波間の閃き

 いつの間にやらマジカメで、監督生を筆頭に、何か厄介事が起きる度に巻き込まれるメンバーで構成されたグループができていた。もちろん、私を除く。あの監督生たち三人と一人に加え、ハウルとオルト、さらにはエペルと私が入ったグループだ。謎メンバーすぎるでしょ。オルトに関しては、スマホではなく、ギアに内蔵されたプログラムを通じて返信しているようだ。この間一度話したときに、「兄さんに頼んでスマホを持たせてもらおうかなあ」とも言っていたので、近々スマホ族になるのかもしれない。

『今日のお昼は食堂に集合!』

 朝のホームルームが終わり、チャイムが鳴ると、私とエペルのスマホがほぼ同時に揺れた。予想はついたけれど、例のグループからの通知だったのだ。送り主は監督生――ではなく、トラッポラだった。もともとトラッポラがノリで作ったグループだったのもあり、ハウルとエペルと三人で「まあほとんど動かないだろうね」と話していた矢先であった。お互い顔を見合わせて、同時に首を傾げる。いつ見ても変わらない美貌をもつエペルも、状況がわかっていないらしい。

「なんだろうね」
「うーん……見当もつかないや」
「聞いてみる」
「ありがとう」

 きっとA組連中以外はさっぱりだろう。ハウルやオルトの分も代わって、『どうしたの?』と送信すれば、あっという間に既読が六人分ついた。一つ足りないのは、グリムの分である。エペルと二人揃ってそれぞれのスマホの画面とにらめっこしていると、遠くにいたハウルもその様子らしく、偶然にも目が合うと、ハッとして逸らしてはスマホを片付けた。悪いことしてるわけじゃないのに、相変わらず面白いな。
 そうこうしているうちにブブッとバイブが二回鳴ったので、画面に再度視線を落とすと、またしても今どきアイコンからの返信だった。

『監督生が協力してほしいことがあんだってさ』
『詳細は昼休みね』

 文章で説明するのが難しい内容なのだろうか。ただでさえ違う世界の人間だもんねえ。ともあれ今日は午後から移動教室でもないし、了承の意を込めて最後のメッセージにリアクションスタンプを押せば、私に続くようにスタンプが増えていった。ハウルだけ最後にリアクションしてるのが、流石はジャック・ハウル! という感じだ。

「やっぱ珍しいメンツだよね」
「うん。でもこのメンバーでお昼ご飯って食べたことがないから、少し楽しみ……かな」

 控えめながらも楽しみなのを隠せていないエペルはにこにこと笑っている。かわいい。
 そういえば今日は三年生が研修のオリエンテーションだのどうのって言っていた。ぐぐーっと上に伸びをして、そのまま横にも倒れ込むように伸びをすると、スカラビア寮生と接触してしまった。腕が長くてごめんね、と謝ると、全然大丈夫だぜ、と笑われる。腕が長いというよりは、可動域が広いだけだ。それを見てくすくすと笑うエペルが、何かを思い出したように視線を少しだけ上に向けた。大きなアクアブルーをした瞳が、さらに強調されている。

「なんか色々変わったよね」
「色々?」
「香りとか、あとネックレスもしてる」

 そういえば昨日は移動教室が多かったり体力育成だったりで、エペルと話す機会が少なかったんだっけ。すん、と鼻を鳴らしたエペルに、「おじさんからのホワイトデーです」と言うと、納得したように「流石おじさんだね」と笑った。クルーウェル先生がおじさんだと。失礼な。
 ネックレスに関しては、トップの部分は制服に隠れているけれど、胸元でころころと揺れる度にフロイド先輩のことを思い出してしまう。ある意味では安心感であり、ある意味では心臓に悪い。フロイド先輩に貰ったんだよね、とひと言だけ言うと、留め具の部分に軽く触れてから愛想笑いを混ぜて有耶無耶にした。

「エペルに貰ったお花も枕元に置いてあるよ。かわいい」
「そっか、嬉しいな」

 他人から貰ったお花は、割とテンションを上げてくれるものである。以前にお見舞いとしてシルバー先輩にいただいた生花然り、起きたときに目に入ると嬉しくなるんだよねえ。ところで、ハウルに貰った観葉植物キットは種から育てるタイプだったので、まだ芽が出ていない。
 それにしても、一限からの魔法史は流石に眠くなるなあ。そう思いながら時計を見ると、もう三分前だったので、眠気覚ましにとシルバー先輩にいただいた飴を一粒口に放り込んだ。残念だけど、エペルにはあげない。トレイン先生にはバレないようにしないとなあ、と舌の上で転がし始めた。

