10 挨拶〈2〉
「吉瀬ウィリアムです、よろしく」
ハーフの転校生というもの珍しさから、休み時間ごとにクラスメイト達に話しかけられていたウィリアム。落ち着いて話ができるまで待っていたらいつの間にか放課後になってしまっていた。
そして様子を見て話しかけにいこうと思っていたら、ウィリアムがわざわざ席まで話しかけにきてくれた。
「
「ッ、ボンジュール、ちょっと!」
わざとらしくフランス語で挨拶をするウィリアム。そしていつものようにハグしそうになったウィリアムをわたしは無理矢理静止させた。月城君と恋人同士であると思っている人ばかりの学校内でウィリアムとハグなんてしたら後々面倒くさいことになると思ったからだ。
挨拶を交わしたわたし達に知り合いなの?とクラスメイトの声がかかる前にわたしはウィリアムを連れて教室を出ることにした。
「ウィリアムってあのウィルってこと?」
「大当たり」
わたしとウィリアムの後ろには桃矢君と月城君もいる。なんとなく色々と察してくれていそうな桃矢君が月城君の問いにこたえる。その声が聞こえていた。
そして急いで校門から出て、学校から少し離れたところまできて、わたしはようやくウィリアムに話していいよ、と言った。するとウィリアムはにこりと微笑んでから話しはじめる。
「サプライズがあるって前に手紙に書いたろ?」
「書いてあったけど……!まさかこんな、」
「おれの手紙には何も書いてなかった」
「桃矢の方には書かなかった。……だって何かばれちゃいそうで」
間違ってはいない。確かに桃矢君には少しのヒントで事がばれてしまうような気がする。
そしてウィリアムは一呼吸したあと月城君に「はじめまして」と挨拶をした。
「はじめまして、月城雪兎です」
「吉瀬ウィリアムです。ウィルって呼んで」
よろしく、とふたりはなんだか和やかな雰囲気を醸し出していた。そんな和やかなふたりの姿を見ていたら怒る気もなくなってしまった。
本当は、手紙には日本に来るなんて一言も書いていなかったじゃないかと詰め寄ろうと思っていた。それは隣にいる桃矢君も同じようではあ、と大きくため息をついている。桃矢君もウィリアムと文通しはじめているから、日本に来ることが書いていなかったことを同じく問い詰めたかったみたい。
「桃矢も、これを機にウィルって呼んでね」
はじめて気がついたけれど、ウィリアムと月城君の雰囲気はよく似ている。話している人が穏やかな気持ちになるような、そんな感じ。怒る気もなくなってしまう。
「ウィルはどうして日本に?それも3ヶ月だけなんて」
そしてまだ黙っているわたしと桃矢君をよそに月城君がウィリアムに話しかけた。
「ちょっと前に国際ピアノコンクールがあったんだけど、その入賞者コンサートがあってね」
「入賞者ってことは何か賞とったの?」
「一応1位だったんだ」
「へえ!すごい」
コンクールのこともわたしは知らなかった。なんでも入賞者コンサートは3カ月間日本を巡業するコンサートで、週末ごとに色々な都府県でコンサートがあって、それにウィリアムは参加することになっていた。そのためにイギリスから日本にやってきたウィリアムは、その3ヶ月間だけ日本の高校に通えるように手続きをしていたらしい。日本でのコンサートが終わったら次はドイツでコンサートと決まっているという。
「おめでとう、ウィル」
「ありがとう」
改めてウィリアムの目を見てそう言えば、またわたしにハグをしようとするウィリアム。わたしも今度はそれを止めることなく受け入れた。流れるようなウィリアムの仕草に、月城君はさすが国際的だねと声をあげた。
「はは、ごめんゴメン、君の
恋人である桃矢君の前で親密そうにハグする姿を見せてしまった、とウィリアムは謝った。そしてさっき学校では何故ハグを拒んだのかとわたしに聞く。
「学校じゃゆきとまなみが恋人同士ってことになってるから、変なこと言うなよ」
「何で!?」
どうしてそんなことになってるのかと説明を求められてそれに次々とこたえてくれているのは桃矢君。知らない間に文通をしていたり、わたしが思っていたより桃矢君とウィリアムはもう仲よしなのかもしれない。
「まなみと雪兎が付き合ってるってことになってて……桃矢はそれでいいの?」
「もう慣れた」
「ふーん……」
少しだけ納得がいってないようだけれど、話は理解してくれたウィリアム。ウィリアムはわたしにも困ってないのかと聞いてくれたけれど、わたしももう慣れてしまっているのが事実。
「嫌な思いはしてないよ」
「おれも」
「ぼくももう慣れちゃった。3カ月間は同じクラスメイトなんだし、ウィルも多分慣れちゃうよ」
