13 きらきらひかる〈2〉

  


 日曜日、言っていた通り10時ぴったりにアパートまで迎えに来てくれた桃矢君。外はお散歩するのにちょうどいいお天気で、桃矢君家までの道のりをゆっくりふたりで歩いた。

「お邪魔します」

 先に二階にあがっていてくれと言う桃矢君。その言葉通りにわたしは二階の桃矢君の部屋へとお邪魔した。
 桃矢君家にはつい最近、魔法をつかって疲れて眠ってしまったさくらちゃんを送り届けたときに訪れていた。けれどあのときはさくらちゃんの部屋に入っただけで、桃矢君のお部屋は久しぶりだった。だから少しだけ緊張してしまう。
 カーペットの上に折りたためる机が置かれているのは今から勉強する為のものだろう。今日はわたしも沢山の数学の宿題を持参している。

 少しだけ辺りを見回すと、綺麗に整頓されている勉強机、窓に、そしてベッドが置かれている。もう少し散らかっていてもいいのに、と思うくらいにはきちんと整理整頓されている部屋だなあと思った。
 立って待っているのもなんだかそわそわしてしまうので、座っていようとカーペットの上に腰をおろそうとしたとき、何やら見慣れたものが視界にあらわれた。

「ジェリーラビット……?」

 ベッドの上にある目覚まし時計の横にちょこんと座っているのはシャツを着てズボンをはいたうさぎのぬいぐるみだった。わたしが幼い頃から大好きなブランドの、イギリス土産によくつかわれる有名なぬいぐるみだ。
 実家にコレクションが沢山あるけれどこのデザインは見たことがなかった。それにまだ新しそう。とってもふかふかしているところがこのぬいぐるみの特徴のひとつである。とっさに触ってみたい、と思ったけれど、親しきなかにも礼儀あり。人の家のものを勝手に触るのはマナー違反だと思いとどまった。

 落ち着こうと深呼吸をひとつ、どうして桃矢君が可愛らしいぬいぐるみをお部屋に飾っているのか気になった。部屋には馴染んでいる気がする、けれど桃矢君がぬいぐるみを部屋に飾るような人には決してみえないというか……。

「茶もってきたぞ、って何つっ立ってんだ」
「桃矢君」

 色々な可能性を考えてみたけれどどれもピンとこなくて悩んでいるといつの間にかうしろにお茶とお菓子を持った桃矢君が立っていた。

「あ、あのね、」
「?」

 なんだか少しだけ聞きにくいけれど思いきって聞いてみようとわたしは何故ここにジェリーラビットのぬいぐるみがあるのかと質問をした。焦ってしどろもどろになってしまったわたしを桃矢君は不思議そうに見守ってくれた。

「ああ、これのことか」

 わたしがジェリーラビット、と言っただけで桃矢君は目覚まし時計の横に座らせていたジェリーラビットのぬいぐるみを取って目の前に持ってきてくれた。

「お前のお友達がわざわざプレゼントしてくれてな」

 わたしがそのぬいぐるみのふわふわ加減を楽しんでいると、そうこたえてくれる桃矢君。わたしのお友達っていったい誰の事なんだろう。ジェリーラビットのことを知っていて、そしてプレゼントしてくれそうな人。そんなのひとりしか思いつかなかった。

「まさか……ウィル?」
「当たり」

 そして桃矢君はお前もちょっと前にジェリーラビットのぬいぐるみを貰わなかったか、と言う。確かにまだウィリアムが日本に来る前にお手紙といっしょにぬいぐるみが届いた。そのタイミングで桃矢君もこの子を貰ったのだという。

「これとまなみが持ってるやつ、元々ペアなんだと」

 ぬいぐるみを部屋に飾る趣味なんてないけれど、この子はしまっておけなくてずっとここに飾っていたのだと桃矢君は教えてくれた。
 そしてそのとき一緒に届いた手紙も桃矢君は見せてくれた。『この子達を離ればなれにしちゃうのは申し訳ないけど、この子達を見たときどうしても君たちにプレゼントしたいなって思ったんだ』と一言添えてある。

「ウィルらしいね」
「ほんとに」

 でもどうしてわたしの手紙にはこの子達が元々ペアだったことや、その片割れを桃矢君にプレゼントしたことが書かれていなかったんだろうと思っていると、桃矢君が「あいつのことだから何かサプライズでもしたかったんじゃねえの」と言う。実際おれの部屋でびっくりしてたろ、と。本当だった。