 ◈◈◈

「おーい、こっちこっち!」
「早くするんだゾ!」

 ランチタイムでざわざわとした食堂の中で声を張り上げて主張しているのは、A組の問題児だった。何を食べようか悩んでいるときから、しきりにこちらをちらちらと見てくるものだから、三人で顔を合わせて苦笑した。

「こっちはランチ選んでるんだからちょっと待ってくれてもいいのにね」
「まったくだ」

 マナーが悪いことに、各々の荷物でと三人分の席を占領して場所取りをしているのを確認するや否や、スープが溢れない程度に早足でそちらに向かった。宝石のように青く燃えている彼もいるので、特に待たせないようにと向かった。ハウル、脚が長いせいで一歩が大きすぎる。私とエペルの二歩分くらいあるじゃん。
 周りに座っている苛立ちを隠せないらしい生徒たちにごめんね、とぺこぺこすると、私とエペル、それからガタイが良いサバナクローの彼のおかげで、「全然いいよ」と言ってもらえた。女子特権、かわいい特権、ムキムキ特権だ。

「オルトお待たせ〜」
「全然待ってないよ、ナマエ・ミョウジさん!」
「なんでオルトだけなんだよ」
「クッキー美味しかったよ〜」
「! 本当か!」
「ねえオレ見えてる!?」

 せっかちッポラは無視無視だ。スペードは、クッキーの感想を聞いて、余程ほっとしたのか、長い息をついている。グリムは偉そうにはしているけれど、ここはもふもふ特権ということで、オンボロ寮組にもお礼を言った。グリムの頭を撫でてやると、少し照れたように目を逸らした。かわいいけれど、せっかく手洗ったのに手のひらに毛がついてしまった点はいただけない。

「……で、話ってなんだよ」

 トラッポラが必死に「ごめんって!」と手を合わせて謝っているのを仕方なしに許して、そのまま普段通りの雑談に移行しそうになったときだった。ハウルが本来の目的について触れれば、いつ話を切り出そうかともじもじしていた監督生の顔が明るくなった。監督生とハウル以外の四人と一匹は、そうだった、と一斉に監督生の方に視線を集める。

「単刀直入に聞くんだけど、四人はミッキーって知ってる?」
「ミッキー?」

 初めて聞く名前に、A組連中以外が同時に復唱した。ミッキーってなんだ? 昔おばあちゃんがくれた駄菓子にあったような気がしないでもない。それぞれが頭の上に疑問符を浮かべていると、「だよね」と監督生が笑った。

「夜中、オレ様たちの部屋の鏡に現れるやつなんだゾ」
「えっ、心霊じゃん。エペル心霊いける?」
「うーん……実際見たら怖いかも」
「でも、ソイツの姿は子分コイツにしか見えねぇ」

 ますます心霊だ。眉根をくっと寄せたまま、表情が固まってしまった。監督生の幻覚じゃないのかなあ。むしろ、そうであってほしい。その願いは、すぐに打ち消された。
 どうやらトラッポラとスペードは、監督生と仲良しなだけあって、事前にミッキーについて聞いていたそうだ。そのうえ、ゴーストカメラで撮ることを提案したらしい。なに余計なことしてくれてるんだ。トラッポラによる、「写真が実際撮れたのか」という疑問に対して、潔く首を縦に振る監督生は、胸ポケットに手を入れた。えっ、嘘でしょ。

「怖い怖い、目瞑ってていい?」
「怖がりなんだ。いいよ、怖くなかったら言うから」
「めっちゃビビりじゃん」
「ナマエさんの心拍数が上昇しているね」
「なんで皆平気なの?」

 まさか本当に撮っていると思わず、ゴーストもろくに見たことがない私からしたら、『ミッキー』という存在は未知でしかない。ぎゅっと目を瞑ってエペルの袖を掴んでいると、数秒の沈黙が訪れる。なになに、怖い。そう思っていたのに、私の恐怖や不安を一番にかき消したのは、トラッポラによる間の抜けた声だった。

「……これが、ミッキー?」
「……え?」
「ナマエちゃん、目開けても大丈夫」
「ほんとに?」
「ほんと。な、エペル」
「う、うん」

 トラッポラが言うのは信用ならないけれど、少し困惑したようなエペルの声色が、本当に安心して良いということを示していた。目を瞑っていてもわかる、その場の弛緩した空気に、ゆっくり目を開けていくと、血みどろのゴースト……ではなく、なんだかよくわからない生物が写っていた。耳が大きくて、にこにこ笑っていて、ポーズまでばっちりだ。思わず私も素っ頓狂な声が出た。

