オーバーライト

 ぱちっと目が覚めてしまって、反射的にスマホの液晶を見た。窓のない部屋では、時間の目安がわからない。日照権とかを考えると、オクタヴィネル寮は結構致命的な設計をしていると思う。すっきり爽快な寝起きなのに、時計は六時を五分回っていた。まだ三十分か一時間くらいは寝られるなあ、と布団に再度潜って目を瞑るけれど、この後のアラームで起きるのはなかなかに目覚めが悪いだろう。思いきって布団を剥ぐと、冷気が肌に触れた。うわあ、やっぱりまだ寒い。もう一度布団に戻りたい衝動を抑えつつ、カリムさんにいただいたカーペットに足をついた。好きな物は二度寝のお布団だ。布団にお別れを言ってから、顔を洗って目を覚ますことにした。

 ばしゃばしゃと冷たい水で顔を洗っていると、こんなにも早朝なのに、寮長や他の寮生たちの姿が見えた。寮長、夜は割と遅くまで活動しているイメージだけれど、規則正しい生活だ。

「おはようございます、ナマエさん。今日は早いんですね」
「おはようございます〜。珍しく寝覚めが良かったので、せっかくだし」
「いい心がけです」

 最近おろしたばかりのふわふわタオルで顔を拭くのだけれど、すっぴんなのもあり、どうしても寮長に比べると肌の綺麗さで劣ってしまう。寮長はまだスキンケアに力を入れているから良いとして、不規則な生活をしているフロイド先輩があんなにつるつるたまご肌を持っているのはどうかしている。世の中は不平等だ。

「なんですか、そんなに膨れて」
「なんでもないです!」

 目を細めながらそう言う寮長は、眼鏡をかければ見づらそうにしていて目をぱっちりさせた。寮長の眼鏡の度数は、輪郭の歪みを見るにそこまで弱いものではないはずなのだけれど、眼鏡をかけてこの目の大きさなら元が相当なぱっちりお目目らしい。まつ毛も長いし、羨ましい〜。
 諸々のスキンケアを完了させて、今日はなんとなくの気分でアイシャドウをギラギラにさせていこう、と派手めのラメを人差し指で散らしていると、隣からごほん、と態とらしい咳払いが聞こえた。

「そういえば……例のケーキはどうしたんです?」
「めっちゃ気にするじゃないですか」

 私を含め、リリアさんからのケーキは相当な衝撃だったらしい。今は私の部屋の中で大変な異臭を放っているのだけれど、早めに処理をしてしまわなければ流石にまずい。他のクラスメイトや先輩方にいただいたチョコレートやスナック菓子は昨日のネットサーフィンのお供になったし、おにぎりやらもお昼ご飯に食べられるので節約になって良いのだけれど、アレばかりはどうにもならない。擦りすぎのように思えるかもしれないけれど、そのくらいとんでもないものなのだ。

「今日の放課後、ハーツラビュル寮に伺う予定です」
「ほう。早速トレイさんに連絡なさったと」
「アズール寮長のおかげで」
「海の魔女の慈悲の精神に基づくオクタヴィネル寮寮長ですから。当然のことです」
「急な自己紹介ですね」

 寮長のおっしゃる通り、昨晩トレイさんからフォローが返ってくるや否や、早速メッセージを飛ばしたのだ。

『リリアさんに手作りケーキをいただいたんですけど、どうにかできますか?』

 ワンラリーの挨拶の後、単刀直入にこのように言ったのは私だ。すると既読がついて、すぐに返信が来ることはなく、一分後に『なんとかしてみるよ』といった旨の返事が来たのだ。写真も何も送っていないのにこういった反応が見られるということは、もしかするとリリアさんの料理の腕って学園内では結構有名なのかもしれない。

「というわけで、今日はラウンジに入るの少し遅くなるかもしれないです」
「残念ですが仕方ありません。寮内に異臭が充満するのは勘弁ですから」

 鼻筋にがっつりシェーディングを入れながら寮長に許可を取ると、また失礼なことを言っていた。リリアさんの料理やお菓子作りの腕に問題ありといえど、そろそろ気の毒になってきたなあ。
 少し跳ねていた髪を濡らした指で直しては、鏡の前でいくつかの微妙な違いの角度で自身を確認した寮長が、自室に戻るのか、洗面台から離れる。その去り際に思い出したかのように私の名前を呼んだので、ハイライトを入れていた手を止めて鏡越しに目を合わせた。

