鳩の血と余韻

 小さい人と、小さい人と、大きい人。少し離れてまた大きい人だ。今日の主役と、うちのクラスメイトたち、それから護衛。フロイド先輩の言った通り、あれだけの人だかりはすっかりなくなっていて、リリアさんと話すには今がチャンスらしい。
 いつも以上ににこにこと上機嫌に見える、小さな妖精さんに挨拶をしようと一歩、また一歩と近づくと、次第にその声が鮮明になってきた。

「おぅおぅ、一年生ども飲んどるか? 今日はわしの奢りじゃ〜、飲め飲め!」

 その正体は酒豪――ではなく、今日の送別会の主役であるリリアさんだった。テンションが異様に高い気がする。リリアさんはあの達観ぶりから確かに十八歳ではないのだろうと思っていたけれど、学園内の大半がお酒を飲める年齢ではないのに、お酒が用意されていて良いのだろうか。リリアさん、それからエペルとハウルの持っているワイングラスには、バーガンディーが小さく波を立てていた。グラスの中が空になる度に新しい瓶を開けては注いで、開けては注いで……これ、大丈夫?

「リリアさん」
「おうナマエ。お主はまだ飲んどらんようじゃな」
「……それ、お酒ですか?」
「何を言う。これ茨の国の名産品であるベリージュースじゃ!」
「うそ本当に?」

 シラフでこんなに酔っ払ったみたいに陽気になることあるの? エペルとハウルに目配せすれば、二人ともリリアさんに対して困ったように頷いた。気がつけば手にはグラスが握らされていて、さらにはジュースが注がれてしまっていた。ベリー特有の甘酸っぱい香りがふわふわと漂う。ぐっと喉に流し込むと、その味を認識する前に、リリアさんかじっと私の顔を見つめた。

「どうじゃ美味いか! 美味いじゃろう!」
「んぐっ! 美味しいです」
「そうじゃろう、もっと飲め飲め!」

 妙な圧についジュースが逆流してくるところだった。怖い! いつもと別ベクトルで怖い! まだグラスの中身は空になっていないのに、リリアさんは既に新しい瓶を用意して待っていた。味は間違いなくベリージュースで、アルコールが入っている気もしない。しかしこのリリアさんの様子を見るに、後で酔いが回ってくるのではないか、とか、リリアさんだけお酒が入っているのではないかなどと勘繰ってしまう。
 そんなに一気には飲めないからと少しずつちびちびと飲んでいると、意識が私からエペルの手の中のグラスに移ったらしい。リリアさんの視線を受けたエペルがぎょっとした表情を見せた。

「むっ、お主! もうグラスが空ではないか」
「え、えへへ……でも僕もうお腹いっぱい、かな?」
「なにぃ〜? わしのジュースが飲めないと抜かすか〜!?」

 完全に目をつけられていた。何やら昔は宴の席でベリージュースを飲み干したものだとかの武勇伝まで語り始めて、エペルはリリアさんにグイグイ近づかれている。完全にアルハラパワハラの最悪な老害ムーブだ。リリアさんの顔と愛らしさがあるから許されるけれど、あれが社会に出た後そこらのおじさんにやられたものならばひとたまりもない。

「……アルハラじゃんね」
「ああ……。アイツ、災難だな」
「可哀想」

 さりげなくエペルたちから離れた私とハウルはリリアさんの被害を受けないように少しずつベリージュースを飲んでいた。リリアさんは相変わらずで、手に持っていたワイングラスを煽ると、ぷはぁ、と息を吐き出してはグラスを掲げた。

「セベク、もう一ダースベリージュースを持て〜〜〜い!」
「はっ! すぐに!」

 リリアさんの合図と共に、数歩下がっていたセベクがずんずんと風を切るように歩いていく。酔っ払いやら護衛やら、うちの寮ではありえない光景だなあ。苦笑を漏らしていると、どこからか様子を見ていたらしい、ハートの彼が声を上げた。

「いや、ジュースだけでそんなに盛り上がれる!?」
「フッ。わしほどの玄人になれば、ジュースだけで楽しくなれちゃうのじゃ」
「えっ、本当にジュースだけだったんだ」
「なんじゃあナマエ。わしが嘘をついてると思っとったんか? ん?」
「いだだだだ」

