09 隠した気持ち〈1〉

 


「あれ?さくらちゃんは?」
「あいつは今日日直だ」

 月城君の問いに何やら複雑な表情をしてこたえる桃矢君。

 今週わたし達星條高校の生徒はテスト期間中でクラブ活動が無く、もちろん朝練も無い。珍しく徒歩で登校するのにいつも通り桃矢君とさくらちゃんを待っていたわたしと月城君。待ち合わせの場所に現れたのは浮かない表情をした桃矢君だけだった。
 テスト勉強があんまり出来なかったのかな、なんて思ったりしたものの、成績優秀な桃矢君がそんなことあるはずがなくて。
 その浮かない表情の理由は今朝のさくらちゃんの様子がおかしかったことにあった。

「あいつ……熱あんのに今日日直だからって無理に学校行ったんだ」
「だいじょうぶなの?」
「……いまのところはな」

 桃矢君はものすごく心配そうにつぶやいた。







「テストどうだった?」
「まあまあかなー」

 今日の分のテストが全て終わってざわざわとする教室内。せっかく午後の授業がない期間にいっしょにお昼を食べに行ったり、ちょっとカラオケに行ったりとする生徒も多い。
 そんな中しっかりと防寒具を身につけて帰る準備をはじめる桃矢君。

「おれちょっとさくらの様子見にいってくる」

 テストの合間の休み時間もずっとさくらちゃんのことが気になっていた桃矢君は「あいつだいじょうぶかな……」と何度も口にしていた。きっとテスト終わりに様子を見にいくだろうと思っていたのはわたしだけじゃなく、月城君もそう思っていたみたいで。

「友枝小にいくんでしょ」
「ああ」
「いっしょにいっていい?」

 準備を済ませた月城君は友枝小にいっしょにいく気満々だった。わたしもいくと言うと、わたしと月城君に「すまねぇな」と謝る桃矢君は余程さくらちゃんが心配だったらしい。めずらしく弱気な姿だった。



 友枝小学校の敷地内へ校門から入って下駄箱のところを進むと、そこにはちょうどさくらちゃんがいた。まだ授業中のはずなのにここにいるということは早退するところだったんだろうか。
 今朝めずらしく姿を見れなかったわたしと月城君はそんなさくらちゃんの様子をはじめてみた。顔は赤くいつもよりぼーっとしているみたいに見える。それは桃矢君があんなに心配するのも無理はないと思えるような様子だった。
 熱があるんだろう、ふらつくさくらちゃんを桃矢君はすかさず後ろから受け止めた。

「お兄ちゃん……!」
「やっぱりな、早退するんだろう」
「う、うん……」
「おぶってやるから、」

 はやく乗れ、とさくらちゃんに背中を差し出す。
 桃矢君の荷物は月城君が、さくらちゃんのリュックはわたしが受け取って持っていた。そして風邪特有のとろんとした目つきのさくらちゃんがゆっくりとその背中にからだを預けると、桃矢君は慣れた様子でむくりと立ち上がった。



「どうしてお兄ちゃん友枝にいたの……?」
「桃矢ずっとさくらちゃんのこと気にしてたんだよ」

 さくらちゃんは友枝小に桃矢君がいたのが不思議だったみたい。その質問には照れている桃矢君に代わって月城君がこたえてくれた。

「さっきやっぱりさくらちゃんの様子見にいくっていいだして。うち今テスト中で終わるの早くて助かったよ」
「ほえ、」

 本当にテスト期間中で良かった。じゃなかったならこんなふうにさくらちゃんを迎えにこられなかっただろうから。

 そしてそのまま通学路を歩いていくとほんの少し目の前が霞んでいる。

「……霧?」
「ほんとだ、めずらしいね」

 不思議な気配のする霧だった。まさかこんなときにまたクロウさんの気配のする何かが起こるなんて。

 桃矢君もこの霧が何か気がついているだろうと顔色をうかがうとやっぱり気がついているみたい。
 いやな予感がするのは桃矢君もいっしょなんだろう。眉間にしわをよせてその霧をながめていた。