「ナマエさんはリリアさんもですし、ディアソムニア寮生との関わりが多いとお見受けします」
「ん〜、そうですかね?」
「ええ。モストロ・ラウンジには残念なことにディアソムニア寮生のお客様が少ない。ですのでナマエさん――」
「お友達を誘ってみてください、と?」
「話が早くて助かります」

 綺麗すぎる笑顔を浮かべた寮長は、よろしくお願いします、とだけ言ってその場を去った。抜かりないなあ。それに、ディアソムニア寮生、誘ってはいるんだよね。セベクもシルバー先輩も、来てくれるって約束したし、きっと護衛やら鍛錬やらで忙しいだけだ。と思いたい。リリアさんは確かに誘ったことがなかったし、ラウンジも喜んで来てくれそうな気がする。今度会ったときに誘ってみよう。

 メイクがばっちり終わって、なかなかに今日はビジュアルがいい気がするので、うきうきとスキップする。今日は早めに食堂で朝食をとってもいいなあ、と談話室でマジカメの更新を見ていると、首筋にひんやりと冷たい感触があった。

「うぎゃ!!」
「なにその声、おもしれ〜」

 何事かと思うと同時に、聴覚から答え合わせがされる。色気の欠片もない間抜けな声が漏れ出たのを聞いたフロイド先輩が、私の後ろでけらけらと笑っている。寝相のせいか、昨晩の乾かし不足なのか、寝癖がペンペンと跳ねているフロイド先輩は、いつもの香水の香りではなく、ナチュラルな石鹸と少しの男の人の匂いを漂わせながら、私の横にどんと腰を下ろした。

「おはよー。今日早ぇじゃん」
「目覚めちゃったから」
「学校先行くの?」
「んー、フロイド先輩時間かかるでしょ。でも最近一緒に行ってないですもんね」
「そうそう。急げって言われたら全然急げるけど」

 入学して間もない頃は、私と寮長と副寮長、それからフロイド先輩で朝食をとることが少なくなかった。しかし、フロイド先輩の起きる時間がまちまちであったり、私もそう朝に強くなかったりでその朝食会は早くも自然消滅してしまった。たまに皆の時間が被れば一緒に食べたり、一緒に登校したりというゆるい感じになっている。

「じゃあ今日は一緒にご飯しましょ」
「えー、するする」

 語尾に音符がついている。気分がわかりやすい人だなあ。こうして談話室で会ったのもご縁だ。いつもの調子でで余裕を持ってゆっくりしていると、あっという間に時間は来そうなものだけれど、フロイド先輩が光速で準備をしてくれたら随分優雅な朝食がとれるはず。寮長を見習って、パンパンと手を叩けば、フロイド先輩は「よっこいしょ」と声を上げながら立ち上がった。スキンケアなんてしなくとも肌荒れ知らずだし、副寮長に比べて髪型もこだわりがなさそうで、寝癖さえ直せば出られるだろうから、時間がかかる、は余計だったかも。

「じゃあここで待っててね」

 まだ少しだけ眠そうな目を細めてふにゃんとした表情になると、途端に大きい赤ちゃんみたいに見えた。――と思っていたのもつかの間。
 フロイド先輩が胴を曲げると、目の前で長い脚が強調されている。何が起こったのだろう、と思うと、耳元でちりんとピアスが揺れる音がした。それから、私の首にかかったチェーンを軽く軽く引っ張られると、綺麗な色をしたパールがほのかにターコイズブルーを反射した。ひと房の長い黒髪に目を奪われると、その先で金色の瞳がこちらを向いていた。その距離感に、少し息が詰まった。

「ん、ちゃんとつけてんね」

 寝起きながらのぽやぽやとした、それでいて昨日とは違う掠れたの声が耳元で響いたかと思いきや、ギザギザの歯を見せずににっこりと笑って、ふんふんと鼻歌混じりに洗面所に向かった。
 フロイド先輩って、やっぱりこの学園の誰よりもあざとくて、きっと独占欲だって強い。

