11 チョコレートはお好き?〈4〉

  


「ねえ、ウィル」
「何」
「ああやってバレンタインには毎年まなみにプレゼントしてたの?」
「ああ、そのこと」

 放課後、さくらに言われた通り家にゆきを連れていく前のことだ。
 いつもならもう着いているはずの迎えの車がまだ来なくて教室で待っているウィリアムにつき合っていた時、ゆきがそんな質問をなげかけた。


 女から男にチョコを渡すバレンタインは日本特有の文化だということは有名だ。海外では男から女にプレゼントをすることが多いとテレビや雑誌なんかでよく見かける。
 ウィリアムがまなみにピアノの演奏とカードをプレゼントするのにおまけとしてつきそったおれとゆき。そしてそのプレゼントを特に照れたり驚くことはなくすんなりと受け入れたまなみに、実はおれは驚いていた。イギリスにいた頃、きっと今までもそうやってしてもらうのが当たり前だったからだろう。見ていて違和感もなかった。
 恋人同士だった頃のウィリアムとまなみが過去にどんなバレンタインデーを過ごしてきたか根掘り葉掘り聞こうとは思わないが、気にならないと言ったらそれは嘘になる。

「日本じゃ逆だもんね、こんなにチョコもらっちゃった」

 日本でバレンタインデーに女の子からプレゼントをもらったのは久しぶりだからお返しってどうすればいいの、とゆきに質問するウィリアム。ゆきはそれに丁寧にこたえてあげていた。そして話は最初に戻る。

「男性から女性に花なんかをプレゼントするんだ。プロポーズする人も多いよ」
「へえ、恋人達の日って感じ」
「そうだね……大人達はレストランで食事をしたり、特別な日にしようとする」

 ウィリアムは自分の祖父も祖母にプロポーズしたのがバレンタインデーだったという。

「まなみに会えないときはカードを贈ってたよ」
「会えてたときは?」
「花束をプレゼントしてた」

 これくらいの束の、とウィリアムは両手でその花束の大きさを再現してくれている。興味津々のゆきは更に詳しく話を聞こうと質問を続けた。

「まなみは何かあげたりしなかったの」
「うん、海外にいた頃は何も」
「まなみは毎年お菓子手作りしてたよね、自分用に」
「ウィルはそのチョコいらないって言ってたでしょう」
「そうだったっけ」

 まなみがチョコを自分の為に買ったり作ったりするのは昔からのようだった。そしてまなみは自身が作るチョコのお菓子をウィリアムにあげようとしたことがあるという。けれどウィリアムは甘いものは苦手だからいらない、とお菓子を貰うことを頑なに拒んだらしい。
 ウィリアムいわくまだ幼い頃はバレンタインに女性から何かもらうのは嫌だったようで。もちろん恥ずかしかったからというのもあったらしいが。バレンタインは男から女へプレゼントをする日だ、と祖父から口酸っぱく言われていたことを守っていたそう。

「いまはチョコもらえてラッキーって感じ」

 その話を聞いてゆきは「はは」と声をあげて笑った。

「もう……、なんだか渡しにくくなっちゃった」

 すると恥ずかしい、と言いながらまなみは手荷物のなかから綺麗にラッピングされた小袋を取り出した。

「バレンタイン、今回はケーキにしてみたの。月城君はホールね」

 ガトーショコラだよとまずはゆきにそれを手渡した。ゆきに渡したのはさっき鞄から取り出した小袋ではなく、ひとりだけ少し大きめの箱だった。そして次にウィリアムに、そしておれに小袋を手渡したまなみ。

「ありがとう、まなみ」

 嬉しそうにお礼を言うゆきに、その姿をみてこれまた嬉しそうに微笑むまなみ。するとウィリアムが突然ちょっと待って、と口をはさんだ。

「桃矢に渡したのと僕に渡したの、いっしょじゃないか」
「うん」
「バレンタインのプレゼントなんだろう?どうして桃矢のだけ特別じゃないの?」

 ウィリアムはどうしておれに渡すものと自分に渡されたものがいっしょなのかと不思議でならない様子だった。

「普通は桃矢にだけ特別なお菓子を作って渡すんじゃないのかい」
「あ、そっか」

 まなみはそう問い詰められ、何かに気づいたように目を丸くさせた。

「わたし月城君に渡すケーキこれだけで足りるかなって、そればっかり考えてた……」

 確かに普通に考えれば、ゆきに渡されたホールケーキは本来ならおれがもらうのが正しいのかもしれない、と頭の片隅で思った。けれどおれ達はゆきが特別にホールケーキをもらうことに何の違和感も感じていなかった。
 きっとウィリアムに言われなければそれがおかしいことだなんて気がつかなかっただろう。

「だから雪兎とまなみが付き合ってるってことになっちゃうんだ……納得した」

 少しだけ落ち着いた様子のウィリアムにごめんなさいと謝るまなみ。ウィリアムはまだ少しだけ不服そうだ。けれどウィリアムの携帯にお迎えの車が星條に着いたという連絡がきた為に、ウィリアムは納得いかない様子のままこの場を去ることになった。

「確かにぼくだけ特別だね」
「だって沢山食べるでしょう?」
「いいんじゃねえの、それはそれで」

 ウィリアムからみたらおれ達の関係には色々と引っかかるところがあるらしい。
 ウィリアムとふたりきりになったときに言われたことがある。「恋人同士なのに全然それらしくない」と。でもおれはそれで満足しているんだ。

「今度!今度、何か別のものつくるね」
「じゃあそん時は家に持ってきてくれよ、とびきりデカいの」

 そしてゆきを呼んで、さくらや父さんにも食べてもらおう。そう言えばさっきまでどうしようと悩んでいたゆきとまなみは嬉しそうに微笑んだ。ウィリアムが聞いたら結局みんなで食べるんじゃあ意味がないと言われそうだがそれでいい。

「それならさくらちゃんの好きなケーキにしよう」

 喜んでくれるかな、とはたまたウィリアムに叱られそうなことを言うまなみに思わずくすりとしてしまう。
 おれは皆んなで笑っていられればそれでいいんだ。




チョコレートはお好き?
(苺のタルトとかどうかな)