12 桃色のリボンで〈1〉

  


「ずっとこのままでいいの?」
「ん、何が」

 おれのこたえにハアとため息をつくように大きくボディーランゲージをするウィリアム。
 色々聞かれるのが面倒で何も気づいていないような返事をすれば、少しは諦めてくれるかと思ったから「何が」なんて言ったのに。奴は諦める気がさらさら無いらしい。

「……やっぱり雪兎とまなみが恋人同士っておかしくない?」
「当事者がいいって言ってんだ、何もおかしくないだろ」
「嘘つき」

 納得しているはずがない、自分だったら絶対に嫌だ、とウィリアムは意見をまげなかった。

「自分の恋人が親友の恋人のフリしてるなんて……どうかしてる」
「おれらが、納得してる、……いい加減怒るぞ」
「桃矢は怒ったりしない」

 ウィリアムの綺麗な顔がぐっと近づく。ハーフらしく彫りの深い目元に、彼の母親によく似ているらしい色素が薄めの瞳。間近でそんな男の顔をみたら、誰だって一瞬息がとまるだろう。
 いつもならこのくらいの間で助けてくれるまなみやゆきは用事の為にここにはいない。

「近ぇ……」
「あ、ごめん」

 近づいていた綺麗な顔が軽い笑みを浮かべながら離れていくと、おれもやっと息が出来るような気がした。

「ねえ、桃矢はまなみにもっと触れたいって思わないの」
「……!」

 驚きの発言に正気か、とウィリアムの顔を直視すれば、特にいつもと変わらない様子のウィリアム。思春期真っ只中の高校生達が集まる場所なのだから教室での発言にはもう少し気をつかってほしいと思った。二人きりで話しているとはいえ、どこで誰が話を聞いているのかわからないんだから。

「まなみが何か言ってたわけじゃないよ、僕の個人的な意見」

 日本人は奥手だけれど、まさかまだキスすらしてないなんてことはないだろう、と何故か得意げに語り出すウィリアム。
 ウィリアムが言うにはこうだ。恋人同士ならもっとイチャイチャして。今時中学生のほうがもっと進んでる、と。

「清い真剣交際なのはいいことだけど……だからってスキンシップが全然ないのもどうかと思うよ」
「……人前じゃしない」

 ウィリアムのように海外にいた人からしてみれば、人前であっても恋人らしくしていることのほうが普通なのだろう。それはなんとなくわかる。だからってそれを強要するものでもないだろう。そのあたり、ウィリアムもわかっているように感じるのに。

「人前じゃなくてもあんまりしてないんだろうなあ、って思ったから聞いてみたんだけど」

 まったくしていないわけじゃない。けれど図星といえば図星かもしれない。世間一般の恋人同士ならもっとキスやら何やらしているんだろうなとは思う。別にキスやら何やらがしたくない訳ではないし、欲がない訳でもない。
 けれど自分は常にそうしたいとは思わないし、まなみもそれを求めてはいないだろうと勝手に思っている。

 けれどまなみに直接聞いたことはない。いや、聞こうと思ったことすらないし、思いつきもしなかった。もっと触れ合いたいと思うか、なんて。

「愛している人にキスしたいと思うことは何も恥ずかしいことなんかじゃないよ。当たり前のことだ。もちろん相手の同意があってこそだけど」

 恋人同士の触れ合いについての話しではなかったが、よく海外の人がするような過度なスキンシップを、まなみ自身恥ずかしがることはあっても、それが普通だと思っている、というのは聞いたことがある。日本より海外にいた時間のほうが長いまなみからしてみれば、スキンシップは当たり前の文化なのだ。

 けれどまなみの人との接し方は日本人そのものだと思う。おれに合わせてくれているのか?とは思わない。あいつの持つ感覚はおれ達と似たようなものなのだと感じている。でも何か、いや、もしかしたらあいつはそうは思ってないかもしれない、と心のどこかで思ってしまった。

「別に良いとは思うよ」
「ならどうして執拗にこんな話」

 ただいっしょにいたいから隣にいる。もちろん好き合って心を通わせて、そうしているから今はその話はいらないんじゃないかとおれは思っていた。

「前に言ってたよね、桃矢は未来に起こる出来事がその不思議な力でわかったりするって」
「……ああ、」
「ならまなみとの未来は?わからないんじゃないの?」

 ウィリアムは頭も切れるらしい。誰にも話していないことをほんの少しの間に気づいてしまう。

 そうだ。まなみとの未来はよくみえない。自分の未来に、隣にあいつがいる映像が浮かんでこないのだ。

「触れ合えば触れ合っただけ愛情は深まるものだよ。……わかるかい」

 キスは、つき合いはじめた頃のことを思えばしているほうだと思う。ふたりきりになったときにだけ、だが。
 出来るだけ優しく、ほんの少しだけ触れるその時間はいつもひどく長く感じている。

「未来のことがわからないから手が出せない」

 ウィリアムはおれの顔に手を添える、まるでキスでもするみたいに。そして言う。

「恋は人を臆病にさせる……そういうとき大抵本人は気づいてない」

 ゆっくりとしゃべって、その体勢のままいつかみたいに頬にキスをするウィリアムに、なんだかおれももう慣れてしまっていた。そしてウィリアムは耳元でささやくように顔を傾ける。

「セックスしろって言ってるんじゃないよ、でもふたりはもっと幸せになるべきだし、その為には愛し合うべきだ」
「んなこと突然言われても、」
「触れるのが怖いならプレゼントがいい。まなみに何かプレゼントしなよ。バレンタインのお返しとは別にね」

 バレンタインのお返しはもともと何かする予定だった。そのときはウィリアムがもらったものと同じガトーショコラに、そのあと家にいちごが沢山のったタルトをもってきてくれた。そしてさくらやゆきといっしょに食べた。
 まなみはウィリアムに、またそれじゃあバレンタインの意味がないと散々叱られていたみたいだったが。

「ホワイトデーにプレゼントはありきたりすぎるだろう?」
「それはまあ、確かに……」
「まなみが心から喜んでくれれば、それだけ愛情は深まるものだよ。カラダはもちろんだけど……物のやりとりでだって心を触れ合わせられるんだから」

 そうやっておれはウィリアムに言われた通りプレゼントさがしをすることになった。