14 眠りから覚めたら〈2〉

  


「洗い物しとくから」
「じゃあ月城君のこと見てくるね」

 わたしと桃矢君は月城君が目覚めたときにすぐご飯が食べられるようにしておこうと冷蔵庫の中身を勝手に料理していた。ご飯も沢山炊いたし、おかずも沢山つくった。あとは月城君が目覚めるのを待つだけだ。

 桃矢君のお言葉に甘えて、洗い物を任せて月城君の様子を部屋まで見に来てみると、月城君の小さな寝息がすーすーと聞こえていた。心配なのは変わらないけれど、穏やかな寝顔に少しだけ安心する。
 さっきこの場を離れるときに枕元に置いておいたお守りがわりの鏡を自分のポケットに入れてから、月城君、と声をかけてみる。そしてちょっとだけ乱れていた前髪をなおしてあげた。

「……まなみ……?」
「月城君っ、」

 月城君が目を覚ました。
 だいじょうぶ、と体を起こすのを手伝うと、月城君は「ごめんね、心配かけて」と申し訳なさそうにつぶやいた。

「ぼくまた眠っちゃったんだね」
「……いま桃矢君がご飯準備してくれてるの。食べられそう?」
「うん、だいじょうぶそう。さっきより眠くないから」

 食べられそうだよ、と今度はいつもと変わらない笑顔をみせてくれた。

「よかった」

 そう言えばまた「ごめんね」と申し訳なさそうにつぶやく月城君。今回は多分記憶がなくなったりはしてないんだ、と少しだけ嬉しそうに言う。

「でもさくらちゃんにこれ渡す予定だったのに……もうこんな時間だ」
「明日渡しに行こうよ。わたしもまだだから、」

 そう言って微笑めば、月城君はそうだね、と微笑む。
 良かった。きっと月城君は今回も自分が眠ってしまったせいで、周りの人を悲しませてしまっていると悩んで苦しんでいるに違いない。でもこうやって少しだけでも微笑んでくれたということは、いつだったかわたしに悩みを打ち明けてくれたときよりもだいじょうぶなんだとは思う。
 バレンタインデーのお返しは明日、いっしょにさくらちゃんに渡しにいけばいい。

「自分で立てる?」
「うん、だいじょうぶ」

 月城君はまた笑顔を見せてくれた。桃矢君に起きたよっていっしょに言いに行こう、とわたしは月城君の両肩を後ろからそっと押した。

「ゆっくりね?無理しないで」
「心配性だなあ、もう」







 桃矢君がいる部屋の前までくると、戸が勝手に開いた。

「ゆき、」
「ご飯ありがとう、とーや」

 美味しそう、と月城君は桃矢君に心配をかけまいとしているのか、何事もなかったような表情と話し方で机の横に腰をおろした。きっと本当に何もなかったことにしたいんだろう。
 物凄く心配していたはずの桃矢君も、そんな月城君の態度に何も言うまいと察したのか、むすっといつもの桃矢君らしい表情になる。

「今日、おれとまなみ泊まってくから」
「え、そうなの?」

 そこまでしなくてもだいじょうぶだよ、と言う月城君をよそに、先にご飯を食べながら「決定事項だから」と有無を言わさずこたえる桃矢君。

「いいじゃない、3人でお泊り会なんてはじめてなんだし」

 わたしと桃矢君が譲るつもりがないとわかると、月城君は少し間を置いてから、じゃあお布団の準備しなきゃね、と観念したようだった。




 まるで幼い子供のように3人で布団を並べて寝たわたしたちは、朝、また月城君をのこしてわたしと桃矢君で朝ご飯の準備をした。
 その間服を着替えて待っていてくれた月城君がこんなのはじめてですごく楽しかった、と笑顔で語ってくれたから安心した。昨日は終始月城君のことを見て心配そうにしていた桃矢君も、今日は一息つけたみたいで、落ち着いた顔をしている。

「体調はどう?」
「うん。いまのところ眠くないよ」

 もしかしたらあの鏡の力が少しだけでも効本当にかもしれないとわたしはひとり喜んだ。
 そして朝ご飯の準備が終わって、3人で机の横に腰をおろして、いただきますをした。こんなことは本当にはじめてだった。