 ◈◈◈

 さっき出たところに、また出てきてしまった。同じところをぐるぐる回っているみたいで、頭がおかしくなる。

『もうすぐ着きます』

 この文言を送ってから、早くも十五分が経過してしまった。目の前に目的地は見えるのになあ。私がエレメンタリースクール生ならばギャン泣きしていたに違いない。なんなら、ミドルスクール生でも危うかったかもしれない。
 少しもあの建物に到着する目処が立たなくて、よいしょ、とよく整備された芝に腰を下ろしたわずか二分後に、見覚えのある姿が現れた。

「うわっ!! ビビった〜……。なんでここにいんの?」
「うわっ! めっちゃ助かった!」
「うわっ、ミョウジじゃないか。こんなところにしゃがみこんでどうしたんだ?」

 そこに現れたのは、私の数少ないハーツラビュル寮生の友人であるエース・トラッポラとデュース・スペードだった。角を曲がって間もなく現れたであろう私に、大きな声を張り上げながら驚いていたので、それはもう大変申し訳ないことをしたな、と考えた。しかし、知っている人と会えた嬉しさに思わず立ち上がって二人の手を握った。トラッポラとスペードが同時に、私から顔をふいと逸らしたことから、距離感を誤ってしまったことを反省しては手を離した。

「今日トレイさんに用があって来たんだけどさ、何この迷路。泣きそうだった」
「あ〜、そりゃうちの寮生じゃなきゃ迷うよね。オレらも入学したばっかのときやばかったわ。特にデュースは」
「なっ! 今はもう迷ってないぞ!」
「いやいや、今も迷ってたらヤバいっしょ」

 二人、いつも一緒にいるし仲良いよねえ。ニコイチみたいな感じするもんね。今回はいつメンのグリムと監督生が不在だけれど、それもハーツラビュル寮内だから当然のことだろう。

「他寮に来るのがただでさえ初めてなのにさあ、初めてがこれって」

 どうやら私は本当に同じところをずっと回っていただけらしく、二人の後を着いていくと、次々と見覚えのない景色が広がっていった。他の寮ならここまで迷わなかったかもしれないのに。
 中途半端に赤いペンキで塗られた白い薔薇なんかがあって、当然ながら寮ごとに文化や決まりも違うんだよね、と感動した。それにしたって、自然な海中にただ寮があるだけのオクタヴィネル寮と違って、庭の手入れとか大変そうだなあ。そんなことを思いながら、新鮮な気持ちで辺りを見回していると、先程からちらちらと私の手元を気にしていたらしいトラッポラが、ようやく口を開いた。

「……で、何持ってんの?」
「これ、トレイさんに相談しようと思って」
「ふーん」

 一度寮に戻って取りに行った箱を大事そうに抱えていたのが気になったのだろう。傍から見れば、私がお土産にケーキを持ってきたように見えるのだろう。トラッポラとスペードは、結局その箱の中の正体がわからないというふうに顔を見合せては首を同時に傾げた。仲良し〜。今はわからなくても、あと一○分もしないうちにわかるでしょう。

 するとほどなくして、ずっと見えていた目的の建物に到着した。赤い薔薇に囲まれて、すごい! お城みたい! ひと目見ただけでリドル先輩を思わせるそれは、リドル先輩が寮長に相応しい外観だった。
 トラッポラとスペードに案内されるままに、ハーツラビュル寮の談話室に到着すると、うちの寮より少しこぢんまりしていた。いくつもの時計とトランプが散らばっていて、とても斬新な寮だ。すると、シングルソファに腰かけていた、優しそうな眼鏡の先輩が私たちに気がついてはこちらまでお出迎えしてくれた。

「お、ナマエ。迷ってるんじゃないかって心配したよ」
「全然問題なかったですよ〜」
「迷ってたっすよ、実際」
「はは、やっぱりそうか」

 余計なことを言うな、エース・トラッポラ。他寮の先輩の前だからと見栄を張ったのに台無しだ、とトラッポラを睨むと、私のことをおかしそうに笑った。そんな私たちのことを見て楽しそうに笑っていたトレイさんに、そうだ! と箱を机の上に置いては、再度封印を解いた。

「……こちらが例の品です」

 何度見ても慣れない。開ける前にイメージしているケーキの酷さを、開ける度に更新してくるのだ。ほんのり薔薇の香りがしていた談話室に、異臭が漂った。うわあ、他の寮生のテリトリーで、本当に申し訳ない。
 その場にいた三人が同時に喉を鳴らすと、一番に声を上げたのはトラッポラだった。

