06 ただ待っていて〈1〉

 


「なんだか最近、気がついたら別の場所にいるんだ」

 ついさっき一度食べ終わったというのに、まだ足りないと二度目のお昼ご飯のパンを食べながら、月城君はそう話しはじめた。

「さっき李君に会ってね、友枝小のベンチに座って話してたと思ってたら李君といっしょに別の場所にいて……」

 それよりも前、さくらちゃん家の玄関にいたと思ったらリビングにいたり、と思いつく限りその出来事を月城君はあげていく。
 まさか真の姿のユエさんになっていて、とは言えるはずもなく、そうなんだ、とありきたりなことを言ってなんとか誤魔化した、……つもり。




 ケロちゃんが食べ物の話をしていたように、月城君はここ最近食べ物の量が多くなった。食べても食べてもお腹がへるみたい。でもそれはケロちゃんとは違って魔力の補給にはならない。魔力を使ってさくらちゃんが眠ってしまったように、月城君も最近少しぼうっとしていて、今にも寝てしまいそうになっていることがある。

 近くにいるからよくわかる。外見は前と何ら変わりないけれど、時々月城君の近くにいるときに不思議な感覚がするようになった。
 まるで月城君の存在がすうっと消えていってしまうような不思議な感覚。



「あ、そういえば李君ね、可愛いぬいぐるみ持ってたんだ。手作りですごく上手だったよ」
「手作り?すごいね、わたしも見てみたかったな」

 前にいっしょに手芸屋さんに行ったときさくらちゃんがぬいぐるみのキットを買っていた。李君もそれと同じものを買っていたらしい。

「くまさんのぬいぐるみ?」
「そうだよ。誰かにあげるのかな、って」

 さくらちゃんと知世ちゃんが学校のお友だちから聞いたと言っていた言い伝えを思い出す。

「ぬいぐるみに名前をつけてリボンを巻いてあげた日がそのぬいぐるみさんの誕生日になる、ってみんなで話してたらしいの。さくらちゃん達」
「へえ、可愛いね」

 好きな人に自分の名前をつけた手作りのくまさんのぬいぐるみをプレゼントするとずっと両想いでいられる、という言い伝えを話していたのは確か知世ちゃんだった。
 確かにわたしも幼い頃にどこかの国でクラスメイトから聞いたことがあった。とっても可愛いらしい、それに女の子らしい言い伝えだ。
 月城君にもそのことを話せばさくらちゃん達みたいな女の子が好きそうな話だねと言う。

「まなみも渡したことある?手作りのくまのぬいぐるみ」
「渡したこともないし……それにぬいぐるみも手作りしたことないよ」
「意外だね、そういうことしてそうなのに」
「そう?」
「ほら、ウィリアムって人に渡してそうって思ったんだ」

 月城君は楽しそうに昔お付き合いしてた人でしょう、と聞いてくる。

「……ほ、欲しいって言われたら作ってたかもしれないけど、言われたことなかったし……」
「でも裁縫得意じゃない。前に家庭科で先生に褒められてた」
「得意なのと実際に作るのとは違うでしょ?」
「ははは」

 ウィリアムのことに関してだけ月城君は少し意地悪だ。桃矢君をからかうときみたいにいつも楽しそうに色々と昔のことを聞いてくれる。

「とーやに作ってあげたら?きっと喜ぶよ」
「……すごく笑われそう」

「おれが何だ」
「桃矢君!」
「おかえり、とーや」

 先生に用事を頼まれて職員室に行っていた桃矢君が、何の気配もなく近づいていたのに驚いてしまった。

「びっくりした……」
「おれの悪口でも言ってたのか?」

 笑いながらそう冗談を言う桃矢君はぱっと見たところいつもと何も変わりはない。けれど本当は、月城君のことを話そうとしたあの日以来、桃矢君はその話をわたしにさせないようにしているみたいだった。

 避けているわけでは決してない。おれがどうにかする、と言っていた桃矢君は多分わたしに心配をかけまいとしているらしい。普段なら言わないような冗談を言ったり、口数が多くなったりする。

「ミーティングあるからちょっと行ってくる」
「そっか、いってらっしゃい」

 サッカー部のミーティングの為にお弁当を持って教室を去っていく桃矢君に大変だね、と声をかける月城君も、その桃矢君の振る舞いには薄々気がついていた。
 ただ「桃矢と何かあったの?」と月城君に聞かれても、正直に話すことは出来ない。
 だって月城君が消えてしまうかもしれないなんていう話をしていたんだから。