかりに任せるんじゃなく、お前も協力するんだ」
「はいはい」
いつもならいとも容易く金に変化するはずのニッケルは、ただの炭のようになってしまった。レオナさんは覗き込んでは笑うだけ。もちろんその態度にはクルーウェル先生も注意をして、ねえ、私可哀想ですよね、なんて目で訴えれば、先生は私を横目に他のペアを見に回る。
かったりい。そう呟いたレオナさんの声は私にだけ届き、雑音の渦に呑まれた。私は錬金術は好きだから、そのかったるさには同意しかねる。まあ、お昼前でしんどいときに、というかったるさはあるけれど。
「……んー、何が駄目だったんだろう」
「ふわぁ……」
「何が駄目だったんだろう」
「……」
「何が」
「うるせぇ、アピールするな」
呑気に欠伸をしているのはいつものことで、どうにかして彼に協力してもらえないだろうか。じーっと全力の上目遣いで彼を見上げながら、何度も何度もわからないアピールをする。さすれば流石に折れて協力してくれるだろう、という私の考えは当たったらしく、じりじり詰め寄る私に大きな手のひらを向けては溜息をついた。レオナさん、結構面倒見が良いんだよね。
ふふん、やってやったぞと口角を上げると、レオナさんは目を閉じてまた溜息をついて、鍋を覗かず視線を変に動かさず、さも当然のようにつらつらと原因を述べた。
「――混ぜが甘い。あとは火力が強すぎるのと、薬品が二滴多かったな」
「えっ! 早く言ってくださいよ」
それをわかった上で私の好きにやらせるなんて、性格が悪い! とは別に思わない。むしろ最初から答えを言う人より、私は好きだ。
レオナさんの言う通り、強火から中火に、そして薬品の量を正確にして混ぜれば、いつもの煙が天井まで上った。そろり、鍋の中を覗けば、きらきらとどこか人工的で、なのに自然な金色が光り輝いていた。そう、大成功だった。
「一番はお前たちか、ミョウジとキングスカラー」
「ああ」
「よくやった」
レオナさんとクルーウェル先生、整ったお顔同士に挟まれて、はわわ状態だ。という冗談はさておき、クルーウェル先生が早く終わった組から小レポートを書いて提出するようにとプリントを私たちに渡したので、レオナさんが白紙で出そうとするのを止めつつ隣に座った。
「レオナさんのおかげです、ありがとうございます」
「当然だな」
「……どうして私と組んだんですか?」
今日の錬金術にはレシピがなかったので、今までの錬金術から応用することが必要だった。だからその成功した方法についてまとめることがレポートとなるのだけれど、他にも金にする方法はあったらしい。レオナさんはその中でも、私が選んだ方法の中から成功を導いてくれた。
さて、そんな優秀な留年先輩が私をわざわざ指名したのは、興味だろうか。いや、興味だけで私のことを誘うだろうか。返事がなかったので、結局白紙で出すらしいレオナさんの小レポートを預かっては先生の元に提出をすれば、レオナさんがじっと私の方を見ていた。
「わ、綺麗なお顔」
「ご苦労さん、報酬だ」
「えっ? ……え゙っ!!」
彫刻みたいな、美術館に置かれていても不思議じゃないレオナ・キングスカラーに近づくのはどこか気恥ずかしくて、笑って何かを誤魔化しながら席へ戻ると、レオナさんは何やら紙切れ一枚をぴらぴらと見せびらかすようにしていた。
何かしらと思えば、ついかわいくない声が出て、周りの三年生を幻滅させたのではないだろうか。だって、仕方ないじゃない。今や予約は半年前の、それも超高級のアフタヌーンティーチケットだなんて。
「ほ、報酬? えっ、レポート出しに行っただけだし、レオナさんが与えられるべきですよ」
「ああ、確かにそうだな。じゃあこれはやっぱり取り消しで」
「ええ! それはやだ!」
「わがままなお姫様だぜ」
がめつさなんて今更隠せない。でもどうして、何の報酬がアフタヌーンティーチケット? これ、とるのにいくらかかるんだ。ぼーっと現実から離れて、目の前のことから逃げていると、レオナさんは頭を押さえて「おいおい」と言った。
「あんなに楽しみだって顔してたじゃねえか」
「えっ、えっ? ……あっ!! もしかして……」
ぐいっと王子様相手に積極的に身を乗り出せば、いつもの石鹸みたいな香りと、ほんの少しだけどこかきつい、男性の香り。その香りがトラッポラやエペルやフロイド先輩と違う、同じ学生なのにやはり大人の余裕のような、色気のようなものを感じてドキドキした。さらにその距離感でも彼は私から目を離さないものだから、視線がじっとりと絡んで、威圧感が何かのせいでより心臓が跳ねた。目の前のこの男は、それに気づいたのかどうなのか、口元にゆっくりと弧を描いた。