「げっ! 何これヤバくね!? フィクションの世界に出てくる失敗料理かよ!」
「見るだけで気持ち悪くなってきた……うっぷ」
「他所の先輩に失礼なやつらだな。……寮長に相談したら、トレイさんをあたってくれって」

 失礼だけれど、本当に気持ちはわかる。でもリリアさんのご厚意だから、無碍にすることはできない。その間で葛藤しているのだ。思わず鼻を摘んでいるトラッポラにまた睨みを利かせつつ、トレイさんに目を遣ると、私たちよりは余程余裕そうに、けれど苦笑いを向けていた。

「そうか……一年生はリリアのことをそんなに知らないのか」

 やっぱり、リリアさんってある意味すごく有名なんだ。今思い返せばあのときのヴィルさんの表情とか、あからさまだった。まあ、リリアさんは他寮の先輩だし、普通に生活してたら関わらない人だから、私たちが知らないのも無理はないだろう。トレイさんは、すう、と息を小さく吸うと、寮長とは違った太い黒縁の眼鏡をくい、と上げた。どうやら眼鏡をかけている人は、もれなくこの動作をするらしい。

「わかった。できる限りの力は尽くすよ」
「さっすが! こういうときのトレイ先輩っすよね!」

 こういうときの、トレイ先輩? 味付けから変えるのだろうか。それとも食べ物を変えてしまう、あるいは消してしまうみたいな都合の良い魔法でもあるのだろうか。そうして悩む暇もなく、トレイさんは胸ポケットからルビーのような輝きをもつ魔法石がついたペンを取り出せば、それをケーキのような物体に向けた。

「『薔薇を塗ろうドゥードゥル・スート』」

 何やら呪文のようなものを唱えると、そのケーキの周りをキラキラと光は舞うけれど、ケーキ自体に特に大した変化はなかった。なんだ、ハリボテ?
 むう、とケーキに近づいて睨めっこすると、不思議なことにあの強い臭いがなくなっていた。むしろ、普通のチョコレートケーキのごとく甘くて美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。まさかと思い顔を上げると、三人ともにやにやと笑みを浮かべていて、「どうぞ」とフォークを差し出されたので、恐る恐る先端を沈みこませた。そして、視覚からの刺激を防ぐように、目を瞑って口にスポンジを一欠片入れると――

「美味しい……」

 本当に、なんの変哲もないチョコレートケーキの甘い味が広がった。この見た目の物体が出せる味ではない。思わずケーキとトレイさんとを交互に見ると、トレイさんは屈託のない笑顔を向けた。

「それなら良かった」
「オレたちも食べていい?」
「もちもち、一人じゃどうせ食べきれなかったし」
「それにしたって、食欲がそそられる見た目ではないな……」

 トラッポラとスペードも私に続けてフォークを突き刺していく。ところどころ変な食感があるけれど、味のおかげでどうにかなっている。これ、見た目と味のギャップで頭がおかしくなりそうだ。

「今の、ユニーク魔法ですか?」
「ああ。俺のユニーク魔法は、任意の要素を上書きできるんだ。例えばこんなふうに、味や匂いとかな」
「それ結構使いどころ限られてきません?」
「はは、そうかもな」

 味とか匂いの上書きって、こういうとてつもなく不味いものに出会ったときにしか使えないから、お世辞にも強い魔法とはいえない。ただ、「任意の要素」という言い方が少し引っかかった。いわばなんでもありということで、もしかしたら魔法とか効果とかも上書きできるのかな、と考えを巡らせる。何それ、鬼つよじゃん。
 ここで予期せずトレイさんのユニーク魔法が開示されたわけだけれど、皆知っていたみたいだし、そこまでユニーク魔法の話はデリケートではないのかな。 同じ寮の副寮長やフロイド先輩のユニーク魔法の内容も知らないのって、もしかして他人に興味がなさすぎる?
 そうしてケーキを食べ進めていると、談話室のドアが開かれて、一斉にそちらに視線を向ければ、新緑の色がぱちぱちと瞬いた。