この問題はもう乗り越えたものだ。月城君と恋人同士と言われることにわたしも月城君も慣れていたし、桃矢君ももうそれに対して嫌な思いが無いことはふたりとも知っている。
「……それっぽく振る舞うよ」
「よろしく、」
学校でのわたし達の様子をまだ見ていないからわからないけど、とウィリアムは少し困ったようにしていたけれど、そんなウィリアムに桃矢君は優しくよろしくと言う。
ふたりが仲よく話している姿をみて実は嬉しくなっていたわたしに月城君は気づいていたみたいで。
「よかったね」
「……うん」
「何か言ったか?」
桃矢君の問いになんでも無いよ、と月城君と声を合わせて否定すると、今度はウィリアムがなんだか嬉しそうにしていて。
「3人仲よしなんだね、なんだか羨ましい」
まなみが嬉しそうにしてるのが妬ける、とまた恥ずかしくなるようなことを言うウィリアムに、なんだか楽しそうな月城君。
これから3カ月間、とっても楽しくなりそうな予感がした。
「吉瀬君てその世界じゃ有名なんだね」
「本屋さんでみた雑誌に載ってたよ」
次の日もクラスメイト達の話題はウィリアム一色だった。
昨日は彼がピアニストを目指していることは知られていなかったはずなのに、この噂の広まりよう。なんでも同級生の家族にウィリアムのことを知っている人がいたらしく、昨日の放課後には雑誌やネットで既に調べられていたそう。
「おはよう」
「あ、おはよう!」
ウィリアムは教室にきた瞬間から沢山のクラスメイトに囲まれていた。他のクラスの子も廊下からその様子を興味深そうに眺めている。
「すごい人気だね、まなみの元彼氏」
「……月城君面白がってるでしょう」
「だってまなみが恥ずかしがってるのが珍しくって」
普段とーやとのこと話しても恥ずかしがること少ないのに、ウィリアムの話するとすぐ顔に出るから、と月城君は嬉しそうにそう言う。
確かにわたし自身ウィリアムのことになると平然を装うのが難しい。ウィリアムとわたしは幼馴染みだからこそ、本当にお互いのことを何でも知っていた。
もちろん初恋の相手がお互いピアノ教室の先生だったことも知っているし、他にも恥ずかしい思い出を沢山知っているのだ。だからこそ色々思い出してしまって、それが顔に出てしまう。
「とーやもウィリアムの話すると面白い顔するしね」
思っていたより仲がよさそうな姿をみせてくれた桃矢君とウィリアム。社交的なウィリアムは誰が相手でも変わらないけれど、桃矢君は少しだけ変な感じがする。
月城君いわく、例えば歌帆の話をしたときみたいな複雑な表情をしたりする。それが月城君の悪戯心をくすぐるらしい。
ちなみに噂の桃矢君はサッカー部の朝練でまだ教室にはきていない。
「おはよう、雪兎」
ふたりで話していたところに自然に挨拶をしにきたウィリアムに、クラスメイト達は興味津々だった。みんな昨日わたし達がウィリアムといっしょに下校したことを知っているからだ。知り合いなのかな、なんて言葉がひそひそつぶやかれているのがここまで聞こえてきていた。
「まなみも、おはよう」
「おはよう、ウィル」
何故か注目されているために少しだけ緊張したまま挨拶をしたわたしの肩に自然に片手をのせるウィリアム。
「やっぱり無理、」
「?」
「いつもみたいにしていい?」
何をするの、という言葉がわたしの口から出るまでにウィリアムはわたしの頬にキスするように顔を近づけた。
もちろん実際には近づけて音をたてるだけで頬に触れてはいない。
「エアキスならいいでしょ?」
「え、あきす……」
ウィリアム的には、親密なハグがダメなら挨拶のチークキスはいいでしょ、というつもりだったらしい。
「……日本じゃ挨拶で頬にキスはしないわ」
「あれ、そうだっけ」
最近色々な国飛びまわってたから忘れちゃってた、とわざとらしい言い訳を言いながらすっと身体を離すウィリアム。
忘れていたなんて嘘だ。だって彼は日本で生活していた時間も長いから、うっかり忘れてしまうなんてことはない。
キャー!と悲鳴があがるのはもちろん、ざわざわと教室内が騒がしくなる。そして間髪入れずに今度は月城君の頬にもわたしにしたようにキスをした。するとわたしのときよりもっと大きな歓声が上がった。
「びっくりした」
月城君はびっくりしたと言いながら、顔は全然びっくりしてなくて、むしろなんだか楽しそうに微笑んでいた。まさにウィリアムといっしょの表情だ。
昨日は楽しくなりそう、なんて思っていたウィリアムとの学校生活。なんだか前途多難な気がしてきた。
「あとで桃矢にもしよう」
「賛成」
「反対!」