05 気づいていないふり〈1〉

 


 ゆきが転校生として星條にやってきたときから、そしてさくらが変なことをはじめてから、わかっていたことがある。




 おれには生まれたときから不思議な力があって、幽霊や不思議なものが見えたり、未来の事が見えたり、わかったりする。

 家、学校、色々な場所で関わるいろいろな人との未来がわかる。
 胸騒ぎがしたり、ぱっとイメージが湧いたり、予知夢のような夢をみたりとその方法は様々で。
 先の事がわかるのは決して面白い事ばかりではないけれど、おれは神様でもなんでもない。全てのことがわかるわけじゃないから、ある程度の年齢になった頃から特別気にすることはなくなっていた。


 そんなあるとき歌帆が教育実習生としておれの通う中学にやってきた。
 好きだった。はれて恋人同士になった。
 けれど一年経ってから歌帆は突然別れようと言った。
 そんな未来は見えていなかったし、理由も、当時のおれは歌帆に言われていなければよくわからなかった。

 まなみも同じだ。
 気づけば惹かれていて、好きになって、恋人同士になれたけれど、出会った当時はそんな未来が見えていたわけじゃなかった。
 今でも先の事は見えないままだ。


 そんな人間関係のなかで、今わかっていることがある。ゆきのことだ。

 ゆきは人間じゃない、おれはそれを知っている。けれどゆきは自分自身が人間ではないことを知らない。

 おれはある日、ゆきが倒れてその姿が消えていくイメージを何度も見た。
 心臓がぎゅと締めつけられたような気分だった。

 そしてまたある日、おれはゆきではない、今はゆきの姿ではない何者かに自分の持っている不思議な力を渡すと言う。すると今にも消えてしまいそうなゆきにおれは自分の力を全て差し出した。
 何故力を渡すことになるのかはわからなかった。
 けれどその力のお陰でゆきは消えなくて済むらしい、ゆきが消えていくイメージがなくなっていく。

 そして暖かい光に包まれたおれは、気を失うようにパタリと意識がなくなってしまう。眠ってしまっていた。

 まなみの声が聞こえた。「馬鹿」と言っているのがかろうじて聞き取れる。
 後は……よく聞こえない。

 これはきっと近いうちに起こる出来事だと理解した。
 ただそれが一体いつやってくるのか、日にちまではわからない。


 



 目覚まし時計の音で目を覚ませば、時計の横に置いてあるウィリアムからもらったうさぎのぬいぐるみと目が合う。今日もウィリアムと同じようにさわやかに微笑んでいるみたいに見える。


 そして学校に行く準備をすませ登校する時間。
 今日は早朝練習試合があってゆきもそれに助っ人で参加することになっていた。試合はおれたちのチームが勝って、少しだけいい気分で教室に入った。

 学校はいつもと何も変わらず、放課後はまたサッカー部の練習。今日はその後バイトを入れていた。

 バイトが終わって家に上がろうとすれば玄関から人がいる音がする。父さん……ではないし、時間的にさくらはもう眠っている時間だ。
 そして扉に近づけば考えなくても気配でわかる人がいた。そこにいるのはまなみだ。


「……ただいま」
「お、おかえりなさい」

 何で家に居るんだ、とジトっとした目つきでまなみを見つめていれば「……お邪魔してました」とか細い声で言う。まなみがこの家にくるのは大抵さくら関係で何かあった時だ。

「どうせまたさくらだろ?あいつ、また最近わたわたしてやがるから」
「心配でしょう?だからわたし気になって」
「現場に駆けつけたって訳か」

 心配は心配だが、あのぬいぐるみやまなみが見守ってくれていると思えばそれほどでもなかった。いや、心配はしている。ただ騒ぐほどではなかった。
 それに本当に危ない目にあっていれば、その時は自分にもわかるだろうから。

