11 チョコレートはお好き?〈2〉
バレンタインデー当日。桃矢君が早朝バイトのために朝は月城君と2人で登校した。
登校するなり下級生の女の子に呼びとめられた月城君とはそのままそこで離れてしまって、わたしが教室に入ったあと、少し時間がたってから月城君は教室までたどり着いた。
そのあとも呼び出しをされているみたいで教室を出ていく月城君。そんな月城君の迷惑にならないようわたしは奈々ちゃんと景子がいる女の子のグループといっしょにいた。
「まなみっていう存在がありながら凄いわね」
奈々ちゃんと景子達はそろってうんうんと頷いた。そして月城君と桃矢君は星條のアイドルみたいなものだから、といっしょにいた他の子が言う。
「そういえば転校生の吉瀬君、他のクラスの子達が密かに狙ってるみたいよ」
「確かにかっこいいもんね。なんていうか……月城君をさらにミステリアスにした感じ?」
「わかる!色気があるっていうか、」
「普段はイギリスにいるんでしょ?イギリスに綺麗な彼女がいるって噂聞いたけど」
「森下さん吉瀬君とよく話してるよね、何か知らない?」
よく話してるよね、というのは月城君といっしょにいることが増えたウィリアムと、だ。いっしょにいる流れで確かによく話してはいるけれど、ウィリアムの恋人がイギリスにいるという噂は初耳だった。多分本当の話ではない。
けれど直接本人から何か聞いた訳ではないし、知らないと言おうとすればちょうどそこにウィリアムがやってきた。
「あ、噂をすれば」
「おはよー。吉瀬君」
「おはよう」
すると早速他のクラスの女の子からもらったであろう可愛らしい紙袋を片手に提げて教室にやってきたウィリアム。偶々ウィリアムの席の近くにいた為に、周りのクラスメイト達がみんないっせいに挨拶をする。
あのキスの事件以来、ボンジュール、などとわたしや月城君に抱きつかずにきちんと毎朝丁寧におはようと言うようになったウィリアム。けれど今ここにはいない桃矢君にだけは朝の挨拶代わりのハグやキスを続けている。なぜそれを続けているのかというとその理由は「なんだか面白いから」、らしい。
「ねぇ吉瀬君、イギリスに綺麗な彼女がいるって噂聞いたんだけど本当?」
いっしょにいた女の子が何のためらいもなくウィリアムにそんな質問を投げかけた。
突然のことに瞳をぱちりと瞬かせて驚いた様子をみせるウィリアム。けれど次の瞬間にはいつもの優しい微笑みを浮かべて、その質問をした女の子の方を見てゆっくりと間をあけて答える。
「……僕はフリーだよ」
「彼女いないってこと?」
「うん」
そう答えたあと、わざとらしく「今はね」、とつけ足し絶妙なタイミングでわたしに視線を向けるウィリアム。
わたしとウィリアムが以前お付き合いしていたことは、いま身近にいる人のなかでは桃矢君と月城君しか知らない。話がややこしくなるから昔のことは内緒にしてほしい、と視線だけでなんとか伝えると、ウィリアムはそれを理解したようにわたしと視線を合わせ瞬きをする。
「ちょっと前に振られたばっかりなんだ」
するとそうとだけ言いのこして、何か用事でもあるのか教室から出ていったウィリアムに、女の子達がじゃあわたし達にもチャンスあるかもね!と盛り上がる。けれどわたしと視線を合わせながらわざとらしくそんな言い方をしたら、月城君とは何もないことを知っている奈々ちゃんと景子にはばれてしまうかもしれない、と思っていた矢先。奈々ちゃんと景子はウィリアムが去って行った後から黙ったまま何か考え込んでいるみたいだった。
「吉瀬君のこと振っちゃうなんて……もったいないことする人もいるのね」
いっしょにいた子のひとりがぽつり、とそんなことを口にする。それにうなずく周りの子達。
肝心なところはきちんと隠してくれたけれど、女の子達が盛り上がる為の話のネタはしっかりとのこしていくウィリアムには本当に感心する。
「やっぱりまなみだったのね」
なんだか様子がおかしいと思ったの、と少し嬉しそうに言う景子。結局あの会話のあと、グループが散り散りになったところでにやりとした景子に呼び止められたのだ。
「このこと木之本君と月城君は?」
知っていると言えばえっ、と声を出して驚く奈々ちゃん。
噂のふたり、桃矢君と月城君は今教室にはいない。それをいいことにその間わたしはウィリアムとの馴れ初めをふたりに話す羽目になった。
幼なじみで親友で、はじめての恋人だった人。ピアニストになるために毎日長時間レッスンをしていること。ウィリアムが転校してくる前に、桃矢君とは一度会ったことがあって、いっしょに食事をしたこともあるということ。
「お互い知っててあんな感じなんだ、すごい……」
教室ではウィリアムと月城君がいっしょにいることが多くて、それで桃矢君ともよく話しているのをクラスメイトは知っている。ふたりが教室で仲良さげにしているのを知っているから、奈々ちゃんと景子はとても驚いていた。
「元彼と今彼が同じクラスにいるって……漫画かドラマでしかないと思ってた」
