革命前夜の鐘が轟く

 マジフト大会まであと一週間、なんて言っていたのが嘘のように、気がつけば当日になっていた。私や寮長は大会のメンバーではないけれど、モストロ・ラウンジでの出店というかたちでのバザーの準備でバタバタしていた。バザーというかワゴンというか、外部のカフェの出店や部活での出店に比べてなんだか、規模が大きいような気がする。

「さあナマエさん。前年度の売上は超えるように、頑張りましょう」
「はい!」

 けれどもらったシフト表の私の名前の欄には休憩が少しずつ入っており、きっと以前倒れてしまったときのことを加味して寮長が調整してくれたのだろう。今年の予算や去年の売上が書かれている書類を見比べて、やっぱり学生の出店という域に留まっていない気がする。しかし今年はフロイド先輩がマジフト大会限定商品の開発に力を入れていたようで、それを作る度にホールにいる私にひと口をくれる、とかも何度かあった。私からすればどれも美味しかったのだけれど、副寮長はなかなか双子の片割れに厳しいらしく、何かと文句をつけていたような。
 ともあれ、この休憩の間に私も他のバザーを回ったり、マジフト大会の様子を見に行こうかな。寮長が言うには練習というかたちで寮生には休暇を与えていたけれど、肝心の結果は毎年あまり良いものではないらしいし。きっと、人魚が多いから陸の競技に慣れていない、とかもその原因としてあるのだろうな。

「この僕が運営委員長になったからには、売上を誤魔化そうとしても無駄ですよ」
「寮長、コロシアムの整備がすべて完了しました。一○分後に選手の入場を開始します」

 ワゴンから少し離れたところで、私は寮長に言われた通り客の流れだとか年齢層だとか、近くのバザーの偵察をしていたのだけれど、何やら準備を終えたリーチ兄弟が戻ってきたようだった。選手の入場行進なんて、去年や一昨年の中継であったかな。だとしたらこの双子も行かないとまずいのでは? などと考えを巡らせるも、どうやら私は爪弾きにされているそうで、片耳を向けながらも記録を続ける。入場行進も魔法薬も、誰かからの依頼らしいのだけれど、他人の依頼には興味がなかった。寮長は対価さえ払えばどんな願いでも叶えてくれると学園内でも噂は回っているけれど、私はまだそういった契約を結んだことがない。そんな機会もすぐにやってくるのかなあ。
 盗み聞きという目的はとうにどこかへ飛んでしまっていて、一人で寮長との契約について考え始めた頃、うわの空だった私の肩を寮長が叩いた。

「ナマエさん、そろそろ時間です。ドリンク販売ブースの方へ行きますよ」
「は、はい!」

 ◈◈◈

 ワゴンのブースで呼び込みをしていると、私が女だからか、きっと生徒とは思われていないのだろうけれど、若い男の人がドリンクを買ってくれることが多い気がする。もちろん生徒も買ってくれる。何せ安心安全のモストロ・ラウンジだから。オプションをつけたり、少し値の張るドリンクを勧めたところで購入率が高いので、なんだか役に立ってるという感じがして嬉しかった。

「素晴らしいですよナマエさん。あなたを呼び込みに置いて良かった」
「寮長。寮長は接客しないんですか?」

 寮長は何をしているかと思えば、少し離れたところで私たちの様子を見ては売上を見て、また離れて、けれど時折購買意欲を掻き立てるようなことも言っていたりする。

「ええ。僕はあくまで支配人。それに運営委員長としてやらなくてはいけないことが多いんです」
「それは……大変ですね」

 その割にはうろついてるじゃないですか、と言いたいのはもちろん抑えた。大変そうなことには変わりないし。けれど私と寮長の二人で呼び込みや接客ができたら売上はさらに跳ね上がるに違いない。寮長、口が達者でよく回るものだから。数日前に作ったメニュー看板、カクテル風ソーダもミルクティーフロートも美味しそう。休憩がてら買わせてもらおうかな。
 寮長が眼鏡をくい、と持ち上げると、入場行進のための通路を指さした。