 いや、その反応になるよねえ。エース・トラッポラはいつだって百点満点のお手本のような反応を見せてくれる。リリアさんに指で頬をぐりぐりされると、いつの間にやら集まっていた周りの一年生たちが呆れ顔を見せていた。痛いです、本当に。

「はっ……いけねぇ。俺はリリア先輩に礼を言うために送別会に来たんだ」
「お?」

 ハウルのひと言のおかげで、リリアさんの意識が私からムキムキ狼へと移ってくれた。助かる〜。リリアさんが私から離れてハウルと話し始めたことを確認すると、ふう、と息をついては先程まで押されていた頬に手を置いた。

「うわっ、ナマエちゃんほっぺ真っ赤じゃん。どんだけ強く押されたの」
「痛かったよ。やっぱりディアソムニア寮副寮長だった」
「ま、あの見た目だもんねー」

 跡になるほどぐりぐりされたなんて、やっぱりリリアさんのことは侮れない。トラッポラの言う通り、少年みたいなかわいらしい外見に騙されがちだけれど、腐ってもあのマレウス・ドラコニアが所属する寮の副寮長なだけある。
 痛みが引いてきたのを確認して手を離すと、ハウルとエペルはもう話が終わったらしい、オルトがリリアさんに挨拶をしているらしかった。あれ、そういえば、監督生たち問題児四人組がここにいるってことは、リリアさんに挨拶だろう。んん? と右に首を傾げると、トラッポラやスペードも同じように右に首を傾げた。

「監督生たちってリリアさんと関わりあったっけ」
「まあマジフト大会のときにちょこっとね」
「ええっ、私より先じゃん。……私の方が絶対仲良い自信ある」
「どこで張り合っているんだ……」
「悔しい」

 私は初めて話したのはVDCのオーディションのときだから、一シーズン負けだ。悔しい気持ちを込めて握り拳を作る。マジフトのときは私も知り合いが部活と寮とエペルくらいしかいなかった上にラウンジの仕事で忙しかったからエキシビションマッチを見ていないし。まあ落ち込んでも時効だ。
 残りのベリージュースを口に含むと、オルトも挨拶が終わったのか、リリアさんからマントを揺らした軽やかなステップで私の方へと近づいてきてくれた。

「ナマエ、ついこの間来てくれたのに今日もわざわざ挨拶に来てくれたのか」
「リリアさん。……だって、今日が最後なんですよね?」
「そうじゃよ。じきに迎えの馬車が来る」

 本当にそんなにすぐに出るんだ。まだリリアさんが中退するという事実は現実味を帯びておらず、数時間後にはこの学園から完全にリリアさんの姿がなくなるのだということに胸がきゅう、と苦しくなった。もう二度とこの声で私の名前を呼ばれることはないかもしれない。私の顔を見たリリアさんが、一瞬驚いたように眉を上げたかと思うと、すぐに目尻を下げた。

「そんな表情をするな。せっかくの愛らしい顔が台無しじゃよ」
「やっぱり寂しいし……」

 リリアさんが小さな手で私の髪を梳く。寂しいし、それに何より、私以上に寂しいのはセベクやシルバー先輩だろう。明日、部活で顔を合わせたときの二人の表情や喪失感やらを想像すると、より心寂しくなってしまう。
 いつものようにジュースみたいな瞳を見つめることができずに視線を外していると、帽子を軽くぽんぽんと叩いてから、小さく笑った。

「オルトのこともそうだったが……やはり長生きするもんじゃな。ナイトレイブンカレッジで年頃の女子おなごの学友ができるとは」
「色々教えてくださったり、良くしてくださったり……本当に感謝してます」
「なに、それはわしの方じゃ。それにセベクとシルバーじゃ。あやつらもお主と出会ってたくさんお主に教わっておる」

 優しい眼差しを向けてくれるリリアさんにどこか面映ゆい気持ちになる。シルバー先輩にもセベクにも助けてもらいっぱなしだし、なんだかんだでディアソムニア寮生にはたくさんのことを教えてもらっている。えへへ、と照れ隠しで笑うと、今度は帽子ごと頭をくしゃりと撫でられた。

