10 挨拶〈3〉

  


 わたしの反対むなしく、あのあと桃矢君が教室にやってくると、さも当たり前みたいに両頬にキスをしにいったウィリアム。わたしと月城君のときにあがった歓声よりずっと大きな歓声があがって、ウィリアムはたちまち学校中の有名人になった。
 一番大きな歓声があがった桃矢君とウィリアムの「挨拶」のせいで、桃矢君は一日中彼と知り合いだったの、いつ知り合ったの、と質問ぜめにあっていた。
 そのおかげなのかわたしや月城君はあまり被害を受けなかった。

「散々だった」
「ごめんね、桃矢君」

 ウィリアムはレッスンや打ち合わせの為に放課後は車でお迎えがくる。その為に今日は一言も文句を言えなかったと言いながら、桃矢君はかなりお疲れのようだった。


 それにしても教室の盛り上がりはもの凄かった。ウィリアムはしてやったりとずっと楽しそうにしていたし、月城君もずっと楽しそうだった。そして桃矢君が噂の標的になってくれたおかげで、一番はじめに頬にキスされたわたしとウィリアムのことを勘ぐられることがなかった。
 桃矢君はそのことを気にしていたけれど、結果自分が注目されることでわたしとウィリアムのことが勘ぐられることがなくて良かったと言ってくれた。

「まさかそれ狙ってやったのか?あいつ」
「多分違うと思う……」

 ウィリアムは本気で、ただ朝の挨拶をしたかっただけだったと思う。確かにわたしも学校でなかったら普通にウィリアムの挨拶を受け入れていたし、違和感も覚えなかった。
 イギリスやフランスにいた頃は当たり前にしていたこと。けれどここは日本だし、噂が大好きなお年頃。何のイベントもない時に男女が抱き合っていたら間違いなくそういう仲だと思ってしまうだろう。

 月城君と付き合っているのに転校生とハグしていた、なんて噂が広まったらわたしは質問ぜめにあっていたと思う。ウィリアムの社交的な性格のおかげでその難を逃れることができた。
 そのかわり桃矢君がその被害を受けることになってしまったけれど、優しい桃矢君はこれが一番丸くおさまる方法だろうとも言ってくれた。

「何でとーやが一時期不機嫌だったのか、よくわかったよ」

 一時期、とはウィリアムの出ていたコンクールにはじめて一緒に行ったあとの事だと月城君は言う。

「どうして?」
「あんな風にまなみと抱きあってるのみたら、普通妬いちゃうよってこと」

恥ずかしいことを言われてわたしは「……ははは、」と照れながら返すことしか出来なかった。気になって桃矢君の表情を盗み見ようとしたけれど、あさっての方向を見ていてみれなかった。

「でも本当に外国の人はああやってスキンシップするんだね、びっくりした」
「初対面だと握手だけだったりするんだけど……会うのが2回目ならチークキスはイギリスもフランスも当たり前にするかな」
「へぇ」
「だから月城君にも桃矢君にも、ウィリアムは普通に挨拶したかっただけだと思う」

 「だからまた明日からも頬にキスされるかもしれない」とは言わずに心の中にとどめた。

「まなみも外国にいた頃は普通に?」
「うん。今でも恥ずかしいけど、違和感はないかな」

 どうやってしてるの、と興味津々な月城君にこうやってするんだよ、とレクチャーする。まずは月城君の二の腕に優しく手を置いて、わたしより少し高い位置にある右頬に顔を近づけた。

「頬あわせるみたいにして、くちびるで音立てるの」

 実際には肌に唇はつけないで、ちゅ、と音を立てる。なんて月城君としていると、桃矢君からくすくす笑い声がきこえてくる。
 一体何が面白かったのだろうと振り向けば、こほんと咳払いする桃矢君。

「いや、こうやってしてるからおまえら付き合ってるように見えんのかなーって思ったらおかしくなった」

 普通は仲よくても男女ならそんなこと出来ないと言う桃矢君。それを真面目にしようとしているわたしと月城君の姿を見ていたら面白くなってきてしまったらしい。
 確かにそうなのかもと思ったら急に恥ずかしくなってきた。けれど月城君は恥ずかしがることなく普通にしていて。

「今度してみようか、学校で」

 面白そう、という月城君の目は案外本気なのかもしれない。




挨拶
(挨拶のチークキス)

(妬いてる…?)
(妬いてねぇ)