「なんか想像より愛嬌のある顔してるな」
「明らかに絵柄が違くない? ちょっとかわいいけど」
「確かに、これなら夜中に鏡に映っても怖くはない……かな?」
「オレ様より耳がデッケーんだゾ!」
「遠くの音までよく聞こえそうだ」

 各々が写真に写るミッキーについて次々と感想を述べていく。グリムとハウルだけちょっと着眼点が違うよね。あんなに警戒して損した、と思いながら写真をまじまじと見る。クマかネズミかの獣人だろうか。グリムと違って、パンツだけ穿いている。それにしても、明らかに私たちツイステッドワンダーランドの人間と絵柄というか、次元が違う写り方をしているような気がする。
 わいわいとミッキーについて盛り上がっていると、オルトが写真をじっと見てから目を閉じた。そして数秒後に何やら音を立てる。どうやら、ツイステッドワンダーランドにいる陸生生物のデータベースと照会してくれたらしい。頼りになる。けれど、このミッキーのデータはなく、種族もわからないらしい。
 とりあえず、現段階でこのミッキーについて知っているのは、直接姿を見たうえ直接話をした監督生だけらしい。一旦、監督生がわかっている情報を私たちに教えてくれるそうなので、冷めかけていたカルボナーラをフォークで巻き取りながら耳を傾けた。

 この中で最も頭がよく回るオルトが、監督生の話の概要をまとめてくれた。ミッキーはツイステッドワンダーランドには存在しないこと、ミッキーの世界でも時間は進んでいること、監督生と会話できるのはミッキーが眠っているときだけであること。この短時間で『ミッキー』という言葉を聞きすぎて、ゲシュタルト崩壊が起きかけている。
 それにしたって、流石はイグニハイド寮生でイデアさんの弟、話がわかりやすい。――と思っていたのもつかの間。

「もしかすると監督生さんの部屋の鏡は、“銀歯”になってるんじゃないかな」

 まったく意味のわからない比喩をされて、突然頭が混乱した。銀歯って、歯に被せるあれだよね? これにはオルト本人以外理解が追いつかなかったらしく、一斉に「銀歯」を復唱した。

「あ、ごめん。話が飛躍しすぎたね」
「飛躍しすぎでしょ。監督生の部屋ってクジラの口の中にでもあるの?」
「ないと思うけど……」
「いや、そうじゃなくて――」

 言葉のままに捉えてしまったけれど、どうやら口の中どうこうではないらしい。オルトが急いで訂正をしてくれた。
 その例として、『鉱石ラジオ』という名前が出された。懐かしい〜。どうやらどこの地域でも同じらしく、エレメンタリースクールのときに実験半分遊び半分みたいな授業の中で作ったことがある。

「まだ実家にあるよ」
「オレも」
「僕もだ」

 そんなに器用じゃなかったから、電波を拾わなくて先生とか友達に半分くらい任せた記憶があるんだよね、と盛り上がっている横でも、オルトの話は続いている。
「銀歯」とは、偶然に特定の条件を満たしてしまった銀歯が稀に鉱石ラジオの電波を拾ってしまうことがあるらしい。なるほどねえ。自分の口の中から音が聞こえるの、怖すぎる。
 そして本題に入ると、次の例として『人見の鏡』という名前が出てきた。魔法史の教科書に写真付きで載ってあった、この間の試験範囲からはギリギリ外れたところに出てきたはずだ。けれどトレイン先生の授業は眠いから内容が曖昧だったなあ。そう思っていると、スペードが何故だか食堂に魔法史の教科書を持ってきており、私たちの真ん中に置いた。

「『輝石の国の伝承に登場する、愛しい者の姿から深い森に住む野獣の姿まで映したという魔法の鏡。その鏡を基に制作された魔法道具』」

 そうだそうだ。伝承の方は昔絵本で何度も読んでいたから知っているけれど、『人見の鏡』って名前にされるとわかりづらいんだよね。伝承に出てくる魔法の鏡と違って、こちらはレプリカだし。
 オルトが言うには、魔法を用いた移動や通信手段には鏡や水晶が使われることが多いため、監督生の部屋の鏡が偶然にも特定の条件を満たしているんじゃないか、ということだ。なるほど、だから銀歯か。

「めっちゃ頭のいい人がする話の飛躍の仕方じゃん」
「そうかな?」
「そうだよ。オルト普段イデアさんと話してるからだ」

 頭がいい人同士の会話では、「銀歯」のひと言だけでここまで説明しなくても理解し合えたのだろう。シュラウド兄弟、恐るべし。私も頑張らないとなあ。
 オルトが完全に主導権を握っている中、琥珀色をした目を二回ほど瞬きすると、星が舞った。そのままオルトが私たちに向けてにっこりと笑顔になる。トラッポラがオルトに同意しながら、監督生がこちらの世界に来てしまったのも偶然であることを、整理するように言葉を連ねていくと、途中でハッと目を見開いた。え、なに? 私まだ何も思いついてないんだけど。
 二人の顔を交互に見る私を小さく笑ったオルトは、再び目を閉じた。

「ミッキーは僕らと別の世界にいる。そして監督生さんは別の世界から来た」

 あっ、それって!

