12 桃色のリボンで〈3〉
「いらっしゃいませ」
次の日バイト終わりに南さんから教えてもらったお店を訪れたおれは少しだけ緊張していた。
女子向けの可愛らしいアクセサリーや雑貨が並ぶこのお店は、落ち着いた外観のお陰で男でもなかに入りやすかったものの、お店のなかは当たり前のように女が多かった。他の客にちらちらと見られているような気がしてならない。
「プレゼントですか?」
「、はい」
「どういったものをお探しで?」
突然声をかけてきたのはこのお店の店員なんだろう、アクセサリーが似合う優男。どこかゆきに似ているような気もする。笑顔が爽やかだった。
「学生さんですか」
学生さんならこちらにあるものなんてどうですか、と声まで優しいその店員がアクセサリーの並んだ棚まで案内してくれる。確かにそこに並べられているものはおれ達の年齢にあっているようなものが多かった。
派手なもの、ひかえめなもの、様々なアクセサリーが並ぶ。
そのなかでふと視界に入ったネックレスがあった。そっと手にとって眺めてみると、どこかしっくりとくるものがある。
「スワロフスキーですね」
キラキラと輝いてみえる石が、ピンクがかったゴールドのチェーンの先にひとつ付いている。シンプルで派手過ぎず、けれど存在感のあるそれにおれは惹かれた。
「綺麗ですよね、そのネックレス。キラキラしていて……」
値段も学生さんには優しい、とこれまた爽やかな顔をしてそのネックレスについて色々と語ってくれる優男。
だからまなみがこのネックレスをつけているところを想像した。きっと似合わない、なんてことはないだろう。
「これにします」
そう伝えればラッピングさせていただきます、とレジ近くのカウンターにその店員は引っ込んでいった。レジの前からその様子を眺めていると、作業しながらその店員が「彼女さんにですか?」と人当たりの良い笑顔で聞いてくる。
「束縛したい」
「?」
「ネックレスを女性に贈る意味、知ってますか?」
花に花言葉があるように贈り物にも意味があって、ネックレスには相手を束縛したいっていう意味があるんですよ、と優男はラッピングをしながらおれに話しかける。
もうほとんどラッピングが出来上がっているそれに、やっぱり別の物にします、とは言えない。それ今言うか?とは思いつつ、内心焦りが隠せなかった。まなみにそういう意味でとらえられたらどうしよう、と思ったからだ。
男より女のほうがそういうことには詳しいし、そのプレゼントを贈られることの意味を知っていても何も不思議じゃない。
何も言葉を発せずにいると、優男はその表情をさらにやわらかくさせて、今度は全く違うことを話しだす。
「ふふ、……実は、束縛したいっていうのは最近の話で。大昔は相手の幸せを祈って贈るのがネックレスだったそうですよ」
「……幸せを祈って?」
「ええ。喜んでいただけるといいですね」
ネックレスには専用の小箱があるらしい。小箱に入れられて、そして最後にそとからリボンを巻くという。そのリボンの色を何色にしますか、と数色の見本のリボンを目の前にさしだされる。
おれはとっさにこのお店を紹介してくれた南さんが頭のなかに浮かんだ。まなみがモデルをしたときに着ていた、さくらにプレゼントしてくれたワンピースと同じようなピンクの衣装。それを思い出してピンクのリボンを巻いてもらうことにした。
ラッピングがおわり会計を済ませて、その小箱を受け取ろうとしたとき、その店員は何か言いたいことがあるのか一瞬その小箱を渡すのをためらった。
「……間違っていたらすみません。桃矢君ですか?」
「!」
「今朝、南さんから連絡があって、近々イケメンの高校生がお店に来ると思うからよろしくって」
この店員と南さんは知り合いだったらしい。むかし雑誌でこのお店をとりあげてもらったことがあって、その頃からの仲だという。
「ここにプレゼントを買いに来る学生は多いけど、南さんがわざわざイケメンの高校生っていうくらいだから、とびきりイケメンがくるんだろうなって。君だってすぐにわかりました」
心の中で南さんにどうしてこの優男に連絡をしたんだと愚痴を言いながら、おれはプレゼントである小箱を受け取った。
そしてこの店員もおれの心境を察してか「南さん、世話焼きたがりな人だから……」と苦笑いをする。そんな表情をしたままの店員に見送られておれは店をあとにした。
「ただいま」
「おかえりなさい」
家に帰ってきて父さんに出迎えられる。明日も学校だからさくらはもう寝ている時間だろう。
おれは荷物を部屋に置きに二階へあがってから少しだけ晩飯を食べることにした。その間に父さんはおれの分の晩飯を温めなおしてくれていた。
「いただきます」
晩飯をたべはじめてもまだ何か用事があるのか父さんはキッチンから動こうとしなかった。
「あとは自分でやるから、」
そう言っても父さんはなぜかおれの顔をみて動こうとしない。何かおれに言いたいことでもあるのかと思って聞いてみると、まさかのこたえが返ってきた。
「いえ、……何か良い事でもあったのかなあって」
にこにことした表情で父さんはそう言った。
良い事といえば良い事なのかなと思った。南さんがお店の店員に連絡をしていたという恥ずかしい出来事以外は、買い物を含めて満足していた。良い買い物ができたと。
けれどそう思っていたことを何も知らないはずの父さんに見抜かれてしまったことに照れてしまう。
「……顔にでてるかな、おれ」
「まさか。多分ぼく以外の人にはわからないと思うよ」
これでも桃矢君のお父さんだから、と少しだけ胸を張るようにする。父さんにしかわからないくらいの変化が少なからずおれの顔にはあらわれていたらしい。
「よかったね」
父さんはそう一言、それ以上のことは何かを聞こうとしたり、会話をしようとはしなかった。
何とも言えない恥ずかしさもあったから、父さんのそんな態度はありがたかった。
部屋に戻ってラッピングされたそれを眺めながら、まなみの顔を思い浮かべる。
束縛、と言葉だけ聞いてもあまりピンとはこない。けれど今、恋人を束縛したいかと聞かれて、そんな気は全く無いとはっきり言える自信はあまりない。
それは本当に稀に、自分だけが独り占めしたいと思う笑顔をまなみがみせるときがあるからだ。
少なからず、おれに向けられるまなみの笑顔が自分だけのものであれば嬉しい、と思っている自覚がある。そしてまなみの笑顔が見たい、と常に思っているから。
まなみのことだ、余程のことがない限りこのプレゼントを喜んで受け取ってくれるだろう。ありがとう、と。
けれどこのプレゼントは本当に喜んでもらえなければ意味がない。
ウィリアムの言葉通り、幸せになる為に、愛し合う為に、まなみの心に何か触れるものがなければ。
ウィリアムの言葉があったからおれはこんな風に恥ずかしいながらもまなみへのプレゼントを買うことができたのだと思う。それは感謝したかった。
そして今度はこのネックレスをいつまなみに渡すかだった。
まさか学校で渡すことはできない。ならばやはりふたりきりのときに渡すことになるのだろう。
次にバイトがない日はいつだったかと、おれはカレンダーで予定を確かめた。
桃色のリボンで
(内緒のデートをしよう)