そう、その「もしかして」はもちろん、今日の私のメインイベントだった。あんな素人が作ったものに、いや、確かにお返しが楽しみだとは思っていたけれど、ここまで高級なものを返されてはどこか申し訳ない。
「間抜け面」
「いや、……えっ、いいんですか?」
「本人がいいっつってんだろ」
「でもこれすごい高かったんじゃ、」
「金なんて使ってねぇよ。たまたま手に入ったから丁度良かったんだよ」
「えっ、ああ。ええ……」
もう、言葉が出なかった。たまたま手に入った、が本当なのだとすれば、第二王子恐るべしだ。レオナさんがそろそろ痺れを切らしそうだったので、恐る恐るそれを受け取ると、それを目視で確認するや否やすぐに手を離された。ああ、燃えたらどうするの。
そのチケットをじーっと見れば、特に日時は決まっていなく――というのは恐ろしい話で、さらに二人分、だった。
「……レオナさん、一緒に行きます?」
「行かねぇ。仲良しの一年坊でも誘えばいいだろ」
「そっかあ……」
仲良しの、といえばエペルだけれど。いやあ、でもオクタヴィネル寮生だとか馬術部だとか、実際何人もいるから、やはりレオナさんと行くのが妥当だと思うけどなあ。それにしても、いや、敷居が高すぎないだろうか。けれどレオナさん本人はなんとも思っていないようで、尻尾をぴろんと動かしている。
チャイムが授業の終わりを告げると、未だレポートや錬金に追われているのを横目に、レオナさんは長い脚で立ち上がり、大きく欠伸をしながらゆっくりと教室を後にした。尻尾が左右に揺れて、それから、相変わらず欠伸をしても崩れない綺麗な顔。溜息が零れる。
私もエペルがレポートを書き終わるのを見ながら、それよりも手元のチケットに目を向けては息をついていると、教卓でレポートの回収をしているクルーウェル先生と目が合った。
「ミョウジ」
「は、はい」
まさか名前を呼ばれるなんて。まあ、エペルが書き終わるまでの暇つぶしにもなるかもしれないし、レオナさんのせいでふわふわと現実離れした気分をこちら側に戻してもらおうと、元よりついていない尻尾を振りながら近づけば、最初に提出したらしい私のレポートをじっと眺めて、二度頷いた。
「今日はキングスカラーとよくやっていたな」
「ええ、……すごいですよ、あの人」
「ああ。これはどうかと思うがな」
本当に、色々な意味ですごい。顔も良い、勉強もできる、けれどやる気はなくて、レポートは白紙。さらに何食わぬ顔で高級チケットをくれるという、すべての行動がすごいのひと言にも収まらないほどだった。
クルーウェル先生はその白紙のレポートを見てはまた溜息をついて、またしても溜息祭り。それから回収したプリントを揃えながら、私の方に目を向けた。あ、そうだ。先生、用があるんだった。おおよそ検討と予想はついており、それが当たれば、と胸の内で願う。
「それで。今日の放課後は部活動か」
「あっ、はい」
「そうか。部活動に行く前に五分程度時間を貰えるか」
「あっ! ふふ、まさか」
「そのまさかだ」
そう、今日は放課後は部活動があるわけで、そちらでも期待してしまうことは様々。まあ、今日の主役は私だったりするわけだし。先生の要件もきっとお返しだろう。お返しを皆くれるとは思っていたけれど、いざこうしてエペルやハウル、それにレオナさんやクルーウェル先生に貰えるだなんて、嬉しくて頬がゆるみ、にやけが止まらなくて、それを見た先生も息を零した。
「放課後になったら準備室に来てくれ」
「先生のえっち」
「やめろ。生徒に変な噂が回ったらどうする」
準備室でイケメンの先生と二人だなんて、何もないはずがある、むしろクルーウェル先生と二人だなんて何も起こらない確率が百二十パーセントまであるほどの、圧倒的信頼感だ。こうしていじれるのも、そのおかげ。先生は何を返してくれるのだろう、と白衣を着たまま、またいつかのようにくるくる回ってから、にこにこと自然に溢れ出る笑顔を張り付けた。
「もう回ってますよ。嘘だけど」
「ハァ……本当にどうしようもないな」
クルーウェル先生が私に向けるそれは明らかに問題児を見る目で、けれどこれも心地良い。先生は、何をお返ししてくれるのだろう。
エペルがレポートをなんとか出し終わったのを確認すると、先生にお上品にお辞儀をしてから教室を後にする。エペルと一緒にクルーウェル先生が何をくれるのか予想しながら食堂へと向かおう。