「あれ! ナマエちゃん、ハーツラビュル寮に来るなんて超激レアじゃん!」

 オレンジ色の派手な髪色に派手なポンパドールの彼が、高らかに声を上げた。そうだ、彼は、

「ケイトさん」
「えー嬉しい! 覚えててくれたんだ。せっかくだし、記念に一枚!」

 前にラウンジにも来てくれたもんね。名前を呼ぶと、すかさずスマホを構えられて、内カメでしっかりとツーショット寄りのファイブショットを撮られた。流石はマジカメ映えのケイトさん、しっかりと加工アプリを使ってくれているので、最新のスマートフォンでも綺麗に毛穴が消えている。しかし、オクタヴィネル寮にはないこのノリに圧倒された。
 こんなに食べたら太るよねえ、なんて話をしながらケーキを食べ進める私たち一年生をよそに、ケイトさんはトレイさんに話題を振った。

「ねえねえトレイくん、明日は学外研修のオリエンテーションがあるけど、何か目星つけてる?」
「いや、まだそんなに具体的には決まっていないな」
「だよねぇ……」

 学外研修かあ。そういえば担任がそんな話をさらっとしていたような気がする。入学したのがついこの間のようなのに、あっという間にサマーホリデーになって私たちも二年生になるんだよね。四年生になると就職のための学外研修もあってほとんど学園にもいなくなるし、今の三年生たちと親交を深めるならば今のうちだなあ。
 それでも他人事だと思いながらもフォークを止めない私たちを見て、ケイトさんがじとっとした目線を向けてきた。

「一年生ちゃんたちも、先の話みたいに考えてるけどあっという間に三年生になるんだからね!」
「うげぇ、やめてよケイト先輩」
「考えたくないな……」

 軽いお叱りに、トラッポラが舌を出して、スペードを頭を抱えた。一年生のうちからそういう話されるの、めちゃくちゃ嫌だよねえ。受験生ゼロ学期並だ。まあ今のうちから意識するに越したことはないけれど、就職、かあ。

「私も学外研修、行けるのかな」

 ぽつりと呟いた言葉に、トラッポラとスペードの手が止まって、トレイさんとケイトさんの表情がわずかに強ばった。監督生は元の世界に帰れるとして、取り残されるイレギュラーは私とグリムだ。ナイトレイブンカレッジ卒業生の、女子と魔獣。これからのことも考えていかないとな、と思いつつ、まあクルーウェル先生や学園長がなんとかしてくれるでしょ、という軽い気持ちもある。
 私のせいで張りつめてしまった空気をどうにか変えるために、そういえば、と顔を上げた。

「こうして味を変えるの、もしかしてリリアさんに失礼かな」

 元の味が案外良いかもしれないし。元の味を知らずに上書きしてもらうの、失礼だよね。そう言うと、先程までのピンとした空気が一変、トラッポラを筆頭に、ドン引きの表情を浮かべた。それから、「ナマエちゃんって結構勇気あるよね」と添えた。結構じゃない、かなりだ。
 ふん、と鼻を鳴らしていると、トレイさんがそろそろ魔法の効力が切れる頃だと言ったので、異臭が漂い始めたのを合図に、鼻をつまみながらケーキを口に運んだ。そうそう、きっと味は大丈夫なはず。――なわけもなく

「うえ、ちゃんと不味い」

 何故だかケーキには有り得ない辛味があって、吐き出しそうになるケーキを必死に飲み込んでいると、トレイさんがまたユニーク魔法をかけてくれるらしかった。私の酷い顔を見て大笑いしているトラッポラのことは、またフロイド先輩にでも絞めてもらえばいいか。
 トレイさんが再び『薔薇を塗ろうドゥードゥル・スート』をかけようとしたその直前だ。トラッポラから奪ったフォークで上書きされていないケーキを恐る恐る口に運んだケイトさんがいた。臭いはやはり相当らしく、鼻を摘みながらではあるけれど、私の反応を見ていただろうに、何を馬鹿なことをしているんだ。思わず目をかっ開いていると、ケイトさんがほんの少しだけ顔を顰めてから、唇を軽く舐めた。

「美味しくはないけど……オレは案外いけるかも」
「ウッソでしょ!!」
「食べきるのは無理だけどね〜」

 ケイトさんの思いもよらない言動に、私たちの思いを代弁してくれたのは、誰でもないトラッポラだった。ケイトさんだけ魔法がかかってるの? そう思いながらトレイさんの方に視線を向けるけれど、頭を抱えて苦笑していたので、魔法のおかげではないらしい。絶対さっきのチョコレートケーキの方が美味しいのに、ケイトさん、ちょっと怖い。と思ったけれど、早々にギブアップしていたので、めちゃくちゃ安心した。
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