「さあ、間もなく入場行進が始まりますよ」

 その動きにつられて私や他の寮生もそちらに視線を移すと、ずらっと寮服を着たナイトレイブンカレッジの生徒がアナウンスと共に整列していた。これはまあ大々的な。寮長は何やら面白そうにその隊列を眺めているので、何かしらと思いながらも先程の双子との会話を必死で脳内リプレイする。なんか、悪いことを考えているとかそういうのだったっけ。悪い輩だなあ、オクタヴィネルは。そんなオクタヴィネル寮が私は好きなのだけれど。
 まずはディアソムニア寮からの入場で、確か去年や一昨年も大活躍を見せたマレウス・ドラコニアがいるんだったっけ。あ、ディアソムニアといえばセベクやシルバー先輩がいるのではないだろうか。数少ない知り合いを、目を凝らして探すのだけれど、あっという間に次の寮生たちの列が迫ってきた。それにしてもうちの寮服が一番かわいいな。ポムフィオーレもまあ、かわいいけれど、動きやすさならうちの寮の方が勝っている。
 そんな呑気なことを考えていると、どうしたものか、観客たちが前触れもなく走り出して、さらに観客を巻き込んでは選手を巻き込んで、まさしくカオス状態だった。

「ククッ……何をするかと思えば、やはりそうですか」
「……?」

 寮長は相変わらず面白そうに、怪しく、傍観者として笑っているけれど、当事者ならば笑い事ではないだろうに。そんな私も他人事のように見ているのだけれど。そういえば、セベクとシルバー先輩は無事だろうか。他の寮生たちは無事だろうか。そう思って身を乗り出して列を見るのだけれど、どうやら巻き込まれているのは観客たちとディアソムニア寮生だけらしかった。それにこんなに混乱を招いた状態じゃ試合を始められるかどうか。セベクたちや他の人たちは大丈夫だろうか、と次第に心配になってきて、大群から目を離せないでいると、私のすぐ後ろで靴の裏が地面を鳴らす音が聞こえた。

「きっとナマエさんのご友人は無事でしょう。保証はできませんが」
「そう、ですよね。私もそう思ってました」

 お得意の営業スマイルに、根拠も確信もない言葉なのだけれど、ほんの少しだけ私を取り巻いていた不安の渦を取り払うには、今は十分だった。

 ◈◈◈

 騒動は一○分経った頃にはほとんどおさまっていた。何やら、ディアソムニア寮の寮長であるマレウス・ドラコニアが指揮を執り、一般客や怪我人を安全な場所まで連れていったおかげもあり、無事にマジフト大会も始めることができそうだった。大会が始まる前から、セベクやシルバー先輩が忠誠を誓っているマレウス・ドラコニアの凄さが証明された。それと、本来予定されていなかったエキシビジョンマッチ、噂のオンボロ寮の二人とハーツラビュルの生徒とゴーストが、ボロボロのサバナクロー寮生と戦っていたけれど、どうしてあんなにボロボロだったのだろう。まあ、そんなことは私が知り得たことではないけれど。

「さあ、間もなく試合が始まります。初戦からうちの寮のようだ。ナマエさん、休憩に入ってもいいですよ」
「えっ、でも寮長は……」
「僕はいいんです。あの子たちを応援してきてやりなさい」

 ようやく本戦が始まるといったときに、もちろん開会前に比べると販売ブースの方も栄えてきたのだけれど、そんな忙しい時間なのに寮長は私をオクタヴィネル寮の応援に送るらしかった。こんなに人手が必要なときなのに、と思えば、寮長は「僕は結果がわかりきってるからいいんです」だなんて。それはそれで、失礼だとは思うけれど。

「ありがとうこざいます! 終わったらすぐに戻ります」
「ええ。そう急がなくても大丈夫ですよ」

 軽く寮長に会釈をすると、マジフト競技場の方へと向かった。寮長、ここに来たばかりの頃は私のことをもっとこき使うかと思ったのだけれど、私の働きようあってか、それとも慈悲の精神なのか、案外優しいし融通がきくところもある、気がするな。

 競技場に到着すると、既に試合は始まっていた。その競技場を囲うかたちで観客席が置かれており、まさに満員。とっくに座る場所がなくなっていたので、私は最後列より後ろで立ち見観戦することに決定した。テレビでの中継と違って、直に歓声を感じることができたり、妨害の魔法なんかでの地響きもすごい。なんというか、ライブみたいで、胸がドキドキする。思わず身を乗り出し、対戦相手寮はどうやらハーツラビュル寮らしかった。確かトーナメントなんだっけ。リドル先輩も応援したいけれど、やっぱり寮生を応援するよね。
 目を凝らして、うちの寮の副寮長とフロイド先輩を探すと、目を凝らすまでもなく細くて背の高い二人組は存在していた。なんというか、副寮長の動きがぎこちないなあ。守りに徹している副寮長の箒の乗りこなせてなさったら。フロイド先輩の方がまだ、安定感があった。それも人魚だし仕方ないのかなあ。
 思わず副寮長の動きに笑みが零れるのも仕方なく、ワーッと絶え間ない歓声で盛り上がる中、私もそこに紛れるように声を張った。

