18 大切な人にしか見せない〈2〉
わたしは藤隆さんが運転する車にゆられていた。
外はもう暗いから、といって藤隆さんがわざわざ車で迎えにきてくれたのだ。
「……すみませんっ……あの、やっぱり迷惑でしたよね……」
自転車をこいでいく気満々だったわたしは、やっぱり家に行きたいなんて言わないほうがよかったんじゃないかと後悔していた。
桃矢君が心配なのにかわりはないけど、自分の言ったことに後悔してため息がもれる。
後で後悔するくらいならどうして家に行きたいなんて言ったんだろうか。
普段の自分ならそんな衝動的なことはできないはずなのに。
「いいんですよ、まなみさん」
「?」
「桃矢君のことをこんな風に心配してくれるお友達がいると思うと、僕がうれしいんですよ」
藤隆さんの優しい言葉に思わず頬がゆるんで笑顔になった。
「ありがとうございます」
お礼を言うのはわたしのほうなのに、藤隆さんはさも当たり前みたいに言った。
「……ありがとうございます」
だからわたしも精一杯の気持ちをこめて言った。
そんなわたしの発した言葉とほぼ同時に、車は桃矢君の家の前まできていた。
車がとまると、わたしは藤隆さんに連れられて家にあげてもらった。階段のところにはさくらちゃんがいて、「こんばんは」と挨拶をしてくれた。
「お兄ちゃん、まだ意識がないんです……」
「……そう……」
部屋は前に一度、桃矢君と月城君と3人で勉強会をしたことがあったから覚えていた。
扉の前にたって深呼吸をして、わたしは静かにドアを開けた。
部屋に入るとベッドに横になっている桃矢君がいた。
わたしはすぐにベッドの横にしゃがんでシーツの端に手をそえて、その顔をのぞきこんだ。
「桃矢君……」
うるさくないように桃矢君に声をかける。
桃矢君の肌には、崖から落ちたときにできたであろうかすり傷がいくつもあって、なんとも痛々しかった。
桃矢君の目はとじたまま動かない。
わたしの心がずきん、と痛んた。
それはわたしが桃矢君のことをどう思っているかのあらわれだった。
桃矢君はわたしにとって本当の家族みたいな存在になっていた。もちろんだけど、月城君がけがをしても、いまと同じ気持ちになると思う。
「ごめんなさい……っ」
わたしは普段から、何か事故が起こる前にはその人自身に異変を感じる。簡単にいえば雰囲気が違ってみえる。
今朝感じた異変は髪の毛を切ったからだと錯覚していた。
気づけなかった自分が情けなくて、わたしの目からは自然と涙があふれた。
こうやって泣いてしまう自分も情けないと思った。誰にも泣き顔を見られる心配はないけれど、わたしは反射的に顔をそらした。
「……まなみ……?」
急に桃矢君の声がきこえて、ばっ、とわたしはふりかえった。
「……桃矢君……」
桃矢君の目はうっすらと開かれていて、整った顔によく似合う瞳はわたしのことをまっすぐに見ていた。
すると桃矢君の手がのびてきて、わたしの頬に触れた。
「……本物か?」
ちょっと変な一言に思わずくすっと笑ってしまった。
「本物だよ」
桃矢君は一瞬驚いたように目を見開いたあと、いつもの表情に戻っていた。
それからちらりと時計をみて言った。
「どうした、こんな時間に」
「どうしたって……心配だったの、けが」
「…………そうか」
いつもより少し弱っているせいか、声には元気がなかった。
「泣いてんのか……?」
さっきまで手のこうで触れていたわたしの頬を、桃矢君はふわりと包みこむようにして、親指で涙をぬぐった。
「わたし、こういう事故が起こる前にはほとんど気がつけるのに」
「ん、」
「その異変に気づけなかった自分が、情けない」
桃矢君はばーか、と言うように息を吐くと、困ったような笑みをうかべた。
「……泣くな」
「ごめんなさい……」
「……謝るな」
でもわたしを叱る桃矢君はいつもより優しい表情だった。
「おれの前では笑っててくれ、な」
気をつかうのはわたしのほうなのに、そんなことを言って逆にわたしに気をつかってくれる。つかわせてしまった。
そんな桃矢君の優しさがあったかくて、わたしは自然に笑顔になった。
「藤隆さんとさくらちゃん、呼んでくるね!」
「ああ」
大切な人にしか見せない
(わたし桃矢君の前でだけ泣き虫になるみたい)
(笑い顔も、泣き顔も、おれだけにみせてくれればいい)