景子が驚いた表情のままそんなことを口にする。確かに単純に考えたらそれはすごいことなのかもしれなくて、それにはわたしも思わず何も言えなくなってしまった。
桃矢君とウィリアムはコンサートで会ったときこそお互いに手さぐりだったように思うけれど、その後は文通していたりする仲よしさんになっている、……と思う。
出逢い方は様々だけれど、わたしと歌帆が気まずくなることなく仲よくしているみたいに、桃矢君とウィリアムも気まずくしている様子は無い。
「よく気まずくならないね」
「……ふたりとも優しい人だから」
今も昔も関係ない。お互いに尊重しあえる人だから、仲が悪くなったりしなかったんだと思う。そう説明すればふたりとも納得した様子で頷いていた。
そして気を取り直したように何か楽しそうな表情をすると、景子が月城君とウィリアムのことを聞く。
「それにしても吉瀬君、本当に月城君とよくいっしょにいるよね」
見た目と雰囲気が似ているせいもあるかもしれない。クラスメイトからもよく、ふたりは似てるね、と言われている様子を何度も目にしていた。
「よく気が合うみたい」
「わかるわ、あの優しそーな感じ」
にっこり笑った顔もいっしょよね、とふたりは言う。
「そうよ、じゃあ吉瀬君知ってるってこと?まなみが月城君と恋人同士設定の話!」
「うん」
「吉瀬君、納得してた?」
「……うーん、あんまり」
「そうよね……」
自分の元恋人が新しい恋人をみつけたかと思いきや別に嘘の恋人がいる、だなんて、あまり気持ちの良いものではないだろう、と景子が言う。それなのに嫌そうにしたり、何か不満のあるような素振りを見せずに桃矢君と月城君に接するウィリアムはすごいね、と。確かにそうだと思った。
「それだけ吉瀬君にとってまなみは大切な人ってことね」
目の前のふたりは顔を見合わせ優しく微笑んでいたのも束の間、今度は何故かにやにやとわたしを見つめてくる。
「な、何?」
「気をつけないとね!」
「……気をつける?」
「木之本君、言わないだけで超気にしてると思うけど」
「どんなに今は親友だって聞かされてても、元彼と仲よくしてる恋人実際みちゃったら嫉妬するでしょ、普通」
にやにやと、けれどどこか不安そうにふたりはそう言う。だからこの問題はもう乗り越えたもので、何度も桃矢君や月城君とも話し合ったことだとふたりに伝えた。
心配をかけてしまってごめんなさい、と。
するとわたし達が口出しするものでもないとは思うけれど、それでもやっぱり木之本君は不安な気持ちになると思うと奈々ちゃんと景子は言った。
「どんなに木之本君がもう気にしてないって言っても、ちゃんと定期的に言葉にして伝えないとだめよ?いちばん好きなのは木之本君よ、って」
「えっ、」
「恥ずかしがらずに!」
「ど、努力します……」
そして興奮したまま、ウィリアムと恋人同士だった時のことをまだまだ聞かせて欲しいと迫るふたりにわたしは少しおされていた。
そして沢山の昔話をして、やっとふたりの興奮が少しばかりおさまってきた頃、噂の桃矢君が教室にやってきた。月城君もいっしょにいる。
「おはよう、木之本」
「おはよう」
そして教室の入り口近くでクラスメイトに挨拶をする桃矢君は、通学用の鞄以外に紙袋を両手にぶら下げていた。
「朝からバイトお疲れ様」
「おう」
「月城君もお疲れ様」
自分の席に戻るという奈々ちゃんと景子を見送ってから、桃矢君に朝の挨拶をする。桃矢君は早朝バイトもあったせいか少しお疲れな様子だった。
月城君は沢山のチョコであろう紙袋を持っていつもより嬉しそうだ。美味しいものを食べられるのが楽しみらしい。
お疲れ気味の表情のままの桃矢君は何故か少しだけ申し訳なさそうにぽつりぽつりと話しはじめる。
「断っても、お菓子はもらってくれって言われて、」
桃矢君はわたしに気をつかってくれているんだろう、チョコやお菓子をもらうのを「好きな人がいるから」と断っていたのだという。けれどお菓子だけでももらってください、とぱっとお菓子を手渡して去っていってしまう子が少なからずいるらしい。
自分の大切な人が女の子達からチョコをもらっている姿を想像すれば、ほんの少しだけ複雑な気持ちになる。けれど女の子達が一生懸命つくったものを決して粗末にはしてほしくなかった。わたしだって、大切な人には自分が選んだり作ったりしたものを返事にかかわらず受けとってほしいと思うから。
それに桃矢君もわたしと同じように、どんな理由があれど食べ物を粗末にはしたくないと思っているはずだ。
「みんな一生懸命つくったんだと思うの。だからきちんと受けとってあげてほしい」
わたしは気にしていないから、と言えば何故か少しの間無言になる桃矢君。すると今度は何か言いたげな表情になって、そんな桃矢君の様子をみて笑顔になる月城君。
「…………」
「?」
月城君のその笑顔の理由がわからないわたしに、月城君はすっと近寄り小さく呟いた。
「とーやは、少しくらい妬いてほしかったんだと思うよ?わかりやすく」
「そ、そういうものなの……?」
女心は複雑とはよくいうけれど、男心はもっと複雑なのかもしれない。