「ついさっきまでケロちゃ、……ぬいぐるみさんから話を聞いてたの」
「へえ、なんの話だ」

 なんの話をしていたかなんて大抵想像がついていた。さくらがまた眠ってしまっている。その理由はまた変なことが起こったからだと。

「前に妙な雨が降ったとき、さくらちゃん眠くて倒れちゃったでしょう」
「ああ」
「今日もそれと同じなの」

 まなみの表情を見ながら話をきいていた。
 またさくらは前にあったように眠くて倒れてしまっているらしい。想像は正しかった。けれど話はそれだけでは終わらなかった。

「ケロちゃんが言ってたの……さくらちゃんの魔力が足りなくて、月城君が消えてしまうかもしれないって」
「………」

 まなみはとても深刻そうな顔をしておれを見つめていた。

 おれは「見た」からそんな日がくるかもしれないと知っていたが、ゆきが消えてしまいそうな理由が、さくらの魔力が足りないからだということは知らなかった。だからおれの力を渡すことになるのだと、話を聞いて納得がいった。
 そしてそれで、全てが丸くおさまると。

 まなみの表情を見れば一目瞭然、ゆきが消えてしまいそうなことを知らなかったんだろう。今にも泣きそうな顔をしておれを見つめていたから、思わず知っていたことを隠すことができなかった。そんな表情をしているまなみを見ているのが辛くなったからだ。
 そんなおれの表情を、まなみは見逃さなかった。

「桃矢君、気がついてたのね?」

 気がついていたというより、わかっていた、という方がしっくりくるかもしれない。
 もちろん知っている。けれどこの時、まなみには話すつもりはなかった。
 何よりこいつは心配しだしたら止まらないだろうし、それに何よりまなみに変な心配をかけたくなかった。
 気づいていないなら気づいていないまま、ゆきに力を渡すまで話すつもりはなかった。

「秘密にしてたつもりはねぇよ。……それにおれがどうにかするんだ、お前は何も心配しなくていい」

 本音だった。秘密にしていたつもりはない。

 それにこの問題は解決策がもう見つかっている。
 おれの力をゆきに渡す。ただそれだけだ。

 これ以上この話を広げたくなかったおれは靴を脱いで整えると、まなみの横を通り過ぎてリビングの方へいらない荷物を置きにいった。まなみはその間何も言葉を発することなく、ただ黙っていた。おれがゆきのことを話すつもりがないと、まなみにも伝わったからだろう。

「送ってく」

 こんな夜道、女をひとりで帰らす訳にはいかない。
 それに送っていく、そう言えばこれ以上まなみはゆきの話をしなくなると思った。おれの申し出を断ろうと必死になるからだ。

「ダメ!バイトから帰ってきたばっかりで疲れてるでしょう?わたし一人で帰る」
「こんな暗い中ひとりで帰らせられっか。ほれ、靴履け」
「……桃矢君」

 家まで送ると言えば、まなみが遠慮するのをおれは知っているし、それを断りきれないこともおれは知っている。


 おれはゆきに力を渡すという話を今はまだまなみに話そうとは思わなかった。おれとゆきの間だけで解決すればいいとさえ思っている。
 ゆきが自分自身が人間ではないことに気がついて、おれの前で人間の姿ではない姿になってくれればいい。そうすればおれの力を渡せるのだろうから。

「ん」

 先に靴を履いて玄関の扉に右手をかけながら、もう片方の左手をまなみに差し出す。
 まなみが聞きたいことがまだある、という顔のままこちらを見つめてくるから、おれはそれを誤魔化すようにはやく、とまなみの手を催促した。

「帰るぞ」

 複雑そうな表情のままそれ以上ゆきのことを聞いてこないまなみには、おれの心が読まれているのだろう。これ以上は今は話す気はないと。
 けれどそこは控えめなまなみのことだ、これ以上この話をするつもりがないとわかれば、今聞いてはこないだろう。


 まなみはゆきのことが心配でたまらないはずだ。すぐにではなくとも、いずれまたこの話題をおれにふるだろう。それくらいまなみの表情は強い意思を持っているようだった。
 なのにおれはたった今、それに気づいていないふりをする。



 次にまた同じことがあったときには話せるだろうか。

 おれがゆきに力を渡すって言ったら……お前はおれに「馬鹿」って言うんだろうか。




気づいていないふり
(今はまだ、言うつもりはない)