「今後ともあの二人のこと、よろしく頼んだぞ」

 少年みたいに無邪気に笑うリリアさんに、ただ頷いた。じんわり胸が温かくて、でもやっぱり寂しくて、この行き場のない感情を誤魔化すようにポケットからスマホを取り出すと、リリアさんが液晶を覗き込んできた。

「リリアさん、一緒に写真撮りたい」
「良いぞ。ギャンギャンに盛るのか?」
「ギャンギャンとちょい盛りと無加工で……」
「くふふ、あいわかった」

 大抵誰かと撮るときは無加工かちょい盛りを後でさらに加工するかたちなのだけれど、リリアさんとツーショットを撮る機会はきっとこれが最初で最後だろう。せっかくならばたくさんのパターンで撮らせていただかないと。

「見て見て、今日はリリアさんリスペクトでアイシャドウギラギラなんですよ」
「おお本当じゃ。きらびやかでお主によく似合っておる」

 いつも以上にラメを散らしてきたのは、リリアさんとのお別れだからだ。上瞼だけでなく、涙袋にもグリッターを散らしている。いつもと違う見慣れないメイクに不安があったけれど、フロイド先輩のお墨付きも貰ったし、現にリリアさんにも褒めていただいたので良かった〜。
 プリクラ並のド加工写真を撮った後、いつものナチュラル盛れ設定のアプリを開いてシャッターを押すと、顎ピースをしてはウインクをばちんとキメてくる、アイドルみたいな完璧な表情が隣にあったのでつい目を見開いた。

「えっ! 表情管理上手〜!」
「当然じゃ。何年生きていると思っておるのだ」
「何年だろ……二十くらい?」
「ぶぶーっ、ハズレじゃ。そんなにピチピチに見えておるのか。嬉しい限りじゃのう」

 見た目はピチピチだけど中身がとてもそうは思えないんだよねえ。あえて予想より若く言うと、リリアさんは腰に手を当てて鼻が伸びそうなくらい得意げな表情を浮かべていた。妖精族の寿命が長いということは知っているけれど、具体的には何年ほどなのかは知らない。
 二十五年! 三十年! と五年刻みに当てに行く戦法をとる私にくすくす笑っていたリリアさんのすぐ側に、二つの影が伸びてきた。

「えーっと、リリア先輩っ、今日はパーティーに招待してくれてありがとうございます!」
「料理も飲み物もすげー美味しかったです」

 盛り上がっているところに二人のトランプ兵が飛び込んできた様子から、恐らく話しすぎたのだろう。リリアさんの身体がそちらに向いたのを確認すると、軽く会釈をしてその場から離れる。ハウルの大きな影に隠れながら、さっき撮った写真をチェックだ。

「何してるの?」
「さっきのツーショ盛ってる」
「へぇ……僕にはよくわからない、かな」
「盛る必要ないからね、エペルは」

 リリアさんは肌フィルターをかけるまでもないし、目を大きくする必要も輪郭を削る必要もない。隣にいるエペルもそうだし、あらためて考えると、私の周りには美形が多い。悔しい気持ちを指先に込めて、もう思いきり盛ってやる! と背景を歪ませていたところで、二つの声が重なった。

「頼み?」

 コンビネーションばっちり、その声の主はエース・トラッポラとデュース・スペード。なんだろうとその場にいた一年生が一斉にリリアさんの方を向くと、リリアさんはため息をついた。

「うちの寮の一年生……セベク・ジグボルトのことじゃ」
「セベク?」

 セベクがどうしたんだろう。色々な可能性を考え、ある答えにたどり着くまでは一瞬だった。セベクの交友関係についてだろう。もちろん、その予想は大正解の音を鳴らした。

「もう入学して半年は経つのに、あやつにナマエ以外の同学年の友達ができたという話をついぞ聞かん」
「あー……確かに。選択授業がいくつか一緒なんだけど、ちょっと浮いてるかも」

 まあ、そうだよねえ。セベクから歩み寄る気配なんててんでないし、ナイトレイブンカレッジ生があの性格のセベクに逆に歩み寄ることも限りなくゼロに近いだろう。結果的に、セベクは授業や教室で一人になっているのを目にすることが多い。仲良しであるという自負がある私も特に関わるのは部活だけだ。

