06 ただ待っていて〈2〉
放課後、はたまた助っ人で呼ばれている月城君と別れて、桃矢君と自転車を押しながら帰り道を歩いていた。
「桃矢君」
「ん?」
「この前の話の続き、してもいい?」
わたしは思い切ってそう切り出した。すると少しだけ驚いて目を丸くする桃矢君。
「お前に話したら絶対に心配する……だからまだ話したくない」
「話してくれたら、心配しなくて済むわ?」
真面目な表情のままお互い足を止める。もうしばらくすればわたしの住んでいるアパートだったからだ。
「……おれがなんとかするって言ったのは、その言葉のままだ」
「その言葉の、まま……」
「ゆきにお前は人間じゃないってわかってもらわなきゃならない」
それは月城君自身に月城君が消えそうなのを気づいてもらわなきゃならないのだと桃矢君は説明してくれた。けれど月城君本人が人間じゃないと気づいたところで、月城君が消えなくなる訳じゃない。何も状況は変わらない。
「月城君には魔力が必要で……、!」
わたしがそれを知ってしまったら、心配すると言っていた桃矢君の言葉は本当だった。わたしは桃矢君のしようとしていることが何かわからないままの方が心配だとついさっきまで思いこんでいた。
なんてことを聞いてしまったんだろう。桃矢君はわたしのことを思って話さないようにしていたのに、わたしはそれを無理矢理に聞き出してしまった。
「必要なのは、桃矢君の力……?」
「じゃなきゃゆきが消えちまう。そんなの、おれは嫌だから」
わたしはそれから桃矢君に話した。ケロちゃんに話したようにわたしの持っている鏡をさくらちゃんに渡して、魔力の足しにしてもらえないかと言ったこと。けれど、それは叶わなかったこと。「心配せんでええ」と言われたこと。
ケロちゃんの心配せんでええは、決して解決策があるという意味じゃなくて、わたしに心配をかけまいとした言葉だったんだろう。ケロちゃんは
「待っててくれたらいい。おれがゆきに力をやるまで」
そして桃矢君はため息をつきながら腰に手をあてて、困ったような表情をする。
「ただ、ゆきに言おうとすると邪魔が入る」
「……奈久留ちゃんのこと?」
「多分わざとだ、あいつ……」
奈久留ちゃんも月城君と同じく人間じゃない。何のために邪魔をしているのかはわからないけれど、嫌な感じはしないから、きっと悪いことではない。それも桃矢君は気づいているのだろう。
いまも嫌がっている素振りをするけれど、これも本気じゃないのはよくわかる。人間じゃないものに対して優しい桃矢君らしい。
桃矢君が月城君に力を渡そうとしているのはわかった。けれど桃矢君は?力を渡してしまったら、今の月城君みたいになってしまうんじゃないか。
「桃矢君はどうなるの?」
「多分今のゆきみたいにぼーっとしちまうんだと思う。でも力をやらなかったら」
「月城君は消えちゃう……でもそれじゃ、」
「……だからお前には言いたくなかった、そうやって悩んで、心配していっぱい一杯になるだろう」
「当たり前じゃない!心配するよ……!」
一番辛いのは桃矢君のはずなのに、桃矢君はとても落ち着いていて、ひとりで取り乱しているわたしの背中を優しくさすってくれている。
どうしても涙が止まらなくなってしまった。でもこのままじゃ桃矢君に迷惑をかけてしまう。そう思えて急いで心を落ち着けようとしたものの、やっぱり少し興奮したまま涙はおさまらなかった。
「……泣かせたくなった……話したら、お前絶対泣くだろう」
「話してくれたら、心配しなくて済むなんて言って、ごめんなさい……っ、」
桃矢君がなんとかする、と言っていたのは本当にその言葉のままの意味だった。わたしにも何か出来ることはないかと考えていたものの、わたしには何も出来ない。
すると桃矢君は背中をさするのを続けたまま口を開いた。
「……前に言ったろ、お前はよく謝るけど、謝ってほしい訳じゃないって。おれはゆきに笑っててほしいから力を渡すんだ、もちろんお前にも。わかるな?」
だから泣くな、と桃矢君はわたしの背中をさすり続けてくれる。
「あとゆきに力を渡したら、多分あいつもお前みたいに自分の事うだうだ責めるだろうから、そん時はなだめてやってくれ、ゆきのこと」
桃矢君は丁寧に、わたしをあやすように優しく、言葉を選んで話をしてくれた。桃矢君の伝えたいこと、話したいことがよくわかった。少しずつ心が晴れていく気がする。
わたしだって月城君に、桃矢君に、みんなに、いつも笑っていてほしい。だから心配だってするし、思わず謝ってしまったりもする。
そして桃矢君が言ったみたいに、力をもらう月城君は、力をもらったあといまのわたしみたいに同じように桃矢君のことを心配するだろうから。
わたしは桃矢君の決めたことを応援してあげなきゃ。桃矢君が待っていてほしいと言うなら、わたしは待っていよう、見守っていなきゃ、そう思った。
桃矢君は自分が犠牲になることで月城君が助かることを知っていて、わたしと月城君がその事を後々責めるだろうということも知っていて。
「そこまでわかってて、桃矢君は力を渡すの?」
「ああ」
きっと桃矢君にはいつものように、未来のことが、その先のことが見えているんだろう。
「わかった、」
「……ありがとな」
すぐには涙が止まらなくて不細工な返事しか出来なかったけれど、桃矢君はそんなわたしのことを笑うことなく真面目に、真剣に受け止めてくれた。
そんなことをしている間にも桃矢君のバイトの時間が迫ってきていた為に、桃矢君にはこのまますぐ帰ってもらうことになった。本当ならお部屋にあがってもらってついさっきのお詫びとお礼をしたいところだったけれど仕方がない。
わたしは涙を手の平でぬぐって、道を行く桃矢君に手を振った。それにきちんと手を振って返してくれる桃矢君を見送って、アパートまでのあともうちょっとの距離をわたしは歩きはじめた。
ただ待っていて
(見守っていて)