 さくらちゃんを送り部屋へ荷物を運びおわると、お茶だけ飲んでいけという桃矢君のお言葉に甘えてホットコーヒーをいただくことにした。
 外がすごく寒かっただけに温かい飲みものはからだによく染みわたる。すると壁にかかったホワイトボードが目に入った。

「藤隆さん出張なの?」
「ああ、父さんずっと楽しみにしてた発掘場所があってな。来週の土曜日まで泊まりなんだ」

 来週の土曜日、という言葉にわたしも月城君も反応した。土曜日まで家に二人。それもあって桃矢君はいつもより余計にさくらちゃんの風邪が心配だったんだろう。

「今朝さくらもそれ気にして、父さんの前では元気なふりしてた」
「……優しいね、さくらちゃん」

 藤隆さんに、お兄ちゃんによく似ている。




 テスト期間中、まだ明日もテストがあるからと月城君とわたしは一旦家に帰ることにした。

「何か手伝えることあったら電話くれればすぐくるから」
「わたしも」
「ああ」

 玄関でわたし達を見送ってくれる桃矢君は、学校で見せていた浮かない表情からいくらか和らいだ表情になっていた。家に着いて安心したのがあるのだろう、良かった。
 靴を履いて先に玄関を出たわたしは、すぐに出てこない月城君を不思議に思い振り返った。

「……なんだ?」

 そんな月城君を桃矢君も不思議に思ったのだろう。わたしの立っている場所からでは月城君の後ろ姿しか見えないから、いま月城君がどんな表情をしているかはわからない。

「……今度でいい」

 何か話したいことがあったんだろうか、今度というまで少しだけ間があった。

「さくらちゃん、早く良くなるといいね」

 月城君はそう言うとやっとわたしの方を向いて扉を閉めた。

「……月城君、」
「ごめんねまなみ、行こっか」

 木之本家を出て歩きはじめた外はさっき頂いたホットコーヒーのおかげで少しだけ寒さが弱まった気がする。けれどそのかわりにさっきより霧が濃くなっていた。

「前にまなみに言ったこと、とーやにも言おうかなって……でもやっぱり言えなくて、今度にするって言ったんだ」

 前にわたしに言ったこととは最近記憶がなかったり、眠たくなったりすることだとすぐにわかった。けれどやっぱり言えないと思ったのは、桃矢君に心配をかけたくないと思ったからだと月城君は言う。

「こうやってまなみには話してるのに」

 ごめん、と月城君は小さくつぶやいた。

「わたし月城君にはいつも迷惑かけてるの。だから気にしないで」
「お互いさま、だね」

 わたしがいつもかけている迷惑とは、学校で恋人のふりを続けてくれて、わたしが1人にならないようにしてくれたり、そのことを聞かれたときに上手に助けてくれたりしてくれていること。同級生の子に何か聞かれたとき、会話に横から入って助けてくれる月城君はいまだに王子様みたいだねと言われている。だからわたしの言葉からそれを理解してくれた月城君はお互いさまと言ってくれたのだ。

「……ぼく、秋月さんに言われたこと気にしてるのかも」

 「邪魔しないでね」と奈久留ちゃんに言われたのが記憶に新しい。あのあとどういうことだろうと月城君はまた悩んでいたみたいだった。

 あの言葉は間違いなく月城君に向けられていた。そしてわたしは「『前』に『創ったもの』のほうが能力が下なのは仕方ないか」と言った奈久留ちゃんの発言の方が気になっていた。
 人間じゃない、ユエさんを創ったのはクロウ・リードさんである。自分が人間ではないということがわかっている奈久留ちゃんは、その月城君より後に創られた、と言っているんだ。どうしてそんなこと。
 奈久留ちゃんはまるで月城君がクロウ・リードに創られたということを知っているみたいな口ぶりだった。

「……とーやには……なんか言えないんだ、なんでだろう」

 月城君の気持ちは月城君にしかわからない。けれど悩んで、苦しんでいることは手に取るようにわかる。

 桃矢君に言えないのはもちろん心配をかけたくないからで。けれどそれだけ?
 桃矢君に言えないのは桃矢君に言おうとすると言葉がつまってしまうからだ。何故?
 本当は、桃矢君にそのことを言いたくないからなのかもしれない。どうして?
 ……自分が不思議な存在であることを、月城君は桃矢君に、知られたくないんだ。