「でもナマエちゃんは友達なんでしょ?」
「うん、仲良しのつもりだよ」
「やっぱすげぇっていうか……」

 すごいでしょう。私は一年生の中で一番セベクと仲が良いと思う。ふふん、と鼻を鳴らすと、リリアさんが二回ほど頷いた。

「しかしセベクにはシルバーやマレウス、ナマエ以外にも同学年の同性の友達を作ってほしいんじゃよ。もちろんナマエ、お主に不満があるわけではない」
「わかってます。私もセベクに友達ができたら嬉しい」

 教室を覗いても一人、授業でも一人。ディアソムニア寮生とすら話していないことから、きっと寮でも浮いているのだろう。でもそんなセベクが、休み時間にクラスメイトや友達と話している姿を想像すれば、私だってそれほど嬉しいことはない。この間一緒にランチをしたメンバーの中にセベクが加われば、なんて素敵だろうか。
 そう思いを馳せる私を横目に、次にため息をついたのはトラッポラだった。

「いやでもアイツさ……なんつーか、基本人を馬鹿にする物言いなんだよね」
「それはまあ……否定はできない」
「そうじゃなあ……わしも注意しておるのじゃが……」

 それが本当に大問題。部活のときはそうは思わなかったけれど、確かに思い返してみればあの態度は目に余る。いや、よくよく考えれば部活のときも人間を馬鹿にしていた気がする。

「すまんのぅ、悪いヤツではないんじゃが、セベクはマレウスのことになるとちょっとばかり……いや、だいぶ視野が狭くなりがちなヤツでな」

 呆れたように言うリリアさんに小さく息をついた。そう、セベクは根っこは悪くない、むしろ優しくて素直なはずなのだ。私が倒れたときも、バレンタインデーのときも、いつだってその片鱗が見えていた。本当に、マレウス・ドラコニアが絡んだときに限って面倒くさくなるのだ。
 私とリリアさんの表情を見て何か悟ったのか、トラッポラの表情がわかりやすく引きつった。

「まさか頼み事って……セベクと仲良くしろとか?」

 うーん、トラッポラ、セベクと相性悪そうだもんねえ。でもある程度打ち解けたら逆に相性良くなったりしそうな気もするけれど。どうやったら仲良くなってくれるのだろう。しかし、リリアさんがトラッポラやスペードに求めていたのはそういうことではなかったらしい。特別仲良くはしなくていいけれど、セベクが困っているところを見たら気にかけてやってほしい、ということらしかった。

「差し伸べられた手を素直に取れるのであれば、闇の鏡に選ばれておらんじゃろ?」
「うーん……確かに」

 一理ある。すると、トラッポラとスペードの視線が私に向けられた。え?

「つーか、この学園で『困ってるなら手を貸そうか?』って優しく声かけてくるヤツなんて……何かしら下心があるに決まってんでしょ。素直に手を取る方が馬鹿」
「ごめんって! 私の方見ないでよ」
「うーん!! 確かにッ!!」
「ごめんって! でもあの件は二人の方が馬鹿!」

 いつの話!? イソギンチャクの件について私の落ち度はなかったはずだし、まんまと契約するトラッポラやスペードが馬鹿に決まっている。あの瞬間だけは寮長や私のことを信じたそちら側が悪い。
 しかし三人の言う通り、今は私もこの学園の人たちを少しばかり信用しすぎているのかもしれない。この学園に根っからの聖人がいるとすれば、それはほんの一部しか思いつかない。皆が敵だと思わないと、と鼻を鳴らす。すると、ざわざわとしていた人だかりが真っ二つに割れ、腕の中でガラスのぶつかる音を奏でながら闊歩してくる人物が現れた。

「リリア様〜! ベリージュースの追加を持って参りました」

 噂をすれば、話題の中心人物のご登場だ。満面の笑みを浮かべたセベクは、私たちの会話などつゆ知らずだろう。リリアさんの空になったグラスにとくとくと深みのあるルビーを注いでいた。

「待ちわびたぞ。せっかくだ。セベクも共に乾杯しようではないか」

 リリアさんがそう言うと、私たちはウェルカムモードだ。それぞれがラズベリージュースの入ったグラスをほんの少し掲げて、乾杯を待っている。この性格がバラバラで、一時期はひと悶着もあったような私たちがこうして仲良くしているのだから、何かきっかけさえあればセベクとわかり合えるかもしれない。きっと、皆そう思っているのだろう。

