11 チョコレートはお好き?〈1〉

  


 バレンタインデーが迫る頃。わたしは自分へのご褒美用チョコレートを選びにデパートへ来ていた。
 そこでとあるポスターが目にとまる。約1ヶ月前から日本に滞在しているウィリアムが出演しているコンサートのポスターだ。

 入賞者数名がオーケストラと共演したりソロで出演するコンサートは国内有数のホールで行われるとても有名なものらしい。幼い頃からの親友がそんなコンサートにでているなんてなんだか感慨深かった。

「で、どれにするんだ」
「えっと……これとこれにする」
「今よそ見してたろ」

 これ、と隣に立つ桃矢君はコンサートのポスターを指差す。

「……当たりです」

 桃矢君はやっぱりというように少し得意げな顔をして息をついた。

「そこらじゅうに貼ってあるからな。よく目につく」

 そこらじゅうとはこのデパートのなかのことで、あたりを見まわしてみると掲示板に必ずといっていいほどそのポスターが貼られていた。




 わたしと桃矢君はたった今会ったばかりだ。桃矢君はデパートでバイトをしていた帰りに偶然わたしの姿を見かけて声をかけてくれた。ちょうど今帰るところだったのでわたしの買い物に付き合ってくれるという。

「……あいつ本当なんでも出来んのな」
「ウィルのこと?」
「勉強も運動も、ピアノもできる」

 あきれるようにそう言う桃矢君こそ勉強も運動も、実はピアノもできるのに。同級生がいまの発言を聞いたらみんながみんなツッコミをいれてくれるに違いない。貴方がそれを言うの、と。

 ただ桃矢君が言うように、ウィリアムは本当に何でもそつなくこなすことができる人だ。
 転校してきてすぐにあったテストでどの教科もとても良い点数をとり先生達にほめられていたし。大切な指を怪我をしない為に手をつかうような体育の授業は見学しているけれど、50m走では陸上部員より速いタイムを叩きだしていたし、この前の休み時間、サッカー部員を相手に見事ゴールを奪っていた。ピアノの腕前は言わずもがなである。
 桃矢君があきれるのも無理はないと思うようなセンスのある人なのだ。


「さ、暗くなる前に帰るぞ」
「うん」

 わたしは選んだチョコレートを買って通路を桃矢君と並んで歩く。
 バレンタインデーまであと数日だ。







「お兄ちゃんもう出るの?」
「バイト」

 早朝バイトのために早めに家を出ていこうとしたところをさくらに呼び止められた。

「あ?」
「今日バレンタインデーだから」

 お兄ちゃんほかの人からいっぱいもらうだろうけど、というさくらは鞄のなかから可愛らしく包装された星形のチョコレートを取り出した。

「だいじょうぶなのか?食っても」
「ちゃんと昨日味見したもん!」

 一言そういってやれば顔を赤くさせながら一生懸命に抵抗する。

「サンキュ」

 素直にこたえてそのチョコレートを受け取るとまだ何か言いたい事があるのか、さくらは慌てて待って、とおれを引き留めた。

「あ、あのね!雪兎さんに渡したいものがあるから帰りにうちに寄ってくださいってお願いして!」

 本当の用事はそれだったのかと納得すると、ドアを前に了解の意味をこめて微笑みながら手を振ってやった。するとほっとしたような表情をするさくらの様子がみれた。