10 挨拶〈1〉

  


 桃矢君が月城君に言いたいことを言えないまま。月城君が桃矢君に言いたいことも言えないまま、日常が過ぎていた。
 桃矢君は相変わらず奈久留ちゃんに上手に邪魔されているみたいだし、月城君は「今度でいい」と言ったまま桃矢君の前でそれらしい素振りを見せなかった。




 そんなある日の朝、教室に入って挨拶をしようとしたら何やら教室内が騒がしい。

「おはよう、まなみ」
「おはよう奈々ちゃん。ねえどうしたの?」

 ざわざわしているみんなのなかから奈々ちゃんがわたしのところに駆け寄ってきてくれたので、一体どうしたんだろうと質問をする。すると奈々ちゃんはやや興奮気味に話しはじめた。

「朝教室に来たら新しい机が用意してあってね、みんな転校生じゃないかって騒いでるの!」
「……転校生?」

 こんな時期に転校生なんて、つい最近も奈久留ちゃんが転校してきたばかりなのにと思っていたら、さっきまで黙っていた月城君が「まなみのときもそんな感じだったよね」と言う。

「まなみのときも朝教室に来たら見たことない机があったの」

 いっしょだね、と奈々ちゃんはそう話してまた自分の席に戻ってまわりの席のみんなと話しはじめた。まだまだ話し足りないみたいだ。

「そうだったの?」
「ああ……あん時はゆきが先にお前に会ってただろ?それで転校生だって」
「そうそう、まなみがどのクラスかはわからなかったけど教室にきたら机があって、それで仲よくなれそうだなーって思ったんだよね」

 偶然にしては出来過ぎでしょ?と月城君はわたしに会ったときのことを話してくれた。
 確かにわたしは自分が転校生として星條にきた当日の朝、月城君に道をたずねた。今思えば運命的だったと思う。
 その日の朝も今日みたいに見知らぬ机と椅子が教室に用意されていたらしい。それで転校生だ何だとクラスのみんなが騒いでいたことを教えてくれた。

「さいしょは緊張してたから……あんまり覚えてない」
「だろうな」

 ずっと気をはってただろうと桃矢君が言う。
 当時緊張していたわたしのことを気づかってくれた桃矢君と月城君。買い物にいっしょに行ってくれたり、名前を呼んでくれたり、いっしょに登校しようと言ってくれたり、親切に接してくれたことは今でもよく覚えている。ただ放課後のことはよく覚えているのに、転校してきた当日の教室での記憶はおぼろげだった。

「変な時期の転校生だったから学年の有名人だったよ。覚えてないと思うけど」
「ほんと?覚えてない……」

 思い出そうとしても月城君にはじめて会った時から放課後商店街へ行った時までの間がすっぽり記憶の中から消えていた。
 そして席についたわたし達は昔話に花を咲かせることになった。

 あの時はこうだったそうだったと話している間にも予鈴のチャイムが鳴る。新しい机のことで騒いでいたクラスメイト達もそれぞれ席について静かにしていた。
 そこに学年主任の先生が担任の先生といっしょにやってきて、みんなが話していた通り転校生と思われる人影が扉の向こうに見えた。

「あ」「あ」

 あ、と思わず声に出してしまったのはわたしだけではなかったらしい。近くの席にいる桃矢君も同じく声を出してしまった。その理由は転校生の姿が見える直前、同じ人の気配を感じたからで。転校生の姿に集中していたみんなにはわたしと桃矢君の声は届いていなかった。

「今日から3ヶ月と短い間ですがお世話になります」

 転校生はそうやって自己紹介をする。それ以降の話はあまり頭に入ってこなかった。だってその転校生があまりにも衝撃的だったから。

 そして挨拶を終えた転校生は新しい机に向かって歩きだす。席につくまでにそばにいた男子がすかさず転校生に話しかけた。

「ハーフなの?」
「日本とイギリスの、ね」

 微笑んで返す転校生は笑顔が似合う。日本よりイギリスの血をよく感じるような背丈と、わたし達よりも少しだけ大人っぽい顔だち。

「……ウィル、」

 転校生とは彼、吉瀬ウィリアムのことだった。