「お主が卒業まで共に切磋琢磨するライバルじゃ。これを機に、他寮の生徒とも親交を深めるがよい」

 そうしてリリアさんは自身のグラスをセベクに手渡しすると、セベクはそれを受け取った。おお! その気になってくれたんだ! そう思ったのもつかの間――
 何かを考え込むように目を瞑っていたセベクは、潔く瞼をハッと上げると、リリアさんのことをじっと見てから、私たちを見回した。

「リリア様。お心遣いは感謝しますが、僕は浅薄な者どもと馴れ合うつもりはありません」
「は?」

 私以外のその場にいた一年生が、声を揃えた。あちゃー、やっちゃってる。

「僕がナイトレイブンカレッジに籍を置く目的はただ一つ。マレウス様の護衛として必要な知識と技術を身につけるため!!!」

 こりゃ駄目だ。

「脆弱な人間など、むしろ足手まといだ!! 親しくする必要などない!」

 私とリリアさんは同時に頭を抱えた。せっかくリリアさんが設けてくれた場で、なんてことを。セベクの私たちを足手まとい扱いする言葉に、周りの面々は一気に顔を顰めた。オルトやエペル、そしてグリムの丸くてかわいらしい瞳が、セベクを射るようだ。

「…………はぁー。セベク、お主なぁ……」
「セベク、言い方考えて。私もセベクに友達が増えたら嬉しいよ」

 どうか皆誤解しないでほしい。あからさまに不満げなトラッポラやハウルにごめんね、と目配せしつつ、セベクを宥めるようにそう言うと、アンティークゴールドの瞳がキッと鋭い光を放った。

「黙れ人間!! そもそも僕はお前と友達などになった覚えはない!!!」
「……はぁ?」

 なにそれ。思わず笑ってしまいそうになった。つい顔を歪めると、リリアさんが今度は大きくため息をついた。今セベクの気分が昂っているからその調子のまま発された言葉かもしれない。むしろ、その可能性が大いにある。けれど、今まで私が仲良くしてきた、私のことを助けてくれたセベクが全部否定されたみたいで、悲しさと怒りがぐるぐる混ざる。今の言葉は、どうしたって聞き捨てならなかった。

「リリア様はお優しいから、お前たちのような下々の者にも礼を尽くしてくださっているだけだ。ありがたく思え。そして思い上がるなよ、人間!」

 さらに気が昂ったのか、リリアさんの厚意まで無下にするようなひと言を放った。そんなの、リリアさんのことを馬鹿にしているようなものじゃん。周りの皆も我慢ならない様子だったけれど、私は今までに一度もセベクに向けたことがないくらい、頭に血が上っていた。

「あっそう、もういい。私、セベクと仲良しだと思ってたけど気のせいだったんだ」
「はぁ、ナマエまで……」

 これ以上ないくらい馬鹿にされたことに対して、何か言いたげなトラッポラたちを差し置いて、一番に口を開いたのは私だった。それに皆はほんの少し驚いたような表情をして、リリアさんはさらに頭を抱える。私はそれでも、このわがままな末っ子にリリアさんの気持ちをわかってほしい。けれど、私もセベク同様、ヒートアップしていた。

「なんでわかんないのかな、私たちはセベクのことを考えて」
「その考えが余計なお世話だと言っているのだ!!」
「はぁ!?」

 辺りが未だざわついてくれているおかげで、私たちの会話はそう筒抜けになっていないだろう。しかし周りなんてお構いなし。私とセベク以外は蚊帳の外。
 感情に身を任せ、好き放題言い合うと、息を切らしていたのは私だけだ。自分の醜態を省みるや否や、ふう、とひと息つくと捨て台詞のようにセベクに言葉を投げた。

「いいもんね、セベクなんかずっと友達できなくて一人で居ればいい!」
「僕だってお前のような弱い人間と馴れ合う気はない! マレウス様の護衛ができれば十分だ!!」
「セベクがその気ならもう知らない。寮のところ戻る!」

 ふん、とお互い顔を背けるや否や、失礼します、とだけ言うとその場から離れた。
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