わたしは月城君と知世ちゃんといっしょに桃矢君のお見舞いにきていた。
2人には、実は先に来ていたっていうことを言いそびれてしまったけれど、まあよしとしておくことにした。
「お兄ちゃん部屋にいます」
「ありがと」
月城君とわたしは、さくらちゃんに用事があるらしい知世ちゃんとはわかれて先に桃矢君の部屋にむかった。
部屋に入ると、きのうの弱り果てていた桃矢君とは違ってもう元気そうな顔をしている桃矢君がいたのでほっとした。
月城君もそれをみて安心したのか、いつもよりもっと優しい笑顔で桃矢君に話しかけた。
「崖から落っこちるなんてとーやらしくないね」
それから月城君は、桃矢君がうごけなくて退屈しないようにと本を差し出した。
「あの林、よくとーやが『見える』っていってたとこだよね。これはその見えるものに付き合った結果かな」
「……目が覚めたらいなかったんだ。気がすんだんかな」
桃矢君は少しためてこたえる。
「きっとそうだよ」
「やさしいね、とーや」と言う月城君に桃矢君は照れ隠しのためか、さっきまで食べていたらしいホットケーキを次々と月城君の口につっこんでいた。
それをみて思わず笑ってしまったわたしも桃矢君に無理矢理ホットケーキを口につっこまれた。
驚いたのと同時に、もうこんなに元気になってるのかと思うと、ちょっと寂しい気もした。
夕べのめったに見れないようなやわらかい表情をした桃矢君をもうちょっと見ていたかったな、なんて思ったから。
「んーっ!」
いっぱいになっている口で何するのって顔をしてうなると「だまってくえ」と桃矢君がいつもの睨みをきかせて言った。
その隣で月城君は嬉しそうにホットケーキを頬張っていて、わたしは暢気にもやっぱり月城君の口はおっきいんだななんて思った。
おそらくさくらちゃんが作ってくれたんだろうそのホットケーキをわたしはゆっくりと味わった。
そしてお皿のホットケーキがなくなりかけたときだった。
「まなみ、先にとーやん家きたでしょ」
なごやかな空気が流れるなかで月城君が放った一言に桃矢君も同じくびっくりする。
「えっ、……うん」
隠すつもりなんてなかったけれど、あまりにもずばりと言ったものだから、肯定するのに少しためらってしまった。
「まなみのことだから、とーやのことものすごく心配するだろうなーって思ってたんだけど、そうじゃなかったから……もしかしたらって」
月城君はまるで子供を見守る母親みたいな優しい表情でわたしに笑いかけた。
「辛そうな顔、してなかったから」
よかった、と最後につけ足した月城君は怪我をした桃矢君だけじゃなくてわたしの心配までしてくれてたんだ、とわかる。
心の底から嬉しいと思ったわたしの口角は自然とあがった。
隠していたわけじゃないことを言うと、月城君はどうせ言うタイミングでも逃したんでしょと笑ってこたえた。
「ごめんね」
「全然!」
この後さくらちゃんが部屋に来て知世ちゃんが持ってきてくれたお手製ケーキを3人で食べた。
こうやってお友達と一緒にいれる時間が、わたしにとってしあわせで、本当に大切な時間になっているのがよくわかった。
『おれの前では笑っててくれ、な』
ふと、夕べ桃矢君が言った言葉が頭をよぎった。
わたしは2人から気をつかってもらってばかりだ。
いまは何もすることができないけれど、きっといつかはわたしが2人の支えになれることがある、と思った。
そんなことを思いながら自然にできた笑顔を桃矢君にみせるように笑いかけたら、桃矢君も笑顔をかえしてくれた。
それから時間はあっという間にすぎていった。