「だからミッキーと確実にコネクトできる方法を特定できれば……監督生さんが元の世界に帰る手がかりになるかもしれない」

 その言葉を聞いた一同が、一斉に目を見開いた。そうだ、監督生は帰りたがってるし、どうやら学園長は頼りにならないそうなので、もしそれがわかれば監督生にとって万々歳だ。エペルとハウルとも思わず目を合わせる。
 わずかな希望に空気が明るくなり、それを見たオルトが私たちに向けて「調査」の提案をした。調査?

「魔獣、異世界人、ヒューマノイド、ヒト属、獣人属……僕たちって皆条件がバラバラだよね。つまり僕たちが同じ行動をするだけで、違う条件で仮説を検証することになる」

 どうやら、オルトは種族や身長、私に限っては性別といった様々な条件が揃っているため、ミッキーと会うことができる特定の条件を調査するらしい。なるほどねえ。そのために、皆が交代でオンボロ寮に泊まって交信の再現性を高める、という考えだ。すごい、自由研究みたいで楽しそう。ついエペルやトラッポラと顔を合わせると、二人ともわくわくした表情を浮かべていた。

「へぇ、ちょっと面白そうじゃん」
「いいな、それ! 僕たちで監督生が元の世界に帰るための手がかり、掴んでやろうぜ!」
「僕も協力するよ! ……でも、なんて言って寮長に外泊届を出そうかな」
「私も参加したい! オンボロ寮行ったことないんだよね」

 目に見えて皆がうきうきしていて、等身大の十六歳っていう感じだ。お泊まり会だ、楽しみ〜。ボードゲーム借りて夜通しでしたいなあ。そう思って挙手をすると、トラッポラが少しだけ眉を寄せた。なんだ、その嫌そうな顔は。失礼しちゃう、と眉を寄せ返せば、そうじゃなくて、と焦った様子で両手を振った。

「ナマエちゃんとこ、フロイド先輩がいるじゃん」
「あっ、そうなんだよね。男の人の部屋は駄目! って言われてる」
「過保護……っていうか」
「まあ、当然のことだな……」
「でも何とかしてみる」

 寮長からの外泊許可が下りれば宿泊はできるだろう。寮長もなかなかに過保護だから、許可が下りるかどうかは五分五分だ。今日帰ったら早速交渉してみよう。
 行くとは行ってない! とツンデレを発揮しては皆に説得されているハウルを横目に、随分冷めたぬるい紅茶をくっと流し込んでいると、一つの考えが降ってきた。

「ねえオルト」
「どうしたの? ナマエさん」
「人魚は?」
「人魚?」

 魔獣、異世界人、ヒューマノイド、ヒト属、獣人属。その中に、私の身近にいる種族がいないことに気がついて、さり気なく問いかける。うちの寮生は半分くらい人魚だし、条件が増えるに越したことはないだろう。首を傾けるオルトに首肯すると、「ああ」と納得したように声を上げた。

「もちろん、来てくれるならとっても助かるよ! オクタヴィネル寮のアズール・アーシェングロットさん、ジェイド・リーチさん、フロイド・リーチさんだよね?」
「そうそう。また今日聞いてみるね」
「ありがとう、ナマエさん!」

 うーん、実際私がオンボロ寮に行ける確率がかなり低くなってきたような気がする。あの三人の中ならフロイド先輩ならば赴いてくれるかもしれない。そうこう考えて、最後の紅茶の渋い部分を飲み干したところで、どうやらハウルの方は説得し終えたようだ。監督生のことがかかっているだけあって、大がかりなプロジェクトだなあ。半分は遊びな気もするけれど。
 オルトはまだ何かあるのか、うーん、と考えると、ゆっくりと顔を上げた。

「こうなると妖精族の人にも調査に参加してほしいなぁ……。監督生さん、妖精族の知り合いはいる?」

 確かに、あと足りないのは妖精族くらいだ。すると監督生は一人だけなら妖精族の知り合いがいるらしく、条件はあっという間に揃った。私も大概顔が広いと思っていたけれど、やはり色々なことに巻き込まれているだけあって監督生も相当だ。
 誰が何曜日にオンボロ寮に泊まるのか、監督生がスマホでメモをしているときに、そういえばと思い出しては口を開いた。