「合宿みたい」

 朝から信じられない量のご飯を食べすすめる月城君がそんなことをつぶやいた。確かに何か部活の合宿みたいだ。
 ご飯を高速で食べ終えると、洗い物はやらせてよ、と月城君が台所へと移動していった。それからほぼ同時に朝ご飯を食べ終わったわたしと桃矢君は、月城君を台所にのこして昨晩使った部屋を掃除することにした。

「今日はだいじょうぶそうだね」
「ああ」

 良かった、と桃矢君はつぶやいた。大体の片づけと掃除を終わらせると「これ終わったらおれん家帰るぞー」と台所まで聞こえるような大声で話しだす。
 はーい、と月城君の元気な返事がきこえた。







「雪兎さんとまなみさん!」

 桃矢君家に着いて玄関まで入れてもらうと、リビングのほうからさくらちゃんのおかえりなさいと言う声と足音がきこえた。そして玄関までやってくると、桃矢君の後ろにいた月城君とわたしをみて目を丸くさせている。さらにさくらちゃんは月城君のおかげで少し顔が赤くなっていた。

「こんにちは、さくらちゃん」
「こんにちは!」

 いつも通りの月城君の笑顔にさくらちゃんはにゃーんと表情を緩ませている。
 どうぞあがってください、というさくらちゃんに誘われてリビングに。すると机の上には何やら小袋がのっていて、さくらちゃんはそれを隠すようにその前に立った。

「まなみさんに、」
「わたしに?」
「バレンタインのケーキありがとうございました!すっごく美味しかったです!」

 これ、とさくらちゃんは両手で丸みのあるポーチをわたしの目の前に差し出した。今日ホワイトデーだからお返しです、と差し出されたポーチはわたしのものだという。薄いピンクと水色が可愛い羽の飾りがついたポーチ。

「ありがとう!さくらちゃん」

 とっても可愛いくて使い勝手のよそうなポーチ。さくらちゃんから貰ったというだけでとにかく嬉しかった。

「さくらちゃん」
「はい!」
「これ、ぼくから。バレンタインのお返し」

 はい!と大きな声を出したまま固まってしまったさくらちゃん。よほど月城君からのプレゼントが嬉しかったらしい。

「時計なんだ。使いやすいと思うよ」

 はい、とさくらちゃんの体の前に膝をつき、出された片腕に慣れた手つきで時計をつけてあげる月城君はまるで王子様みたいだった。本人には言わないけれど。

「ほ、ほえええ」

 さくらちゃんはいっぱい一杯みたいで顔を赤くさせたまま固まってしまった。


 わたしがさくらちゃんからもらったのはさくらちゃんが裁縫してくれた手づくりのポーチ。ちょうどいいサイズなので学校鞄用のポーチにしよう、と頭のなかで妄想をしていた。鏡やリップをしまうのにちょうど良さそうだ。

 月城君からのプレゼントでうわの空になっているさくらちゃんには、わたしからもバレンタインのお返しがあった。バレンタイン当日、わたしもさくらちゃんからチョコレートをもらっていたから、そのお返しだ。
 悩みに悩んだ末に選んだプレゼントはお化粧ポーチにした。お化粧ポーチの中には色付きの薬用リップに日焼け止めクリーム、鏡にティッシュ、髪どめなど女の子の好きそうなものが入っている。喜んでくれるだろうか。

「まなみさん!あの、」
「?」
「嬉しいです!今度お化粧してもらってもいいですか?」

 中に入っていた鏡を取り出して顔を眺めながらさくらちゃんは楽しそうにそう言ってくれた。小学生とはいえ高学年になってくるとお化粧品に興味がわいてくるお年頃だ。お母さんがいたら休日にメイクしてくれたりするんだろうけど、さくらちゃんにはそのお母さんがいないから……。
 わたしは少しでもさくらちゃんの為になるならと週末に知世ちゃんも一緒にとびきりオシャレしてどこかに遊びに行こうか、と提案してみる。

「行きます!知世ちゃんに伝えておきますね!」

 わたしのあげたお化粧ポーチを片手に、もう片方の手には月城君があげた腕時計が。その格好のままさくらちゃんは知世ちゃんに電話しようとリビングから出て行ってしまった。

「甘やかし過ぎだ」
「とーやが言う……?」

 バレンタインのお返し、桃矢君はいったいどんなものをさくらちゃんにあげるのだろうか。きっと物凄いあまーいものに違いないと月城君とわたしは考えていた。