「頑張って!!」

「いけハーツラビュル!」「オクタヴィネルも負けるな!」と声で溢れかえる中、完全に溶け込んで消えてしまった私の声は選手たちに拾われることがなく、リドル先輩の無駄のない動きでの攻めが優勢になった。――かと思えば、あの守りの双子が二人揃って最後列の私を見たかと思えば、つまらなそうだったフロイド先輩も、低い位置で飛んでいた副寮長も、わかりやすく口角を上げたので、少しだけ心臓が跳ね上がった。アイドルに認知してもらえたファンって、こういう気持ちなのかな。
 私を金色の二つの瞳が三秒足らずの短い時間だけ捉えたかと思うと、そこからは間違いなく動きが良くなった。というか、特にフロイド先輩が機敏に箒を操作する。リドル先輩が運んでいたディスクは瞬く間にうちの寮生のもとに移り、さらに逆転までの道は短かった。――のだけれど。

「うわいっけね」
「フロイドさん! 何やってんすか!」

 フロイド先輩が華麗にゴールを決めた。所謂オウンゴール、だった。あんなに良い調子だったのに、まあ勿体ないこと。けれどその様子と、なんだかんだで楽しそうな双子を見ると、負けているのに私まで楽しくなってきた。そんな私とまた目が合った双子に、またしても笑いが込み上げてくると、二人もおかしそうに笑った。

 ◈◈◈

 そこから何戦か見てきたけれど、いつも上位のサバナクロー寮は下から二番目、何よりスカラビア寮が最下位だったのが驚いたけれど、そんな私たちのオクタヴィネル寮も下から数えた方が早い順位だった。いや、まさかイグニハイドに負けるなんて思わなかったのだけれど、雰囲気の割には案外動ける人が多いんだなあ、なんて感心した。もちろんドリンクの販売の方も順調で、何より私と寮長が良い仕事をしすぎたみたいで、まだ細かな数値は出ていなくとも去年より売上率は上がっているそうだった。

 何事もなく閉会式が終わり、サイドストリート一帯は撤収作業が始まりつつもある中、少しだけ余ったドリンクをどうやって売ってしまう相談していると、小柄な真紅色が視界の端で見切れた。

「ナマエ。接客ご苦労様」
「あ、リドル先輩。試合見てました。リドル先輩もかっこよかったですよ」

 応援してたのはオクタヴィネルですけど、なんて笑ってみせると、リドル先輩も微笑んだ。やはり控えめながらも薔薇の香りを感じるのは、一体どこから香っているのだろう。やっぱり綺麗なお顔立ちだし、肌も白くてつやつや。スキンケアとかどうしてるのかな……いや、うちの寮の先輩たちも皆肌綺麗だなあ。
 そうしてぼーっとリドル先輩を眺めていると、彼は小首を傾げてからメニュー看板に視線を移した。

「まだドリンクは売っているの?」
「はい、まだ少し余ってて……」
「そう。じゃあこのミルクティーフロートをいただけるかな」
「! かしこまりました、ありがとうこざいます」

 私が頭を深々と下げると、周りの寮生たちも同じように下げた。決して売り切らなければ……という脅しをかけられているわけではないのだけれど、勿体ないし、この場にいる寮生は私を含めて一杯ずついただいたし、食べ物を粗末にするわけにはいかなかったからだ。
 寮生たちがドリンクを作る中、私はリドル先輩と話を弾ませる。部活はしばらくなかったし、リドル先輩を校舎で見かけるといつも何やらバタバタと忙しそうだったから話しかけられなかったんだよね。

「今日は疲れただろう。明日は振替休日だし、ゆっくり休むといい」
「そんな先輩もボロボロですね。総合二位、おめでとうございます」

 もちろん一位は言うまでもなくディアソムニア寮だったのだけれど、そんなディアソムニア寮に次いでランクインしたのはハーツラビュル寮だった。リドル先輩はもちろん、あのパリピみたいな先輩もいい動きしてたなあ。うちの眼鏡の寮長はきっとマジフト、苦手だろうに。それに先輩の言う通り、明日は振替休日。休日も開店しているモストロ・ラウンジもお休みをいただくので、明日という明日はゆっくりしようかなあ。
 そろそろドリンクが出来上がるかな、と寮生たちの様子を窺おうとしたとき、リドル先輩の顔色が変わった。ギョッという効果音がお似合いすぎる表情で、私……でなく、私の少し上を見上げていた。そういえばまた頭に重みを感じるなあ、と思い私も顔を上げていくと、なんとなく予感はしていたけれど案の定、だった。