「『今度お互いに見せ合ってみて』だって、桃矢君にもはやく見せてあげたいな、女の子の方」

 ウィリアムからの手紙にはそんなことまで書かれていた。その言葉を指でなぞりながら見ていると、じゃあ今度はまなみの部屋で勉強会だな、と言ってくれる桃矢君。

「また今度ね」

 まだ今回の勉強会もはじまっていないのに、もう次の勉強会が楽しみになってしまった。






 勉強会とはいえ今日はデートだ、とはっきり言った桃矢君。さいしょはいつもと違うような、何かがあるのかと思ってしまったけれど、どうやらいつもと同じみたいで安心していた。
 そして桃矢君との勉強会はとってもはかどった。どの教科でも得意な桃矢君のおかげで宿題の範囲の半分をもう終わらせたところだ。

 時間はちょうど正午。お昼ご飯はどうしようと桃矢君に言えばお昼は藤隆さんが用意してくれるという。なんだか至れり尽くせりだと思った。
 台所にはエプロンをつけた藤隆さんがいて、美味しい匂いを漂わせながら料理をしている。

「あの、ありがとうございます」
「いえいえ」

 ゆっくりしていってくださいね、と言う藤隆さんは今日は書斎でお仕事なんだと教えてくれた。お仕事中なのにお昼ご飯を作ってもらうなんてなんだか申し訳ないから何か手伝わせてくださいと言っても、もう出来ますから座っていてくださいとかわされてしまった。

「気分転換になって良いんですよ」

 はい出来ましたと食卓に出されたのはおしゃれに盛り付けられたパスタだった。

「わあ、美味しそう!」
「どうぞ召し上がれ」

 桃矢君の隣に座って早速いただきますをしてそのパスタをいただいた。勿論すごく美味しい。桃矢君が料理上手なのも藤隆さんあってこそなのだと思った。
 パスタを美味しくいただいてから、洗い物くらいはさせてくださいとお願いしてみてもそれはおれがする、と先に食べ終えて台所に立っていた桃矢君にお皿を取り上げられてしまった。どうやらお客様には何もさせてくれないらしい。
 手持ち無沙汰でうろうろしようとしているところに、今度は何やらデザートらしきものを準備している藤隆さん。
 食卓にはケーキ、藤隆さんの手にはティーポットが。

「チーズケーキ、食べますか?」
「い、いただきます……!」









———コンコンッ

 桃矢君と数学の宿題を揃って解いていると、突然部屋の外から音がした。桃矢君はドアのほうを向いただけで特に声をかける気はないらしい。
 気配でわかるからだろうか、気にせず入ってこいってことなんだろうか。わたしは立ち上がってドアを開いた。

「こんにちは、さくらちゃん」
「こんにちは!」

 なんだか嬉しそうなさくらちゃんに思わずこちらがにこにこしてしまう。

「玄関でお兄ちゃん以外のひとの靴をみつけて、それでまなみさんだってお父さんから聞きました!」

 わたしが家にあがらせてもらったときから藤隆さんは居たけれど、さくらちゃんは知世ちゃんとお出かけしているらしかった。さくらちゃんのお洋服はしっかりとお出かけ用にみえる。時間は午後3時。ちょうど帰ってきたところなのだろう。

「お出かけ楽しかった?」
「はい!知世ちゃんとお買い物してたんです」

 また今度いっしょにおでかけしようとさくらちゃんに伝えれば、元気いっぱいにお返事をしてくれた。とっても可愛い。

「チーズケーキ、冷蔵庫に入ってっぞ」
「ケーキ!」

 さくらちゃんと話していたら後ろから桃矢君がさくらちゃんにそう教えてあげていた。わたしも桃矢君と藤隆さんとお先にいただいたと言えば、ケーキケーキ、と慌てて階段をくだっていくさくらちゃん。誰だってケーキと聞けば嬉しくなるだろう。




 数学の宿題もあと一問で終わりだ。やっと終わると桃矢君に言えばもう一足先に終わったと得意げに言う桃矢君。流石だと思いながら残りの一問を解こうと教科書に視線を戻すと、向かいに座っていた桃矢君がすっと立ち上がる。
 思わず視線を奪われると、桃矢君はそのまま元からある勉強机の上に置かれていた紙袋をわたし達の使っている机の上に静かに置いた。
 何だろうと思いつつ宿題の一問を解き終わると、それと同時、桃矢君がその紙袋のなかから何かを取り出した。そしてわたしの目の前にそのなにかを差し出す。

「ん、」

 桃矢君はちいさな小箱をもっていた。ピンク色のリボンの巻かれた長方形の小箱。目の前に差し出されているということは受け取れということなのだろうかと、疑問の視線を送ると「ん」とさらにわたしの目の前にその小箱を差し出した。

「あけていい……?」

 おそるおそるその小箱を受け取ってリボンをほどいた。まさかびっくり箱か何かではないだろうけど、何故か多くを語ろうとしない桃矢君の様子に思わず身構えてしまう。
 上のフタをとってみるとぱか、と小さな音が鳴った。