15 このあと街は大騒ぎ〈1〉



 ここが噂のチョコがおいしいお店か、と建物を見上げる。

 世間の女の子の大イベントであるバレンタインデーを前に、クラスの子から紹介されたチョコレートがおいしい人気のお店。
 やっぱり外装からしてオシャレで可愛い。
 可愛らしいものを目の前にしてこんなに胸がときめくなんて久しぶりだった。

 そしてわたしはチョコレートを買いにきたわけだけれど、誰かにあげるためじゃなく、自分用を買いにきた。
 バレンタインデーがくるたびに毎年おいしいチョコレートが店頭にならぶ。
 これほど胸が高鳴る日なんてないくらい、わたしはチョコレートが大好き。
 人にあげるだけなんて何だか物足りなくて、自分用を買うのがわたしの毎年の恒例行事になっている。
 もちろん、お菓子はたべるだけじゃなくてつくるのも好きだから、友達にあげるぶんも毎年用意するけれど。

———桃矢君、ここでバイトしてるんだよね。

 学校でこのお店のことについて話したら桃矢君がそこでバイトしてるっていっていたから、お店の中をぐるっとみわたした。
 お店の中は人がいっぱいで、当たり前だけど女の人が多い。
 そしてちょうど目の先にたくさんのお客さんがいる間から頭ひとつ飛び出している桃矢君がみえた。

「あの店員さん、すっごくかっこいー!」
「本当!背も高くて素敵よね」

 やっぱりどこでもモテモテの桃矢君。
 近くにいた年の近そうな女の子達からそんな会話がきこえてきた。

 確かに学校でも学年問わず人気者の桃矢君だからそう言われても当然。
 毎年のバレンタインは、きっとものすごい量のチョコをもらうんだろうな。

「まなみ?」
「こんにちは、桃矢君」

 こちらに気づいてくれたみたいだったから、わたしは軽く手をふった。

「人多いね、びっくりしちゃった」
「バレンタイン前だからな。まなみもその買い物だろ?」
「うん、一応……ね」
「なんだ一応って」

 自分用を買いにきたなんて言ったら笑われてしまいそうだけれど、隠すこともできないと思って正直に話すことにした。
 そうしたら桃矢君は「そうだろうと思った」と、いつもの意地悪そうな顔をした。

「まあ、ゆっくりみてけよ」
「うん」

 それからわたしはこれ以上仕事の邪魔をしちゃいけないと、お店の中を物色することにした。




 お店の中をぐるぐるしていると、さくらちゃんと知世ちゃんがお店の中に入ってきた。
 さくらちゃん達もバレンタインの買い出しにきたのだろう。
 少し離れたところにいたせいか、2人はわたしに気づいていないみたいだった。
 離れてはいるけれど、店内は静かめだったから話し声がうっすらと聞こえる。

「お兄ちゃん!なにしてるの!?」
「なにって、バイトに決まってるだろ」

 さくらちゃんは桃矢君がここでバイトしてることを知らなかったのか、相当驚いてるみたい。

「さくらちゃん!」
「千春ちゃん!利佳ちゃん!」
「さくらちゃんもバレンタインデーのお買い物?」

 するといつだったかペンギン大王公園でクロウカードの幽霊騒ぎがあったときに会ったことのある、さくらちゃん達のお友達がお店に入ってきた。
 さすがは有名なお店なだけあって知ってる人が沢山くる。
 それから少しだけ話していたさくらちゃん達はそれぞれお店の奥へ入っていった。


 そんなときだった。急に身体が何かの違和感を感じたのは。

———……この感じ前にも……!

「あぶない!!」

 わたしは変な感じがしたほうにかけつけた。それと同時にさくらちゃんが大きな声で叫んだ。
 その変な感じがしたところでは、2人の女子学生の前にある棚が彼女達にむかって倒れかかっている。

 だめ、間に合わない!

「お兄ちゃん!!」

 気づくと桃矢君がいて、倒れてきた棚をうけとめていた。棚にならんでいたものが次々に音をたてて床におちていく。
 桃矢君が棚をうけとめてくれたけど、まだそのまま倒れてしまいそうだった棚を、わたしも急いで駆け寄って支えた。

「だいじょうぶでしたか?」
「はいっ、ありがとうございましたっ」
「わたしさわってないのにー!」

 二人の女子学生はわたし達にむかってぺこぺこと頭をさげていた。
 棚を直接うけとめた桃矢君は右腕をかかえている。

「腕……だいじょうぶ?」
「ああ、たいしたことない。それより、」

 桃矢君はまるで目で何か伝えるようにわたしを見つめた。
 何か感じただろう、と言いたいんだとすぐわかった。

「あぶなかったねー」
「棚が急に倒れて……」

 まわりのお客さん達も突然の出来事に動揺しているのかお店の中は騒がしかった。

「あっ、まなみさん!いつからここに?」
「さくらちゃん達がくる少し前に。邪魔しちゃいけないと思って声かけなかったの、ごめんね」

 さくらちゃんはわたしに気づいたのか話しかけにきてくれた。



 そんななか、お店のドアが開いた。
 ドアを開けたのはいつかのあの少年、李小狼君だった。