「金魚ちゃんだぁ。金魚ちゃん、うちのドリンク買ってくれたの? ありがとぉ」
「フロイド、その呼び方をいい加減やめてくれないか?」
「えー。金魚ちゃんは金魚ちゃんでしょ? ナマエちゃんもそう言ってるよ」
「とばっちり! 言ってないです!」

 こうやってフロイド先輩は私が思ってもいないことを! 確かによく見ると赤くて金魚に見えないことも……見えないけれど、まさか私に飛び火するなんて思わなかった。誤解です、というように頭を振ろうとするのだけれど、もちろんフロイド先輩のせいでその行動をすることなんてできなかった。寮生が後ろで小さな声で「ドリンクできました……」と言っているの、フロイド先輩聞こえてないのかなあ。リドル先輩も困ってるし、私も困っているのだけれど。早くリドル先輩を解放してあげたい私が思いついたのは、私に意識を向けさせること、だった。

「そ、そういえば。フロイド先輩って色んな人にあだ名つけてますけど、私だったら何になるんですか?」
「んー、ナマエちゃんだったらかあ……」

 私から少し離れると考え込むように宙を見上げたフロイド先輩の隙を見て、寮生からドリンクを受け取り一切無駄を感じさせない動きでリドル先輩にミルクティーフロートを渡す。うちの寮のマジフトの試合よりも完璧な連携プレイだ。これでリドル先輩、いつ帰ってもいいよ、なんて目線を配ったのだけれど、考え込むフロイド先輩を見ているようだった。一生懸命あだ名を考えてもらっているけれど、前に言われたチョウハンか……それともなんだっけ、入学式のときに言われた魚の名前がつくのかな。フロイド先輩は宙に視線をさまよわせたまま、口をゆっくりと開いた。

「珊瑚ちゃんか、真珠ちゃんかなぁ」
「えっ、なんかそれ、綺麗すぎません?」
「…………んー」

 想定外のあだ名で、開いた口が塞がらないとはまさにこのことかもしれない。私って、そんなに綺麗に見える? それともフロイド先輩との美的感覚が合わないとか、そういう感じだろうか。それか学園唯一の女子だから、とか。私もフロイド先輩と同じように考え込む素振りをしていると、フロイド先輩はパッと金色をした瞳を輝かせてはギザギザの歯を覗かせて、穏やかながらもにっこり笑ってこちらを見た。

「やっぱナマエちゃんかなあ、ナマエちゃんは」

 そう言うと長くて骨ばった指で、私の髪を梳いた。人前だし、思わせぶりなせいで勘違い生みそうだなあ、なんて私の心配とは裏腹に私の顔も少しだけ熱くなるような感覚があって、リドル先輩はミルクティーフロートを手に持ったまま私とフロイド先輩を交互に見た。

「…………大変だね、キミ」

 ◈◈◈

「副寮長は箒に乗らない方がいいと思います」
「そうですか? まあ、魚が空を飛べだなんて無茶な話ですしね」

 売上を確認しつつ、書類をホチキス留めにしてまとめながら向かいになった副寮長と雑談を交わす。だって、あんなに低空飛行なかなか見ないし、飛んでいるときの目の据わり具合が「飛行術は苦手です」と言っているようなものだし。本人も苦手なことに関しては開き直っているみたいだけれど。

「見てて面白かったですけど」
「酷い言いようですね。しかし、アズールよりはマシだと思いますよ」

 あれより飛べない寮長、やば〜、なんて思いながら、室内にパチン、パチン、という音を響き渡らせる。他にも寮生はいるのだけれど、この作業をしているのは私たち二人だけだった。寮長の飛行術を見てみたいだとか、あれは笑いものだとかで盛り上がっていると、私のすぐ後ろで咳払いが聞こえた。

「二人とも、聞こえてますよ」
「す、すみません」
「でもアズールが飛べないの事実じゃん。ジェイドといい勝負だよ」

 遠くでドリンクサーバーの後片付けをしているフロイド先輩まで話に乗っかってきて、話題に上った副寮長は苦笑いをし、寮長は少し不機嫌な顔をしていた。完全に飛べないってわけではないのだろうし、海も陸も空もいけるなんていうのはすごいと思うけどなあ。人類の夢だと思うけれど。

 そうして作業を再開しようとすると、寮長は私たち寮生の真ん中に立って手を叩くと皆の注目を集め、あまり私が聞きたくない言葉を発した。

「マジフト大会は残念な結果に終わりましたが……僕たちオクタヴィネルの本番は期末テストです!」
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