「あっ、私も一人か二人いるよ」
「げっ、それってまさか……」

 そうそう、とっても仲良しのディアソムニア寮生だ。トラッポラが心底嫌そうな顔をこちらに向けているけれど、私はしたり顔で仲良しの彼の名前を出そうとした――そのときだった。

「断固反対します!!!」

 とても聞き覚えのあるよく通る大きな声が、食堂に響き渡った。音源は食堂の中でも隅っこ、ドラコニアンの縄張りであるはずなのに、反対側の隅っこにいる生徒もそちらに目を奪われている。
 皆が驚いた様子で、もちろん私もいきなりのことで驚いてそちらに目を向けると、ひと際背の高い彼がその場立ち上がって何やら声を上げているようだった。

「そうそう、丁度いまうるさいあの人」

 あれが私の友達です、というふうに遠くからセベクに向けて両手でキラキラさせていると、セベクに向けられていた視線が一斉にこちらを向いた。そのなかでもトラッポラは、はあ、と深く溜息をついた。

「……あー、オレとナマエちゃんと魔法解析学の選択授業で同じクラスのやつだ。ディアソムニアの……」

 トラッポラ、余程セベクのことが苦手なようだ。まあそれも仕方ない。関わりがなければあまり彼に良い印象を抱かないらしい。声は大きい、人間を馬鹿にしてくる、さらにはマレウス・ドラコニアを異常なまでに信仰している。私も部活が同じでなければ、ここまで仲良くはなかっただろう。皆がフォークやスプーンを止めているなか、私だけは変わらずにデザートのチーズケーキにフォークを突き立てた。

「セベクだよ。仲良しなんだ」
「仲良し!?」
「うん。キャンドル貰った」
「キャンドル!?」
「コートも貸してもらった」
「コート!?」

 周りの反応が面白すぎる。皆が目をカッと見開いて、ありえないという表情を浮かべていた。これはもっとセベクとの仲良しマウントをとりたいところだけれど、遠くで鳴っているセベクという大音量のBGMの中でこの話をするのもなあ。それに、トラッポラが割とめちゃくちゃセベクのことを苦手そうだから、一旦私のセベク自慢大会は打ち止めにすることにした。

「エペルも前に話したことあるよね?」
「一度だけ、だよ」

 セベク、あのときは育ちの良い詩的表現を用いてエペルの包丁さばきにすごく感心していたから、人間だから誰これ構わず馬鹿にするわけではないはずだ。
 しかし、皆の反応を見てわかるのは、セベクが良い印象を持たれていないということ。じゃあリリアさんあたりなら調査に乗ってくれるかも、とそちらへ策をシフトチェンジした。あとは、セベクは確かハーフだったはずだし。

「あともう一人思い当たる人がいるから聞いてみる」
「わかった、ありがとう! 監督生さんもよろしくね」

 それを聞いてほっとしたらしいトラッポラに苦笑を向けると、「ほんとすげぇね」と溜息混じりに苦笑を返された。それにしたって、いつまで経ってもセベクの大きな声が響いている、と思えば何やら急に静かになった。リリアさんにでも注意されたのだろうか。それを確認した私たちは、再び何曜日に誰がオンボロ寮で調査をするのか、シフト表を組み始めたのだ。
 すると、ざわめきが途切れた食堂に、雷鳴。それから間もなく屋根や地面叩く豪雨の音だけが鮮烈に流れこんできた。天気予報では今日は晴れだったはずなのに、通り雨だろうか。雷の大きな音に思わず肩を跳ねさせたのは、私だけでなく、その場にいた全員だった。

「うわっ、なんだ? さっきまで晴れてたのに、急に酷い雨だな」
「次の授業、本校舎じゃなくて魔法薬学室なのに!」
「移動じゃなくて良かったね」
「そうだな」
「僕も次は体力育成だから、一度寮に戻ってギアチェンジしなきゃ」

 放課後までに止んでるといいけれど。私たちB組はもう少し話していられるけれど、他の五人は移動があるらしいので、ミッキー交信調査についてはまた放課後、ということでお開きになった。

「私はラウンジもあるし、許可も貰わなきゃだからまたメッセ入れといて」
「了解! 決定事項を載せておくね」
「助かる〜。午後も頑張ってね」

 そうして手を振ると、私たちもぼちぼち教室に戻ろう、と席を立った。それにしたって、セベクはどうしてあんなにも声を張り上げていたのだろう。明日の部活動で、やんわり注意を交えつつ、何があったのか聞いてみよう。
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